カクヨムのトロフィーには気を付けてください

ちびまるフォイ

目先のニンジン

「おばあちゃん、ぼくね、大きくなったら……小説家になる!!」


そんな大それた夢をいまだに追いかけてカクヨムに登録し

夢の作家デビューを目指して活動すること、もう4月の新生活シーズン。


「ぜ、ぜんぜん希望が見えてこねぇ……!!」


無駄に投稿した小説群が屍の山のようにつもり、

そんな底辺時空の俺の後ろから異世界ブームという名の高速リムジンに乗った奴等が追い抜かしていく。


水たまりの泥をはね上げられたドブネズミのような俺は

走り去る憎きナンバープレートを見ながらこうつぶやく。


「It's a true world...」


狂ってる?

それ褒め言葉ね。



「はぁ……一体いつになったら、

 俺はカクヨムの作家インタビューにドヤ顔で答えられるんだ」


せめて、俺の輝ける才能の原石を運営に見染めてもらえないかと

トップページの「作品発掘」企画を覗いては冷たい現実の冷水をぶっかけられる。


その中に、ひとつだけ新機能についての解説ページが乗っていた。


「カクヨム……トロフィー?」


日々更新されるカクヨムにオカン機能に変わる新機能が追加された。

カクヨムトロフィー。

名前だけでなんとなく内容がわかった。


自分の小説管理ページに行くと、オチが思いつかなかった小説の残骸と

現在所得しているトロフィーの数が表示されていた。


トロフィーには


・1つの作品で10いいねもらう

・1つの作品で3応援コメントをもらう


などの、読者依存のものから


・★100個以上を集める

・100000文字以上の完結作品の作成


など、手間がかかりそうなものもある。


「ちょっとやってみるか……」


カクヨムでやることと言えばランキングを見て精神を傷つけられ

人気作家への嫉妬を分析の体を装ってぶちまけることしかない。

トロフィーに費やす時間なんていくらでもある。



それからしばらくして。


自分におばあちゃんがそもそもいなかったことを思い出し、

じゃあ最初の約束はいったい誰だったのかと怖くなったころ。


「トロフィーも、結構集まってきたなぁ」


最初はエベレスト登頂か、恋人を作るかくらい難しく険しかった道も

1歩ずつ進んでいくことで、先が見えるようになっていた。


>トロフィーすごい集めてるんですね!

>この小説、いっぱいトロフィーありますね

>トロフィー集めるのがんばってください!


トロフィー機能のいいところに、他のユーザーにも見える点にある。


トロフィーを獲得した小説には誉れ高い固定タグがつけられ、

ユーザー自身にも獲得トロフィーを見せることができる。


ますますのめりこんで、恋人なんて作ってる場合じゃない。

そう言い聞かせながら必死にトロフィーを集めた。


「ついに……ついに、最後の1個か……!!」


長かったトロフィー集めの道もついに最後の1歩。

夢中になっていた日々との別れの寂しさもあるがそれ以上に

最後の最後でSASUKEのそりたつ壁くらい、そそり立つ壁にぶち当たる。



・ほかにないアイデアで、個性的なキャラで、50話以上の連載

 ※1話30000文字以上



「な、なげぇ……!」


ダークなソウルも失われそうなほどの高難度トロフィー。

多数の利用者が集うカクヨムであっても、獲得者はひとりもいなかった。


そもそも、ほかにないアイデアとか個性的なキャラとか基準がふわっふわしている。


「でもここまできて諦められるかぁぁぁ!!」


すでにトロフィーハンター、もしくはカクヨム廃人として

サイトではそこそこの知名度になっている手前引くわけにいかない。

男には無謀だと思っていても戦わねばならないときがある。


それから四六時中、小説のことしか考えられなくなった。


学校のノートには次の小説のアイデア案をずらずらと書きなぐり、

パソコンには自分なりのキャラ設定資料をかき集め、

目の保養用にグラビアアイドルの写真がCドライブを圧迫した。


「ダメだダメだ!! こんなんじゃダメだ!!」


けれどトロフィーはなかなか心を開いてくれなかった。

投稿してもあいまいな基準には合致しなかった。


「個性的とか、ほかにないアイデアっていったいなんだよ……。

 異世界にうんこの体で転生したクソ小説でも書けっていうのか」


スランプ状態を通り越し、うつ状態がさらに深まり、PTSDになった。

主な症状はたまにシャツを後ろ前に着てしまうほどに深刻。


追い詰められて精神的な自殺を決意した俺は、

昔の黒歴史ノートをかび臭い押入れから紐解いた。


そこには「ゆうしゃまさしのぼうけん」とか

「かいとうばざーるのちょうせん」とか子供っぽい漫画が出てきた。

どれも個性的でほかにない展開になっていた。


昔はクラスメートに作りかけの作品を見せては楽しんでいた。

あの頃は、他人の評価うんぬんより、ただ自分を起点に楽しんでもらえるのが嬉しかった。


「そうだよ! これだよ! 他にないアイデアとか

 個性的なキャラとか深く考えすぎていたんだ!

 俺は、俺なりに面白い物語を書いてやろうじゃないか!!」


もう流行を追うことも、ほかの作品を研究することもやめた。

自分が書き上げたい物語を書いて、その物語で一番面白いキャラを書こう。

個性的とかほかにないアイデアとかは後でついてくる。


そうして書き上げた、怪盗勇者のお話はカクヨムに投下された。


自分が書きたい、自分が好きな物語。

俺のための俺の小説なので更新するのが楽しくてしかたない。

50話の更新が終わると、メッセージが届いた。



>トロフィーを獲得しました!



「よっしゃあああ!! 全部集めたぞーー!!」


歓喜の波が押し寄せてくる。

ちょうどその波に乗ってカクヨム運営が連絡を取ってきた。


「トロフィーをすべて集めたんですね。

 おめでとうございます、コングラッチュレーション」


「ええ、本当に苦労しました。でも自分を見つめ直すことができて

 トロフィーを集めていた日々は本当に楽しかったです」


「それはよかった。でも実はそれだけじゃないんです」

「え?」


「実はこのトロフィー機能。集めさせるだけじゃないんです。

 これから作家になるために必要な基礎力を養うトレーニングなんですよ。

 あなたはそれを見事なしとげました。本当におめでとうございます。

 あなたはすでにプロの作家とひけをとらない実力なんです」


「それじゃ、ひとつお願いがあります」


「ええ、なんですか? 書籍化のはこびなら――」





「次のトロフィー追加はいつですか!?」


目をらんらんとさせた俺には、

もうカクヨムを始めた理由なんて思い出せない。、

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