エピソード27《不要な設定は削ると言う事》
5月4日午前10時、蒼空(あおぞら)かなでは西新井のアンテナショップにいた。例のメイド店長のいる店舗だ。
「またお前か。最近は珍しい運動歴の人物もエントリーしているが、やはりお前以上の履歴は現れないな」
相変わらずの表情である。ツンデレ店長も定番となってしまったのか不明だが、色々な意味で評判を呼んでいるのは事実だろう。
「珍しい? どれ位ですか」
「箱根の駅伝は知っているだろう。神城ユウマの出現から、数人は増えている傾向がある」
「駅伝だけならば出雲等もあるはずなのに、箱根ですか」
「駅伝と言えば箱根は一番有名だ。1月にテレビ中継され、ネット上でも話題となる。山の神が一時期に屍となった小説もあった位だ」
「山の神が屍ですか。神様なのに」
「まあ、そうなるな。小説と言っても同人であって、リアルで出版された訳ではないぞ。それに、屍になった山の神は神城ではない」
「それは分かっています。神城ユウマは今年の山の神である事も……って、神城関係ではありますが、今回は駅伝ではなくて違う話題なのです」
蒼空と叢雲の会話が続くが、蒼空は本来の目的を叢雲へと話す。
話が遠回りしすぎて、他の店員が書類チェックを行っているというのが現状か。
「こちらも長話が過ぎた。お前が聞きたいのは、神城ユウマのカスタマイズの事だな」
「ええ。あのカスタマイズは秋月の物とは全く違う。スタンダード装備で、あそこまで動ける物ですか?」
神城の装備とは店舗お勧めの装備、いわゆるスタンダード装備である。重装甲や軽装甲を初心者にはお勧めしている店舗は少ない。
その理由の一つとして、重装甲は重さが50キロに及ぶものもあってバランスが取りにくい、逆に軽装甲は秋月彩の前例もあって生命の危険が高い事、そうした事情があってスタンダードをお勧めする店員が多い。
「スタンダードでも、他のARゲーム経験者ならばバイザーやガジェットの操作方法を把握しているケースが多い。それはお前も同じだろう?」
「ええ。それは認めます。しかし、逆にバイザーやガジェット、ハイテクに触れていない人物が動かせるような物ですか?」
蒼空は叢雲の言う事を普通に認めた。ARゲームの経験者である事は既に向こうも知っているのだが…。
「ランニングガジェットをパワープレイで動かすのは不可能だろう。ライセンスの取得が必須である以上、そこで操作関係は学ぶはず。その基本的な部分だけで動かす人物もいるとは思うが、あれだけ適応出来る人物も……」
叢雲は言葉を選ぼうとしたが、とっさには思いつかない。それ程に神城のセンスやスキルは常識で通じるものではなかったからだ。
「阿賀野菜月(あがの・なつき)ならば、奴の知識量ならば神城程の運動スキルはなくても簡単にランニングガジェットを動かせるだろう」
唯一思い浮かんだ人物、それは阿賀野である。彼女の異常とも言えるような思考、情報は神城の運動スキルに匹敵する。
もしかすると、阿賀野に神城の様な運動センスがあれば、更なるリアルチートが生まれるかもしれない。
同日午前11時、蒼空はレースを一通り見学してから帰る事にした。
本日の天候は曇り気味の晴れであり、雨の心配は特にない。スリップの様なアクシデントに悩まされる事はないだろう。
「あの黒いランニングガジェットは――」
蒼空の目の前に入ったガジェット、それは2010年代後半を思わせるロボットのデザイン、それをガジェットへ落とし込んだような物である。
しかも、カラーリングは漆黒でありいかにも中二病テイストを連想させる。
しかし、このガジェットのデザインは若干の見覚えがあった。過去に自分が使用していたガジェットだったからである。
あのガジェットにカラーリング、ヘッドバイザーや一部アーマーを差し替えすれば、あっという間に出来上がりだ。
「あのガジェットは阿賀野が使っているのか?」
しかし、肩アーマーの番号である12を見ると全くの別人が使っている事が判明する。
それは、何とランスロットだった。何故にブラックガジェットを使用しているかは不明だが、本来使うべきガジェットが修理中という事情もあるらしい。
レースの方はランスロットが圧勝。コース取りの正確さもあったのかもしれないが、それ以上にランスロットの動きがガジェットとシンクロしていた事も大きい。
「これが限度か。更に強化しようと考えると、今度は自分の体に――」
そして、ランスロットはすぐにアンテナショップへと戻り、ガジェットのメンテナンスを指示する。
今回のデータに関してはサバイバーの運営へと回す。その理由が一体何だったのか、その真相はレースに出ているのを目撃しただけでは分からないというのが正しいだろう。
「しかし、このガジェットは別のARゲームで使用された――」
「それ以上の詮索は無用で願いたい。こちらも、今回の件は運営の指示で行っているからな」
「こちらも事情を聞く事はしません。しかし、ガーディアンが運営の指示を聞くなんて事があったかと言われると――」
「確かに、サバイバーの運営はやっている事に何か矛盾があるように見える。パルクールと言う名称にしても、今回のランニングガジェットに関しても。何か別の圧力を受けているのか、それとも別の勢力が既に介入しているのか」
ガジェットを脱ぎ、インナースーツ姿のランスロットがスタッフと何かのやり取りをしている。
しかし、その会話を蒼空が聞き取る事は出来なかった。声が聞こえなかったという事情もあるのだが――。
「どちらにしても……ガーディアンにも時間は残されていない。何としてもアカシックレコードの真相を掴まなくてはいけないからだ」
ランスロットの言うアカシックレコード、それは阿賀野がアクセス出来るとネット上で噂されているアレと同じ意味なのか。
あるいは別世界におけるアカシックレコードをサバイバー運営が発見したのか?
同日午後1時、ニュースで奇妙な話題が報道されていた。
『西新井駅の近くにオープンした施設でミニライブを行った……』
ワイドショー系や報道バラエティーでは見かける部類のミニライブの話題だが、国営放送規模のニュースで取り上げるのはどういう事だろうか。そのニュースを見た途端、謎の一つが解けた。
『事件があったのは午前11時45分頃、超有名アイドルグループのサマーカーニバルのメンバーが何者かの銃撃を受け、軽い怪我を負った模様です。現在、犯人に関しての情報は全くなく、以前にあったプロデューサー狙撃事件と同一犯である可能性が考えられます』
何と、サマーカーニバルの現役メンバーの数人が狙撃を受けたというのだ。
命に別条はなく怪我の症状も軽い物だったのだが、ここで不審な点が浮上する事になる。
【あの襲撃犯と同一だとすると、サマーカーニバルも違法ガジェットを使っているアイドルと言う事か?】
【そうだとするとおかしいぞ。サマーカーニバルとフェスティバルは同じ事務所、同じプロデューサーが担当している。カーニバルだけをピンポイント襲撃する理由が分からない】
【カーニバルの方が違法ガジェット絡みで何かあったとしか考えられない】
【狙撃犯に関してはガーディアンもノータッチだという話がある。もしかすると、サバイバーとは無関係の可能性がある】
【これも阿賀野絡みなのか?】
【阿賀野関係だとすると、かなりややこしくなるぞ。彼女は国会に対しても不満を持っている】
【つまり、超有名アイドルと国会が絡んでいると決めつけているのか?】
【彼女がどのようなミライを見たのかは、彼女に会った事がないから知らない。しかし、あの思考が非常に危険性を持っているのは火を見るよりも明らかだ】
【ネット右翼ではないが、阿賀野の思考が危険と言うのは色々と言われていて今更感がある。一体、このような事件が起こる背景は何だ?】
つぶやきでも今回の事件に関して、色々な話が浮上する。
これらのどの話がネット炎上狙いの発言かどうか、それを見極めるのもネットの情報を利用する上では欠かせないスキルだろう。
同日午後1時、ネット上でも炎上しているようなチート勢力が動き出し、別の勢力に対して攻撃を仕掛けていた。
「超有名アイドルの名を借りてフィールドを荒らす夢小説、カップリング勢、フジョシに神の裁きを!」
攻撃を仕掛けた張本人、それは三国志の孔明を思わせる衣装を着た女性――ネットでも、孔明と言うで通っているので、特に問題はないだろう。
「コンテンツ・ガーディアンや他のガーディアンを狙うより、こちらを潰して敵勢力数を減らすのが効率は良いだろう」
孔明は今回の夢小説勢の襲撃作戦に関して、このような狙いがあった。
しかし、この狙いは思わぬ方向で誤算を生み出し、想定外の人物を引きずりだす事になるとは――。
《このアカウントでは閲覧権限がありません》
突如として、タブレット端末で様子を見ていた人物に謎のメッセージが表示――映像は中断された。
「一体、何が起きたと言うのか――」
この男性は閲覧権限のないとはじかれた人物だが、実はガーディアン所属である。
特殊な専用ドローンや監視カメラによる映像を見ていた中で、このエラーが表示された。
もしかすると――彼は何者かに指示されたスパイと言う疑惑も――?
その一方で、まとめサイトを次々と秘密裏に通報して閉鎖させ、更には超有名アイドル商法に否定的な勢力も動き出す。
彼らは孔明の動きに同調した訳ではないのだが――ある種の便乗で動きだしたのかもしれない。
「既に複数の勢力は我々が存在を抹消し、残るはサマーカーニバルの過激派ファンや一握りの勢力のみ」
周囲に配置された兵士に指示を出す声もするが、その声はノイズ交じりとボイスチェンジャーで誰の声なのかは分からない。
「本来あるべきパルクール・サバイバーと言うARゲームへ戻す為、悪しき炎上要素は全て排除するのだ――」
その声は――阿賀野に似たような声だったのだが、おそらくはボイスチェンジャーで似たような声に加工しているのだろう。
「難解なシナリオは小説サイトでは読まれないだろう。それを踏まえ、不要な勢力や設定は削り始めている――」
果たして、この人物の目的とは――?
「我々は――芸能事務所に対して、無意味な炎上コンテンツを増やすな――そう警告する為に」
これ以降のログは――完全に削られていた。一体、何が起こっているだろうか。
パルクール・サバイバーは――?
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