第48話 野営……そして②

(え……⁉)


 不穏な気配を感じて慌てて振り返り、周囲に起きた異変を探るべく辺りを見渡していると、そこへ、アルベルトとサイラスが駆け寄って来た。


「ラシェル君、起きていたんだね」

「いいタイミングだ。……お出ましのようだぞ」

「えっ⁉」


 驚いてサイラスの方を見ると、サイラスは腰から下げていた鞘から細剣をすっと引き抜いた。

 その刀身がほのかに光を帯びていることに気付いて、ラシェルは目を見開いた。


「これは……?」

「見習い期間を終え、正式に聖騎士になる者が、叙勲式で与えられる聖なる武器だ。その持ち主の得意な武器を、女神の力を受けし聖なる鉱物――聖鋼エンデュリオンを用いて、聖鋼技師たちによって作られる。いわば、聖騎士の証だ」

「聖鋼、エンデュリオン……」

「この聖なる武器は、魔を打ち倒すためにある。それゆえに、魔性の気配が色濃い場所では、武具が呼応するかのように光を帯びるというわけだ」

「本来、聖騎士はこの武器で戦うことになるわけだけど、僕たちの場合は、主な武器は楽器だからね。こうして魔獣の存在を察知するために使用しているんだよ」

「な、なるほど……」


 思わず感心して刀身に見入っていると、そこへ、馬車の中から飛び出してきたニーヤもまた合流した。


「血に飢えた獣の匂いがする……! 村に残っていた匂いと同じだ。あいつが近くにいるんだ……!」


 生粋の狩人として鼻が利くのだろう。寝起きであったはずだというのにすでに武器を構え、その眼つきは鋭く激しいものとなっている。


「父さんや母さん、そして村の皆の仇を討つ……!」


 ニーヤの瞳の中に激しい怒りの色が宿ったのを見て、サイラスが釘を刺した。


「ニーヤ、落ち着け。強過ぎる怒りの感情は魔獣を呼び寄せ、恰好の的になってしまう。心が弱い者は魔性の気を受けて、自らもまた負の感情を煽られてしまうこともある」


 その言葉を聞いて、ラシェルはニーヤの弟に起きた悲劇を思い出した。

 だが、ニーヤはそれを鼻で笑って一蹴した。


「あたしが、心が弱く見えるかい? それに、的になるなら大歓迎さ」

「確かに、君は強いだろうね。けれど、相手はかなりの大物だ。普通に戦って勝てる相手じゃない可能性も高い。その時は、我々なりの戦い方をさせてもらうことになるけど、良いかな?」

「勝手にするがいいさ。ただ、あたしは手加減なんて出来ないからね。自分なりに全力で戦うだけさ」


 アルベルトの念押しに対してそう返すと、ニーヤは真っ先に森の方へ向かって走り出した。


「僕らも続こう!」

「はいっ」


 ラシェルは強く返事してから、手にしたハープをぎゅっと握りしめた。



 村から程ない距離の森の中に、『それ』は居た。

 見上げるほどの巨躯を持つ黒いその魔獣は、鋭い爪を持った四つ足と、闇夜に溶け込むかのようになびく長い毛並を持ち、あたかも漆黒の狼のような形状をしていた。

 体中から溢れ出る暗紫色の靄を全身に纏い、鋭い牙が見え隠れする大きな口からは、どろりどろりとした血とも涎ともつかない液体が止め処なくしたたり落ちている。

 息を荒げながら鼻を震わせ、理性なども無くただ飢えた本能のままに、次なる獲物を捜し彷徨い歩いている――そんな様相だ。


「あ、あれが……ザール村を襲った魔獣……⁉」


 少し離れた木陰から見守りながら、ラシェルは息を飲んだ。

 以前見た少年が変化した魔獣とは比べ物にならないくらい大きく、そして、素人目に見てもとてつもない凶暴性を秘めていることが感じられる。


「形状から察するに、おそらくは狼か山犬あたりが魔性化したようだな。攻撃力も相当なものだろうが、それ以上に機敏性が高いと想定される。……厄介だな」

「あの魔獣に音楽を聴かせるためには、ある程度足止めしないといけないんですよね? 一体どうすれば……」

「それについては僕らよりも、彼女の方が得意分野なようだよ」


 アルベルトがそう言ったのと同時に、魔獣向けて矢が飛び込んできた。

 射られた方角を見ると、手に松明を持ったニーヤの姿が森の中に浮かび上がった。

 矢は魔獣をかすめるだけだったが、動くものに反応した魔獣がニーヤの方を向く。

 魔獣の標的が自分に絞られたことを確認したニーヤが、踵を返して森の奥へと走り出した。


「ニーヤさんはどこへ行くつもりなんでしょうか⁉」

「この森のことは誰よりも熟知しているだろうからな。おそらく、魔獣と戦いやすい場所に誘導するつもりだろう」

「彼女は足も速いからね。はぐれないよう、急いでついて行こう! 僕らのために、松明を目印として持ってくれているんだろうからね」

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