始まりのクライマックス 1

Miss,Ing

第1話 始まりのクライマックス 1

『誕生日おめでとう!』


その落書きは、あまり人の乗り降りの無い、地下鉄の駅のホームに設置された、水色のベンチの座面裏に書かれていた。


16才の秋、俺は初めて一目惚れというものを経験した。


男子高に通っていた俺は、共学校に通っていた兄が羨ましく、その年の兄の学校の文化祭に、同級生の江本と一緒に遊びに行った。もちろん女の子目当てだ。


別に女っ気がまるで無い訳でもなく、ただただ女の子の友達を増やしたかったのだ。自分で言うのもなんだがそこそこモテる方だったと思う。だがその当時彼女と呼べる存在は居なかった。

『知り合っちゃえばこっちのもんだ!』なんて、まるで根拠のない自負を持っていた俺少年。失笑である。


兄の学校の校門前に立った俺達は、少しの間立ち尽くしていた。

門の中に広がる世界に圧倒されていたのだ。


《女の子、女の子、女の子、女の子、女の子…》

どこを見ても視界には女の子が入ってくる。

俺達が普段目にしている女の子(?)と言えば、保健室のエミ子先生(恐らく四十路)と売店のおばちゃん(年齢推定不能)、学校ではアイドルのヨシ子先生(多分三十路)くらい。

同年代の女の子がこんなに沢山、

同じ敷地内に居るなんて。。。想像を遥かに超えた現実を前に、俺と江本の脳内回路はパニック状態に陥っていた。そしてテンションは最高潮に達していた。


意を決して校舎内に入ろうとした時、俺の時間が止まった。


校舎入り口付近に居た女の子達3人組。その中で壁に寄り掛かりながら、水風船のヨーヨーをポン、ポンと弾いていて… 黒髪でショートカットの… 清潔感が溢れ過ぎてて眩しいくらいの女の子… に目を奪われた。

当時、洗顔料のCMに出ていた某女優に似た雰囲気の顔立ちだった。一瞬だけど視線が合ったその瞬間に、まさしく身体中に電撃が走ったかのような衝撃を受け、俺は… 止まっていた。


『りょーちゃん!誰?知り合い?』


江本の声が止まった俺の時間を呼び戻す。


『い、いや、全然知らない。』


『そうなのー?!めっちゃ可愛いねあの子』


『だな。俺、生まれて初めてかも。。。多分一目惚れだ、これ。』


『マジかよりょーちゃん!お前程の遊び人が?!』


江本が変なテンションで笑いながら言っている。


『うん。』


その会話の最中に女の子達3人組は、校舎の中に消えていった。俺はそのショートカットの女の子を視線で見送るのが精一杯だった。


その後、幾つかの出し物を見てまわったが、当初の目的【女の子の友達を増やす】も忘れ、俺は江本と歩きながらも、さっきのショートカットの女の子をずっと探していた。

結局、その後校内でその子を見つける事は出来ず、その日は江本と二人でカラオケに行き、そのまま家に帰った。


家に帰ってからも、あの子の事が頭から離れずにいた俺は、普段は滅多に会話もしない兄に話し掛けた。


『今日、兄貴の学校の文化祭行ってたんだよ。』


『あっそう。なんで?』


『別になんでって理由は特に無いけど、なんとなく。』


『ふーん。』


…………………


『あのさ、確か兄貴達の学校って毎年学年写真撮ってたよね?』


『あるよ、ホラ。』


兄がおもむろに投げ棄ててきた冊子を手に、あの子が兄と同じ学年かどうかも解って居ないのに、興奮気味に冊子を開きあの子を探した。


あ!まさか!!

いた!!あの子だ!しかも兄と同じクラス!なんて奇跡だ!


『この子なんていう子?』


『ああ山口さんね。』


『今日この子校門の所で見た。』


『ふーん。』


よっしゃ!名前ゲット!

何気なくあの子の情報を聞き出した俺は、冊子の巻末の方に載っていた住所録に目を通し、あの子が住んでいる町や下の名前もゲットした。


=山口えり子=

えり子っていうのか、あの子。

まだ知り合ってもいないのに、スゴくテンションが上がっていた。恋の力は凄い。


翌日、学校で江本に話した。


『昨日、校門の所で見掛けたショートカットの子いたじゃん?あの子偶然にも兄貴と同じクラスだったよ!』


『マジで?!じゃあ兄ちゃんに紹介してもらいなよ!』


『そりゃ無理だ。』


そう、無理なのだ。そもそも俺は兄貴とはそんなに仲良くないし、兄貴はどちらかと言えば目立たないタイプの生徒。あの子の事もさん付けで読んでいたし、そんなに親しい仲ではないんだろう。


『え~、もったいねーよー。』


江本が口を尖らせて言う。


『しょうがねーよ、あの時声掛けられなかった俺が悪い。』


『ホント!りょーちゃんにしては珍しいよな!いつもだったら絶対話し掛けてたのに。』


『な。あんなの初めてだったからさ、俺も自分で自分が訳解らなかったよ。』


『まあ、次は俺の地元の女友達が行ってる女子高に攻めようぜ!』


江本が慰め半分で俺を元気付けてきた。


『そうだな♪』


俺も気を取り直したかの様にそう返した。


あれから幾日か経ったが、俺はあの子…えり子さんの事ばかり考えていた。


そういえばえり子さんは彼氏とかいるのかな。

そりゃいるよな、あんなに可愛いんだし。

でも、どうにか知り合う事、出来ないかなぁ。。。

そして、俺少年閃く。


そうだ!あの学年写真の冊子に電話番号も載ってたはず!

ある夜、兄貴の机から例の冊子をこっそり取り出し、

住所録を確認した。


やっぱりだ、電話番号も載ってる。

でも、どうすりゃいいんだ?なんて言って電話かけるんだ?親が出たらどうするんだ?

ダメだ。俺には無理だ。

普段からこんな内気でネガティブな男子ではないのに、何故かこの時は悲壮感しか生まれてこなかった。


翌日の夜、ある作戦を思い付いた。浅はかな作戦だ。


俺は兄貴の弟だ、てことは名字は一緒だ。とりあえず名字だけ名乗って電話してみよう!

恋とは、かくも恐ろしい。なんでも出来る気にさせてしまうのだ。俺少年、とにかく勢いだけで電話を掛けてしまう。


が、やはり躊躇いがあるのか、ダイヤルしてからコールが鳴る前に何度も何度も受話器をおく。。

しかしその内、ルルルルルル…コール音が鳴ってしまった。もう引き返せない。


ルルルルルル…


『はい、山口です』


……ヤ、ヤヤバい、母親かな?大人の女性の声だ。

どどどうしよう?どうするんだっけ???

『もしもしー?!どちら様ですかー?』


痺れを切らした声が聞こえる。


『あ!あの、フクヤマデスケドエリコサンイラッシャイマスカ?』


めっちゃ早口になってしまった。


『どちらの福山さん?』


『あ、え、えーと同じクラスの福山です。』


嘘をついてしまった。


『ちょっと待って下さいね!』


怪しまれてる。かなり口調が厳しかった。そりゃそうだ、無言電話かと思いきやいきなり男の声で娘を出せ、なんて言うんだから。誰だって怪しむさ。


あーどうしよう。これで父親が出て来ちゃったらもうジ・エンドだ

『もしもし?』


いきなり若い女の子の声が聞こえてきた。


『福山君?どうしたの?いきなり。』


ヤバい!!!えええ、え、えり子さんだ

『あの!えっと!こんばんは!福山です!』


最初に名乗ってるんだから向こうも解ってるわ。


『うん、どうしたの急に電話なんて』


『あの!えっと!俺は福山なんだけど、その…福山じゃなくて…』


『へ?何それ?福山君なんでしょ?』


『う、うん、福山なんだけど、えり子さんの知ってる福山じゃなくて…』


『どういう事?イタズラ電話ですか?切りますよ?』


『き、切らないで!俺、福山涼平っていうんだけど、福山翔太の弟なんだ!!』


言ってしまった。。。どうなっちゃうんだろ。これ。

わずか数秒の沈黙の後、彼女が口を開いた。


『福山君てあの、うちのクラスの福山翔太君だよね?』


『うん。』


『あの福山君の弟なの?』


『うん。』


『どうして私の事知ってるの?なんで電話してきたの?』


ごもっともである。ともすればこれは現在のこの国では犯罪に成りかねない。

ただし、この物語の時代背景は1990年代なので現在のようなストーカー規制法やらは存在していなかった時代なのだ。


『なんでって聞かれると困っちゃうんだけど、えり子さんと話してみたくて。。。』


『でも、会った事ないよね?』


『会った事はある。と言うか、見た事はある。。。かな。』


『え、いつ?どこで?』


『文化祭の時に校門の近くで。』


またしても暫くの沈黙の時がながれた。


『…もしかして、黒っぽいベストに黒のズボン履いてた?』


うわぁ!俺の事だ!覚えててくれてた!!

『そう!多分それ俺!なんで解ったの?!』


『あの時、友達とかと一緒にいて、なんか他校の人がいて恐いから、教室に戻ろうって話してたんだよね。』


なんて事だ。悪い意味で覚えられてたのか。複雑な心境ではあったが、記憶に残っていたならそれだけで嬉しい。その時はそう思って会話を続けた。


『一瞬だけど、目、合ったよね?』


『解んない。でも二人いたよね?どっち?』


あ!?そういえば江本も俺も同じような色のベストを着てたんだ!

『身長の低かった方が俺。』


『身長まで覚えてないから解んないよ!そっかぁでもあの時の人達なんだね。で、どうして私に電話してきたの?福山君の弟君』


『えっと涼平って呼んで良いよ。』


『じゃあリョーヘー君!』


うわぁ名前で呼ばれたぁ♪

この時の俺は絶対に鼻の下伸び伸びだったはず。


『…えり子さんと友達になりたくて。』


『そうなの?だったらあの時話し掛けてくれれば良かったのに。』


それが出来なかったから、こんなややこしい事してるんです!

とは言えず


『ナンパだって思われたくなかったし、俺、福山の弟だし。色々無理だった。』


『そっかぁ。リョーヘー君は何年生なの?』


『えり子さんの1つ下、高2だよ。』


『そうなんだ、福山く…お兄ちゃんとは仲良いの?』


『全然!アイツとはほとんど会話もしないよ!だから俺が今、えり子さんと話してる事も全く知らないし。』


『そうなの!?でも私もお兄ちゃんとはほとんど話した事無いかも。。』


やっぱりね

『アイツは目立たないタイプだし、女子となんか絶対話さないでしょ?!』


『うーん。確かに。福山君が女子と一緒に居るところ見た事ないなぁ。ウフフ。』


笑ってくれた!よし!

『ねぇ、えり子さん!今度俺と会ってくれないかな?どっか遊びに行こうよ!』


言うたった。。。

『無理だよぉー。』


『なんでー?』


『彼氏に怒られちゃうよ。』


なるほどね。うん、そりゃそうだ。怒られちゃうよね。。。

あああぁぁあばばばばぁぁぁ!!!

やっぱり彼氏居たーーーー!

はぁぁぁ、、、まだ会って話した事も無いのにフラれちゃったよ。。。

『そっか。彼氏居るんだ。』


蚊の飛ぶ音のような声で言った。


『うん、同じ学校に通ってていつも一緒に帰ってるから。リョーヘー君に会うのは難しいかなぁ。』


急にいつものポジティブ俺が戻ってきた。


『じゃあさ、学校行く前にちょっとだけ会うのはどう?』


『え?リョーヘー君の学校近いの?』


えーと、めちゃくちゃ遠いです。電車3回乗り換えて1時間程です。

『うん、近い近い!だからお互いちょっと早めに出てさ、えり子さんが使ってる駅まで俺行くよ!』


『私チャリなんだけど。』


マジかぁーーい!

『じゃあさ、どの道使って来てるの?もし会えるなら、俺もそこまでチャリで行くよ!』


『えー、いいよ。遅刻しちゃったらヤダし。』


『大丈夫!絶対遅刻させないから!10分だけ、いや5分だけでも!』


キャッチセールスか俺は。

『じゃあ5分だけね。ホントに遅刻したくないから!』


『ホント!?ヤッター!!』


その後、彼女の通学路を聞き、待ち合わせ場所を決めて電話を切った。


よっっっっしゃぁぁぁあーーーー!!!よくやった俺!でかした俺!えり子さんに会える!会って二人で話が出来る!

もちろんこの事は兄貴には言わなかった。


そして待ち合わせ当日、その場所に少し早く着いた俺は自転車を少し離れた公園に停めて、えり子さんが来るのを待っていた。


待ち合わせ場所は電車の高架下にある小さなトンネルで、歩行者しか通れないくらいの幅だ。トンネルの中の壁はペインターさん達のアートで埋め尽くされていた。

待ち合わせ時間5分前、ソワソワが止まらない。


自転車のブレーキ音が聞こえる度に胸が高鳴る。

待ち合わせ時間を過ぎた。まだ彼女は来ない。彼女の為に買っておいたホットコーヒーも少し冷めてきた。待ち合わせ時間を10分ほど過ぎた頃、彼女は現れた。自転車を押しながらトンネルを通過して出てきた彼女に、恐る恐る声を掛ける。


『はじめまして、福山涼平です!』


秋も深い11月の終わり、朝日に照らされているせいか、色白の彼女がより輝いて見えた。まともに彼女の顔を見れなかった。


『おはよう、リョーヘー君?だよね?』


『うん、えり子さんコレどうぞ!』


ちょっとぬるくなってしまった缶コーヒーを差し出した。


『え!?別に良いのに!直ぐに行くし!』


~缶コーヒーが冷めるまで大作戦~ スタートだ!


『せっかく買ったんだし受け取って!俺コーヒー飲まないし。寒いから手温めてよ!』


『うん、じゃあありがとう!』


えり子さんのチャリを俺のチャリが停めてある公園に導く様に歩を進める。歩きながら彼女の横顔を見る。自転車をこいできたせいか、少し頬が赤らんでいる。可愛い。そんな事を考えていたら、


『ねぇねぇリョーヘー君、私本当に彼氏にバレたらヤバいから、もう会ったりは出来ないよ。』


なんて事だ。公園にたどり着けばベンチがあって、少し座って話が出来ると思っていたのに。

えり子さんはそれだけを伝える為にここに来たのか?


『電話で話すのは?』


『電話は大丈夫だけど、会うのは無理。』


『じゃあポケベルは?』


『ポケベル?』


…………


長い沈黙のあと、彼女が口を開いた。


『ポケベルも平気だけど、もうひとつ約束して。リョーヘー君のお兄ちゃんには、私と会った事とか絶対に言わないで。』


『うん、解った!絶対言わないよ!』


その日は互いにポケベルの番号を交換して別れた。


一気に進展して弾んだ恋のステップに、俺の心はリズムを合わせていた。


-12月-

えり子さんとの関係は、あれから変わりはなく夜電話で話す日々だけが続いていた。そんなある夜。


『彼氏と別れちゃった。フラれちゃったよ。』


いつになく沈んだ声が受話器の向こうから聞こえてきた。原因は彼氏の浮気らしい。俺はあまりの怒りに受話器を持つ手が震えた。


えり子さんという彼女がいながら浮気?なんて野郎だ!彼女を泣かしてくれやがって!

俺が慰めてやらなければ。。。ちくしょう!元カレめ、チャンスをありがとぉぉぉぉぉおおあぁぁ!!!ザッパーン!(波の音)ドーン!(雷の音)

『…えり子さん、俺、なんて言えば良いのか解らないけど、俺は、、、俺は変わらないよ!ずっとえり子さんの側に居る!』


『リョーヘー君、、、ありがとう。』


もうすぐX'mas、今年は初めて本気で好きになった人と共に過ごせるかもしれないぞ。頑張れ俺!!


『あの日、文化祭でえり子さんを見掛けてから、俺の人生は変わったんだよ!人をこんなに好きになった事なんて無かった!会って話しをしたのは1回だけ、だけどあなたを想う気持ちの加速が止まらない。一目惚れなんだ!本気で!』


『うん、、うん。ありがとね、リョーヘー君。今日はもう、切るね。じゃあね。』


涙声の彼女が俺の言葉を遮るかのように、電話を切った。


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