松田亜矢3

「それじゃあどうやって当てたか種明かしを始めるね。まず今回紙コップを1つずつ確認している時に、亜矢ちゃんから1つだけ色を当てる手掛かりをゲットできました! それは最後に聞いたオレンジ色の紙コップの時だけ、他の紙コップを聞いた時より『いいえ』を言うタイミングが少しだけ早かったんです! 表情や仕草の変化は全くなかったからそこはさすがだったよ」


 俺はゆっくりと丁寧に、亜矢が理解しやすいよう配慮しながら説明を始めた。


「そうだったんだ……少し早くなっていたなんて、自分じゃわからなかった。でもでも、だったら怪しいのはオレンジの紙コップじゃないの?」


 首を傾げ、不思議そうに亜矢が尋ねてきた。


「普通に考えるとそうなんだけど、今回は他にも見破るというか、誘導するトリックを使ってます! 亜矢ちゃんに質問だけど、宝探しのゲームをする時、亜矢ちゃんが隠す側なら次のどっちに宝を隠す? 

 A・オーソドックスに見つかりにくい場所。

 B・裏をかいて目立つ場所。

 さぁどっちかな?」


 少し眉間にシワを寄せ、悩みながら亜矢が答える。


「うーん。どうだろう。やっぱり見つかりにくいAかな。でも迷うなぁ」


「そうだよね。この状態だとAかBか迷うし、その時の気分で変わる可能性があるよね」と頷きながら言った。


 そして両手をパンと鳴らして続ける。

「じゃあシチュエーションを変えてみます。しっかり想像してみてね。

 亜矢ちゃんはかくれんぼをしています。

 鬼に見つかったら殺されてしまいます。

 A・オーソドックスに見つかりにくい場所。

 B・裏をかいて目立つ場所。

 さぁどっちかな?」


 殺されるというワードを聞いて、亜矢の表情は急に緊張したものになった。


「それなら絶対Aだと思う。少しでも見つかる確率の低い方にしたいもん」


「そうだよね。大概の人は強い恐怖を感じるとそう答えるんだよ。たまにスリルを楽しむような人がいるけど、こういう人は少数派で、Bって答える時があります! でもそういう人は表情に自信があったり、少し笑っていたりするから、それはそれで分かります。実はこれと同じ事をさっきのゲームでもやったんだよね」


 オレンジジュースを一口飲み、説明を続けた。

「一見すると色当てには関係ないように思えた最初の3つの質問は、実は亜矢ちゃんの緊張をほぐす為のものだったんです! 緊張していない状態からいきなり自信満々に『これで大丈夫です。絶対に当てれると思うよ』って言われたら、えっ? なんで? 私何かバレるようなことしたかな? ってなると思うんだ」


「うんうん! 思いました。ビックリしたし、急に緊張しちゃった」と頷きながら亜矢が言った。


「リラックスした状態からいきなり緊張すると、人は恐怖に似た感情を抱きます。これで亜矢ちゃんはAのオーソドックスに見つかりにくい場所に、コインを入れたくなったってわけ」


 俺の解説を聞いて納得した表情の亜矢だったが、まだ気になることがある様子だ。


「関係ないと思ってたのに本当にあの質問には意味があったんだね。でもさぁ、今回の紙コップでオーソドックスに見つかりにくい場所って何色なんですか?」


「そう、それも今回のコイン当てで、重要な部分なんだけど、亜矢ちゃんは赤、青、緑、オレンジって、それぞれ何を連想するかな?」


「うーん、赤はやっぱりイチゴかな! 青は空とか海とかで、緑は植物とか森とか思い浮かぶなぁ。オレンジは夕陽とかオレンジジュースとかが連想されるかな」


 俺は頷きながら

「大体そんな感じだと思います。そこに補足すると赤は派手なイメージがあるよね! アクセントなんかにもよく使われるし。しかも今回は亜矢ちゃんから見て1番左端に置いてあったことからも、物を隠しやすいイメージは潜在的にないんじゃないかな? ということは赤はBの目立つ場所になるってわけ!

 次に青と緑なんだけど置いてあった順番からしても真ん中の2つは隠しやすいよね。青は空とか海でどっちかっていうと澄みきってて隠しにくい気がしない? 

 それに比べて緑は葉っぱとか森、自然のイメージだよね。隠れる所がいっぱいありそうでしょ? それに青は怒りを鎮めたりとか鎮静の効果を持つ色だけど、緑は安らぎや安心感を与える効果があるって言われています。今回の恐怖や緊張といった感情の時は無意識に安心したくなる緑の方が優先されるわけです。

 オレンジはそもそも1つだけカタカナで表記されるこの中では仲間ハズレの色で目立つよね。

 これらの事をまとめると今回見つかりにくいオーソドックスなAに当てはまるのは緑色だけってわけです。

 ただ青色も人によっては深い海の色をイメージしたりする時もあるから注意が必要なんだよね」と丁寧に解説をした。


「なるほど! 一応理解できました。ゲームを始めた最初から、実は全て計算されてたんだね。でもそんなに上手くいくと逆に怖いわぁ」


 あまりに俺の計算通り事が運んだので、亜矢は心理学の怖さを感じているようだった。

 だがその感情は当然なもので、自分で決めたはずのものが他人に誘導されて決めさせられたものだと知ったら、なんとも気持ちの悪い感覚になる。

 心理学の勉強をした時、初めは操るのも操られるのも、俺自身凄く気持ち悪く感じた。だが、メンタリストとして活動するうちにその感覚は慣れというもので麻痺してしまった。


「心理学って怖いでしょ? あとね補足なんだけど、さっき解説した事が頭にある状態で、亜矢ちゃんがオレンジ色の紙コップの時だけ少し早く『いいえ』って言ったのを見るとね、隠してあった緑色の紙コップの順番が終えて緊張が解けた。そして早く終わりたいって無意識に考えたのがすぐわかったよ」と今回の種明かしを終えた。





 今回の亜矢とのやりとりで俺は1つだけ亜矢に嘘をついていた。

 それは腕時計の件である。あの偶然は最初から仕組んだものだ。

 亜矢の腕をみてすぐに〇〇限定モデルの物だと気付いた俺は、腕時計の話に話題を持っていくように質問をして、あたかも自分も欲しいフリをした。

 衝撃的な偶然や小さな共感を繰り返す事で、緊張をほぐすだけでなく距離感をグッと近づけたかったからだ。

 偶然も2つ3つ重なると、人は運命と呼びたくなる。それがさっきまでは顔も見た事ない相手でもだ。

 その為メンタリストにとって知識は重要な武器になる。新聞、雑誌、ニュースなどあらゆるもので知識を得て、偶然や共感を演じるのだ。

 見ず知らずの人と、SNSで共通の話題で盛り上がるなんてのはよく聞く話だ。それ程までに趣味が合うというのは人間関係を築く上で重要な役割を担っている。

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