第14話 決心


夜通し起きていたのだから当然のことなのだが、表が明るくなっていくにつれ、朔は急に眠気におそわれた。

それから日が高くなるまで自室で休んでいたが、いつまでも御帳台みちょうだいにこもるわけにもいかず、朔は起きだした。


わざわざアヤメを呼ぶのもはばかられて、御座所おましどころでぼうっとしていると、榑縁から静かな足音が聞こえ、見ると小萩がそっとのぞいていた。



「起きてこないから、具合が悪いのかと心配しちゃった」



小萩は朔が座っているのを見て、安心したように笑った。

薄紫色の袙に、後ろで束ねた髪がつややかに垂れている。朔も微笑した。

小萩にとても会いたかったのだ。



「私、きのう大炊君さまに会えたの」


「本当? それで、どんな話をしたの?」



小萩が興味津々な様子で聞くと、朔は昨日のことを思い返した。


「小萩が言っていたことは本当だった。私は母さまを亡くして、御所を出てきたの」


小萩が見守るなか、朔は言葉を続けた。



「大炊君さまは、迎えを寄越したのは、それがひとつの区切りになるからと、そう言っていた。

でも私、大切なことを忘れてる気がするの。それを知らない限り、結婚なんてとても無理な気がする」


小萩は頷いた。


「朔がそう思うなら、その気持ちは大切にした方がいい。結婚なんて、半分は世間に対する面目と、後ろ盾を得るためにするものでしょう。私とはもう会えなくなるだろうし」


朔は思わず、小萩の手を握った。



「もしこの先、御所に行くことがあったらついてきてくれる?」



——御所には、そなたを望む相手はいくらでもいるでしょう。



その言葉が、胸にたまったおりのように、朔の心を暗澹とさせていた。


まるで誰かと引き合わせる用意が、その口吻こうふんにあるようだったのだ。



小萩の、まるく小さな手はあたたかかった。

小萩はギュッと握り返して言った。



「朔さえ良ければ、侍女として仕えてあげる。私、奉公に行くくらいなら、朔のそばでずっとお世話をするわ」



その言葉さえあれば、どんなことにもたちむかえるような気がする程、朔は嬉しかった。

うっすら涙が滲んでくるくらいに。


今までずっと、ひとりだと思っていた。

誰にも必要とされない自分なら、どこへ行ってもかまわないと思う一方で、いつも不安だった。


時には消えてしまいたいと世を儚み、母さまのいる場所へ行きたいと願ったこともある。


でもまだ、すべてを投げださなくてもいいのだ。

その証拠に、小萩がいてくれる。



「母さまは、月影神社という社の血筋なの。私、その場所を知りたい。そこに行けば、失った記憶も取り戻せるような気がする」




——消失した玉かずらのゆくえも。




声には出さず、朔はそう思った。

瞳には、今までにない光が宿っていた。


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