マッドサイエンティスト 第5話〜第12話

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【第5話 マッドサイエンティスト


「え〜み〜ちゃん」


「羽飼くん!!

今日は雪が積もっちゃうから来なくていいっていったのに」


「だって、えみちゃんのこと心配だし」


「ありがとう」


* * * * * * * * * * * *

これはまだ月水が小学生の頃。

羽飼(月水)が近所の病院に祖母のお見舞いにいったときに知り合った少女の思い出である。

* * * * * * * * * * * *


「えみちゃんまた大人の本読んでるんだ〜♪」

羽飼は自分とえみ、そしてえみのお姉さんの3人しかいない狭い病室の中でそう言って大きな声を出す。

「わわわ、ちょっとそんな言い方」

えみは顔を真っ赤にする。


「ねええみ、ってそれどういうこと?」


「ち、違うの、姉ちゃん。

これは、その……」


「いいのよ。

性に興味を示すのはある意味あんたが健康な証拠だから、ぷっ」


「ちょ、そこ笑うなー!」


「クスクスクスクス、可笑しい」


「もう!

元はと言えば羽飼くん!!

あんたが誤解を生むような紛らわしい言い方するからよ!

私お姉ちゃんに勘違いされちゃったじゃない!」


「ごめんごめん。

小学生のえみちゃんが読むにしては難しそうな本だなと思って」


私には早いっていうの?

失礼しちゃうわね。

専門書や科学雑誌を読むのは

私の趣味なの、悪いー!?」


「いやいや、別に悪くはないよ。

そう言えばこないだ借りたこの星座の本、

ありがとう」 


「ちゃんと読んでくれた?」


「う、うん。

はい、えみちゃん」

『パラッ』


「あ、ごめん。

本にメモ紙が挟んでいたの忘れてて」


「別にいいわ。そのメモは今更必要ないものだし」


「えみちゃんごめん。

実は僕ね、そのメモの中身勝手に読んじゃったんだ」


「このメモ読んじゃったんだ……。そう」


「ごめんね」


「別にいいわ。

あれは今度地球にやってくる彗星について調べただけだから」


「え、だったらなおさら……」


「もう必要ないの!

だって……、

私はパパの望遠鏡で彗星を直接みるつもりだったけど、医者の先生からダメって言われたの。

冬の夜は私の体温調節が上手く働かず体調を崩しやすいらしいんだって」

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【登場人物】

羽飼わかい※月水の両親が離婚する前の旧性

•えみ

•えみのお姉さん




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【第6話 マッドサイエンティスト ろく



「ねえ、羽飼わかいくん?」


「なに?」


『ううん……。やっぱりなんでもない』


「変なえみちゃん」


「実は羽飼くんに頼みがあるの」


「うん。いいけど、頼みってなに?」


「私のパパが……と言っても。

やっぱり順を追って話すわ。

私の両親が離婚しているの羽飼くん知ってる?」


「そう言えばえみちゃん前にも言ってたよね。

僕がえみちゃんとまだ知り合う前。

たしか小学校低学年のときって言ってなかった?」


「そう。そして、私とお姉ちゃんの娘2人は2人ともママの連れ子としてついていく形になったの」



「えみちゃん僕によく話してくれてたもんね。

お母さんが離婚する前のお父さんのこと」



「羽飼くん覚えててくれたんだ。

パパは相変わらず毎日仕事が忙しいみたいだけど。

 それでもね、今でもたまに少し時間を作ってこの病院まで私に会いに来てくれるの」


「優しいお父さんなんだね」


「ありがとう、羽飼くん。

私の病気がわかってこの病院に入院する前、

私がパパとまだ家で一緒に住んでいたときよ。

 パパは星の観察のために私を星が綺麗にみえる高台まで連れて行ってくれたわ。

それに、連休のときなんかにはちょっと遠くまで出かけて流れ星を追いかけたりもしたっけ」


「えみちゃんのお父さんって確か星を研究する学者さんだったよね?」


「そう。私はね、綺麗な星空が持っているまだ知られていないたくさんの魅力をパパみたいにたくさんの人に伝えていきたいの」


「素敵な夢だね」


「ありがとう♪

 実は私ね、病院の先生に条件付きで外出の許可を貰ったの。

来週の日曜日パパにプラネタリウムに連れて行ってもらうためにね」


「そっか、パパと会えるんだ」


「うん♪

だけど、パパは忙しいみたいだから数時間しか会えないの。

私は少しでも長くパパと一緒に過ごしたいのに。

だからね、私がパパを駅まで迎えに行こうと思う。

それで羽飼くんに頼みたいことなんだけど……」


「なにかな?」


「誰かの付き添いがなきゃ私は病院から出られない。

 だから、駅まででいい。

羽飼くんに付き添い願いしてもいい?」

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【登場人物】

羽飼わかい※月水の両親が離婚する前の旧性

•えみ




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【第7話 マッドサイエンティスト July】



パパに会うため駅に向かうえみと、それに付き添う羽飼。

2人は駅の改札出口付近にベンチをみつけると、

そこに腰掛けて約束の時間をただひたすら待つことにした。


「約束の時間、30分過ぎちゃったけど、

パパ大丈夫かな?」


「大丈夫さ、気長に待とう」


「う、うん」


「退屈だね〜」


「ごめんね、羽飼くん。

君にこんなところにまで付き合わせちゃって」


「いいよ別に。

僕は基本的にいつも暇だし。

ところでえみちゃん、

一つ聞いてもいい?」


「いいよ、何?」


「えみちゃんのお父さんっていったいどんな性格の人?」


「私のパパ?

怒ったときは怖いけど普段は優しいよ。

そしてね、お星様のことたくさん知ってるの。

パパは近所の子供達を含めて星の観察会を開いたりしてるんだけど。

そう言えば羽飼くんも7月の星の観察会来てくれてたよね!」


「そうだね!

あの時は僕とえみちゃんがまだ今みたいに親しくなる前だったけど、確かにね」


「偶然よね〜」


「そうだね」


「さっきの話に戻すわね。

星空について語っている時のパパの顔が、

私は一番好きなのよ」


『リリリリリー!』


『まもなく1番線に 電車がまいります。

危ないですから 黄色い線の内側まで お下がり下さい』


「今度こそパパの乗っている電車かしら?

私、改札の手前まで様子を見てくるわ。

羽飼くんはそこで待ってて」


「う、うん」


しばらく経って、えみはベンチまで戻ってきたが、

その足取りの重さから羽飼にはなんとなくさっしがついていた。



「えみちゃん、どうだった?」


「違ったわ。

もしかしたらパパ、私のこと。

シクシク……」


「それは違うよ、えみちゃん!

飛行機や電車が遅れてるのかもしれない。

だけどね、絶対大丈夫だから。

えみちゃんのお父さんは必ずえみちゃんに会いに来てくれるよ。

だからね、元気を出して気長に待とうよ。

ね、えみちゃん?」


「う、うん。

ありがとう、羽飼くん」



そして遂に約束の時間から1時間が過ぎようとしていた。

しかし、えみの父親は一向に姿を現さない。



「えみちゃんのお父さん、なかなか来ないね」


「羽飼くん、ありがとう。

ここまででいいわ」


「え、でも、

君のお父さんがまだ……」


「ここまで付き添ってくれただけで充分よ。

パパの乗っている飛行機がもしかして遅れてるのかもしれないし」


「君を1人にはさせられない。

僕もえみちゃんと待つよ」


「あら、羽飼くん昨日言ってなかった?

今日の午後からは親に頼まれたお遣いがあるからそのついでだって」


「えみちゃん、そのこと覚えててくれたんだ」


「ええ、もちろん。

私とこんなところで時間潰してたら羽飼くんの両親きっと心配するよ。

だから、わかるよね?」


「う、うん。

わかった。

僕は先に両親のお遣いを済ませてくるよ。

そしてそれが終わったら大急ぎでまたこの改札前まで戻ってくるよ」


「いいわ。

私がパパに会えるのと、羽飼くんがお遣いから戻ってくるの。

どっちが早いか競争しましょ♪」


「うん、のぞむところさ!」




両親のお遣いを無事終えた羽飼は、

えみのことが心配なあまり

駅の改札へとダッシュで戻ってきた。


「えみちゃん、まだいる?」




しかし、もうそこにえみの姿は無かった。


「えみちゃん、ちゃんとお父さんに会えたんだね」

羽飼は安心して家路へと着いた。


しかし。

その日の夕方、非通知の相手から羽飼少年宛に自宅に電話があった。

家族に即され、半信半疑な羽飼はそれでも渋々受話器をとる。


「あの〜羽飼ですが、もしもし〜」


「君が羽飼くんですか!?

はじめまして、私はえみの父親の……」


非通知から電話をかけてきたのは、えみの父親だった。

帰路の空港から急いで電話をかけたらしい。

母親からまず連絡が入り、娘が今どこにいるのかわからないらしい。

えみの父親が言うには、

約束の時間に遅れたことを伝えるために

娘のえみに電話をしたが、

そのときえみから急な用事が入って今日は会えなくなったと言われたそうだ。

 そして、その用件だけを父親に伝えると、えみは一方的に電話を切ったらしい。

それから、父親は何度もえみに電話をかけ直そうとするが一向に繋がらない。

 だから、えみの父親は羽飼に心当たりがないか電話をかけてきたのだ。


「娘はもしか……」

「おじさん、ありがとう!!」

「あ、ちょっと待っ」

『ピッ!』

 羽飼は通話を終わらせ、せれからとにかく走った。

えみが行きそうな考え得る場所は全て。

そして、日もすっかり落ち辺りが暗くなりかけた頃になってようやく、

やっとの思いでえみの後ろ姿を探し当てた。


「えみちゃん!

君のお父さんえみちゃんのことすごく心配してたよ。

こんなところで何してたの?」

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【登場人物】

羽飼わかい※月水の両親が離婚する前の旧性

•えみ

•えみの父親




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【第8話 マッドサイエンティスト バチ



「羽飼……くん?」


「どうしたの、えみちゃん?

こんなところで」


「無いの……」

えみは目に大粒の涙を溜めていた。


「無いって、何が?」


「うえーん!」


「ちょ、ちょっとえみちゃんどうしたのさ」

えみは羽飼の懐の中に深く顔を埋めると、

赤くなった顔のすぐ真下の地面に涙の滴を落とす。


「羽飼くん、私ね、私ね」


「ちゃんと話聞いてあげるから。

だから、ね?

そうだ。ほら、僕のハンカチ使って」


「う、うん」


「話すのはゆっくり落ち着いてからでいいから」


「ありがとう、羽飼くん。

ふぅ〜、ふぅ〜、はぁ〜。

背中までさすってくれて。

私だいぶ楽になったわ」


「良かった〜。

えみちゃんがどこに行ったかわからなくなって僕心配したんだよ」


「ごめんなさい」

涙腺に溜まった滴をえみはハンカチで拭った。


「大丈夫、えみちゃんちゃんと見つかったしね」


「実は私ね、パパから大切な望遠鏡を預かってたの。

たまに帰った時には星を一緒にみようねって」


「素敵だね」


「その望遠鏡をね、今日パパを迎えに駅まで行くときに私持ち出したの」


「そう言えば、今日の朝会ったときえみちゃん重そうな荷物持ってたよね」


「うん。私はパパに無くすから家に置いておくように言われてたのに」


「そうなんだ。

どうして今日に限って持ち出そうと思ったの?」


「最近、望遠鏡の調子が悪かったから。

だから、パパに見て貰おうと思ったの。

だけど……、私駅まで行く途中にどこかに置き忘れてしまって」


「そうか。

えみちゃんはパパに会う前にそのことを思い出して、この時間までずっと一人で探してたんだね」


「うん。だけど、来た道をどんなに探し回っても全然みつからない。

どうしたらいいの?

私、パパに合わせる顔が無い」


「えみちゃん、優しいんだね」


「嘘よ。私がパパの言いつけを破って勝手に持ち出したから、

だから自業自得。

バチが当たってるだけよ!」


「確かに言いつけを破って無くしてしまったことは残念だよね。

だけどさ、もしも僕がえみちゃんのお父さんの立場だったとしたらだよ。

 そんな風にえみちゃんにあげた道具を大切に使ってくれていたり、

失くしてしまった後に必死に探してくれている姿を

知ったら、すごく嬉しいんじゃ無いかって思うよ」


「本当に?

本当にそう思う?」


「うん」


「えみちゃんはさ、今からパパに電話するとして

ちゃんとごめんなさいって言える?」


「う、うん!

私言えるよ」


「らしいですよ。

えみちゃんのお父さん。

そこで僕たちの話を途中から聞いていましたよね?」


「え、パパ!?」

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【登場人物】

•羽飼

•えみ

•?




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【第9話 マッドサイエンティスト きゅう


「えみ!」


「パパ、どうして!?

帰ってたんじゃないの?」


「そのつもりだったんだけどな、

えみが心配で戻って来たんだ」


「も〜、パパの馬鹿!

戻って来るなら来るってひとこと言ってよー!」


「ごめんごめん」



「えみちゃん」

羽飼はまるでタイミングを見計らっていたかのようにえみに優しくアイサインを送った。


「うん、わかった」

そして、そんなえみにももちろん、

今一番にやるべきことはわかっていた。


「パパ?」


「なんだい?」


「私、パパが大切にしていた望遠鏡、

勝手に持ち出して失くしちゃいました。

本当にごめんなさい!」

えみは父親の前で深々と頭を下げると、

しばらくそのままの姿勢を保ち続けていた。


「えみちゃん……」

羽飼は意外なほど潔いえみの言動に驚きつつ、

えみの父親の反応が気になり、そちらに視線を移した。


しかし、えみを黙って見つめる父親の表情は意外に堅く、

まるで何か考え事をしているかのようだった。


「• • • • • •」


「ごめんなさい」


「えみちゃんのお父さん!?」

羽飼はまるで返事を催促するかのようにえみの父親に詰め寄った。


「• • • • • •」


「あのぉ……、えみちゃんのお父さん!?

部外者である僕が他所の家庭の問題に口を挟むなんて差し出がましいかもしれません。

 だけど、今これだけは言わせてください。

えみちゃんに何か言いたいことがあるなら

ちゃんと言葉にして伝えてあげてくれませんか?

じゃないとえみちゃんが可愛そうです」




「ごめんな……」

羽飼の言葉の後、えみの父親がようやく発した言葉はそのたった一言だけだった。

 

 しかし、その一言に対して娘が受けた印象は違った。

そうやって父が絞り出すように発した言葉から何か特別な思いのようなものが感じられたのだ。

「ねえパパ?

もしかして、パパも今泣いてるの?」

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【登場人物】

•羽飼

•えみ

•えみの父親








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【第10話 マッドサイエンティスト とお


「羽飼くん、あっち!」


「え、どこどこ?」


「っもう!

羽飼くんがもたもたしてるから、

流れ星、見えなくなっちゃったじゃない!」


「そんなぁ〜、無茶言わないでよー!

僕は天体望遠鏡とカメラを構えながら追ってるんだよ。

えみちゃんはいいね、何も構えて無いから身軽で」


「何よそれ、私に何か文句でもあるわけ?」


「あるよ!

例えばさっき、僕が望遠鏡の調整でてこずっていたときだよ。

そのとき、えみちゃんはずっと自分のスマホ触ってたよね?」


「何よ、その言い方!

羽飼くんちょっと酷くなーい!?

私はね、彗星の方角にある厚い雲がいつ頃流れ去るか調べていただけなのに」


***

えみと父親が再会した日から数えて丁度二週間後の冬の夜空は、

オリオン座を形づくる星々が煌々と輝く程に空気が澄んでいた。

羽飼と恵美は今一番地球に接近し綺麗に観える彗星を写真に収めようと星が綺麗に見える高台まで足を運んでいたのである。







さて、その観測の日から話は1週間前まで遡る。


「えみちゃん、実は話があるんだ……」


「話って?

羽飼くん、急にそんな改まってどうしたの?」


「実はさ、僕ん家今度引越すことになったんだ」


「え?」

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【登場人物】

•羽飼

•えみ






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【第11話 マッドサイエンティスト 人人】


「そう。羽飼くん引越しちゃうんだ……」


えみは羽飼からの突然のカミングアウトに対し

一瞬だけ間を空けた。

しかし、その後はまるで事前に内容を知っていたかのように普段と変わらない声の調子で表情さえも変えなかった。


「ねえ、えみちゃん?」


「何?」


「僕が引っ越すのは3月の半ばで一か月先だけど、

えみちゃんが観たいと思ってる彗星が観れるのっていつだっけ?」


「羽飼くんあなた……、

さては貸した本に挟んでいた私のメモ読んだのね?」


「う、うん。

内容が気になっちゃって。ごめんね」


「ううん、それはいいわ。

ところでその彗星のことだけど、

去年の夏から年末にかけて肉眼でも見えていたらしいわ」


「見えていたらしいって、じゃあ今年はもう……」


「そんな残念な顔しないで。

私も去年の年末に見えなくなったと聞いてがっかりしたわ。

だけど、先月からまた肉眼でも見えるようになったらしいのよ」


「じゃあさ、僕が引っ越す前に観られるってことだよね!?」


「ちょっと何?

羽飼くん今までそんな彗星興味持って無さそうだったじゃん。

なのに急に興味持ったりして」


「僕は引越しする前に絶対その彗星観に行きたい!!」


「焦らなくたっていいわよ。

羽飼くんは家の引越しの準備とかで忙しいと思うし。

彗星は少なくとも3月の終わりくらいまでは大丈夫そうだから、きっと彗星観測のイベントに参加出来るわ」


「違うんだよ、えみちゃん!!」


「違う?

どういうこと?」


「僕、僕は他の誰でも無いよ。

えみちゃん、キミと2人でその彗星を観たいんだ!」


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【登場人物】

•羽飼

•えみ





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【第12話 マッドサイエンティスト 12時】


えみが担当医を粘り強く説得したことで

羽飼とえみの二人が彗星を観察する計画は条件付きながら叶う運びとなり、そして、今に至る。



「ねえ、あれみて!」


「え、どこ?」


「望遠鏡を覗くのは一旦やめて、

直接みて」


「あ、うん」


羽飼は目を望遠鏡のレンズから離し、

すぐにえみが指差す方向へと夜空を仰いだ。


「ね、わかった?

彗星……、みつかったね」


「うん、すごいよ!

肉眼でみる彗星って僕が想像していたより随分明るいんだな」


「みて、羽飼くん!

望遠鏡で覗くと綺麗な彗星の尾まではっきり見えるわ」


「さっきまでずっと望遠鏡を構えてたのは僕なのに、抜けがけするなんてえみちゃんズルいよー!」


「羽飼くんはファインダー調整が遅いのよ。

まあ、慣れてないから仕方ないとは思うけどね」


「凄ーい!

ホントだぁ〜!」


「私の言葉はスルーかい」


「確かに彗星の尾まではっきりみえるよ!」


「でしょ?」


「うん。

だけど、ずっと覗き続けてたら少しって言うか、

かなり酔うね」


「それ、わかる!

僅かな振動でも天体の像がぶれちゃうから」


「じゃあ次。

またえみちゃんの番だよ」


「私はパス。

実は私も酔っちゃたし。

私達ずっと外にいるから寒いでしょ?

実は私、水筒に温かいコーヒー入れてきたんだ。

ちょっと休憩入れない?」


「いいね」


えみが水筒からコップへと熱々のコーヒーをつぎ分けている間、羽飼はレジャー用のビニールシートを広げ準備をする。



「はい!

こっちは羽飼くんの分。

さあ、食べて」


「このお菓子は何?」


「チョコスコーンよ。

本当はまだ冷めないうちに一緒に食べようと思って作って持ってきたつもりだったんだけど、彗星に夢中で忘れていたわ。

ごめんなさい」


「コーヒーだけじゃなく手作りのお菓子までありがとう、えみちゃん」


「どういたしまして♪」


「一つ不思議に思うことがあるんだけど、聞いていいかな?」


「いいよ、何?」


「えみちゃんはここずっと入院してるんだよね?

このお菓子、いつ作ったの?」


「ああ、そのことね。

私が入院してる病院の院長先生の奥さん、

実は料理好きな方なのよ。

それで、ときどき私が病室で退屈そうにしていると声をかけてくれて、

病院備え付けのキッチンで料理やお菓子作り方を教えてくれるの」


「へえー、そうだったんだ。

よかったじゃん」



「ありがとう。

そしてね、このスコーンも病院のキッチンを借りて作ったの。

院長さんの奥さん、今日は病院には来ていなかったけど、奥さん不在の時でも私がキッチンを使う許可はもらっているから、今日は私一人で作ってみたの。

 それで、味はどうかな?

外気で冷めて固くちゃってるから、

美味しく無いかもしれないわね」


『サク!サクサクサクサクサク』 


「ちょっと羽飼くん?

無言で食べ続けて感想言わないなんて、

どういうつもり?」


「ありがとう、えみちゃん。

固くなってなんて無いし、

中はほんのり温かさも残っていて

とっても美味しいよ。

ほら、えみちゃんも自分の分食べてみなよ?」


「あら、そう?」


『サク!

サクサクサクサクサクサクサクサク』


「ちょっとえみちゃん!

人には無言で食べ続けたこと文句言っといて、

自分も同じことやっちゃう、普通?」


「ねえ、羽飼くん!?」


「どうしたの、えみちゃん?

そんな驚きに満ちた顔して」


「嘘!これ、うっま!」


「えみちゃん?

クチャクチャうるさい。

それに唾とんでる、唾こっちまでいっぱいとんできてる。

 えみちゃんは今、きっと自分で作ったお菓子のあまりの美味しさに絶賛我を忘れ中なのだろうけれどさ、

ラーメン屋好きなオッサンが本人的には独り言で抑えてるつもりでも無駄に声デカくて周りからすると迷惑でしか無いときのような食べ方はやめようよ」




スコーンとホットコーヒーで一息ついた後、

二人はレジャー用のビニールシートを背に

夜空を眺める。



「ねえ、羽飼くん?」



「どうしたの?」


「羽飼くんはって言葉知ってる?」


「きんじつてん?

ううん、聞いたことない。それは何?」


「太陽の周りを回っている星が太陽に最も近づく位置のことよ」


「ふうん、そうなんだ。

でもさ、彗星を観ることと近日点、何か関係があるの?」


「何言っちゃってんの、大ありよ!!」


「ごめんごめん。

僕はえみちゃんほど天体に詳しくないからさ。

何かえみちゃんの琴線に触れるようなこと言ったかな?」


「いいえ、いいの。

私こそごめん。

彗星を観られた興奮でつい感情的になってしまったみたい。

 ところで羽飼くんのさっきの質問に戻るわね。

私達にあの彗星が肉眼でもしっかり見えているのは、彗星が近日点に近いからなのよ』


『そうか。

彗星が太陽に一番近いってことは、地球にも近いことにもなるからね』


「そうだ!

羽飼くんに謎なぞを出すわね。

私達が今観ている彗星、近日点に来るのは今だけじゃないの。

近日点に来るのをここでは訪れるっていう言い方をするわね。

 彗星は過去にも訪れただろうし、そして未来にもまたきっと訪れるはずよ。

 前回訪れたのはいつだと思う?

そして、次に訪れるのはいつだと思う?」


「えー、そんなの予備知識が無いと絶対わかるはず無いじゃん」


「私は優しいから今回は特別だよ。

正確じゃなくてもいいわ。

大体近ければオッケーにしてあげる♪」


「ちょっと、だから予備知識無いと……」


「んもー、羽飼くん、あなたホント往生際が悪いって言うか、男の子らしくないわね。

男の子なら男の子らしくバシー!って答えなさいよ」


「そんな無茶言わないでよー!

え〜い、じゃあせめてヒントは?

ヒント頂戴!」


「仕方ないわねー。

前回訪れたのはいつか。

ノアの方舟の時代!

これならわかるでしょ?」


「いやいや、普通の人はそれじゃわかんないって。

それに、それ史実かどうかも怪しいやつじゃん」


「あはた本当に往生際が悪いわねー!」


「紀元前2200年くらい……でしょ?」


「あ、当たり……。

す、凄いじゃない。

どうしてわかったの?」


「なんとなく……ね♪」


「何でかな、私あんたのそのドヤ顔ムカつくわー!

じゃあ、次に彗星が訪れるのはいつかもわかる?」


「ヒント貰える?」


「え〜と、え〜と」


「西暦8704年頃、違う?」


「当たり!

ねえ、どうしてわかったの?」


「太陽系内部へ飛来する前の公転周期は4300年であったが、2020年の太陽系の内部への接近により現在では6700年程度まで長くなっている。

 米国の某無人探査研究開発機関が公開している小天体データベースに採用されている軌道要素に沿うと、次に近日点を通過するのは8704年頃となる。


えみちゃんが僕に貸してくれた本にそう書いてあったからね」


「羽飼くん、私が貸した本ちゃんと読んでくれてたんだ……」


「えみちゃん、どうしたの?」


「な、なんでもないわ!

それで?」


「えみちゃんは、

僕が借りた本をちゃんと読んでるかどうか

たまに抜き打ちテストするよね?

だから今回答えられたのは偶然だよ」


「それでも嬉しいわ。

え〜と、なんだか話が逸れちゃったわね。

前回がざっと紀元前2200年、次は西暦8700年、

この彗星一つとっても

宇宙で起こることって本当にスケールが壮大よねー!」


「そうだね」


「羽飼くんはさっき偶然って言葉使っていたけど、私ときどき思うの。

宇宙があって、銀河系があって、太陽系があって、太陽からちょうど良い距離に地球があって、水があって、自然があって、生物がいて、動物がいて、

パパやママがいて、私達が今こうして生きていることってみんななのかな?

それともなのかな? って。

羽飼くんはどう思う?」


「う〜ん、哲学的だし難しい問いだね。

その問いにたいして今の僕にはえみちゃんを納得させられるような気の利いた答えは言えないな。

 でもさ、少しだけ違う表現に言い換えてもいいのなら、

僕ははっきり答えられる自信があるよ。

知りたい?」


「知りたい、教えて!」


「僕とえみちゃん、二人が出会えたことは偶然なのか?

それとも必然なのかってこと」


「え、知りたい!

どっち?」


『ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ……!』

 

突然の音は二人の会話を終わらせるのに充分だった。

 まるでスマートフォンという電子機器が二人に恨みでもあるかのように、えみのショルダーバックに入れられたそれからは午前0時を知らせるアラーム音が不気味に、そして力強く響き渡った。

——————————————————————

【登場人物】

•羽飼

•えみ

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