甘ねえとしお妹

蓮視 秋

第1話 甘やかし屋の姉

 僕の姉は何事にも甘い。

 自分に甘く、かつ他人にも甘い。

 毎日必ず“自分へのご褒美”と称して食後のショートケーキを頬張っているし、僕が洗濯当番を忘れたせいで姉さんの着る下着がなくなってしまった時だって決して怒ることはなかった。むしろたまには下着を着けないで生活してみるのも面白そうだと言い放ち、その日はノーパンノーブラで大学に登校して行ったくらいだ。

 甘いのは性格だけじゃなく、食の好みだってそう。特に好きなのは生クリーム。

 一日三食、朝昼晩それぞれに必ずデザートが付いてくる。もはや一日にどれほどの糖質を摂取しているのか想像も付かない。かといって姉さんが自分の体重やスタイルを気にしているところも見たことがない。

 姉さん曰く、「心の健康が身体の健康を保つんだよ。だから好きなだけ食べて好きなだけごろごろする方がスタイルも維持できるの」だそう。全国のスタイルで悩む年頃の人たちに聞かせたらとんでもない反感を買うに違いない。

 とにかく、うちの姉はとんでもなく“甘い”のだった。


              ★


「姉さん。朝だよ、起きて」

 僕の家は二階建ての一軒家で都心部から少し離れたベッドタウンの一角にある。中学生の頃に両親が二人ともこの世を去ってからは、姉と妹の二人でここに暮らしている。

 住み慣れた家。姉と妹の三人暮らしにも、三年も経てば慣れてしまう。

 とはいえ――

「慣れたとはいえ、この時間はまだちょっと憂鬱なんだよなあ」

 毎朝の日課の一つ、姉の起床の手伝い。

 我が家の家訓の中に『家族は毎朝一緒に起きて皆で朝ごはんを食べるべし』というものがある。

 高校一年生の僕に中学三年生の妹、そして大学二年の姉さん。それぞれ学校の違う僕らがわざわざ一斉に起床して同じご飯を食べるのは我が家のルール、というか習慣の一つだ。

 この家訓は今は亡き母さんが打ち立てたもので、母さんがいなくなってしまった今でも母さんのことを忘れないため、そして家族がばらばらになることのないために、僕らは守り続けている。

「っていうか、そう言って家訓を守り続けようって言ったのは姉さんじゃないか……」

 大きなベッドの上ですうすうと寝息を立てている女性。

 これが僕の姉、加々美かがみである。

「ねえさーん。かがみねーさーん」

 姉さんは朝が弱い。

 ちょっとやそっとの呼びかけじゃ一向に起きる気配を見せない。この人にレム睡眠という状態はあるのか一度専門家に視てもらったほうがいいんじゃないかと思うほど、いつも深い眠りについている。

 呼んでも起きないのだから、物理的手段に出るしかない。ということはわかっている。

 けれども……。

「僕がこういうの苦手だってわかってるのに、椎名ったら毎朝僕に押し付けてくるんんだもんなぁ……」

 ベッドの上の姉を見る。

 明るいブラウンの長いふわふわの髪の毛。まるで幼い子どものようなあどけない寝顔。すらりと伸びる四肢は長く、白い肌が朝日に照らされていた。

 姉さんの寝巻きはいつも、裸の上からTシャツを一枚着るだけのものという至極単純なものだ。そう、裸にシャツのみ。下着さえ着けていない。だからこそ、姉さんの豊満な胸が作り出す谷間や、適度に肉の付いた二の腕、綺麗な曲線を描いたお尻に、健康的なふともも――それらが全部丸見えになってしまっているのだ……。

「ああもうっ!昨日もちゃんと服着て寝てくれってあれだけ言ったのに!」

 相変わらず自分に甘いんだから!

 姉さんは血の繋がった家族だ。物心の付くはるか前から僕の傍にいた人だ。なのに、なのになのになのにっ!

「なんでこんな目で見てしまうんだよ僕の馬鹿!」

 自分でも異状だとは思っている。実の家族を色のついた目で見てしまうんて。

 けれども僕も年頃の男なわけで……。しかも姉さん、大学に入ったあたりから妙に色っぽくなってるし……。

 ていうか!姉さんがこんな無防備をさらけ出すような格好をしているのも悪いんだよなっ!

「と、とにかく!起きてよ!」

 悩んでいたって仕方が無い。僕はなるべく姉さんの身体から視線をそらしながら姉さんの体をさすった。

 数回ほど揺らすと、姉さんの喉が鳴る。

「んぅ……ユキ君……?」

 姉さんの口から僕の名前が呼ばれる。

 これはチャンスだ。今日はいつもよりもすぐに起きてくれるか……?

 姉さんの意識が徐々に覚醒へと向かっていることがわかる。

「姉さん、加々美姉さん、朝だよ。起きて」

「えへへ、ユキ君だー。おはよー」

 ぐいっ。

「え、ちょ、うわっ!姉さん、引っ張らないで!」

 姉さんに腕を掴まれ、強引にベッドに引き寄せられる。

 どさっ! 

 突然の事態に対応できず、僕はそのまま姉さんに抱きつかれるようにベッドに押し込められてしまった。

「ちょっと!寝惚けてるの!?」

「んぅー、一緒に寝ようよー」

 むにゅり。柔らかな感覚。

 姉さんは抱き枕を抱えるように腕と脚を使って僕の体をホールドする。

 柔らかな姉さんの体。

「やばい……」

 これは……すごい。

 女性の体って、こんなに柔らかいんだ……。まるで大きなマシュマロを全身で受け止めているような……いや特に前方二つの大きなマシュマロが……手を伸ばせば下半身のマシュマロにも手が届きそうだし……なんだか、ましゅましゅしてきたや……ずっとこのまま――。

「えへへ……」

 もう、今日はずっとこのままでいいんじゃないか……?

「姉さん……」

「なぁに?ユキ君」

「僕、もう今日はここで寝るよ。いやもう起きる必要なんてないんじゃないかって……」

「そうだねー。一緒におサボりしちゃおうか」

「うん。おサボりするぅ……」

 なんだかうとうとしてきたし。それにやっぱりこのマシュマロを手放すのはもったいない。

 いや、むしろ手放したくないどころじゃない、両手一杯にこの感覚を味わってみたいんだ――!

 禁断の果実を目の前に男としてのさがが目覚め始める。

 それと同時に――。

「あ…………」

「なんだい、姉さん?」

「おっきくなっちゃったね……」

 目覚めたさがはどうやら姉さんのふとももあたりに衝突したらしい。

 えへへと笑う姉さん。

「いやダメだろ!!」

 姉さんの一言で僕は冷静さを取り戻し、光の速さでベッドから起き上がる。

姉弟きょうだいで“そういうこと”はダメですから!!」

「いやあ、反応したのはユキ君の方からなんだけどなぁ」

「それについては謝ります!」

 でも許して欲しい。だってこれがさがなんだもの。

「ていうか目が覚めたなら素直に起きてよ!」

 ベッドの上、膝立ちになりながら僕は姉さんに怒る。

「まったく姉さんはいつも甘いんだk――」

 がちゃり。

 説教の途中、おもむろに部屋の扉が開く音がした。

「ちょっと、ユキ兄ちゃん!いつまで時間かかってるの――」

 部屋に入ってきたのはエプロン姿の小さな女の子。僕の大切な家族の一人、妹の椎名しいなだ。それにしても、制服の上からエプロンをして片手にはフライ返しを持っているなんてなんとも王道な格好だなあ。今日の朝ごはんは目玉焼きかな?

 なんてくだらないことを考える。

 いやなにせこういう状況ではよく頭が回らない。

 こういう状況とはつまり、実の姉と兄が同じベッドの上にいる状態でしかも片方は半裸、片方は服の上からでもわかるほど男を覚醒させ姉の前で膝立ちになっているわけである。

 椎名の目から見れば完全にアウト。

 誤解しない方が無理なわけで――。

「ちちちちちちち、ちょっとっ!?な、なななにやってんの!!?」

 そう思うのも無理はない。僕だってきっと同じことを言っていただろう。

 けど僕だってこうしたくてしてるわけじゃないんだ。これはなんというか、さがなのだから。

「け、け……け……け、け――」

「「け?」」

「けだものおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「違うんだ椎名!これは誤解で!!僕にそんな趣味はなくて!!」

「えぇ……ユキ君、さっきまではあんなに私と密着して互いの熱を交換し合っていたのに……」

「姉さん!?状況を複雑にしないで!」

「うわあああん!ユキ兄ちゃんのばかあああああ!」

「ああもう!こうなったじゃないか!」

 泣きながら部屋から飛び出る妹。

「ま、待ってくれ、椎名ぁああああああ!」

 それを追いかける僕。

「ふぁあ、二度寝しよっかなあ……」

 そして再び寝る姿勢に入る姉。

 これが僕の家族だ。

 そして、こんな異常事態みたいな出来事が、僕達かぞくの日常だ。


つづく

 

 

 

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