第40話 再調査へ①
久方ぶりに下りたメイデンズブルーは、相変わらずの暗闇に満ちていた。
だが、高台にあるゲートから見える街の明かりは、まるで暗闇に浮かぶ蛍火のようで、何とも幽玄なる世界を作り出している。
先日と同様、アルベルトとサイラスが馬を確保している束の間、ラシェルは近隣の商店街に足を向けた。
街を歩いていると、確かに父・シャルルの言う通り、洗練されているエンデとは違い、どこか汗臭さや野卑な印象は受ける。
だがその一方で、それでも生きようとする人々の生命力にあふれているこの場所が、ラシェルは不思議と嫌ではなかった。
幾分慣れてきた足取りで、先日ナイフを購入した露店があった辺りも歩き回ってみたが、生憎、今日は出店していないようだった。
(あの子に果物ナイフ使いやすかったよって、伝えたかったんだけど……)
不定期に並ぶ露店である以上、こればかりは時の運だと諦めるしかない。
ラシェルは商店街を後にすると、二人と合流し、馬上の人となった。
「随分と手綱さばきが安定してきたな」
後ろを走るサイラスが感心したように声を上げた。
まだ慣れないとはいえ、一度通った道だ。
確かに前回に比べると緊張感も幾分とけているような気がする。
「前回は初任務だったので、周囲を見渡す余裕なんてありませんでしたから……。ここの空気にも、だいぶ慣れてきたのかもしれません」
地上の空気にもだが、団員たちとの関係が深まったこともおそらく要因の一つだろう。
「どうだい? 馬を駆っていると、風が気持ちいいだろう?」
前を走るアルベルトがちらりと視線を向けてくる。
「はい! エンデの人工の馬場での乗馬とは、全然違いますね」
これまで、このように遮るものがない広大な自然の中で、風を切って駆けたことはなかった。
空高くにあるエンデで遠方を眺めても、広がっているのは果てしない空だけだった。
朝焼けと共に日が昇り、夕焼け色に染まりながら、日が沈む。うすもやの中に浮かぶ月がほんのりと夜空を照らし、そしてまた朝焼けが来る。壮大なグラデーションを作り続ける空の光景は、それはそれで美しい光景だ。
だが、それらに照らされる自然が生み出した地上の景色はまた格別だ。
遠方に続く山々の岩肌に光が反射して、刻々とその様相を変えていく。
「でも……この大自然の中のどこかに、魔獣が潜んでいるんですよね?」
パッと見ただけではわからない。それでも確実に潜んでいる魔性の気配が、人々の生活を脅かしている。
(あの少年だって……突然、平穏な生活を奪われたんだ……)
任務が始まる前にザール村で発見された少年を見舞ったが、呆然自失の状態で、会話をまともにできる状況ではなかった。
医師によると、かなりショックな光景を見たため、口がきけなくなっているのだろうということだった。
長い時をかけた療養が必要となった少年を思い、ラシェルはきゅっと唇を噛んだ。
「前回保護した少年から話を聞くことが出来ればと思っていたのだが、あの調子だったからな。地道に探す他ない」
サイラスがため息交じりに漏らすのに、ラシェルも表情を暗くした。
「こんな広大な大地で、見つけることは可能でしょうか?」
果てしなく続く大地のどこにいるのかなど、皆目見当もつかない。たった三人で何をどう調査すればよいのか。
被害の大きさからも、もう少し応援が必要な案件なような気もするが、上層部からの命令だ。末端の新米騎士であるラシェルが声を上げたところで、どうにかなることでもないだろう。
やや暗くなりかけた空気を吹き飛ばすように、アルベルトが馬を下げて並走してきた。
「なに、心配することはないよ! 地道な調査こそが何より実を結ぶものだからね。とはいえ確かに、まったく見当をつけずに動くというのは途方もないから、まずは事の発端となった、村を襲った魔獣の痕跡を探してみよう。村の中で暴れた跡があっただろう? それを調査することで、魔獣がどこからきてどこへ去っていったのかを調べるんだ」
からりと力強く笑うアルベルトに、わずかに勇気づけられる。
「それって、たとえば、足跡などでしょうか?」
「そうだね。魔獣が何を目的として動いているのかについても、見極めるべきだろうね」
「何を目的って、単純に、空腹による餌探し……ではないのでしょうか?」
「確かに、野生の獣の本能といえば、まず第一に考えられるのは捕食だろうな。一度味を占めた獲物を、ずっと付け狙うという習性がある魔獣もいる。もしくは――縄張りを守ろうとする防衛本能が魔性化によって強化され、目の前のものを全て敵とみなして襲い掛かるか、だな」
サイラスが唸ると、アルベルトもまた深く頷いた。
「目的が何なのかによって、その後の行動も変わってくるからね。まずはそれをしっかり調べていこう」
わずかな糸口から、未知の生物について読み解いていく必要がある。
(調査なんてやったこともないから、何をどうしていいかわからないけど……)
前途多難な道のりになりそうだが、今はただ、二人を信じて進むしかない。
ラシェルは遠くに見えてきたザール村の跡地を見据え、馬の腹を蹴った。
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