第40話 報い

 パン、乾いた銃声が部屋に木霊した。

 あたしは袖に隠していた銃を引き出すと同時に引き金を引いたのだ。

 奇襲の一発、眉間に命中し血潮が当たりに飛び散る。

 追撃の一発、倒れ往く倉石の眼球を打ち抜く。

 止めの一発、確実に殺す意思を込めて心臓に打ち込む。

 全弾打ち終わった。硝煙は上がり、床ではビクンびくんと陸に打ち上げられた魚のように倉石は痙攣している。

 あたしの持てる火力を最高の形で当てられた。これで駄目なら、もう倉石を倒すことはあたしには出来ない。ならここで倉石を見守ることは無意味。次策を速やかに行うべき。あたしは携帯電話を取り出すと、素早く大神さんに繋げようとしたが、それより前に本能に従いあたしは飛び退いた。

 鼻先を疾風が掠め携帯が奪い取られいた。

「くっく、思い切ったこことをする」

 奪った携帯を握り潰しながら倉石が立ち上がってくる。

「殺しきれるとは思ってなかったけど、もう少し寝ててくれてもよかったに」

「教師が生徒の前でだらしないところを見せるわけには行くまい」

「馬、行きなさい」

 あたしは、今までの成り行きに付いていけず、あたしの背後で呆然としていた馬に命令した。馬にはもしもの時は警察を呼んでくるように指示しておいたのだ。

 警察が来れば、拳銃を所持して撃ったあたしもただでは済まないが、倉石はそれ以上にただでは済まない。人間を超えたとか曰う倉石とて、結局その人間が怖いから隠れて人を喰っているのだ。

 これでマリを守れるというのに、馬はまだ動かない。目の前で起こる超常の現象に正気を保てないのは仕方ないとはいえ、これでは機会を逸してしまう。

「早く行けっ」

「はっはい」

 あたしの叱咤に気を取り直した馬に、あたしはいきなり羽交い締めにされた。

「これはっ、何のつもり?」

 前の倉石を警戒していたので背後からの奇襲に全く反応出来ず、がっちりと掴まれ振り解けない。

「俺は偉いんだぞ。こんな小娘如きに言いなりになってたまるか」

「貴様どういうつもりだ?」

 さすがの倉石も少し面食らったように言う。

「私は、倉石先生あなたに付く。その代わり私にこの女を自由にさせてください」

「ふっ強い方に付く、小ずるく醜いがなかなかの判断だ。

 いいだろう。私も出来るだけ事を荒立てたくない」

 倉石は目の前の状況を楽しむような愉悦の表情を浮かべている。

 倉石も馬に逃げられるリスクを恐れたというより、いきなり教諭と生徒二人がいなくなり騒ぎになることを危惧したのであろう。

 そして何より本当にこの展開を楽しんでいる。

「任せてください。警察だって煙に巻きますよ。後で二人でおいしい思いをしましょうよ

 くっけけ、この体後でたっぷりと嬲って楽しませて貰うぞ」

 馬はあたしの乳房を服の上から揉み拉きだした。己の掌の中で粘土細工のように形を変えていく乳房の感触に、興奮する生臭い息があたしのうなじに掛かり鳥肌が立った。

「離せこの獣っ」

「けっけっけ、生意気な口だが、その同じ口から喘ぎ声が聞こえると思うと興奮するぜ」

 小柄な中年でも馬は男、力じゃとてもじゃないけどあたしの細腕じゃ振り解けない。

「何を考えているの。倉石はクスリを売り捌いている上に誘拐も行う凶悪犯なのよ。今すぐ離せば不問にするわよ」

 流石に倉石が魔術師で人食いを行っていることは伏せた。

「何上から目線で話してんだ、この肉人形」

「!」

「あぁん、なんだその顔。知らないとでも思っていたのか」

 この口ぶりあたしの過去を知っている! そう言えば、池も知っていたような口ぶりだった。

 誰か過去のあたしを知っている? そして悪意を持って情報を流している。誰なのか突き止めないといけない。もしかしたら倉石すら黒幕ではないというの?

 問い正さないと。今の調子に乗っている馬なら口が軽いだろと思ったが、馬はあたしの予想以上に調子に乗って口が軽かった。

「澄ました顔して一体何人の男をここに銜え込んだんだ、えっ。どうせお前も楽しんだんだろ」

 頭が真っ赤になった、もう誰が噂を流したとかそんなこと頭から塗り潰された。

「あたしが楽しんだだと。あれをあたしが楽しんだと言ったのかっ」

「はっ凄んだって怖くないぞ。この肉人形」

「その下劣さ抱えて、宵闇に惑うがいい」

 世界が赫く染まった。

「これは魔の発動!?」

 倉石はあたしが魔を発動させたことに驚きつつも、本能からか用心深さからか飛び退き距離を取った。

 だが馬は性欲に興奮して周りの異変にも気付かず、自らあたしに密着してくる。あたしが軽く手首を回すと、あっという間にボクシンググローブ大の悪意が絡みつく。あたしはそのまま馬の太ももに叩き込んだ。

「そんな非力な力で振りほど、あぅ」

 馬は全身に脂汗を浮かべ慌てて口元を押さえ、あたしは馬を突き飛ばし間合いを取る。

「なっなぜ急に悪寒が、気持ち悪い」

 押さえた手元から吐瀉物が漏れてきている。


 少女はそんな馬を見据えつつ、踊る。

 漂う悪意をその細く白い指先で掬い流して糸を紡ぐ。紡がれた深紅に黒が混じった赤黒い糸、腕を振り交差させ空に線を描き、生まれるは悪意の糸で編み込まれた一匹の野獣。口元からは欲望の涎垂れ流し、不自然にまでに股間はそそり立っている。

 少女は馬から生まれた悪意に具体的な形を与えたのだ。

「なだそれはどこからはいってきうっぷ」

 見えている、何の魔術を持たない馬ですら見える物質化した悪意。

 人に悪意は見えない、それは幸せなこと。こんなおぞましいものが見えてしまったら人は精神の均衡を保てない、正気でいられない。なのに人が生み出す最もおぞましいものを脇に従えながら、少女はどこまでも蒼天の如く澄んでいた。

 精神がぐにゃりと曲がり掛けた馬は一目散に背を向け逃げだした。

 だが、逃がさない。

 この世の理不尽に怒りを燃やす少女は逃がさない。

 罪には罰を。

 少女は「行け」と命じた。悪意の野獣は待ってましたとばかり喜び勇んで馬に襲いかかった。野獣は馬を背中から押し倒し、そのまま欲望を馬の排泄口に突き刺した。見ただけで気持ち悪くなる悪意、その悪意が形取った欲望をねじ込まれ内部から犯され内臓に悪意をぶちまかれ続ける。

 地獄だ。

「うぎゃあああああーー、ゆるしてくれ。おれがなにをしたってんだ。おれよりわるいやつなんていくらでもいるじゃないか」

 馬は必死に悪意の野獣を剥がそうとするが、ビクともしない。逆らうことが出来ない圧倒的な悪意に自分の尊厳もろとも犯される。

 それは今まで馬がしてきたこと。

 等分返し。

「私から逃げてからの短期間で魔に目覚めたか。やはり私が見込んだ通りの獲物だ」

 背後から掛かった声に少女が振り向くより早く首筋に衝撃を受け少女は倒れ込むのであった。

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