第15話 指南役④
サイラスとはいうと、わずかに眉を動かしただけで特段表情が変化することはない。
「条件……ですか? ものに寄りますが、仰ってみてください」
にこやかに促され、モルナーは表情を明るくした。
「ただ指南するだけの関係だなんて、つまらないじゃない? だから、仕事の後にでも、騎士団の団員ちゃんとお酒を飲みたいなぁって思うのよ。そういう機会に相手のことを知ることって、大切じゃないかしら? あ、ちなみにラシェルのことはもうよく知ってるから、一緒に飲む必要はないわよ」
どこか艶めかしげに体をよじり、ちらりとサイラスの顔を覗き見ながら言うモルナーに、ラシェルは戦慄した。
(先生……もっともらしく言ってるけど、それって、別の目的なんじゃ……)
以前、モルナーから「団長はイケメンなのか」と尋ねられたことがあり、ラシェルはそれに頷いた。
そして、今目の前にいる副団長サイラスもまた、女性ならば振り返ってしまうほどの美丈夫だ。
ザックもまた、イケメンとまではいかないが、意志の強そうな精悍な顔つきは、整っている方なのだろう。
そんな男性陣を前に、モルナーが彼らとお近付きになりたいと考えるのは、当然のことなのかもしれない。
(で、でもまさか、こんな条件を付けてくるだなんて……)
サイラスだって、このような下心満載の条件を加えられては、当然反論するのではないだろうか。
……と、思ったのだが、
「いいでしょう。団員と定期的に飲酒を交えた交流ができるよう、手配いたします」
(……え?)
あっさりと告げられた言葉に、ラシェルの思考が一瞬停止した。
「まあ、気が利くわね。話の分かるイケメンは大好物よ。それじゃあ、ここにはお酒が沢山あるんだから、早速――」
うきうきとした様子のモルナーが、サイラスの腕を取ろうと手を伸ばしている。
「ちょ、ちょっと、待ってください! さ、サイラスさん、大丈夫なんですか?」
ラシェルは慌てて二人の間に割って入った。
「なによ。ラシェル。サイラスちゃんがいいって言ってるのよ? 何か文句あるの?」
「い、いえ、それは……」
だが、ちらりとサイラスを振り向くと、サイラスはふっと口元を緩めていた。
「条件はそれだけでしょうか?」
「ええ。それで十分よ」
「では、こちらにサインを」
サイラスが淡々と契約書の報酬の欄に、『定期的に団員と酒の席での交流をする』と記載すると、それを確認したモルナーが署名欄にサインをした。
「それじゃあ、さっそく――」
モルナーは晴れやかな笑顔と共に、再びサイラスの腕に絡みつこうとした。
だが、サイラスはそれをさらりと避けると契約書をくるりとまとめて懐に仕舞い込み、
「おい。ザック。任務だ」
パンパンと手を叩いて、それまで奥の席で気ままに酒を飲んでいたザックを急に呼びつけた。
不服そうな顔をしたザックが近づいてくると、サイラスはこれまでになくキラキラとした良い笑顔で声をかけた。
「ザック・タンブロス。モルナー殿の酒の相手をしろ」
「は? 酒の相手? 酒を飲むのが任務なのか?」
訳の分からない様子のザックに、やや不服そうなモルナーが口を尖らせる。
「サイラスちゃんは相手してくれないの?」
「申し訳ありませんが、こうして貴方にお会いするために、やり残した仕事を置いてきてしまいましたので、まだ飲酒をすることが出来ないのです。その代りと言ってはなんですが、彼のことはご随意に」
申し訳なさそうにサイラスがそう告げると、モルナーはむふりと口元を緩めた。
「ご随意に……ね。ふぅん。まあ、お仕事なら仕方ないわねぇ。それじゃ、ザックちゃん。こっちにいらっしゃい」
「な、何だ!? どういうことだ!?」
そのままモルナーは、まだ訳が分かっていない様子のザックをずるずると引きずって、店の奥へと引き上げていった。
「……ま、まさか、サイラスさん。このためにザックを連れて来たんですか?」
ラシェルが顔をひきつらせて問いかけると、サイラスは涼しい顔をして答えた。
「まあ、想定内ではあったな。人を落とすなら、まず餌をぶら下げる必要がある」
「で、でも、そんなことしたら、ザックのことだからまた騎士団を飛び出しちゃうんじゃあ……」
「なに。四方八方回った挙句に頭を下げてきたあいつだ。うちから出ようとしても受け入れ先がないことはわかっているだろう。せいぜい役に立ってもらいつつ、モルナー殿に調教してもらおうじゃないか。多少灸を据えられるぐらいで丁度いい。最小限の労力で、最大限の効果。すばらしいことだな」
(な……なんて悪徳商人みたいな人なの!?)
悪い笑顔を浮かべるサイラスに、これ以上言い返せるわけもなく、内心でザックに向けて手を合わせる。
店の奥からは「うわああああ! やめろおおお!」と叫ぶザックの大音声が響いていた。
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