#3 孤独の少女

かつて人が行き交い、様々なものが交差した場所。無人と化した今は見る影もなく異様とも呼べるガラクタと変わっていった人工物。夜には煌びやかに輝くネオンサイトの数々。人を寄せ付けるための看板。動き回る車を制御する信号。こんなにも人の人による人のためのものが周囲に転がっているのに、肝心の人が居ない。存在しない。

 

 音に限ってもそうだ。かつては走っている車の音。歩いている人々の足音や喋り声。店頭から流れてくる軽快な音楽。だが今は風の音しか聞こえない。


 徐々に風化してしまっているこの大都市の中でもこの一帯は特に異様だ。当時の面影がそっくりそのまま残っている。それでも、ユラにとっては残された写真や人々から聞いた話でしかなかった景色が目の前にある事に、高揚感が募っていった。





「貴方たち・・・誰?」




 周囲の警戒を兼ねてこの大都会の街並みを、景色を楽しんでいた。そんな中で聞こえた小さな声。見上げた先には歩道橋の手すりに座り込む、長い銀髪を靡かせた少女が居た。













#3











 少女は、歩道橋の端の階段を下ってくる。その仕草は、見た目通りまだ幼さが感じられるものだ。可憐な顔立ちの少女は、疑問を投げかけてくるような顔でユラを覗きこんで来る。




「貴方たちは誰なの?」



 再び同じ問いを投じられる。



「俺たちは・・・」



 なんと答えればいいか迷う。見た所この子は統制軍であるはずもないし目的を答えるのは構わない。それ以上に、こんな自分よりも小さい子がなぜこんな場所に居るのかという疑問が沸き起こる。どう考えてもこの子はこの場所にはそぐわない。



「・・・俺たちは旅人なんだ、ある目的があってこの街に訪れたんだ」



 嘘は交えず、ただ核心には触れない程度の受け答えをする。



「そうなんだ。あの怖い人たちとは違うの?」



 怖い人たち、おそらく統制軍の事を言ってるのだろう。ユラは首を縦に振って「ああ」と返事した。



『マスター、気配が無いとは言え道のど真ん中に立ってたらまた見つかります。一度建物の中に避難しましょう』



 ごもっとも。さっきからセンサーに全く反応しなくなったが統制軍の脅威がなくなったわけじゃない。近くに居なくても、狙撃兵が遠くから狙って次の瞬間頭を撃ち抜かれる・・・何てこともあるかもしれない。



 そんな事を考えてると、少女が興味津々な目をしてコロを見つめている。まあそうだ。喋るロボットなんて珍しいからな。



「これろぼっと・・・ってやつ?すごい、喋るんだね」



『当然です、私は高性能なロボットなので』



 こいつに顔があるなら、とてつもなく自慢げな顔をしながら語っている気がする。そんな事を考えながら、辺りの手ごろな建物を探す。



「あそこのビルの中に入ろう。そこで少し休憩だな。君もおいで」



 ユラが指差した一階の入口部分が黒いガラス張りの建物。ユラとコロ、そして少女がその後ろをついてくるように中に入る。


 建物の内部は、多少の物の散乱があったもののそれ以外は綺麗な状態のままだった。入った所は少し広めのフロアになっていて、正面にはカウンターのような場所があり、右奥に続く廊下の先には階段と、おそらくエレベーターの扉が2つほどあった。おそらくオフィスビルなのだろう。未だに枯れていない植木から伸びた葉を見るに、景観を良くするための観葉植物が等間隔に設置されていた。



 ユラは通路の入口の方まで歩きそこに荷物を置いて腰を下ろした。ずっと走りっぱなしだったためか流石に心身ともに疲れが溜まっていた。


 そのユラの横にちょこんと少女も座り込む。一つ一つの仕草が、まだあか抜けない少女のそれであり、可愛らしい雰囲気を醸し出している。そんな少女がなぜこんなところに居るのか。



「その前に自己紹介だな・・・。俺の名前はユラ、こっちの自称高性能ロボットはコロ。さっきも言った通りある目的があってこの街に来たんだ。途中、統せ・・・君の言う悪い人たちに見つかって追いかけられてたんだけど、何とか逃げてここまで来たんだ」



 いきさつを簡単に話す。



「私の名前はナシロ、ずっとこの大きな街で暮らしてるの」



「ずっと・・・って、君一人で?」



「うん」



 信じられない。この話を聞くまで、この子の他にもこの街に住んでいる人はいて、この子は少し散歩に出てたから一人だったと。それくらいにしか思ってなかった。たった一人でこんな場所に住んでいるなんて・・・。



『どうしてこんな場所に一人で?』



「2年前、私はこの大きな街からずっと遠くにある村に住んでたの。でも私がある事をしたら、村のみんなが怖がって、村から追い出されたの」



 彼女は話しながら、徐々に俯いてしまう。こんな小さな女の子を一人追いやる・・・なんて酷いことを。



「他の人が誰も出来ないことを私一人だけが出来ちゃったから、村の人たちは私の事を≪いみご≫って呼んできたの。その言葉の意味は分からなかったけど、怖がられていることはわかってたから、悪い言葉なんだなって」



 

忌み子・・・そんなもの、太古のおとぎ話でしかないものだと思っていた。それより・・・




「―――ある事って・・・もしかして」




 ナシロの口から出たその言葉は、自分達の探しているものに関わるものかもしれないとユラは考えていた。




『これは・・・マスター、外に統制軍の兵士が居ます。隠れてください』




 コロの探知機に生体反応を捉えたようだ。咄嗟にユラは、ナシロにも隠れるように促し、外から見えないように壁にへばりつく。



 数人の統制軍兵士が建物の入口の前を通っていく。幸運にも、この建物のガラスは、外からは中が見えないマジックミラー式のガラスでできていた為、中を見られる心配はなく、そのまま素通りしていった。



 一瞬張り詰めた緊張が少し緩む。もう何度も命の危険を冒している。まだ無事で居るのは運が良かったとしか言いようがなかった。



「早いとこ目的の場所に行かないと命がいくつあっても足りないな・・・」



『目的の場所に近づくのに地上を通るのは危険です。この街の地下一帯に張り巡らせている地下道を通っていきましょう。そっちの方が幾分安全のはずです』



 事前に手に入れた情報でもこの大都市のある区画では、縦横無尽に伸びる地下通路が張り巡らせていたことがわかっていた。そこを通って行けば目的地まで地上を歩くよりは安全に動くことが出来る。



「地下にも奴らが居なかったらな・・・」



 統制軍がその地下通路を把握している場合、そこに兵を置いている可能性もある。だが、現状いつ見つかるかもわからない地上を通るよりはマシだ。



「・・・あなたたちの目的って、なに?」



 静かにしていた少女の口から言葉が出る。気付かなかったが、この少女はこの危機に瀕している状況でも顔色一つ変えずにいる。いや、危機を感じることすらできていないのかもしれないが。



「ああ・・・。俺たちはある建物を探してるんだ」



「建物?」とナシロが首をかしげる。ユラはさらに説明を加える。




「うん。その建物には、この厄災が起こった原因がわかる何かがあるらしいんだ」




 厄災。約50年ほど前に起こった災害。だけどそれは単なる自然災害ではなく、人為的に起こされたものかもしれない。




「厄災って、私たちが生まれるよりももっと前に起こった怖い出来事だよね。その原因?」




「ああ、俺たちはその建物に向かいたいんだ」




 ユラがそう答えるとナシロは少し顔を俯かせて考え込む。そして再び顔をあげる。




「あなたたちは悪い人じゃなさそうだし、私も手伝う」













―――――――――――――――――――――――――――――――――――――












 ユラとコロ、そしてナシロを加えたメンバーで再び目的の建物の場所を目指す。途中、コロの地形データがあてにならない程、崩壊した建物によって通れない場所が多々あった。





「この辺りの事は任せて」




 そう言ったナシロの自信がある言葉通り、よく探さないと見つからないような通り道や狭い通路を次々と進んでいく。2年もここで1人で暮らしていた過酷さが伝わってくる。だが今はこれほどに頼りになるものもない。役立たずになったコロが不貞腐れてるようにも見えるが・・・。




「ここだよ」




 ナシロに案内されてたどり着いたのが、地下道への入口。だがしかし、ここも付近の建物の瓦礫によって入口が塞がれてしまっていた。


 


「おかしいな・・・この前までは通れたはずなのに・・・」




「・・・仕方がない、別の入口を探そう」




 諦めて違う入口を目指そうとした時、ナシロが「ちょっと待って」とユラとコロを制止した。




「私が通れるようにするから」




 そう答えて一歩瓦礫の山に近づく。いくら何でもこの子の力じゃ小さな瓦礫を退かせることすらできない。仮に退かせたとしても、この瓦礫を全て排除するころには日が暮れてしまう。




「おいおい、君じゃこの瓦礫は・・・」




「大丈夫」





 ナシロがそう呟くと、彼女は両手を広げ、目を瞑る。





 

 カタカタと        積もった瓦礫が揺れ動く




 

 そして、まるで重さなんて無くなったかのように     瓦礫の群は宙に浮き    





 瞬く間に塞がっていた地下への道が    口を開く。





 非現実のような出来事が、現実に起こっている。目を疑いたくなる現象が、今目の前で起こっている。






「これが・・・アルマ!」

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