第2話 襲撃

 その日の夜に事件は起こった。


 私は、いつもどおりに夕食を済ませ、お風呂に入って、ベッドに横になった。 夜10時頃、神城家の屋敷は広い敷地のほぼ中央に位置してあるから、普段は静かななのに、奇妙な音が響いた。私は、気になって、窓の外をのぞいてみた。辺りは暗くて、何も見えなかった。だけど、闇をまとって隠れている数人の姿が確かに見えた。何もわからないまま、気になって窓を開けた。刹那、銃声が闇夜に鳴り響いた。私は、反射的に窓の下に隠れた。しばらく銃声がバーン、バーンと何度もなった。私は、恐怖で手や足が震えた。そんな中、一人の男が私の部屋に入ってきた。私の執事の青山拓哉だった。黒いスーツを着て、黒縁メガネをいつもかけている。


「大丈夫ですか、お嬢様!お怪我はありませんか?」


 青山はすぐに駆け寄ってきてくれた。


「私は大丈夫。それより、ほかのみんなは?」


 私は、うずくまったまま言った。青山は、真剣な眼差しで答えた。


「お父様は御無事でおられます。お嬢様、落ち着いて聞いてください。私は、応戦してまいりますので、お嬢様はここで隠れていてください。絶対にこの場から離れないでください。」


 私は、うなづいた。青山は、さっきの発砲によって割れた2階の私の部屋の窓から外に出て行った。こっそり、外をのぞいてみると、青山はメガネをはずしてイケメン姿で立っていた。その周りには、3人ほど倒れていた。青山の前方には、襲撃者と思われる人が12人もいた。それぞれ銃を手にしている。


「神城家の屋敷を荒らすなんて、とても許しがたい行為ですね。私が、お相手して差し上げましょう。」


 青山は、右手を前に掲げると、唱えた。


「アクティベーション!」


 その瞬間、青山の右手にの炎が纏う。襲撃者たちは、驚きと恐怖を顔に浮かべた。


「闇夜に光り輝く」


 炎がいっそう激しく燃え上がる。


「一つの炎が燃え上がる」


 青山は目を閉じる。


「わが民の道しるべとなるだろう、燃え上がれ!ファイアーロード!!」


 目をあけ、力強く詠唱を唱えると、炎は高く上がり、青山は、右手をかざした。辺りは、炎に包まれた。叫ぶものや逃げるものもいた。逃げる者に青山は追撃をする。それを狙って、襲撃者の一人が発砲した。私は、言葉が出なかった。青山の左肩に命中した。そして、そこから、赤い血が流れ出す。青山は膝をつき、そこにもう一発撃とうとするのを見て、私は無意識に窓の外に飛び降りて、唱えていた。


「アクティベーション!」


 すると、手に光の粒子が集まり、剣が出現し、これを掴む。そして、そのまま襲撃者の心臓を一刺しにした。私が剣を抜き取ると、そのままたおれていった。ほかの襲撃者たちは銃口を私に向けた。一人が撃つと一斉に撃ち始めた。


「お嬢様!!逃げっつ。」


 青山が立とうとしたが、痛みによって言葉を詰まらせた。私は自然と頭に浮かんできた詠唱を唱えた。


「ざわめくものたちよ、灼熱の炎に焼き焦がれよ」


 私の周りに8つの大きな炎の塊が現れた。襲撃者たちはその炎に気を取られている。


「その身を果て、塵となれ!」


 8つの炎の塊が空高くあがる。


「アパートファイアボール!!」


 8つの炎が襲撃者に向かって放たれた。彼らは、焼かれ、塵となって消えた。そして、まわりの森も炎の海へと変わってしまった。私は、青山のもとに駆け寄った。


「お嬢様。失礼いたしました。逆に、助けられてしまいました。」

「それより、けがは大丈夫?何をすればいい?」

「お嬢様は、お父様のところへ避難してください。」

「でも、青山は?」

「私は、ここで敵の足止めをします。敵の目的は、お嬢様です。さあ、早く。」

「わかった。絶対、無事に私のもとに戻ってきてね。」


 青山は答えなかった。私は、涙を浮かべながら、走り出した。後ろで戦闘の音は激しさを増していった。私は、振り返ることもなく、走り続けた。


 どの方向にどのくらい進んだのかもわからなかった。暗い森の中、ひたすら走っていた。少しひらけた場所へ出た。そこで私は足を止めた。男3人がそれぞれ同じような格好をして待ち伏せていた。荒い息の中、途切れ途切れに問いかける。


「あなた…たちは…何もの?」


 男たちのリーダーらしき人が答えた。


「おれたちは、あんたの味方だ。ついてこい。案内してやる。」

「本当?」

「ああ。いいから来い。」


 私は、半信半疑でついて行った。暗い夜の森の中、どこにむかっているのかわからないまま数分走った。そして、行き着いた先に待っていたのは、黒いローブを身に纏った人たちが待っていた。その中央の男だけがフードをはずして笑っていた。そして、私は一瞬のうちに囲まれてしまった。罠だったのだ。


「だましたのね。私をどうするつもり?」

「失礼いたしました、神城結衣様。私どもは、黒魔術教団でございます。そして、私は司祭のトリックスターと申します。我々は、結衣様に、魔術をご指導しに参りました。時間もないのですばやくすませるとしましょう。アクティベーション!」


 司祭、トリックスターは、魔法を展開した。これに続いて、私を囲んでいた教団のひとたちも魔法を展開させた。


「アクティベーション!」


 私も魔法を展開させて、剣を出現させた。


「ハハハッ。今夜、初めて使えるようになったのに、随分と早い飲み込みで大変期待できますね。あとは私どもにお任せください。その目でしっかり見ていてくださいね。この国が滅びるのを。」


 !!!


 ―何かがおかしい。体がいうことを聞かない!何をしたの?司祭は術式を唱えていなかった?何が起こっているの?体が勝手に―


 私は、いや、正確には私の体は、剣一振りであたりの森を吹き飛ばし、森は炎の海と化した。


 ―やめて。止まって。


 私は、混乱に陥った。その間も私の体は動き、破壊と殺戮を繰り返した。王国の人を何人も何人も斬ったり、魔法で焼き殺したりした。私は、それをただ見ているだけしかできなかった。そして、悪夢は続く。私の前に現れたのは、親友のあんこだった。


 ―だめ、こないで、あんこ!来たら、私はあなたを殺してしまう。お願いだからこないで。


 しかし、願いは叶わない。あんこは、私の方に走ってきた。耐え難い瞬間がゆっくりとながれた。

 わたしは、あんこの体を斬った。あんこは、手をのばし泣きながら最後の言葉を言った。


「結衣・・・。どうして・・・。」


 そうして、あんこは地面に倒れた。私は暴走し始めた。トリックスターの魔法で操られているのではなく、自分の魔力によって魔法を暴走させた。泣きながら、殺戮を繰り返した。国中が炎に飲み込まれ、すさまじい光景が広がった。あちこちで悲鳴が鳴り響き、地獄となった。そして、私はいつの間にか自分に家に戻ってきていた。そこには、執事の青山やお父さんたちがいた。


「お嬢様!お気を確かに!どうか戻ってきてください!結衣お嬢様!!!」


 しかし、私は、魔力を溜め始めた。大きな炎の塊が私の上で大きくなっていく。その間も青山やお父さんはわたしに叫び続けた。刹那、私は、巨大な炎の塊をみんなに向けて放った。轟音とともに神城家の屋敷は燃えて、崩れ、みんなは炎に呑まれ跡形もなく消えた。その余波は、あたり一面を焼きはらった。そこで、ようやく暴走が止まった。私は、立ちすくんだ。まだ街の方からは悲鳴が聞こえてくる。きっと、黒魔術教団が今もなお殺戮を繰り返しているのだろう。炎も残ってあり、一晩は燃え続けるだろう。しばらくして、私の前に黒魔術教団が再び現れた。


「どうですか、滅びに向かう国は。殺戮によって生み出される人々の悲鳴や憎悪。とてもすばらしい。そして、あなたの殺りかたもすばらしいものでした。どうですか?私どもの教団に入って、殺戮を繰り返しませんか?私は大いに歓迎いたします。」


 トリックスターは、手を差し伸べてきた。私は、怒りと自己嫌悪に満ち溢れていた。


「アクティベーション。ざわめくものたちよ、灼熱の炎に焼き焦がれよ、その身を果て、塵となれ、インファングボール!」


 8つの大きな炎が教団の人たちを襲う。これに応じて、教徒たちは魔法を展開させた。しかし、それでも炎は消えずに次々と教徒たちを焼き消していった。


「おやおや、これはこれは、どういうことですか?私の教徒たちを皆殺しですか。とてもすばらしい出来栄えで。ですが、残念です。アクティベーション!」


 それから、トリックスターとの戦闘が始まったが、すぐに決着がついた。私がトリックスターを剣で刺し、そして、焼き消した。


 そして、この国には私以外誰もいなくなった。街にはまだ少し火が残って少し明るかったが、静かで寒い夜になった。私は、泣き崩れていた。ずっとずっと泣き続けた。自分を責め続けた。いつの間にかまだ夏なのに雪が降り、吹雪になっていた。雪ははすぐに積り、いっそう静かに、暗く、寒くさせた。やがて、雪はやみ、夜空に満月が出ていた。そんなか私は、ついに力尽き雪の積もった地面へと倒れ、意識を失った。熱くて寒い、地獄の、とても長い夜だった。

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