アッシュ=ロウは休息が欲しい

@halumaki

それは儚き永遠の理想

 人間というものは脆く儚い。


 獣族に比べ体力は劣り、魔族に比べ魔力は劣り、死族に比べ寿命は劣り、神族に比べ知力は劣る。


 故に我々は団結せねばならない。手を取り頭を使い力を合わせる事で多種族を超える。それが人種族ができる唯一の特技。


 しかし、それだけで我々は満足しない。人というものは終世欲深い生き物である。

獣の力を、魔の深淵を、死を凌駕し、神の叡智を欲してしまうのが人間である。だから旅に出よう。まずは我々の寿命を伸ばし彼らに近づく為の時間を得よう。


 ここにアヴァロンは人を超えた人となるために尽力することを誓う。志共に生きる者は我が声に続け。



 剣を掲げた若い青年の言葉に彼を囲む多くの人々が拳を上げ咆哮する。多種族に辛酸を舐めさせられた者、欲にまみれた者、可能性を追い求めた者、そして彼と意気投合した者が集まり形成された人種族ギルド『アヴァロン』による大規模探索が行われた日である。その中には過去の戦争で数々の偉業を成した最強の傭兵アッシュ=ロウの存在もあった。


「アッシュ。この様な事にまで参列してくれてありがとう。」


「……気にするな。俺とお前の仲だろう、メイヴン。」


 剣を掲げた青年メイヴンとアッシュは視線を交わし微笑む。二人は以前の戦争で共に先陣を切り勝利に貢献した戦友でもあった。


「長い旅になる。恐らく戻れない事もあろう。家族への遺言は渡したか?」


「俺は生まれてすぐに孤児となった。家族なんていないさ。」


「そうだったな。すまないアッシュ。」


「気にすることではない。お前こそいいのか?」


「それこそ不問だ。俺の探索に付いてこないはずがない。」


 ため息を漏らすメイヴンに対し思わず苦笑する。彼と先日婚約した女性ことソナは長年メイヴンと共に旅をしてきた神官であり、回復系の魔術師でもある。故に探索では必須の存在となるのだが熾烈を極めるだろう此度の探索。メイヴンの中では留守を頼みたかったのだろう。


「いつの間にか未亡人になる位なら共に死にます。だとさ。不老不死の妙薬を探しに行くというのに中々不吉な事を言われたよ。」


「フフッ。尚の事お前らを守らねばならなくなったな。」


 大げさに肩を落としたメイヴンだが、内心嬉しかったのだろう。ちらりとソナを見たのをアッシュは見逃さなかった。


 やがて、皆の準備が整った事を知らせに来た兵士の言葉を聞いた彼らは各々の装備を手に取り立ち上がる。そして探索の開始を告げる銅鑼の音を響かせ拠点としていた街を出た。


 探索と言っても今日日道中モンスターに襲われる等はない。だが、それ以上に昨今の情勢は面倒くさい。多種族間の交流が上手くいってない為戦争が起きている。故に多種族からの急襲される可能性がある。そうなると勿論各種族の顔役が動き糾弾を始めてしまう。つまり、探索自体が戦争の火種を起こしかねない事となる。

 とは言え即座に何かが起こるわけでもない。その証拠に初日から一週間にかけては何事も無く進むことができた。だが、人種族が統治する領地を超え獣族の領地へと足を踏み入れた瞬間石が飛んでくる。探索隊に緊張が走り固唾をのみこんだ彼らの前に現れるキラーエイプ、バイコーン、アルミラージ、グリフォン……危険視されている獣族筆頭が次々と並ぶ。緊迫した空気が流れる中、メイヴン、アッシュ、ソナが前に出る。睨み合う両営。先に動いたのは獣族だった。

 10m程の距離を一気に詰める俊足の獣。額に2本の角を生やしたバイコーンの突進は巨岩をも砕く威力がある。その強撃をメイヴンが自身の姿を隠す程のタワーシールドで防いだ瞬間咆哮と怒声が響き衝突する。空から風を切り大地を蹴り突貫する獣達に対し矢を穿ち剣を振るい人間が応戦する。穿たれた獣の悲鳴、突き飛ばされた人々の断末魔が生まれては気迫でかき消され瞬く間に入り乱れた戦場は数刻の後に人々の勝鬨に変わった。


 その後勝利を祝した野営では討伐した獣達の肉が振る舞われ美酒に酔いしれる。同時に命を落とした同胞を弔う鎮魂歌が紡がれ明日は我が身と兜の緒を締めようにメイヴンから告げられた。


 それからというもの獣族の領地を超え死族が蔓延る山を抜け神族が屯う谷を超え何十年もの月日と幾百もの戦闘を終え訪れた魔族の地。齢57となり老兵としての貫禄を得たメイヴン、その彼を支え続けた同じく齢57のソナ。二人を守り続けた齢73のアッシュ。そしてメイヴンとソナの子で齢25となったシフォン。数百からなる探索隊も4人となってしまったが、世界を駆けた彼らが未踏の地は残す所一つとなっていた。


「もし。ここにもなかった時はどうするか。シフォンはまだ若いから旅ができる。しかし俺たちはもうこんな歳だ。辞世の場はどこにしようか。」


「個人的には神族の領地にあった森が良いわね。とても神聖な雰囲気だったもの。」


「同感じゃ。……しかし底まで持たない気がするのぅ……。」


「アッシュ殿、その様な悲しいことは……ッ!!!」


「ふふ……いつになっても健気で優しい子じゃ。しかし時というのは待ってはくれぬ。兵となり60年弱。幾時も死に場を乗り越えた事はあったが……それとは違う。抗えぬ死というのは勇者ですらあるのじゃ。」


 目に哀しさを浮かべるシフォンの頭を撫で目の前の地を見つめる。与太話はこれまでとばかりに目を鋭くしたアッシュの顔をみた3人も息を潜め臨戦態勢のまま見据える。


「今日までとても楽しかった。悔いは全く無いとは言えぬが我ながらとても充実した生を歩めたよ。メイヴン。ソナ。シフォン。ありがとう。」


 顔を歪める3人の答えを聞く事もなくアッシュは踏み出す。寿命が近く死に瀕している者とは思えない程の勇ましくしっかりとした一歩で。そんな彼に続く3人もこれまで支えてくれた英雄と呼ぶべき男の背を見つめながら、絶後になるだろう一歩を踏み出し理想を探し進む。30年以上に渡るアヴァロンの追い求めた問の答えを探しに。あるかも分からぬ不老不死の妙薬を求めた彼らの旅に、後世まで語れるピリオドを打つためーーーー。




 アヴァロンの探索が行われてから約100年。人々の記憶からは不老不死を求め旅立った愚かな人間の事など忘れ去られ活気づいた街に商人の声がこだまする人種族領最大都市エルセイン。様々な人種や亜人が行き交うこの街に一人の青年と美女が現れた。瞬く間に噂になった彼らだが、その内容は彼らの見た目ではない。青年が放った一言が問題だった。


「奇跡をなし得た。人は種族を凌駕できる種だ。アヴァロンよ。俺は叶えたぞ。人類の進化の第一歩を。」


 旧アヴァロンギルド拠点で高らかに叫んだ男は、周囲から数奇な目で見られながら噂となる。人々はこの男は何者か。と訪ね歩き名を聞いた途端に目を見張ることとなった。知らされた英雄の名前は『アッシュ=ロウ』。奇しくもアヴァロンと共に世界を股にかけた最強の傭兵と同じ名前だった。

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