第22話 夕暮れの家屋


教えられた通り山を下り、若狭街道に出て八瀬を抜けて行くと、大原の地はほどなく見えてきた。


すすきが一面に生い茂っている。

これが照臣ならば、こんな辺境に人知れず幻の姫君が住んでいると聞けば、胸躍らせて忍んで行くのだろう。


だが、今となっては、もうその場所に姫君がいるはずもない。

しかし高麻呂が言うように、まだ誰かが残っているのなら、当時の話を聞くことはできるだろう。


馬に揺られながら、

真雪は、こんな風に時間を費やしている自分をどこか不思議に思った。


あの夢のせいだ、と真雪は自覚する。


あの姫君が、あんな風にひとりで泣いていた理由を、真雪は知りたかった。

そして今も窮地に立たされているのなら、力になりたい、と。

それは、普段公務に励んだり、武芸を磨くのとは違う感覚だった。

もし自分にできることがあるなら、それを差しだしたかった。

それができた時、真雪は今までとは全く違う地平に立てる気がしたのだ。




高麻呂に場所を聞いていたこともあり、真雪はやがて桧垣ひがきをめぐらせた屋敷に見当をつけると、その隙間から、なかを垣間見た。


幸いなことに、

桧垣のそば近くには、大きく簀子縁が張り出されており、白と薄い縹色の尾花に重ねた袿を着たおみなが縁側で寛いでいるのが目にとまった。


ちょうど日の暮れかかる時刻であり、夕闇に混ざって、顔はよく見えない。



昔男で有名な雅男みやびおなら、こういう時、和歌のひとつでも従者に持たせて届けさせるのだろう。

だが生憎、携帯できる筆筒ひっとうや和紙の準備などない。代わりに、身には太刀を帯びるばかりだ。

やはり邦光を連れてくるべきだったかと、一瞬だけ真雪はそう思った。



次第にそうしているのももどかしくなり、無理を承知で押し入ろうかと考えあぐねていると、簀子縁から怯えるような、女の声がした。



「誰かいるのですか」



こうなると、真雪も呼びかけに応じないわけにもいかない。

思い直って、桧垣ごしに答えた。



「右兵衛佐真雪と申します。月影神社の宮司、高麻呂殿にこの場所を聞いてやってきたのです」



その名を出そうか真雪は迷ったが、

女性はそれを聞いて、少しだけ警戒を緩めたようだった。



「讃岐の高麻呂殿の……」



口のなかでそう呟くと、改めて真雪に言った。



「家人も少なく狭いところですが、よければお入り下さい」



真雪はその言葉に甘えて馬を繋ぐと、

門のなかへ足を踏み入れた。




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