第11話 正式加入

 翌朝、あらかじめ待ち合わせしたザックを引き連れて訓練室に向かうと、満面の笑みを浮かべたアルベルトが迎え入れてくれた。


「やあやあ、ザック君。改めて歓迎するよ。これからも宜しく頼むよ! そしてラシェル君もお疲れ様だったね」

「い、いえ……。私は結局、何も大したことはしていなくて」


 ザックの恋心が彼自身を動かし、自ら道を選んだのだ。本当に、何があるかわからないものだ。

 とはいえここで彼の想いを暴露するのも忍ばれるので、それについては口をつぐんだが、アルベルトの後ろに立つサイラスは何となく想像がついていたのか、「やはり、予想通りだったな」という顔をしている。


(サイラスさん……やっぱり計算高い人だなあ)


 つくづくそう思った。


「ま、そういうことだから、今後とも宜しく頼むぜ。で、俺は結局、何の楽器を弾けばいいんだ? 言っておくが、俺は音楽の才能なんかねえぜ」

「そうかな? 君は素晴らしいリズム感と情熱を持っていると思うよ。君が地団太を踏む姿を見て、僕はピンときたんだよ! だからこそ……君には、『打楽器』を担当してもらおうと思うんだ」

「打楽器? 太鼓ってことか? それなら何とかなりそうだ。太鼓のおもちゃなら、小さい頃によく遊んでいたからな」

「打楽器と言っても、色々あるんだよ。大太鼓、小太鼓、シンバル……それぞれに音も役割も違う。そして、我が騎士団の特性上、持ち運びできるものでないといけない。幸い、ザック君は力もありそうだからね……そこで!」


 アルベルトはそう言いながら、訓練所の中央の机にかけられていた白いシーツを、大ぶりの動きでバッと取り払った。

 そこには――


「……太鼓の集合体……?」


 大小さまざまな五種類の太鼓が重量のバランスをとる配置で並び、それらを金属でつなぎ合わせた形状の打楽器が置かれていた。

 そしてこれを胴体に固定できるような器具も取り付けられている。


「ああ。歩きながら弾く事も出来るという優れものだよ。以前から、いつか我らの騎士団に取り入れようと思って楽器店に特注していたんだ」

「よくこんな変わった形状のものを作ってもらえましたね」

「フラウト商会が懇意にしている楽器店があってな。多少の無理も通してくれる」


 アルベルトに無理難題を頼まれたのか、どこか遠い目をしているサイラスには苦労の跡が見受けられる。


「へえーー。こんな変わった形の太鼓があるんだなあ」


 興味深げなザックに満足したように、アルベルトは頷いた。


「打楽器は、合奏において全体のリズムとなる重要な楽器だ。叩き方次第では色んな表現も出来る。君は君なりの叩き方と表現方法で、僕らの演奏を引っ張っていってほしいんだ」

「俺がお前らを引っ張る? ……ふーん。なかなか面白そうじゃねえか」


 乗り気になったのか、ザックが太鼓をしげしげと見つめている横で、ラシェルはふと思いついたことを口にした。


「でも、今まで弾いていたような子守歌系の楽曲では、ザックの力強い太鼓は合わないんじゃあ……?」

「良い指摘だね、ラシェル君!」


 すると、アルベルトが懐からバッと紙束を取り出し、大きく掲げた。


「だからこそ、もっと行進曲のようなテンポの良い楽曲を、昨日から徹夜で作曲してきたよ!」

「やはり昨日姿が見えなかったのは、作曲をしに篭っていたのか」


 これまた、サイラスの読み通りだ。

 だが、徹夜明けとは思えないいつも通りのテンションの高さは、尊敬に値する。

 そんなラシェルの複雑な視線を受けながら、アルベルトは頷いた。


「ああ! お陰で何とか曲は出来たんだけど、編曲がまだでね」

「編曲、ですか?」

「まだ主となるメロディーが出来ただけだから、ここからもっと音楽を飾り付けて華やかな物にしていくんだよ。それぞれの楽器が担当する音階も書き分けていかないといけないからね。楽器が増えて来ると、この作業がなかなか大変でね……」


 アルベルトは困った様に眉を寄せて言った。


「そんなわけで、プロの音楽家に助っ人を頼もうと思ってるんだ」

「プロの音楽家……ですか。どなたか当てはあるんですか?」

「ああ。むしろラシェル君の方が、余程心当たりがあると思うけどね」


 ふふっと意味ありげに微笑まれて、ラシェルは首を傾げて心当たりを探してみた。

 するとある人物の顔が思い浮かび、「あ……」と声を上げた。

 ラシェルの知る音楽の専門家となると、一人しかいない。


(だけど、あの人が騎士団のために素直に協力してくれるとは思えないんだけど……)


 それどころか、不機嫌な顔をして追い出されそうな予感しかしない。

 だが、アルベルトはそんなラシェルの気持ちにはお構いなしだ。


「どうやら思い当たる人物がいたようだね。というわけで、ラシェル君。次の任務だ! 至急、商業地区アネルディアへ向かってくれたまえ!」


 爽やかな笑顔と共に下された指令に、ラシェルは小さなため息をついた。

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