超能力で失われた俺の人生を返してくれ。
城北 蒼
覚醒〈prologue〉
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誰だって異常という概念に対しては否定的になる。例えば、『変わった人』という言葉が肯定の意味で使われることは皆無だろう。それがたとえ天才の類であったとしても、周りの人々は何らかの形で自分たちの周りからその存在を遠ざけようとする。神格化をもってそうする人々もいれば、迫害という行動をとる人々もいる。この国での東大生や学者などの扱われ方や、一昔前の黒人に対する理由もない差別などがいい例だ。
だがおそらく自分もそっち側の人間だった。そう。『だった』のだ。正確には俺が彼女と出会ったあの雨の日までのことだ。それまでの俺は異常なものを自分から遠ざけようとしていた。
しかし、いざ自分が迫害をされる立場の人間になってみると、この考え方がどれほど恐ろしいものだったのかが身にしみる。そして改めて思うのだ。この国は間違ってる。異能のものが追われる国なんてそれこそ『異常』だ。
革部 新/2019年/5月8日/午前6時23分/上毛県高坂市内
6時20分に設定していたやかましい目覚ましの音に快眠を妨害された俺は、手早く着替えていつものように自室から出た。リビングで朝食を摂るためだ。だが窓の外の雨は俺を爽やかにはさせてくれない。学校へ向かうのが面倒という雨の日特有の心持ちでリビングへと向かう。
「おはよう」
「おはよう、新」母親からはあいさつが返ってきたが、朝の準備で忙しそうな妹からは特に何も返って来ない。まあいつものことだから気にはしないが。
家族3人でテーブルに着き、いつも通り朝食を摂ろうとする。しかしその時、目の奥にわずかな痛みが走った。痛みといっても違和感程度のものだ。花粉症かな、などと思いながら、金属製のコップを手に取る。
しかしそこが俺の人生を決定するターニングポイントとなったのだ。俺が今まで生きてきた人生と、これから俺が歩んでいたであろう60年以上の人生が、文字通り音を立てて崩れ去った。
一口中身を飲んでコップを机に置く。だがコップの底が机に当たった瞬間、信じられない事が起きた。木製の机にコップの底がめり込んだのだ。とんでもない音があまり広くないリビングに響く。ゆっくりと2人の顔を見ると、どちらも驚きはもちろんのこと、明らかな恐怖の顔をこちらに向けていた。
一瞬よりも少し長い時間の中、俺は自身が置かれている状況を悟った。俺は多分超能力と呼べるものに目覚めてしまったのだ。それに気付いた途端、体は勝手に外へ逃げることを選んでいた。
靴すら適当に履き、玄関を抜けようとした時、後ろから親しかったはずの2人の叫びが聞こえてくる。だが、理性を上回って働く本能は、それに構うことをしなかった。
この世界に、超能力を持つものがわずかだが一定数、かなり長い間存在し続けていることは一部の人間の間で有名な話だった。例えば中世のヨーロッパでは、魔女とされて処刑された人々の中に、実際になんらかの能力を保持している可能性がある人物はいたと文献に記されているらしい。だが、近代に近づくにつれてその様な事実は否定されていった。それもそのはずだ。法律に則り国が運営され、法律によって人々の安寧が守られる世界において、その様な事実は不都合なのだ。超能力が使われた犯罪は証明がほとんど不可能なのだから。中世ならそのような疑いをかけられた段階で処刑ができただろう。しかし法治国家でそのようなことをするわけにはいかない(しかし最近でもナチスドイツによる人種隔離政策や黒人差別という形で粛清は行われていたらしい。と某オカルト雑誌は言っていた)。 だから超能力という存在はインチキやオカルトということにされた。俺がこんなことを知っているのもオカルトめいたことにはまっていた時期があったからだ。要するに人々の間で超能力といえばありえないものという認識になっていた。数年前までは面白半分という人や、非現実的と吐き捨てる人が多かった気がする。
だが、今現在、この国は『超能力者』という存在を法律で認め、その上で彼らまぎれもない異端として弾圧を加えているのだ。東京でオリンピックが開かれる事が決まった年に政府は、かつての黒人差別やユダヤ人差別を思い起こさせるような法律を公布した。『特殊能力等保持者規制法』というものだ。これはオリンピックに先駆けて超能力を保持する人間の犯罪やテロ行為を抑止するために作られたという法律だ。この法律には、超能力者のことを『特殊能力等保持者』として扱い(それでも一般には超能力者という名称で通っているが)、国家公安委員会を主体としてそれらの人間を連行、収容し、能力を活用できるように訓練するということが明記されている。また、超能力者を発見したりしたものは地方自治体の窓口や警察署に通報すれば多額の報酬が国から支払われ、逆にそれを秘匿するものは超能力者と同様に連行され、危険性を理解するための『講習』を受けるのだ。
当然ながら、これを提案し、同時にこの法案を可決にまで持ち込んだ、時の総理である泊秀時は、所属する政党もろとも、国内最大の超能力者保護団体である『日本異能協会(NIK)』をはじめとしたあらゆる人権派団体や各種マスコミ、中道より左の野党などから凄まじい非難を浴びた。
しかし、法案の可決から3週間ほど経った時を境に、そういった批判的な論調はふっ、と消え失せてしまった。原因は誰にもわからないが、そんな大きなトピックすら消え失せてしまうのがこの国だとみんな知っている。当然俺も興味がないのでそんなことは今日まで忘れていた。それを証拠に、自身が超能力に目覚めてしまったことに対してまだ実感が湧かない。自身が国に何をされるのかわからないのに差し迫った恐怖心というものが薄いのだ。そのせいかやけに頭だけは冷静だ。体の制御に脳のリソースを割けるからそっちの方が好都合だが。
しかし自覚がなくても今は逃げなくてはいけない。とにかく遠くの方へ。捕まれば、最低でもいい事は無いということはわかっているのだ。殺されるという噂が出回るくらいなのだから。
そんな思案と共に、俺は意味もなく動きたがる体を、筋肉をただ前に進むことに使った。自分場所も時間も把握できないほど一心不乱に……。
もう何時間走ったかわからないが、出たばかりの日が既に中天するほどは走っていたらしい。それにしては疲れていない。もう6、7時間は走っていたことになるはずなのにだ。
走ることに向いていた注意が時間へと向いた機会に、辺りを見回してみる。どうやら住宅地のようだ。道沿いのバス停には、『いわつき市〇〇町』と記されている。そんな遠くまで来たのか、と自分でも驚き、同時に恐怖を覚えた。明らかに高校生の脚力と体力ではそんな遠い所に走っていけるはずがないからだ。改めて自身の異常に気付かされた。
そして、同時に自身の格好が目立ちそうなことに気付く。今日は当然登校するつもりでいた。だから今着ているのは高校の制服だ。平日の真昼に高校生が住宅地をうろついていれば怪しまれることは想像に難くない。とりあえず、とその場を離れよう足を進める。しかしその時だった。
「君ちょっといいかな」二人組で巡回をしていた警察官が声をかけてきたのだ。1人は細身で身長がかなり高い警官だ。眼鏡をかけているが、その奥の目は何かを訝しむ目つきだ。一歩後ろにいるもう1人の警官に何か目配せをしているようだ。そしてもう1人の方は小太りでそれほど高くない身長をしていた。だが、身体的特徴よりも、腰のホルスターに手をかけていることが俺の目を奪う。その上無線に何かつぶやいている。
背筋が凍った。少なくとも今の俺にはこの男たちが自分を捕らえようとしているようにしか見えない。だがこの場から逃げれば、こいつらは俺に追いつくことが不可能であることはわかっている。そう思い、問いかけを無視して2人を避けて逃げようと足を一歩踏み出そうとした時であった。
「逃げたら撃つ。特規法3項によって我々には超法規的措置が認められている。大人しくしろ」
冷酷な声で小太りの方が言った。思わず足が浮いたまま止まる。
今自分が置かれているのは命の危険だ。しかも警官と俺の間は2、3メートルほどしか離れていない。混乱する頭で打開策を弾き出そうと必死に思索する。だがそれに大した時間はかからなかった。
簡単な話だ。ここで強行突破すればいいのだ。目の前で銃を握っていて、すぐ撃つことができるのは小太りの方だけだ。そうと決まればためらう暇など必要ない。持ち前の思い切りの良さが、ここで俺を救ってくれるようだ。
浮かせた足で勢いよく踏み込むと、俺はそのまま前傾姿勢になって小太りの方の胸へ拳を叩き込んだ。その瞬間、俺は数メートルの間など思いの外短いことと、人間の骨が拳の上で砕けることを悟った。そして息をつく間も無く足の外側をブレーキにしてもう1人の顔面に一撃を叩き込んだ。
だが俺には、してやったと満足する時間などなかった。ここで何かが起きたことと、俺がここにいたことは既に警察中に伝わったはずだ。だったらなおさらここに残っているわけにはいかない。俺は倒れている2人の様子を見ることもせず、すぐさま走る体制へと移り、再び駆け出した。
結局あの後に何時間走ったかはわからないが、いわつき市よりも田舎の様相を示す所に来たことだけは確かだ。そのほかの情報は皆無に近い。先ほど時間を教えてくれた太陽は、少し前から厚い雨雲に覆われている。確かに昨晩のニュースで、関東一円で夕方に雨が降ると言っていた気がする。しかもかなり強めらしい。
夕方に近づく中、俺はそうなる前にどこか休める場所を探したいと思った。今日はもう戻れそうにないし、この後また逃げることになると思うと最悪寝るだけでもしておきたいからだ。
だが場所がわからない。土地勘もない。そんな中で安心できる場所を探す方法は一つしかない。足を使うしかないのだ。幸いこの辺りは寂れているのか廃屋のようなところや閉店したパチンコ店のようなところが多々あるようだ。それを踏まえて何軒か入れそうな家を探してみる。
しかし、そう簡単に閉店した店舗や廃屋が入れる状態にはなっていないことに気づくまでにそこまで時間がかかることはなかった。さらに、そうして一軒一軒見て回るうちに大粒の雨が降ってきた。急ぐ必要がある。
それでも、焦る気持ちに反して都合の良い建物は見つからない。気づけば、灰色の空は黒に近づいていた。おまけに体は降り出しから強めの雨に濡らされ、焦燥と共に疲労感を倍増させる。だがその時のことだった。
もう9軒ほど回ったところで、閉店したばかりなのか入れそうなパチンコ店があったのだ。都合がいいことに裏口が半開きになっていた。俺は砂漠でオアシスに出会った心地でそこに入る。誰かいても広そうだから気づかれることもないだろう。そう思って事務所を通り、ホールの方へ進む。流石に入り口に近い場所にとどまるのは怖い。だからホールで休むことにした。
しかし、ホールへ進もうとした時、何者かの声と、物音に気付いた。太めの柱の陰に隠れ、会話の盗み聞きを試みた。
「……。あははははは」
「とにかくもう協力なんてできないわ。いい加減にして!」
「じゃあお前のことをあちこちに言いふらしていいんだな?まあ俺には利益しかないけどな。警察に通報すれば金がもらえるし。まあこれからムカつく奴殺せないのは残念だけどさあ」男1人に女1人の間の、何やらただならぬ会話のようだが、痴話喧嘩とはまた話の方向が違うようだ。心臓は音が聞こえるほどに波打つ。それくらいに焦っていたが、話の内容から女性の方が超能力者だということは察することはできた。だとすれば彼女は何かに利用されているのかもしれない。様子が気になったので覗き見をしてみる。
男の方はかなり人相が悪く、パーカーのフードから覗く髪は金色だ。その上、体格もかなり良い。少なくとも昼間の警官2人組よりも。だが、そんな男の人相と反して、女の方は細身で、かなり清楚な雰囲気がしている。それどころか、この場にそぐわない服装だった。なんと制服を着ているのだ。それもおそらく高校のものである。この辺りの高校生なのだろう。そのせいでますますこの2人に関連性は見出せない。何が起こるか分からないな、と息を呑み、展開を見守る。
「後お前今日はもう力使えないよな?逃げられてお前に自首されんのもめんどいし?ここで……。いや、その前に食っちまってもいいかなぁ。おまえと会った時から顔は可愛いと思ってたし。だからあいつが死んで助かったよ……。お前が取られないからさぁ……。ま、やっちまうかなぁ。思い立ったが吉日って言うしなぁ!?」そう言うや否や、男は少女のことを押し倒した。思わず筐体から身を乗り出してしまうが、男は少女を襲おうとすることに夢中だ。
「やめて!私が悪かったから!それだけは許して!」当然少女は抵抗する。だが男の方が有利なのは明確だった。誰かが助けなくては。見捨てることはできない。
「おいっ!何してるんだ!」そんな他力本願な感情を持っていても、気付いた時には喉が叫び、体は男たちの方へ動いていた。
「誰だ!」男は少女に馬乗りのまま俺に向き直って叫んだ。こちらを向く真正面の人相はなおさら凶悪そうだ。さらに年齢も、彼女や俺と比べて上のようだ少なくとも高校は卒業しているように見える。男はさらに声を荒げて叫ぶ。
「お前どっかで見たなぁ……。あっ!お前超能力者だろ!ニュースでやってたぞ。警官殴って逃げたんだってな。」まさかもう報道されているなんて。だが今は、そんなことで心を動かしているような状況じゃない。この男からどうにかしてこの少女を助けなくては。出処がわからない正義感を頼りに、気合いを入れ直す。
こちらの正体に気付き、ようやく馬乗りの姿勢から腰をあげた男は、そのままこちらに向かって来た。
男と相対すると、身体中の筋肉が震えた。警官たちを殴った時も味わった感覚だ。臨戦態勢とはとはこのことなのだろう。その勢いのまま拳に力を入れる。
しかし俺は、自分が常識を超えたペースで肉体を酷使していたことを忘れていた。ましてや能力に目覚めてすぐだ。体だって順応しきれてないはずだ。だからコップが机にめり込んで、俺が日常から逃げ出すことになった。つまり俺の肉体も、脳も、何もかもがもう限界を迎えている。臨界点を超えたのだ。
ふっ、と意識が飛んでいくような気がした。それと同時に、全身の筋肉が緩み、体が崩れ落ちた。これが気絶の感覚らしい。だが、ここで倒れてしまったら彼女ごと捕まるだろう。でもその前に彼女自身が……。途切れ途切れの意識の中、最後まで残った感情は正義感だった。だが、そんな強い感情でも肉体の限界には耐えられない。俺の意識はそのまま消えていった。
日和憑穂/2019年5月8日/岩槻県行丘市内/午後6時23分
私には人生の中で後悔していることが2つほどある。1つは日和という苗字から産まれたこと。日和家は自他ともに認める、本当に最悪な家だと思う。父親は医師とは思えないほど粗暴で独善的な性格だし、母親なんてここ数年大して見ていない。いつも小宮市の方へ遊びに行っていると聞いた。厳格すぎる父とは正反対だ。というよりも、だからこそ、父親は私に過剰に厳しいのかもしれない。殴ってでも母親のようになって欲しくないのだ。
そしてもう1つ。それは今私の目の前にいるこの男に出会ってしまったことだ。あれは3ヶ月ほど前の出来事だったーー。
「なあ、きみまだ帰らないんだったら俺らと遊ぼうよ」
今私ににじり寄っているこの男ーー村田秀吉は、繁華街で私に声をかけて来た男の友人だった。
この最低な出会いをした日、私は父親の暴力に耐えかねて家を出て、駅の方の比較的栄えているところをぶらついていた。そうしたらいわゆるナンパというものをされたのだ。平時なら断って家に帰っていたが、この日の私はそんな判断ができるような状態ではなかった。だから言われるがままについていってしまったのだ。疑うこともせずに。
私がこの便利で、それでいて厄介な事を招く能力に目覚めたのは、この夜が初めてのことだった。男2人はこの後、私を車に乗せて、拠点と言い張るパチンコ屋の廃店舗に連れ込んだ。そして、そこの事務所で私のことを襲おうとしたのだ。村田でない方の男が私のことを壁に押し付け、私の目を覗く。危機感の真っ只中で、目の奥にほのかな違和感を覚えたが、そんなことに構っている場合ではない。しかし、なんとかこの場から逃げる術を模索する中で、私は奇妙な現象に襲われたのだ。一瞬、視線が揺らぎ、目の前が暗くなる。だが、次に視界が戻ってきた時には目の前にいる人物がその男ではなくなっていた。なんと気絶した『私』が壁にもたれていたのだ。私はひどく困惑した。そしてその困惑を塗り替えるほどの運命の残酷さに気づいた。
私は超能力者になってしまったのだ。おそらくこれは憑依の能力だろう。背筋が凍り、心臓の鼓動も激しくなる。だが、同時に、今置かれている状況でこれを活かさない手は無い、という考えも、激しくなる動悸の陰から出てくる。
慣れない上にいつまでこの状態が続くかわからないが、とりあえず体はある程度自由に操れる。私はこの男の体で、そのまま村田を殴ろうとした。
だが村田は、恐ろしく冷徹な人間だった。向かっていく友人の肉体を殴りつけたのだ。それも戸惑いも無く。私はそのまま転倒し、操る肉体は後頭部を剥き出しのコンクリートに叩きつけた。そしてその瞬間、私の意識はきちんと私の目線で戻って来たのだ。
それからのことはぼんやりとしていてあまり覚えていないが、この日を境にして、私は村田に使役されるようになった。それも能力を使わされたのだ。あるときは窃盗の手伝いをさせられた。そしてまたあるときは、彼が気にくわない人間をこの世から消すことまでやらされた。
これら全てを難なくこなすことのできる憑依だったが、それを使った反撃を彼にすることはできなかった。なぜなら彼と会ったのは私が能力に覚醒したその日のみだったからだ。男はあの時、その場で私に連絡先を持たせるとともに脅迫をしてから今日まで、メールなどを通してのみやってほしいことに関する命令をし続けた。
だが、ここ数日で、私の堪忍袋は限界まで膨らんでいた。もう嫌気がさしたのだ。私からしてみれば、無関係な人間から物を盗ったり、知らない人間を殺すことに対する罪悪感は他の何よりも強いものだった。これは私以外の人間でもそう思うだろう。それはそうに決まっている。
だから私は村田を探し続けた。そして今日、とうとうこの男を見つけたのだ。それもこの男との因縁である、廃店舗で。
「いくらいうことを聞くって言っても今度のは限度があるわ!銀行強盗なんて出来るわけないわよ!」
「ずいぶん強気じゃん?立場がわかってるのか?」男の口調からは罪の意識は感じ取れない。そればかりか要求はエスカレートしている。前はコンビニのレジ強盗だったが、今回はとうとう銀行強盗まで要求してきたのだ。これには我慢がならなかった。流石にそこまでは不可能ではないか。それにこの男は、計画が失敗したところで何1つ損をしないのだ。捕まるのは良くて乗り移られた人間、最悪私が連行される。あまりの態度に思わずため息が出てしまう。
「今回からもう言うことは聞かないわ。」
「じゃあ通報だな。あははははは」この期に及んで使われるその脅し文句に嫌気がさしながらも、それが最も強い脅迫なのだから本当にうんざりする。
「とにかくもう協力はなんてできないわ。いい加減にして!」
「じゃあお前のことをあちこちに言いふらしていいんだな?まあ俺には利益しかないけどな。警察に通報すれば金がもらえるし。まあこれからムカつく奴殺せないのは残念だけどさあ。後お前今日はもう力使えないよな?逃げられてお前に自首されんのもめんどいし?ここで……。」確かにここにくる条件としてある程度難易度の高い仕事をさせられた。実は私の能力は、1日に合計で1分ほどしか使えないのだ。つまり私はこの男にしてやられたのだ。何も言うことができない。さらに村田は続ける。
「いや、その前に食っちまってもいいかなぁ。おまえと会った時から顔は可愛いと思ってたし。だからあいつが死んで助かったよ……。お前が取られないからさぁ……。ま、やっちまうかなぁ。思い立ったが吉日って言うしなぁ!?」村田は衝撃的なことを言った。この場で私を襲うつもりなのだ。私はこの時、自分の浅慮を果てし無く恨んだ。しかし、内面的なことが、ましてや後悔がこの状況を救うはずがない。強い力で、私はそのまま床に押し倒された。
「やめて!私が悪かったから!許して!」この男が悲痛な叫びごときで手を止める訳がないことはわかっていた。それでも本能が絞り出す叫びが、虚しくホールに響く。
必死に抵抗しても、体格差が違う。どれだけもがいても馬乗りになった村田は止まらない。だが、諦念が芽生え始めたその時、そこまで遠くないところから声が聞こえた。
「おいっ!何してるんだ!」一瞬誰かが助けに来たと期待したが、成人の声には聞こえない。同級生の男子と大して変わらないような声質だ。
「誰だ!……お前どっかで見たなぁ……。あっ!お前あの超能力者だろ!ニュースでやってたぞ。警官殴って逃げたんだってな。」柱の陰から、声のイメージと変わらぬ男子高校生が出てくる。さらに、村田の話でとある携帯のニュースを思い出した。目の前に立つのは、確かに上毛県からここまで逃亡して来た、革部という人物だ。でもどうしてここにいるのだろうか。そんな疑問が浮かんだ途端、村田は私の腹部から立ち上がり、革部のほうへ体を向け、歩み寄る。革部もそんな村田を迎え撃とうとしているように見える。
もしかしたらなんとかしてくれるかもしれない……。そんな風に思った矢先、革部に異変が起こった。なんといきなり気絶してしまったのだ。だが、驚きより先に絶望が襲いかかる。
村田は倒れている革部の腹部を一発蹴ると、すぐに踵を返し、こちらへ向かって来た。
「はあ……。邪魔が入った。じゃあ続きといっ!」再び絶望する中で、村田の言葉が止まる。そして、村田はそのまま私の目の前にうつ伏せになって倒れ込んだ。しかし、恐る恐る村田の背中を見ると、肩甲骨の間のあたりに何かを刺して出血させた痕跡があった。
途端に全身の毛が逆立つ。確かに人を殺めてしまったことは2、3度ある。だが、どれも直接は見ていない。離れたところから操って自殺させるのだ。だから目の前で堂々と殺人が行われることに対してはただ怯えることしかできない。その上、刺したはずの人物が見えないことがより恐怖を煽る。
「だ、誰っ!」震えた声がまたホール中に反響するが、すぐには誰も答えない。だが、その正体は、反響が消え去った頃に、急に目の前に現れた。
「お迎えに参りました。お嬢さん。そしてそこで倒れているおぼっちゃん」死体が目の前に転がるというシリアスな場面で、急に目の前に男性が現れた。年はそんなに村田と変わらない様に見える上、髪の色も同じくらい明るい。だが、あいつと違って清潔感がある。好青年という単語が似合う青年だ。手に血塗れのナイフを握っていることを除けばだが。
「私、朝霞 靖司と申します。以後お見知り置きを」恭しく頭を下げるが、動作も口調もまるでピエロの様だ。明らかにふざけてやっている。
だが、そんな態度でも緊張がほぐれたのか、だんだんと目の前が暗くなっていく。そのまま私も、意識を失っていった。
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