第10話 秘めたる想い③

 声が聞こえなくなり、そーっと物陰から再び身を乗り出してみると――


「だ、誰が馬鹿だっ」


 しばらく扉の前に立ち尽くしたままだったザックが、扉に向かって吠えた。

 血気盛んだったはずのザックの背中が、今となってはどこか切なげにも見える。

 意を決して物陰から出たラシェルは、ザックの元へ歩み寄った。


「……ザックさん。これからどうしますか?」


 すると、ザックは振り向くことなく、はあと大きなため息をついた。


「……何だよ。見てたのかよ」

「え? えーっと……偶然通りかかって……」

「どっちでもいい。ちょうど、お前に言いたいことがあったんだ」


 そこまで言ってから、ようやくザックはラシェルの方を振り返った。

 そして、これまでにない真摯な態度で言った。


「お前達の……何だっけ……なんとか騎士団に、俺を入れてくれ」

「えっ!?」


 思わず声を上げたラシェルに、ザックはばつが悪そうな顔をしながらも、低めのトーンで言葉を続けた。


「大口叩いた挙句にこんなことを言うのは男として恥ずかしいが……今日一日色々回ってみて、そっちから俺を入れてくれる騎士団なんてのが、貴重なんだってわかった」


 その表情は重く、目線も下がる。さすがの彼も、今日一日、多くの騎士団に門前払いしたのが堪えたようだ。

 ザックはどこかすがるような目で、ちらりとラシェルの方を見遣った。


「音楽なんて俺の柄じゃねえが、あの妙な団長が俺をスカウトしてくれたってことは、俺でも出来ることがあるって判断したってことだろ?」

「は、はい……おそらくは」

「なら、決まりだな」


 ホッとしたように、やっと相好を崩したザックを見て、


(もしかしてザックさんも、音楽に自信がなかったから、あんな風に拒絶したのかな)


 そんな風に思えてきた。


(……とはいえ、まあ、要するに)


「つまり、フレデリカさんの気を引きたいから、入団したくなったってことですよね?」


 ストレートにそう質問すると、その瞬間、ザックの顔が真っ赤になった。


「ばっ……ばばば馬鹿言ってんじゃねえよ! んなわけねえだろ!」

「まあ、いいと思いますよ。音楽も一つの、『気持ちの表現方法』ですから。私も団長からよく、想いを込めて弾け! って言われてましたし。ザックさん素直じゃなさそうだから、音楽で想いを伝えてみるのも良いかもしれませんよ」

「ち、違うって言ってんだろ!」


 むきになって否定すればするほど解りやすいザックに、ラシェルは思わずぷっと吹き出してしまった。


「まあまあ、いいじゃないですか。それじゃあザックさん、今後とも宜しくお願いしますね」

「くそっ、全然よくねえ……!」


 ザックは尚も不満そうな顔をしていたが、ふと何かを思いついたようにラシェルの方を見ると、ぶっきらぼうに言い放った。


「そういや……前々から気になってたんだが、俺のことは『ザック』と呼べ」

「え?」


 突然の申し出にラシェルがきょとんとしていると、ザックはふんっと鼻を鳴らして胸を張った。


「俺はこの騎士団では新人だ。特に、音楽ともなると経験はほとんどねえからな。お前が俺の教育係なんだろ? なら、さん付けも、丁寧語もいらねえ」

「ザックさん……」


 これが、彼なりのけじめのつけ方なのだろう。

 新人教育を任された時から、どうなることかと思っていたが、意外と上手くやっていけるのかもしれない。――そう思えて、ラシェルの表情も自然と柔らかいものになっていた。


「わかりました。それじゃあ改めて……宜しくね、ザック」


 にこりと微笑むと、ザックもまたにやっと笑って頷いた。


「ああ。……で、お前の名前、何だっけ?」


 その言葉に、ラシェルはずっこけそうになった。


「い、今更ですか!? ラシェル・ハルフェロイスです!」

「ラシェルか、覚えたぞ。宜しくな!」


 やる気満々になっているザックを前に、


(やっぱり、前途多難かも……)


 と、心の中で苦笑するしかないラシェルだった。

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