第49話 魔獣との戦い①
木々の生い茂る道なき道を、土地勘と野生の勘を頼りに巧みに走るニーヤと、木々をなぎ倒しながらも追う魔獣。それによって出来た道を、ラシェル達三人が追う。
だが、走り出したラシェルの視界の片隅に、ラシェルたちとは逆の方向へと動く赤い光がよぎった。
(え……? 今のって……?)
思わずそちらを振り向いた瞬間、足元に張った木の根に足を取られてすっころんでしまった。
「きゃあ!」
ラシェルの声に、先を走るサイラスが足を止めて振り向く。
「馬鹿か! こんな時に何をしてるんだ!」
「す、すみません!」
鬼の形相でどなられ、自分でも何をしているのかと内心叱咤しながら立ち上がろうとする。だが――
「痛っ――」
立ち上がろうとしてよろめいた。転倒したときにどうやら足をひねったらしい。
動けずにいると、サイラスが駆け戻ってきて、ラシェルが無意識に手で押さえていた右足首に視線をやった。
「……ひねったのか?」
「は……はい」
自分が情けなくなりながらも、徐々に右の足首に熱が籠ってくるのがわかる。
このままでは走ることもままならないだろう。
「乗れ」
サイラスはぶっきらぼうに告げると屈みこみ、ラシェルに背を向けた。
(サイラスさんに背負われる? ありがたいけど、怖いし。でもそんなこと言ってる場合でもない……)
その背につかまることをラシェルはほんの少しためらった。
「ニーヤを見殺しにするつもりか! さっさとしろ!」
「ははは、はい!」
再びとんだ怒声に選択の余地はなく、今度はためらうことなくその背につかまった。
異性に背負われる体験など初めてだ。幼い頃に父に背負われたことはあったかもしれない。だが、父の背とは全く違う想像以上に広く筋肉質な背中と、そこから感じる温かさに、無意識に体が硬直した。
走り出したサイラスの肩に必死につかまりながら、出来るだけ意識をしないように気をそらしていると先程の光のことがふと思い浮かんできた。
「さっきの光……何だったんだろう」
どこか引っ掛かりを感じながらも、サイラスの背に揺られてしばらくすると、ニーヤの灯してくれた松明が目に飛び込んできた。
ニーヤは十分に魔獣を引き付け、今だとばかりに軽やかな身のこなしで木に飛び乗ると同時に、魔獣が突如地中に埋もれた。
おそらく、崖崩れなどの自然現象によって出来た僅かな崖状の地形を、魔獣をはめるための罠として利用したのだろう。
「かかったね! これでも食らえ!」
この時を待っていたとばかりにニーヤは松明で魔獣を照らし出せる場所に置いて振り返り、木の上から崖下めがけて矢を雨のように浴びせかけた。
その弓捌きは、エンデで師事して弓術を学んでいたラシェルの知る型とは大きく違った荒っぽいものだが、動く獲物を確実に仕留めるため、的確でありながらも剛速だ。
(すごい……! これが、手練れの狩人の弓……!)
付近まで駆け寄りながらもそれを目撃し、思わず息を飲む。
――だが、ニーヤの放った矢は、魔獣の毛並に触れる直前に、まるで溶け落ちるようにして消滅してしまった。
「そ、そんな……!?」
ニーヤの愕然とした声が聞こえる。
状況を見て、サイラスが「ふむ」と頷いた。
「おそらくは、魔獣が纏う闇のオーラが、障壁のような役目をしているのだろう。聖鋼で造られた武器ならともかく、通常の矢では効き目はないようだ」
「れ、冷静に分析してる場合じゃないと思います! このままじゃあ、ニーヤさんが……!」
ラシェルの懸念通り、ニーヤは悔し気に弓を投げ捨てると、腰から下げていた半月型の刀を手に取った。
「矢が効かないなら、これで……!」
木を降りて果敢にも魔獣に向かって飛び込んでいこうとするニーヤに、アルベルトは血相を変えた。
「いけない! サイラス! そしてラシェル君! 演奏の準備を!」
振り返って叫ぶアルベルトに、サイラスはラシェルを背から降ろすと、横笛を取り出した。
ラシェルもまた背負っていたハープを肩から降ろすが、弦に手をかけようとして慌ててアルベルトを振り返った。
「弦が……暗くて、弦がよく見えません……!」
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