第41話 再調査へ②

 到着したザール村は、以前立ち去った時のまま、静寂に包まれていた。

 魔獣が出て崩壊した村の跡地になど、近寄りたい者はいないのだろう。

 炭化した木材や崩れた石をかき分けながら、寒々とした村に足を踏み入れた。


「それじゃあ早速、村の中の調査をはじめよう。サイラス、ここの村はどれぐらいの規模なのかな?」


 アルベルトが尋ねると、サイラスが調書と思しきメモを繰った。


「ここは大体三十世帯ほどが住んでいる集落だったようだ。この近くには森があって、この村はそこでの狩猟を中心とした生活を営んでいたようだな」


 サイラスが指し示した遥か先には、確かに鬱蒼とした緑生い茂る森が見える。


「ふむ。森か……なるほど。ひとまずぐるりと見て回るとしようか」


 言うや否や、アルベルトはすたすたと一人で歩き始めた。

 そんなアルベルトの肩を、がしりとサイラスがつかんだ。


「おい、待て。一人で勝手に進むな。前回のことを考えると、この人数を分散させるのは危険だ」


 足を止めたアルベルトはわずかに首を傾げた。


「おや。そうかな? 僕の耳に飛び込む音は、君のピリピリとした声だけだよ」

「誰のせいでこうなっていると……!」


 思わず声を荒げたサイラスを、アルベルトはどこか愁いを帯びた瞳でじっと見つめた。


「大丈夫だ。悲しいかな、ここにはもはや静寂しかない」


 サイラスの肩を軽く叩き返してから、再び踵を返したアルベルトは、立ち止まり、わずかに目を伏せた。

 そして静かに手と手を組み、犠牲になった村人を弔うための女神への祈りを捧げた。

 サイラスはその様子を見守ってから小さくため息をつくと、近くにあった比較的大きいながらも半壊した民家へと歩み寄り、打ち破られた扉付近から中を覗き込んだ。

 そのまま中へ入り込み、しばらくして出てきたサイラスは首をひねりながら言った。


「……変だな」

「どうかしたんですか?」


 崩壊した石壁や割れた木の戸口の傷跡などを調べていたラシェルが問いかけると、サイラスはどこかためらう様子だった。

 サイラスにも許可を得て、自らも暗い家の中を覗き込むと、当然ながら人気はない。

 だが、ランタンに灯した光を頼りに部屋をぐるりと見まわすと、部屋に置かれていた机や椅子はなぎ倒され、鍋やナイフ、衣服に至るまでがあちらこちらに散らばっている。

 そして――


「ひっ……」


 思わず息を呑んだ。

 壁や床には赤黒い染みが各所に飛び散っていた。

 まるで引きずりまわされたような跡が床にはこびりついており、ラシェルは後退さった。


「なんてこと……」


 この場で起こった凄惨な出来事に、ぞわりと全身が総毛だった。

 目をそらしたいというのに、恐怖におののく目は、そのこびりついた染みから離せない。

 唇がわななき、がくがくと震える肩を抑えることが出来なかった。


「初めてこんな場は見るだろうから、落ち着けと言うのも酷だろうが……」

「す……みません……」


 ラシェルは駆けだし、こみ上げるものを吐き出した。


(魔獣に襲われた村なんだから、こういう光景を見るなんて当然のことなのに――)


 わかっていた。わかっていたけれども、本当の意味ではわかっていなかった。

 村人はあの少年を除き、すべて魔獣に殺された。

 その村を詳しく調べるということは、それらをこの目で見る必要があるということだ。

 これまで、文字だけで理解して、向き合おうとしていなかった『それ』は、無意識に目を背けていた『人の死』という事実に他ならない。


「ラシェル……」


 わずかに気遣うように、背後から声がかかった。


「サ、サイラスさん……。ごめんなさい」

「いや、無理もない。エンデの人間にとって、死は遠い存在だ。家族に看取られて、自宅か医療院で安らかな死を迎える。だが、これが地上の現実だ。俺たちはこういうところに派遣されている」

「は……い」


 ぐるぐると先ほど見た光景が頭をよぎり、倒れこみそうになる。

 それをこらえるようにして頭上を見上げると、サイラスが静かにこちらを見下ろしていた。

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