束の間の邂逅
第31話 対面
星の光が冴える晩だった。
真雪は、縹色の直衣に指貫という格好で太刀を
前に朝霧の屋敷を訪れたのは半月ほど前にだったかと、月のない空を見上げて真雪はどこか感慨深く思った。
都大路をふたりで歩きながら、真雪はいつかの和琴の音が細く聴こえてくるのを期待したが、予想に反して何の音もしない。
ただ静寂が広がる屋敷の門をそっと押し開けると、勝手知ったる様子で、ひとり
「佐さまはこちらに。従者の方は、こちらでお待ち下さい」
言われるまま、女童について行くと、西の
灯盞の光が、忍び入る真雪の影を長く伸ばす。
女童に促された先に、小袿の裾を広げて座る朝霧の姿があった。
檜扇で口元を覆い、傍の脇息に身を預けている。
「突然お呼び立てしたのは、会ってほしい方がいたからです」
真雪が座るなり、朝霧は切り出した。
そういう用件だとは思わなかったため、真雪は意表を突かれたような気がした。
真雪が視線で問うと、朝霧は続けて言った。
「その方は、今は違う部屋でお休みになっています。でもその方の侍女が、あなたの話を聞きたいというのです」
「その方とは……」
朝霧は、真摯な眼差しを真雪にむけて告げた。
「あなたの探している、まぼろしの姫君です」
真雪は、
にわかに鼓動が速くなるのを感じた。
口のなかが乾いて、半ばあえぐように朝霧に問い返す。
「いつ、こちらに……」
「来られたばかりです。姫君はお疲れで、臥せっておられます。姫君に、あなたの書いた歌を差しあげました。
今夜呼んだのは、あなたなら勝手な振る舞いを謹んでいただけると思ったからです」
すると、
屏風の影から、ひとりの少女が姿を現した。
灯盞から遠い方にいるため、顔はよく見えない。
侍女だろうか。
その少女は、真雪の言葉を待っているようだった。
真雪は、
思いがけず姫君を見つけた驚喜で頰が熱くなった。
朝霧は自分が障りになると思ったのか、そっと立ち上がると真雪に対し、扇を使って素早く耳打ちした。
「もし姫君に近づきたいのなら、側仕えの侍女を味方につけることです」
朝霧がいなくなり、少女は身を固くしたようだった。
相変わらず火影が遠くて、顔がよく見えない。
ただこんな風に、よく知らない男と突然ふたりきりにされるのは、きまりが悪いだろうと真雪は思った。
なぜか一瞬、
座っている付き人の少女と、泣いてしゃがみこむ姫君が重なった。少女が丈の短い
なんでもいいから沈黙を破りたくて、
真雪はまず名乗ることにした。
「私は、
そう言ってから、
真雪はふと、まぼろしの姫君の名を知らないことに気づいた。
そう思うとぜひ知りたくなって、真雪は重ねて聞いた。
「そなたの仕える姫君は、何というのですか」
少女はびくりと体を震わせ、やがてとてもか細い声で言った。
「朔、…姫さま…です」
——朔姫。
それが知れただけでも、ここに来た意味はあったと真雪は思った。
だが、一度名を知ってしまうと、どんな姫君なのか、会いたい気持ちがいっそう募るようだった。
照臣なら、我慢しきれず姫君のいる部屋を探して寝屋まで押し入るところだ。
だが、そういう振る舞いを真雪ならばしないと、朝霧の女房は見込んでくれたのだろう。
その恩を仇で返すような行為はできなかった。
でも、同じ屋敷にいるのに会えない現状は、居場所が分からなかった頃よりもなお辛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます