第10話 帰路


真雪は、夢の余韻で、自分がどこにいるのか分からなかった。

いつも寝起きしている部屋ではない証に、太陽の明るい日差しが、違う方角から差している。


おぼろげな記憶をたどろうとするより先に、

すぐ近くで男の声がした。



「お気づきになられましたか」



身をおこすと、

初老と思われる宮司がそこにいた。



「私は、一体……」


「戸口の前で倒れていたのですよ。それから今まで眠っておられたのです」



真雪は起きあがる。


首筋に、まだ疼痛が残っていたが、それ以外の外傷は見当たらない。

相手が隠密の「月読」で、真雪が目障りなら、致死の矢毒を仕込むことも、恐らくできただろう。


それが却って、まぎれもない忠告のようだった。

「これ以上、邪魔をするな」と。




宮司の言葉に、嘘はないようだった。

あまり長居するのも失礼にあたる気がして、真雪は早々にその場を立ち去った。



——あの夢は、いったい何だったのだろう。



帰る道すがらも、頭に浮かぶのはそのことばかりだった。


今でもそのひとつひとつを思いだせる。

夢のなかで、

真雪は八歳の童男おぐなだった。



今から十年前、

野山を駆けて遊ぶのに夢中だった頃。



——これは偶然か。何かの啓示なのか。



夢のなかに現れた少女は、とても現実の人とは思えなかった。


でも真雪は、それが実際に起きた出来事という気がした。

過去の自分が体験したことを、追憶としてふたたび見せられたような。





さまざまなことが胸に去来して、真雪は物思いに沈んだまま、その足で照臣のもとを訪れた。


留守かとおもったが、家人にたずねるといつもの一室に向かうように言われ、ほどなくして照臣は姿を見せた。


自邸で着替えずに来たため、真雪は薄青の狩衣姿のままだ。

対して照臣は、浅緋あさあけの直衣を見にまとっている。


照臣は、やけに悄然としているゆえを聞きたがり、腹芸が苦手な真雪は、つい身の上に起きたことを喋って後悔した。



「気絶した? あの社に、刺客がいたというのか」



相手の顔も何も見ていないが、

刺客が「月読」なら、ここで仔細を口にしたくはなかった。


相手が悪すぎる。


矢毒で人をあやめるのに躊躇いがない隠密だとしたら、そんな物騒に巻き込みたくなかった。


最初巻き込んだのは照臣なのだが、あの夢を見た以上、真雪はもう心を決めていた。



気絶した理由を適当にごまかすと、照臣は、


「それなら物の怪の仕業か、悪霊のたぐいだろう。どこかの寺で厄除けの護摩を焚いてもらうといい」


など、見当違いのことを言っていたが、真雪にとっては、まだその方がよかった。



「照臣は、件の姫君を垣間見たことはあるのか」


「残念ながら、ないな」


「十年前というと、当時は五歳くらいか」



夢で見た少女も、それくらいだった。

回想していると、照臣はめずらしそうに真雪の方を見た。



「いつからそんなに乗り気になったんだ。あんなに事をしぶっていたくせに」


真雪は、からかいには応じずに言った。


「他に、当時の姫君について聞ける人は、誰かいるだろうか」


対する、照臣の返事は素早かった。


「前に言っただろう。朝霧の女房だ。今は、朱雀院に近い場所で宿下がりをしている」




——そうか、その手があったか。



当時の更衣——姫君の母——に仕えていた人なら、その時の様子を何か聞けるだろう。



真雪が本気と知って、

照臣は大仰に驚いてみせながら言った。


「それなら、女房へ文を送ってみよう。手はずが整えば、そう待たなくとも会えるはずだ」






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