第43話 馬車の中で③

(今の……どういう意味……?)


どうやらサイラスに特別扱いされている……ということはわかる。


(でも、それって、普通に部下が最近よく頑張っているから……ていうご褒美的なものであって、愛とか恋とかそういうものじゃない……よね!? っていうか、そんなはずないし……!)


 これまでサイラスといい雰囲気になったことなどなく、もし万が一そんな感情を抱かれていたとすれば驚きしかない。むしろ何を機にそんなことを思ったのか、真剣に問いただしたくなる。

 逆にご褒美と思えばしっくりくるが、あまりにも高価なご褒美すぎて今度は気が引ける。

 そもそも、こんな解釈を勝手にしてしまっていいのかさえ自問自答してしまうほどに、頭が混乱していた。


「お前はどうなんだ?」


 唐突に問われて、頭はますます混乱した。


「え!? わ……私は……! サイラスさんを上司としては尊敬していますし、少しでもお力になれたらと思ったりもしますし……でも、私なんかじゃまだまだサイラスさんの横に立つには役不足だというのは自覚していますし、その……」


 まとまらない頭で必死に言葉を紡いだ。

 頭に血が上りすぎて、自分が何を言っているのかもよくわからない。


(私はサイラスさんを、どう思っているの?)


 彼の力になりたいと思う。

 まだまだ力不足だが、いつか彼の隣に並び立てるようになりたいと思う。

 これはおそらく好意なのだろう。

 好きか嫌いかどちらかだと問われたら、もちろん「好き」なのだ。

 だが、恋愛として「好き」になって良いのだろうか? 自分のような、騎士としても令嬢としても一人前ではない人間に、そんな資格があるのだろうか。

 サイラスが、自分に好意をもってくれているのか、もしくは持ち始めてくれているのかもしれないということは、彼の言葉の端から感じ取れた。

 けれど、ここでそれを素直に受け取ってしまってはいけないような気がした。

 うううう……と困り果てて、おろおろとしながら口をパクパクしていると、突然、サイラスがぷっと吹き出した。


「すまんな。ころころと表情を変えるお前が面白くて、つい、年甲斐もなくからかいたくなった」

「なっ……じょ、冗談だったんですか!? 私がどれだけ混乱したと……!」


 思わず身を乗り出して抗議しようとした。だが、サイラスに宥められるように頭に手を乗せられ、浮き上がらせた腰をしぶしぶすとんと落とした。

 すると、サイラスは笑いを引っ込めて、真剣な表情でラシェルを見つめてきた。


「悪かった。だが、おかげで、お前が何を考えているのかがまた一つ見えたような気がする。さっきはからかった……つもりだったんだがな。お前の回答を聞いて、この婚約が仮であることを少し残念に思っている気がする」

「そんな冗談には、もうだまされませんから」


 ぷいとそっぽを向くと、窓に映るサイラスは少し困った顔をしていた。


「今度は冗談のつもりではないんだが……な。お前なら、俺の生き方を理解してくれそうな気がしただけだ」

「サイラスさんの……生き方? 仕事人間……ってことですか?」

「さあ……どうかな」


 サイラスはそう静かに微笑むだけで、それ以上問い詰めることは出来なかった。

 言葉の真意を考える暇もなく、馬車はラシェルの父が借りたという舞踏会の会場に到着し、ゆっくりと停まった。


「さて……それでは社交界という戦場に向かうとするか。麗しき我が婚約者殿?」


 くすりといつもの意地の悪い笑みを浮かべたサイラスが、馬車の外に誘うべく、すっとラシェルへと手を差し出してきた。

 ラシェルはそんなサイラスをちらりと見てから、しっかりとその手を取った。

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