#6 小さな笑顔
深淵へと続いているかのような闇の空洞。足元に見える線路だけが、意識を正常に保つ頼りになっていた。精神だけじゃなく、肉体的にも既に疲労が溜まっていた。
それでも今は前に進まなければならない。足を止めれば統制軍が後ろから追いかけてくるかもしれない。ユラは積もる疲労を我慢しつつ歩き続ける。
『ユラ』
そんなユラに声を掛けたのはコロだった。
『表情に疲労が見えます。少し休んでいかれた方が・・・』
「俺はまだ大丈夫だ、このまま先に・・・」
『無理を続ければ正常な判断が出来なくなります。私が周囲を見張ってますから今は休んでください』
コロに押し切られる。
「疲れてるなら無理しちゃだめだよ」
心配そうな顔をしたナシロにもそう言われる。
「2人にそう言われたら仕方ないな。わかった少し休もう」
腕時計を見れば時刻は午後8時。歩き続けたユラの足は限界が近づいていた。コロの照らすライトの端に線路脇に設置された作業用の通路の扉があった。ユラが扉を開けて中に入る。そこは小さな部屋になっていていくつかの棚が並んでおり、その上には補修作業用と思われる工具が並んでいた。
3人が中に入るとユラは扉を閉めて、壁にもたれるように腰を下ろす。
『何かあればすぐに起こしますので、今は眠っててください』
優しいモードのコロがそういう。この時だけは可愛げがあるのだがなぁと思いつつも口にはしない。
「・・・わかった、起こすときは優しく起こしてくれ」
『安心してください、この身体を使って全力でぶつかって起こします』
前言撤回。やっぱりこいつは鬼畜だ。
そんなやり取りをしている内に、ユラの意識は徐々に薄まり、夢の中へとゆっくり沈んでいく・・・――――――
#6
『あなたは寝なくていいのですか?』
ユラが眠りについた後、部屋の中を歩き回っているナシロにコロが問いかける。ナシロは棚の上にある物を手に取ってみたりしている。
「うん、私あまり眠くならないの。丸2日くらい起き続けることも出来るよ。流石にそれだけ起きてたら疲れるけど」
アルマの力による影響。コロが真っ先にたどり着いた仮定がそれだった。
「そういえばコロってロボットなのに人間みたいにお喋りできるんだね」
『ええ、私は高性能人工知能が搭載されています。人と会話をすることは朝飯前ですよ』
「じんこーちのー?」とナシロは首を傾けながら知らない言葉について考え込む。
『それよりナシロは今なにをしているのですか?』
ずっと部屋の中にある物を色々触ったりしているナシロの行動に疑問符がつく。
「何か役に立ちそうなものを探してるんだよ。食べ物はなさそうだけど、今度あの怖い人たちに会った時に何とかできる物があるかもしれないし」
そういえばこの子はずっと1人で東京で過ごしてきたのだ。日常的にたくましく生きていく方法をしっかりと学んでいる。コロは関心すると共に、そうせざるを得ない状況にいたこの子の人生に哀れみを抱く。
『・・・そうですね、私も何か探しましょう』
コロはナシロと共に、部屋の中を探索し始める。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
頭の中に映像が流れる。流れる車の群。多くの人々を乗せた電車。行き交う人々。ビルに設置された大きなモニターに映るニュースやCM。公園で無邪気に遊ぶ子供たち。 様々な色を持ったこの街が。ただ映像として流れる。
都会では学校に向かう学生たちが眠たそうにカバンを持ち、嫌そうな顔して会社に向かうサラリーマンが満員電車に揺られている。
田舎では朝早くから田畑で作業をする人達が汗水をたらしながら働き、何もすることもなくなれば縁側でお茶をすする。
かんかんと照りつける太陽の光を追って、向日葵は一斉に顔を向ける。
様々な人が、泣いたり笑ったり、怒ったり悲しんだり、楽しんだり苦しんだり。
それでもすべてが 動いている世界。
子供の頃に見せてもらった画像や映像。それはこの世界が荒廃するまえの色とりどりの世界。そんな世界に思いを馳せ、憧れ、望みを持つ。子供ながらに目をギラギラさせて見た景色に現在との乖離感を抱き、そして手にした感情は、絶望や諦めではなく・・・――――――
・・・ラ ・・・ユラ ユラ、起きて。ユラ」
目が覚めるとナシロの顔が目の前にあった。
「ナシロ・・・?ああ、そうか。俺寝てたんだった」
徐々に鮮明になる意識の中。ユラは背伸びをする。身体の節々にある軋みは残っているものの、寝る前にあった疲労感は殆ど無くなっており、スッキリとは言えないが大分ましな気分になっていた。
「おはようユラ。グッスリ寝れた?」
「ああ、おかげさまでな。・・・あれ?コロは?」
見回すとコロの姿が無い。代わりの明かりは、おそらく部屋に置いてあったランプが部屋を照らしていた。
「コロは外で見張ってくれてるよ。とーせーぐんの人達が来てもすぐに知らせれるようにって」
ああそうかとユラはカバンの中にある水筒を取り出し、水を一口飲む。腕時計を見ると短針は既に午前5時を指しており。相当長い時間寝ていた事になる。
ナシロを見ても、眠そうな様子は感じられない。
「ナシロも寝てたのか?」
ナシロに聞いてみるが、ナシロは首を横に小さく振ると、「寝てないよ、ずっと起きてた」と返してきた。寝てないのに全くつかれていない様子を見てユラは驚く。
これもアルマの力の影響なのかと思考を巡らせる。
「1人で過ごしてた時も、ずっと起きてたんだ。夜は星がいっぱい見えるから、ずっと夜空を見てたりしたんだ」
台の上に座り、足をぷらぷらさせながらナシロは呟く。彼女が1人で過ごした時間は、人並み以上に長い時間だったのか。それが悲しいことだったのかは本人にしかわからないが・・・―――
「ユラ達はどこから来たの?」
ナシロは首を傾げながらユラに聞く。
「ああ、俺とコロはこの東京からずっと西の方にある小さな町から来たんだ。東京ほど建物がしっかりと残ってるわけじゃないけど、それなりに都市機能が整ってる町からな」
「そうなんだ。私、住んでた村と、この東京以外には行ったことが無いから、他の場所にも行ってみたいな」
「それなら俺たちと一緒に来ればいいさ、東京での用事が済んだら元の町に戻るつもりだし」
「ほんと!?」と一瞬喜んだような表情を見せるが、ナシロはすぐにその表情を消してしまう。
「でも私・・・」
おそらくアルマの事で再び他者から迫害を受けることを怖がっているのだろう。だから東京にいた。他に人がいる場所に向かう事もせず、たった一人になれる場所だから。
彼女は安心して人を信頼できなくなってしまっている。アルマの力を見て否定しなかったユラやコロに少しは心を開いていても、それで全ての傷を癒すことには繋がらなかった。
でもこのまま一人で生き続けるなんて・・・
寂しすぎる―――
「大丈夫、俺たちが住んでた場所にいる人は、君の力を見てびっくりすることはあっても、怖がったり畏れたりなんかしない。優しい人たちばかりだから、きっとすんなりと受け入れてくれるさ」
今は、少しでも安心できるように声を掛けてあげることしかできない。それだけでも、彼女の不安を少しでも払しょくできるなら―――
「・・・うん!」
不安そうな顔をしていたナシロも、ユラの声によって少しだけ表情が和らいだ。出逢ってから一度も見せたことのない笑顔という表情を、ユラは目にした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
再び、暗く静かな線路の道に戻ったユラ達は目的地の方角へと進んでいた。
「一応もう一度聞いとくけど、ナシロは寝てないけど大丈夫なんだな?」
確認の為にユラがナシロに尋ねる。
「うん、大丈夫!」
ナシロはぴょんぴょんと跳ねながら元気さをアピールしている。
『こころなしか少しばかりナシロが明るくなってませんか?』
コロがユラの耳元まで近づき小さく呟く。
「俺の華麗なトークで心を開かせたんだよ」
冗談で棒読み声で半目でそうつぶやいた。
『ロリコンもそこまで来ると重症ですね』
こいつも分かって言っているんだろうがこうも冷たく罵られると悲しくなる。
そんな馬鹿なやり取りをしていると、ナシロが「ねえ」と声を掛ける。
「どうした?」
「何か聞こえない?変な音が」
「変な音?」
皆が黙って、静かになった空間に耳を澄ませる。確かに、全体に響き渡る空洞音の陰に、チッチッチと規則正しいリズムで何かが鳴っている音が聞こえる。
「確かに聞こえるな。一体何の音――――――」
次の瞬間。数十メートル先の線路脇の壁が爆発した。空洞内独特の残響と残響を重ねて増幅する爆音と、暗がりから一瞬で周囲を照らす爆発の光。そしてその爆発によって生じた衝撃がユラ達を襲う。
「な、なんだ!?」
爆発によって線路脇の壁には人ひとりが通れるほどの穴が開き、そしてそこから1人の男が出てきた。見た所、ユラと同じくらいの歳の少年で、ぼそぼそと独り言を喋りながら破壊された壁の穴を見ていた。
「少し火薬量ミスったか・・・まあ通れたから問題ないな・・・。ん?」
少年がユラ達に気付く。ユラ達は驚いた顔のまま硬直している。しかし少年は驚く気配もなくきょとんとした顔でこちらを見つめる。
「・・・お前ら誰だ?こんなところで何してんだ?」
場所にそぐわない反応が、帰ってきた。
荒廃のアルマ オスカ @nico_yota
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。荒廃のアルマの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます