エピソード3《そして、ゲームが動きだす》
4月1日、各地では色々な動きを見せていた。
足立区内だけでなく、その他のARゲームを町おこしにしようと言うエリアでも――同じ事が言えるだろう。
時期が時期なだけにニュース等をエイプリルフールという単語で疑う流れもあるのだが、一連の狙撃事件は典型的な例の一つと言える。
しかし、それを真に受けてネット上で真実かの様に拡散したりする悪ふざけで炎上させる勢力と言うのは――どの時代にも必ず存在するだろう。
特に自然災害の時に誤報を拡散するようなケースでは逮捕者も存在し、超有名アイドルの芸能事務所が仕組んだという話も出てくるほどだ。
その後、狙撃事件の犯人は発見できなかったという事で調査中扱いになったらしい。
狙撃された人物に関しては別の事件で重要な関係者である事が、携帯電話の履歴で判明した為に逮捕される流れとなった。
彼の勤めていた芸能事務所も家宅捜索、所属アイドルは風評被害でテレビ出演を断られる――。
一連のスパイラルが1時間弱の間で起こるとはネット上でも予想出来ていなかったに違いない。
午前11時、慌ただしいのは超有名アイドルの芸能事務所だけではなかった。
テレビ局や新聞記者も色々な場所を動き、取材ヘリも乱れ飛ぶような騒ぎになっている。わずか数時間の間の出来ごととは思えない。
「このニュースも裏では超有名アイドルの政治と金に利用されていたとは……皮肉な話だな」
北千住にあるパルクール・ガーディアンの本部ビル、そこの一室ではインナースーツを着たガーディアンの男性構成員がテレビのニュースを見て驚いている。
それ以外にも私服のスタッフも同じ番組を見ているようだ。
例外があるとすればタブレット端末でネットサーフィンをしている男性が1名いるだけ。
「政治と金、政治家の不祥事は今も昔も変わらない。その一方で、手法に関しては変わりつつある。だからこそ、超有名アイドルファンの暴走を止めなければ日本のコンテンツ流通は―」
「そこまで意識する必要があるのか? 超有名アイドルの海外進出が相次いで失敗、海外で支持されているのはアニメ作品のアイドルだと聞く。それを踏まえて、超有名アイドルに対して大幅な減税政策を行うと言うのも、政治と金と言わざるを得ない」
「超有名アイドルが破滅の未来を示すというのはネット上で何度も言及され、何処かにあると言われているアカシックレコードにも、その記述は確認されていた」
「どちらにしても、我々の目的は超有名アイドルの暴走を止める事。それを何としても実現しなければいけない」
彼らの言う事にも一理あるのだが、何かの論点が欠けている。
ネットを眺めている別の男性は何かの疑問を抱いていた。
しかし、彼が話をしようとした所で呼び出しがかかった。一体、誰からの呼び出しだろうか?
召集を受けて集まった場所はガレージにも似たような場所である。
ここには複数のARガジェットを含めた武装が置かれており、ガーディアンの規模を知るうえでは重要な場所だ。
「君達に集まってもらったのには、他でもない。違法ガジェットを扱う一団が北千住近辺に向かっている情報をキャッチした。我々の目的は、違法ガジェットを回収し、それを売ったバイヤーの情報を突き止める事にある」
提督を思わせる制服を着た男性がガーディアンの前に姿を見せたが、それ以外の幹部に関しては姿を一切見せていない。
どうやら、組織的には色々と事情を抱えているような気配さえある。
「既に誰かが追跡しているという話が伝わっているが、それとの関連性は?」
一人の男性が質問をする。
報告を受けているのも確かな為、提督はあっさりと男性の質問に答える事にした。
「その通りだ。既に夕立が違法ガジェットのバイヤーと接触した人物を追跡、こちらへ向かっていると言う。それに加えて、未確認のガジェットを使用している人物も追跡しているという未確認情報も報告された」
第3の勢力が存在するのか…と思わせるような提督の発言を聞き、周囲が動揺をする。
しかし、その動揺はすぐに収まった。それは一人の人物がある発言をしたからだ。
「未確認のガジェット使用者が敵か味方かどうかは、後で調べてれば問題はありません。未確認情報に動揺し、ガーディアンの本質を忘れていては組織の団結力にも影響が出るでしょう」
その男性は、他のパルクール・ガーディアンとは異なった装備をしており、まるで別のチームからのゲストという認識を周囲にさせている。
実際、装備のデザインもカラーリングもガーディアンが使用しているARガジェットとは異なるが――。
「お前は確か、ARガーディアンからの出向組だったか」
提督の方もARガーディアンに関しては把握済である。
そこからの出向と言う形でパルクール・ガーディアンにやって来た青年、彼の名はオーディンという。
午前10時55分、店の専用出口から出たのは良いが、ブースターのスピードに驚いていた蒼空(あおぞら)かなでは梅島駅辺りで足を止める。
スピードに慣れていないというよりは、装備しているだけでも素人では体力を消耗するのがARガジェットを使用したARゲームの宿命だ。
周囲には人のいる気配がない為、そこでバイザーのナビシステムを起動して場所の確認を行う。
時計を確認すると、午前11時を回る辺り――あれだけの出来事があったのに。
実際にもかなりの距離を動いているような感覚だが、西新井近辺から梅島駅までの距離を考えると、予想していたよりも距離が進んでいない。
その原因としてアーマーの動作、システムの制御方法を含めた基本操作を移動しながら確認していたというのもある。
スピードを出し過ぎて警察に止められる可能性もあった為、最初の数キロ程はスピードを出していたが、今は時速20キロ未満まで落としている。
それでも自転車や小型バイクと比べると、速度はこちらの方が体感速度としては上である。
「あのスピードは時速50キロ位の体感速度はあった。一体、運営はパルクールに何を求めようとしているのか?」
蒼空はガジェットの耐久性、複雑なシステム、今の日本で同じような物を生産できる技術があるのかも不明なオーバーテクノロジーの数々――ランニングガジェットが明らかにオーパーツの類だと考えていた。
これだけの技術があれば、軍事転用もあり得るかもしれない。
それだけの物を、このタイミングで大きなイベントとして行うのか理由が――と疑問に思う。
「それに、ガジェットで法定速度以上を出しても特に言及される気配はない。パトカーも見当たらないのが大きいが」
これだけのスピードなのに自動車の様な車両と見なしていないのか、警察が追いかけてくるような様子もない。
しかし、スピードを出した際の負担もあり、途中で休憩をとる事にした。
【ARアーマーに関しては、別の用途で利用されている事、自然災害の救助活動等で運用される事も考慮されているとはいえ――】
【パルクールは、本来であれば平地で行われる物。許可を受けて道路を使用しているサバイバルトーナメントならば話は早いが、それ以外は――】
【パワードスーツを装着した状態でプレイする事に意味があるのか?】
【もしかすると、スーツの性能を実験する為に――と言う路線が高いかもしれない】
【まさか、ARゲーム自体が軍事技術の実験場?】
【それは違うだろう。デスゲームのような物であれば話は別だが――】
蒼空はつぶやきサイトのメッセージらしきものがARバイザー経由で見えていたのだが、敢えてスルーをしている。
自分にとって有益な情報ではないという訳ではなく、今はARガジェットの使用方法を把握したいと言うのもあるのかもしれない。
そして、バイザーメットを脱いで一息つくと、目の前を別の人物が通過して行った。
追跡しようと考えていた人物ではなく、ガジェットや装備の違い等を認識して別人と判断しているようだった。
あの人物を追跡しない一方で、蒼空は近くでスマートフォンを片手で操作している女性に色々と話を聞く事にした。
彼女は蒼空を警戒するような事はせず、話には応じるような表情をしている。
彼を歓迎しているかは別として――。
「あの人物? 正式名称はパルクール・ガーディアンで、主に運営の定めたルール通りの進行が行われているかを監視する役目を持っている。その中の一人でしょ」
黒髪のロングヘアだが特に念入りな手入れをしている訳ではない一方、服装の方は安値で有名なカジュアルショップの物で統一された外見である。
身長170センチだが、体格が若干ぽっちゃり系にも見える為に痩せているという風には感じられない。
ダイエットに失敗したとか、そうした事情を抱えている為の体格ではないようだが、見方によれば――。
それに加えて、彼女はレースを単純に観戦している訳もないようだ。理由を聞いても彼女が答えるかどうかは疑問に残るのだが。
「ガーディアン?」
「ガーディアンと言っても、彼らがやっているのは不正スコアを出してランキング荒らしを行っている超有名アイドルファンを締め出しているだけ。パルクールをもっと広げようと考えているなら、この手段が間違っていると気づくはず」
「超有名アイドル……やっぱり」
「あなたも同じ超有名アイドルファンなの?」
「それは違う。俺は……彼らのやっているビジネスを……認めたくないだけだ」
彼女の眼はスマホの画面に集中をしていて、視点が蒼空の方へは向けられていないのだが、放たれているオーラは異常な程に超有名アイドルを嫌っているようにも見える。
それは、蒼空の言った単語に反応したかのようでもあった。
「あれをビジネスと言うのなら世界中が同じような事を真似してもおかしくない。それを行わないのには理由がある……違う?」
彼女が蒼空対してスマホを突きつけて質問をする。
口調の方も少し怒っているように感じられる為か、先ほどのビジネスと言う部分で地雷を踏んでしまった可能性も高い。
「超有名アイドル商法は日本でしか通用しない。それは、アイドルグループを株の銘柄にしか思っていないようなアイドルファンと言う名の投資家が存在して―」
蒼空の発言を聞き、彼女は何を思ったのか蒼空に突きつけたスマホをおさめ、何かのアプリを動作させて音楽を流す。
その曲は蒼空も聞いた事がないのは間違いなく、何処かの有名なCDチャートにランクインするような楽曲でもなかった。
だからと言って、未発表の楽曲と言う訳でもなく――動画サイト等を調べれば分かるかもしれない。
蒼空は聞き覚えがあるイントロだと確信していた。
そして、曲名を当てようとするが、先に思い浮かんだのはジャンルだったのである。
「トランス系、あるいはユーロか?」
音楽には少し興味があった為か、曲のジャンルはある程度把握していた。
その為に即答出来たのだが、曲名を特定するまでには至らない。様々なリズムゲームの楽曲から絞り込むのは――非常に難しいだろう。
「この曲を聴かせると、大抵の人物が知らないと断言する。そして、それらの人物は超有名アイドルの楽曲ばかり聞いている事も分かった。だから、自分は超有名アイドルの楽曲には一種のマインドコントロールが含まれていると―」
「ちょっと待った。マインドコントロールと言う単語が出ること自体、何か間違っているような気配がする。一体、超有名アイドルに何を重ねている?」
彼女は何かを言おうとしていたが、蒼空が慌てて話を止めようとする。
これに関しても地雷を踏んでしまった……と一瞬だけでも感じていた。一体、彼女は超有名アイドルに何を重ねているのか?
それが想像を超えるような権力者だった場合、かなりの大事件に発展するノは間違いない。
「超有名アイドルなんて……幻想にすぎないのよ。その幻想に取りつかれ、投資家と言う名のファンがCDを複数枚購入し、経済発展しているかのようなハリボテを世界中に見せているのにも気づかないなんて」
彼女は頭を抱えていた。何に対して――と言うのも野暮だが。
超有名アイドル商法に取りつかれた人間が、どのような末路をたどって行くのかも想像できているのだろう。
そして、これがコンテンツ流通に悪影響を及ぼし、更には――。
「まさか、クレジットカード破産も超有名アイドルの仕業、中小企業の吸収合併は超有名アイドルが仕組んでいる、日本で起きている犯罪は全て超有名アイドルが裏で動かしているとでも言いたいのか?」
蒼空の一言を聞いた次の瞬間、彼女は蒼空のガジェットを殴りつけようと拳を構えていたのである。
しかし、その手で実際に殴る事はない。ストレス発散等を理由に人を殴れば、即犯罪者の仲間入りでSNSでも拡散される事を知っていた。
結局、そんな事をしても何も解決出来るとは思えない部分があるのを分かっている。
「その通りよ。ホビーアニメ等で『玩具を利用して世界征服を考えている人物』がいるように、超有名アイドルの芸能事務所は超有名アイドルコンテンツで日本を征服しようとしている! 私にはそのビジョンがはっきりと見えるのよ」
彼女の発言も、ここまで来るとネジが1本外れている所では済まない。
ここまで超有名アイドルで被害妄想とでもいうような発言が出来るとは――。
このような人物が超有名アイドルを語るのか…と蒼空は考える。まるで三文小説というより、ライトノベルだ。
もしくは――WEB小説と言うべきだろうか?
遂には彼女の発言を受け、蒼空は拳を構えて、落ち着かせる為に腹を殴ろうという考えが浮かんだ。
しかし、アーマーの力を考えれば大けがをさせてしまうのは目に見えている。それに、ARゲームで犯罪を起こしたとなると――。
「少しは落ち着け! 超有名アイドルでも、さすがにテロ活動までには手を出さないだろう。そんな事をすれば、警察沙汰になって解散は避けられない」
蒼空も彼女に対してはビンタの一発でも――と考えたのだが、さすがに現状で実行をしてしまうとガジェットのパワーもプラスされて大変な事になる為、自重する事にした。
「貴方は超有名アイドルのやり方を分かっていない。いつか、貴方も考え方を変える事になる日が来る」
それだけを言い残し、彼女は何処かへと言ってしまった。
あの方角にはゲームセンターがあったような気配がしたが、蒼空はバイザーメットを被って追跡を再開する。
「超有名アイドルを単純にラノベにあるような秘密結社や、ブラック会社にでも仕立てたいのだろうか?」
疑問は多く残るのだが、彼女と話していて分かったのは超有名アイドルに対して改善の余地があるという認識は似ている事、超有名アイドル商法が現在の日本経済の足かせになっているという考えを持っている事である。
しかし、それ以外は話の次元が超越しすぎていて理解する事は不可能に近い。
これならば、まだパルクールの中止を訴えていた集団の方が理解できるかもしれない。
「それにしても、あの女性は何処かで見覚えが――」
ふと気が付いた蒼空はネット上でデータの検索を始める。
スマートフォンを預けている訳ではないが、ランニングガジェットを装着している関係で取り出す事は難しい。
仕方がないので、先ほど覚えたばかりのヘッドマウントシステムでデータを検索し始める。
数秒後、一人の人物を扱ったサイトにヒットする。
それ以外にもつぶやきサイトのまとめ等もあったが、信頼性も考えて大手サイトの方を閲覧する事にした。
「ビンゴ! やはり、あの人物は……阿賀野か」
蒼空が出会った人物、それは阿賀野菜月(あがの・なつき)だった。
何故、彼女が梅島駅にいたのかは不明である。
ゲーセンの方向へ向かった事との関連性も、今の事件とは無関係だろう。
午前11時15分、蒼空はスピード調整を走りながら行い、ガジェットの基本動作も周囲にいた選手の見真似で何とか動かせるようになったのだが、それでも最初に追跡しようと考えていた人物にはたどり着けない。
ナビを見る限りでは北千住辺りでグルグルと回っているようには見えるのだが、どういう事だろうか。
【ターゲットを固定しました。ターゲットへの最短距離を案内します】
適当にナビを操作し、グルグルと回っているアイコンの1つに指が当たる。
その後でどのように操作したのか不明だが、最短ルートがナビに表示された。
それを見る限りでは裏路地ばかりを通る道である。
これをどうやって通ればよいのか? 蒼空には判断のしようがないのだが、ロスしてしまった時間を取り戻す為にも今はナビを信じてみる事にした。
「最短距離と言うのにマンションが―」
少し走った所に見えたのは何と10階建て位のマンションだった。
ナビによると、これを迂回せずに直進するのが近道だと表示されている。
仮に迂回したとしても距離的には特に問題はない事に加え、一般的なマラソン等ではマンションを直進するというコースは考えられない。
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