#5 忌み子 


「化物め!」


「近寄るな!」



 怒りと、畏れのこもった声が響く。やめて、そんな怖い声を出さないで。



「村から出ていけ!」


「消えろ!」



 何度も何度も響いた。そんな怒号をぶつけられた少女は怖がっている。なのに怒号を発している方も怖がっている。


 なんで私がこんな目に・・・


「ごめんね・・・ナシロ・・・ごめんね」




 少女は幼いながらも気づいてしまった。自分は【普通】の人間ではないことを。他の人がつかう事が出来ない【普通じゃない】力を持っていることを。



 その力を使えば人々は畏れ、少女の事を化物、忌み子と呼んだ。少女の脳裏に浮かぶ人の顔は、いつも怒りや畏れに満ちたものしか無かった。東京で一人過ごす間、ずっとそのトラウマのような記憶がフラッシュバックし、少女は一人泣いていた。いつしか涙すらも枯れ、少女は表情を失ってしまった。



 



「ありがとう」






 ユラが口にした当たり前のような言葉も、少女にとっては救いになっていた。












#5







 







 


 前からも後ろからも銃口を向けられ、逃げる事はおろか、動くことすらままならない状況に追い込まれた。コロの小細工も既に伝わっている可能性もある。使用しても逃げれる可能性は低いだろう。かと言って、既に制止を振り切り、抵抗した事実もある。このまま大人しく捕まっても、無事でいられる保証はない。

 下手な行動を取れば即、死に繋がる中、ユラは必死に脳内でどうにかこの状況を打破する為の策を練る。だが、いくら考えてもこの状況をひっくり返せる秘策は出てこない。



「地上に配置している兵を避ける為に地下を通ると思っていたが、当たりのようだな」



 しまった・・・。自分達の考えていることは勿論奴らにも考えつくはずだ。ユラは安直な行動を後悔するが今はそれどころではない。



「報告には聞いていたが、本当にこんな少年だとはな。部下の話によれば、1人の少年と1体のロボットだけだったはずだが・・・まあいい」



 おそらくは指揮官クラスの人物か。周囲の武装兵とは違った風格の男はユラ達を一通り目で吟味するように見回すと、再びユラに向けて鋭い目線をぶつける。

 指揮官アツギにとって歴戦の兵士であろうが、一般人の、それも女子供であろうが容赦はしない。ただ任務を忠実に遂行するだけだ。


「私の名前はアツギ。単刀直入に聞こう、お前たちの目的はなんだ。一般人はここに用などないはずだ」



 率直に聞いてくるあたり、この人物は誠実でありいくらか優秀な人物だとユラは考える。自分達の目的はアルマについての何かがある建物に向かう事であり、その為に遠路はるばる危険な旅路を歩んできた。

 だがそれを素直に伝えるのは出来れば避けたい。アルマの存在を統制軍がどれほど知っているのかわからないが、奴らがその知識を得れば更なる圧政に磨きがかかるだろう。


 ・・・だめだ


 どう考えてもこの場を打開できる返答を思いつくことはできない。それ以上に数秒後には銃弾によって風穴を開けられてしまうかもしれない恐怖が徐々にユラの心を支配していった。

 

「もうやめて・・・」


 その言葉が出たのはナシロだった。ユラがナシロの方を見ると、微かに身体が震えていた。

 向けられた銃口が、過去に受けた澱みない恐怖の視線と重なり、トラウマとなった記憶がフラッシュバックのように脳裏に浮かび上がる。徐々に精神が不安定になり感情を抑えることもできず・・・







「うわぁぁあああああああああああ!!!!!!」






 

 叫喚。それに呼応するかのように辺りにある全ての物が宙に浮き、暴風に曝されたかのように飛び交う。


 アルマによって暴走した力は周囲にある全ての物を撒き散らし、周囲にいる兵士たちにぶつける、飛んでいる物は大小様々であり、小さくて軽い物がぶつかった兵士は軽くよろめくだけだったが、大きなものがぶつかった兵士は数メートル吹き飛んでしまう程だった。衣服も同様に飛び交い、視線を遮っている。


 統制軍兵士達が半ばパニック状態になっている中、ソラも一瞬戸惑うが、その後すぐに冷静に状況を把握していた。この現象はナシロが起こしたものであり、周囲に飛散する物を動かしているのはナシロのアルマによるものだと。

 絶体絶命だったが道が開いた。ユラは一言コロに「逃げるぞ!」と声を掛けると、ナシロの手を掴み、転げている兵士の合間を縫って走り逃げる。

 

「くっ、待て!!」


 辛うじて倒れることなく立っていたアツギは、胸元から拳銃を取り出し、逃げるユラに向けて発砲する。大きな発砲音と共に放たれた弾丸はユラの後頭部に命中する弾道を描いていた。しかし弾は徐々に減速し、推進力を失った後に地面に落下する。


 ユラ達が離れていくにつれ、周囲のモノを巻き込んだハリケーンは次第に弱まり収まっていく。


 数人いる兵士たちはそのほとんどが地面に倒れ込んでいて、痛みに悶えている者もいれば、飛んできた物に頭部を強打されたか、或いは突発的で不可解な出来事のショックによってか気絶する者もいた。

 

 それでもアツギだけはユラ達の逃げた方向をジッと見つめている。


「・・・今のは、まさか」








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――











「はぁ・・・はぁ・・・」

 

 危機から脱し、安全と思える場所まで走ってきたユラ達。大きく息を切らす。


 通路から外れ、階段を更に降りた先にある駅のホームのような場所の階段の下に隠れている。




 ナシロは、アルマの力を使った反動によるものなのか、気を失っている。あれほどの感情を、アルマの力として発現させた。どれほどの負担がナシロに掛かったのかはわからないが、体力面だけじゃなく、精神面でも大きな負担をかけてしまったのは間違いない。


『大人しかったこの子があんなにも感情を出すなんて。やっぱり過去の事が・・・』


「ああ、俺たちに話してくれた時は平常を装ってたけど、この子は抱えきれない程悲しい過去を背負ってるんだ」


 ナシロが味わってきた辛さは分からない。それでも人から受ける悪意を鋭く察してしまう。


「村から追い出された後でも、他に人がいる所にも行けたはずだ。それをせずに東京に一人で過ごしてきたのは、この子が人からぶつけられる感情を怖がってしまってたからなのかもしれないな」


 気を失っているナシロの目からは一筋の涙がこぼれていた。この子にしてやれることはとにかく安心させてあげる事が必要だ。ユラは心の中で小さな決意をした。


『・・・それより、統制軍も地下にまで監視を回しているとは思いませんでした。私のせいで危険な目に合わせてしまって申し訳ありません』



「コロが悪いわけじゃないさ。あのまま地上を歩いても危険度は同じはずだし、地下にまで目を配らせたあの指揮官らしき奴が一枚上手だっただけだ」


 

 ユラ達が地下通路を使って移動する事や位置を推測して引き当てた事も含め、ユラのアツギに対しての警戒度は上がった。少なくともこの東京から離れない限り、危険は続く。


「さてと・・・どうしたものかな。このまま地下道を歩いててもまた見つかるだろうし、かといって地上に出ても、もう日が暮れてる頃だから移動でも思うようにできない」


 手詰まり状態なのは変わらない。だがさっきの命の危機が迫った状況よりかはいくらか冷静になって考えることが出来る。



 目の前には厄災前に使われていたであろう地下鉄道の線路が走っている。ここを通って行けば、警戒が強まっている地下道を進むよりかは発見されにくいかもしれない。だが、もし発見されてしまった場合、地下道よりも逃げ場が無くなってしまう。


 次に見つかったときは本当に成す術など全くないかもしれない。その分いくら慎重に慎重を重ねても足りないくらいだ。



「うぅん・・・」



 ユラが考え込んでいると、気を失っていたナシロが目を覚ました。



「ナシロ!大丈夫か!」



 ユラは上半身を起こそうとするナシロの身体を支える。ナシロは目を擦り周囲を見回す。



「ここは?」


「まだ地下だ、地下鉄のホームっぽい所だけど。統制軍の奴らはいないよ」



 ナシロは徐々に意識が鮮明になる。それと同時に自分が何をしたのかを思い出していく。



「私、頭がいっぱいいっぱいになって・・・無意識に力をつかっちゃった・・・」



 自分が無意識にアルマの力をつかった事。それにより、統制軍とは言え、人を傷つけてしまった事を思い出し、身をふるえてしまう。

 それを見かねたユラはそっと右手でナシロの頭をなでながら「大丈夫」と声を掛ける。ナシロを安心させる為にこんなことしかできない事。自分ではどうにもできない状況だったことにユラ自身も悔しい思いをしていた。こんな小さな子の助けも無ければ何も出来ない事を嘆きたい。そんな思いで一杯になった。ただそんな思いも心の内にしまっておく。嘆くのは無事に帰ってからでも十分出来る。



「とにかくここに居続けるのも危険だ。コロ、この地下鉄道の線路の上を渡って目的地に近づくことは出来るか?」



『崩落さえ起きてなければ可能です。ですがまた統制軍が居たら、今度こそ逃げ場はありませんよ?」



「奴らが俺たちにどのくらいの人数を割いてるのかわからないけど、地下鉄まで兵員を回す余裕はないと思うんだ。あの指揮官がそこまで読んで兵を送ってきたらおしまいだけど」


 どのみち地上に出るのも、地下道を通るのも、地下鉄の線路の上を通るのも、どれも危険の可能性をはらんでいる。


「・・・行こう。時間は俺たちの味方をしてくれるわけじゃない」



 苦悩の末決心をする。コロも決して納得しきったわけじゃないが、ユラの決断なら仕方がないと承諾する。


 駅のホームから線路の方にゆっくりと降りる。意外と高さがあり、辺りが暗い事もあって慎重に降りる。こんなところで滑って転落死なんかが一番悲しい死に方だ。ユラはそう思いつつ線路脇の地面に足をつけると、今度は上にいるナシロが降りるのを手伝う。勿論身長が足りないからホームの地面の部分を掴んだ状態で降りても足が届かずパタパタさせている。その仕草は可愛らしさと若干の面白さがあって良いが、ずっとそうさせているのも可哀想なのでユラが身体を支えてあげてナシロも降りる。

 コロは浮いてるから滑る心配もなくひゅるりと降下してくる。



 線路の奥は地下道と同じく電気が完全に落ちていて明かりが一切ない。その暗さと奥から聞こえる空洞音が嫌に不気味な味を出している。再びコロがライトをつけ奥を照らす。統制軍がいた場合光のせいで見つかってしまうかもしれないが、流石に真っ暗な中を歩くのは危険だからそこは妥協する。



 腕時計を見ると、既に午後7時を回っていた。地上は既に夜になっている。同じ暗がりでも、見上げても星空が見えない地下を、ユラ達は静かに歩いていった。

 











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