第三章 暇つぶし 3
「まあね、そんなこんなでね、二人でボールを使って色々と遊んでみたわけなんですが」
「どうしたのその喋り方」
私のふざけた言葉に、黒曜は苦笑しながら突っ込みを入れてきた。その反応の良さに好感を覚えつつ、苦笑するのはそこではないだろうとも思う。
私達が今いるのは、白黒世界の学校、そのグラウンドだった。上手い具合に誰もグラウンドを使っていない時間があったので、その時間で目いっぱい遊んだのだ。
「正直、どうだった?」
黒曜にそう問うと、黒曜は目を逸らして遠くを見る。
「どうだった?」
仕方がないので、ずいと近寄って再び問う。黒曜はおずおずと私に視線を向け、そして口を開く。
「……ど、どうだった?」
黒曜は困った果てに質問を質問で返してくれた。
「……色々と言いたくなるけど、強いて言うなら無理がある」
「だよねえ」
私達がやったのは、二人ドッジボールに二人サッカー、そして二人キックベースというラインナップだった。無論、どれもこれも面白くなかったり、競技的に無理があったり、難点ばかりであった。
例をあげると二人キックベース。この人数だと守備につきようがないので、片方がボールを遠くに蹴り、もう片方がそれを取って戻ってくるまでの時間を競うという内容になっていた。これではまるで、しごきである。
二人ドッジボールはほとんどキャッチボールだし、二人サッカーはただのPKだ。ちなみに二人サッカーは最初こそ盛り上がったが、あとから二人とも飽きてきて、ただのシュートに適当な必殺技名をつける遊びに変わってしまった。
以上のあれこれで私が思ったことは、一定以上の人数がいなければ文明や文化は生まれないのだなあ、ということだ。私達がやっていたことは、それらの名を冠するにはあまりにも馬鹿らし過ぎる。
「トランプとか欲しいね」
「ああいいねトランプ、作れない?」
「……まあ、やってみるけど」
そう言って私は再び目を閉じ集中する。トランプはすぐに出来上がった。どうやら、上達しているみたいである。
「お、見事。流石」
そう言って黒曜がぱちぱちと手をたたく。私は「苦しゅうない苦しゅうない」と言って存分にその賞賛を浴びておいた。
「で、何をしようか」
私はトランプを箱から出し、問う。黒曜は「そうだね……」と言って、言葉を紡いだ。
ひとしきり黒曜と遊んだあと、私達は別れた。黒曜はどこに行ったのかわからないが、何となく学校の近くにいる気がした。
私はというと、黒い海の近くにまでやってきていた。ここに来るだけでけっこうな手間がかかるので、今度は自転車を作っても良いかもしれない。
「ああ、やっぱりか」
黒い海の直前に立ち、私は自身の中に抱いていた疑問、そして仮説が正しかったことを確信する。
疑問と仮説とは、黒い海が徐々に侵食していないか、ということだった。
私は先日置いていった制服のボタンを探す。制服のボタンは存在しなかった。探す場所を間違えているという可能性は、線路のすぐ近くに置いたという記憶が、しっかりと否定している。
この黒い海は、徐々に町へと迫っている。そう確信した。
町がこの黒に呑まれたら、ということを想像する。おそらく、あのとき私が感じ、そして黒曜が言ったように、黒の中に取り込まれて消えてしまうだろう。
そして、私と黒曜だけがそこから逃れる、ということも難しそうだった。いわば、この黒は私達の死とも言える。
無味乾燥な刺激と色彩の乏しい世界であっても、ここは私達の世界だ。それに、真綿で首を絞めるように、じわりじわりと殺されるのは嫌だった。私という存在に終わりを引くのなら、それは私が納得している形がいい。目の前に広がる黒。これは、違う。
「なんとかならないものかなー」
そう何の気なしに軽く独りごち、思案する。すぐに、今日作りだしたボールのことを思い出した。
あのとき得た技術、それを応用させたら何かできるかもしれない。そう私は考えたのだ。
目を閉じて、一つのものを作り出す。私が作りだしたのは、『とても丈夫で分解されにくいすごい板』だった。正式名称はない。なぜなら、私が今想像して創造したのだから。
そんな適当な名前を持つ板であるが、その性能は私が確固としたイメージを持って創造したので、丈夫に違いない。
そんな板を持って、黒い海の近くに立つ。そのまま板の端を片手で持ち、フリスビーを投げる要領で「えいやっ」と言って黒い海に投げつけた。
板は空中で数度回転し、黒い海に着水する。そもそも着水という言葉は、この場合正しいのだろうか。
さて、その板であるが……。
「……全然だめじゃん」
というわけであった。板は、黒い海の上を浮くことなく、ただ静かに沈みながら溶けてしまった。一応、水に浮くという設定もつけてあったので、黒い海が本当に海なら浮くはずである。
この時点で得られた知見としては、黒い海を構成するのは水とは違うものだ、ということ。そして、どれだけ強い物質でも消してしまうということだ。
では、と私は考えを切り替えてもう一つの手段に移る。今度は先ほどの板を巨大にし、それを陸地から黒い海に向けて伸ばしていく。その間、黒い海に接しないようにした。
「……これも駄目か」
少し経って、板は空中に浮かんでいても分解されてしまった。その速度は、黒い海に沈んでいったものと大差なかった。どうやら黒い海に触れてなくとも、黒い海の上にあるものも消えてしまうらしい。
以上のことを踏まえれば、現状の私に打つ手はなかった。この世界のルールをそっくりそのまま書き換えるという大技を使えたとしても、果たしてこれに打ち勝つことはできるだろうか。
私達が立つ陸地が夢幻の楽園だとすれば、黒い海はそこに侵食しつつある黒鉄のように静かで重厚な現実という気がする。
ここは永遠の楽園ではなかった。確かな終焉がそこにはあった。
黒い海が全てを飲み込むとき。それは私達の終わり、つまり死であろう。
自分が消える様を想像して、恐怖を覚える。
「でもまあ」
そう独りごち、思案する。終わりがあるのは、生きていても一緒だな、という答えに至る。
しかし、終わり方にも形というものがある。私が望む終わり方とは、いったいどのようなものだろうか。
私は黒い海に背を向け、町の方に向かってゆっくり歩く。その途中、何度も視界を切り替えて、色彩溢れる世界と、白と黒の世界を見比べた。
私が私という連続した意識を持つまでに、この世界はどれだけの時間を過ごしてきたのだろうか。それは現実時間に換算して一年程度かもしれないし、ひょっとしたら千年以上かもしれない。
局所的かつ短期的な消滅と再生を繰り返しながらも、この世界は今日ここまで、何事もなく続いてきたのだろうなと思える。
しかし、そんな永遠に続くとも思える日々も、いつか終わりがくる。ここにある全ては、みんな消えてしまう。
そう考えると、この世界を構成するありとあらゆるものが空しく、物悲しく、そしてそれゆえに愛おしいとすら思えた。
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