第13話 スニーキングミッション
寂れた集落から車を走らせておよそ一時間。鉱山跡まであと2kmほどの距離で主は車を止めた。鉱山にあまり近づけば我々の存在が悟られるので岩陰に蒸気自動車を隠し、あとは夜を待ってから徒歩で山に近づく段取りだった。双眼鏡を使い山の周囲を観察すると、山全体が有刺鉄線で囲われているらしい。この距離では歩哨の有無は判別出来ないが、居ると思って行動した方が良い。
そして夜間活動用の黒い迷彩服に着替え、銃の整備や装備品の点検をして万全の状態に整えておく。用意した装備品はナイフや工具、懐中電灯、それと爆弾など潜入にも破壊工作にも対応出来る幅広い品を数多く取り揃えている。
全ての点検を終えた主は平原に五体を投げ出し、すぐに寝息を立て始める。元よりエレナとの情事で軽い寝不足だったので丁度良い睡眠だろう。それにストレスはほぼ無くなっているので、これならば無用なミスはより少なくなる。
しばしの休息の後。主がゆっくりと体を起こし、大きな欠伸をしながら肩と首を動かして身体の調子を確かめる。既に日は傾き、星明かりがぽつぽつと見え始め、月が地平線から顔を覗かせている。あと三十分もすれば街灯も何も無い平原は完全に闇が支配する。
主は水筒に入れておいた眠気覚まし用のコーヒーを啜る。多少冷めてしまったが苦みさえあれば構わなかったので、そのまま飲み干していた。
三十分後、バックパックを背負い行動を開始する。
鉱山までの道のりは丈の短い草の生い茂る平原であり、中腰で身をかがめながらゆっくりと前進していけば早々見つかる事は無い。時間は掛かったものの何事も無く麓へとたどり着く。麓には鉱山で使われていたと思わしき採掘機材やベルトコンベアがうち捨てられており、長い年月により錆びて朽ち果てていた。主はその機械群の山に身を隠しつつ、鉱山の所々に配置されている歩哨を位置を把握してから、匍匐して目的の坑道を目指した。幸い山には照明などは一切設置されておらず、歩哨達の懐中電灯だけが光源だったのでよほどこちらが目立つ行動をしなければ発見される心配は無い。
途中二度張り巡らされた有刺鉄線をペンチで切って進んだが、鳴子の類が使われていないのは幸いだった。勿論そのような物が備えてあれば我が気付いて警告するが、罠の類など無いに越した事はない。
危なげなく山の中腹まで登り目的の第十七坑道を探す。事前にシティの役所で当時の鉱山の資料を仕入れておいて正解だった。――――――ここから300メートル左。都合よく入口に二人歩哨。彼等の電灯の明かりを目印にすれば良い。
入口までジリジリと匍匐で近づき、風に流れて煙草の臭いが漂うほど歩哨の傍まで近づいて様子をうかがう。
「――――なあ、今回の輸送組どう思う?」
「あー帰ってこないな。虎のロッコが居たから、目立ち過ぎてシティでとっ捕まったかもしれないな」
「ペットに新鮮な餌を与えたいなんて無茶言って出て行っちまったからなー。輸送組の誰かがゲロったら俺達もやばくないか?」
「俺もそう思う。けど逃げるなら足が必要だな。整備班を説得して逃げる算段付けて夜明けを待って車でトンズラしよう」
「そうだな。どうせ俺達下っ端なんて金で雇われただけで、思い入れなんて無いしな」
どうやら運び屋が帰ってこないのを深刻に受け止め、沈む泥船からいち早く逃げ出す算段を付けているわけか。職に対する熱意に欠ける者達だが、この場合は極めて正しい判断と言えた。
そして一人は今から麓の車両管理班を説得してくると言って坑道の警備を放り出してしまった。こちらとしては却って都合が良い。
十分に歩哨の一人が離れたのを確認した主は、手元の石を掴んで残った歩哨の後ろ側へと投擲する。石の転がる音に気付いた歩哨は後ろに気を取られてこちらに背中を晒してしまう。それを見逃さず、素早く立ち上がって歩哨へと飛び掛かり、頭を掴んで地面へと叩きつけた。堅い岩肌に叩きつけられた男は悶絶しながらも何か喋ろうとしたが、その前に主が男の首を締め上げて失神させる。その後、男の衣服を使って手足を縛り、さらに猿轡を噛ませてから斜面へ蹴り落とした。力なく転がっていく男を確認しつつ所持していたライフル銃と懐中電灯も同様に転がして証拠隠滅を図る。
何事も無く歩哨を排除した主は息を整え、改めて坑道に設置されたドアを注意しながら開け、誰も居ない事を確認してから中へと潜入した。
坑道内はそれなりに広く、所々にガス灯が置かれて光源が確保されている事と落盤を防ぐために坑木で囲われているだけで通常の坑道と変わらない。遮蔽物が少なく、奥から誰か来れば鉢合わせする可能性があったが、幸い一番奥まで誰とも接触しなかった。
一番奥の鉄製の扉を開けた先は広い空間だった。そして主の視界全てに高々と木箱が積み上げられている。ここは倉庫として使われている部屋だろう。部屋の奥から話し声が聞こえたので急いで木箱の陰へと身を隠す。声は三種類聞こえている。つまりは最低三人がこの部屋に居るわけだ。身を隠しながら周囲をうかがうも左に巨大な扉があるだけで通路は無い。扉は大きさとこの部屋が倉庫として使われているのから察するに物資搬入用の出入り口か何かだろう。そしておそらく三人が陣取っている一番奥にしか奥へと続く通路は無い。
しかし相手に地の利がある場所で多数を相手にするのは分が悪い。ならばやり過ごすのが最上。幸いにしてこの部屋は遮蔽物に事欠かない。後はどうやって三人全員の注意を引いてあの場から引き離すかだ。
そこで周囲を見渡した主は壁際に張り巡らされた水道管に注目する。口元を歪めて悪そうな顔をしながらバックパックから小型のパイプレンチを取り出し、管の接合部を緩め始める。
完全に緩めては水が掛かってしまうので、ある程度緩めてから反対側の物陰に潜み、しばらく待っていた。すると狙い通り水圧によって緩まった接合部から高圧の水が噴き出して室内に巨大な噴水を作りだした。それに驚いた男達は慌てて駆け寄り水を止めようとするが、素手では困難だった。その隙を突いて主は手早く移動して気取られる事無く倉庫を駆け抜けた。
倉庫から繋がる通路は短く、さらに十字路となっていた。どこにも隠れる場所は無く、ぐずぐずしていると工具を取りに来る倉庫の男達と鉢合わせするかもしれない。逸る気持ちを抑えつつ、何か手掛かりになるようなものが無いか冷静に探すと、壁に案内板が取り付けられているのが目に入る。
通路の右が食堂、左は居住区、そして奥は工場と書かれていた。どれが最も人と遭遇しない部屋なのか。
数秒迷いを見せた主だったが、意を決してそのまままっすぐ進んでいく。なるほど、現在は午後七時前後。通常ならば工場の操業は止めている。そうなると人間は食事を摂るか休息を入れるはずである。よしんば二十四時間操業でも交代で休息を入れるとなると、どの時間帯でも食堂や居住区には人が居る可能性が高い。一応水道管の修理に工具を工場から持ってくる可能性もあったが、そこまで考えては敵地で身動きは取りようが無く、後は主の幸運に賭けるしかなかった。
しかし幸運はこちらに味方したようだ。開け放たれた扉を潜ると、そこは最低限の照明だけが灯された無人の工場内だった。そこかしこに薬品貯蔵用のタンクが備え付けられ、調合用の薬品槽とパイプで繋がっている。昨夜の紡績工場に比べると広さは十分の一以下、精々二十人程度が作業するこじんまりとした規模であり、工場というよりは工房と呼んだ方が適当だろう。鉱山内で空間を使い過ぎて落盤事故を引き起こす危険性を考慮したのと、麻薬という利益率の高い商品を扱うので大量生産は不要と判断して、この規模に留めていると見た。シティの工場経営者と比して作業員に負担を掛けない健全な経営には主も苦笑を禁じ得ない。
壁際の貯蔵タンクに身を隠してバックパックを降ろす。そして中から取り出したのは紙の筒に小さな時計が粘着テープで括り付けられた物だった。さらに時計と筒の先端部は銅線で繋がっている。電池式時計を信管に流用した手製の時限爆弾である。
主は爆弾を一時間後にセットして薬液加熱用のガスボンベの裏側に設置した。これで燃料に引火して工場どころかこの鉱山そのものが崩壊する。これで後はここのボスと護衛を殺害するか、最低でも姿を確認してから脱出すればいい。賞金稼ぎなら死体を持ち帰って懸賞金を貰うまでが仕事だが、主にとっては犯罪者の排除が最優先事項であって、賞金はおまけに近い。勿論生活もあるので不要とまでは言わないが、極論貰わなくても構わなかった。
爆弾を仕掛けて工場内を探索すると、さらに奥へと続く通路を見つけ、警戒つつ奥へと進んだ。
通路の奥にはさらに扉があり、半開きの隙間から光が漏れ出している。主はそっと隙間から覗くと、研究者らしき白衣を着た無精髭の男が顕微鏡を覗いている。歳の頃は40過ぎで痩せこけており、薄暗い部屋でも分かるぐらい病的に肌が白い。研究者に多い日光に当たらない生活を長年続けて来た証拠である。
そして部屋にはもう一人居た。こちらは白衣ではなくブラウスとスラックスの平装、赤毛を後ろで束ねてポニーにしている三十過ぎの女性だった。特筆すべき所は真っ平らである事か。何がとは直接的には憚られる。主に男女を見分けるのに大きく役立つ身体のある一部分が舗装された道路の如く平坦であった。彼女が運び屋の話していたラインとかいう護衛の可能性が高い。
「手に酒瓶……運び屋が言っていたラインとかいう護衛のアーティファクト使いか?」
「身体的特徴も一致している。あれはエレナより貧相ではないのかな」
「あん?何言ってる。エレナさんは小柄なだけで胸はちゃんとあるからな。あんな円柱を比較対象にするんじゃない」
我が何を言いたいのか正確に理解して若干怒りを滲ませる主。エレナが比較に適当と思われたので用いたわけだが、主はそれがお気に召さなかったらしい。その上、主が彼女の慎ましい肢体の素晴らしさを語りはじめたので大変に煩わしい空間になった。おかげで後ろを取られていたことに気付かず、主は背中に銃を突きつけられてしまった。
我にとって製造されてから最大の失態であった。
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