第14話 指南役③

「突然このようなお願いをすることになり、失礼は承知です。ですが、我が騎士団は何分人手が足りません。そのために、ラシェルにも十分な指導をしてやることが出来ませんでした。そんな中で、私にできることは、彼らが十分に訓練を行える環境を整えてやることだと判断した次第です」

「ふん。もっともらしいことを言ってるけど、それって、別にあたしである必要はないわよね?」

「いいえ。ラシェルの師であり、彼女の音楽の才を開花させてくださったモルナー殿だからこそ、ぜひお越しいただきたいと思ったのです」

「……随分買い被ってくれるじゃない。あたしは一介の酒場のマスターよ? そんな大それたことできるわけないでしょ」


 モルナーはぴしゃりと跳ねのけるが、サイラスはふっと苦笑した。


「ご謙遜を。女神のための交響楽団においてはハープを担当していたが、たぐいまれなる音楽の才能を持ち、どんな楽器であってもそつなくこなしていた。その反面、突出した才能のあまり、周囲がその音楽についていくことができなかった。それ故に楽団を退団したという、不遇の巨匠――それが貴方だ」


 モルナーの瞳に、まるでサイラスを警戒するような剣呑とした光が宿った。


「なによそれ。悪趣味ね。人の過去を勝手に覗き見ないでくれるかしら?」

「仕事柄、各方面の情報を収集することは習い性なもので。ご不興を買ったようでしたら謝罪します。ですが、一時は音楽から離れていたはずの貴方が、再び若者に音楽を教えるという選択をなさったことは意外でしたけどね」


 モルナーはそれにしばらく黙り込むと、ちらりとラシェルを見て肩をすくめた。


「……ホントにね。自分でもそう思うわ。でも、何故か引き受けちゃったのよ。ラシェル持ってきた、あの楽譜……あれを見てしまったのが運のつきね」

「楽譜……我が騎士団の団長アルベルトが作曲した、子守歌ですか?」

「ええ。あの曲を見たときに……とってもドキドキした。単なる子守歌だっていうのに、こんなに優しく心を包み込むような旋律ってあるかしらって。輝く音に溢れた素敵な曲だった。あんな音を聞けるなら、もう一度、音に触れてみてもいいって思えた。だからラシェルに、もう一度ハープを教えることにしたのよ」

「そう思って頂けたのならば、必ずや、貴方に新たなる音楽の喜びをお約束できるかと思います。改めて、我が騎士団の指南役、引き受けてはいただけますか?」


 遠慮がちにも聞こえるが引く姿勢を一切見せず、サイラスはじっとモルナーを見つめた。

 しばらく見つめ合い、根負けしたのはモルナーだった。


「……仕方ないわね。わざわざあたしが騎士団領にに出向かなきゃならないのが、ちょっと面倒だけど、その団長ちゃんにも会ってみたいしね。酒場の仕事に影響がない程度なら手伝ってあげてもいいわ」


 そう宣言したモルナーに、サイラスはにこりと微笑みを浮かべた。


「ご承諾ありがとうございます。では、こちらの契約書にサインを――」


 サイラスが手にした契約書を受け取り、モルナーはざっと目を通した。

だが、それにサインをせず、モルナーはにっこりと微笑んだ。


「ねえ。契約の前に、一つだけ条件を追加してもいいかしら?」


 その口調からは、有無を言わせない様子がうかがえる。


(確かに今は私達の方が頼み込んでいる側だから、立場は下だけど……それに付け込んで、先生ったら無理難題を言い出すんじゃ……)


 相手が自らの師だけに、ラシェルは気が気ではなく、サイラスの顔色を窺った。

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