有楽島立夢の未体験

ジェネライト

#1

「よーし、じゃあペア組んで準備体操始めろー。体ほぐしておかないと怪我するからテキトーにはやるなよー?」

 ジャージで身を包んだ体育教師は点呼を済ませると、校庭に整列する女子生徒たちに次の指示を出した。それを受けて生徒たちは各々、相手を探してまばらに散り始める。

 時刻は正午前。彼女たちの頭上では、地上を照らす太陽がそろそろ頂上に上り詰めようとしていた。

 女子生徒たちが次々と仲の良い相手とペアを組んでいく中、その集団から爪弾きにされているようにも見えかねない雰囲気を醸し出しながら有楽島立夢うらじまりずむは一人、ぼんやりと立っていた。

 立夢はこの学校の体育の授業が好きではない。

 別に運動が嫌いというわけではない。運動神経は人並みにあるし、体を動かした後の適度な疲労感には心地よさも覚える。この時間は昼食前ということもあって、たまに空腹感で力が出ない時もあるが、それも特に否定の理由に持ち上げるほどでもない。

 ではその理由は何なのか。それを明らかにする前に、彼女について一つ説明を挟む。

 この学校での生活が始まって早二ヶ月。現状、立夢には同じクラスに友だちと呼べる関係の相手がいない。

 生まれてこの方、友だちができたことがない、なんて悲しい人生を送ってきたということではない。ちゃんと交友関係のある相手はこの学校に上がるまでには存在していた。何人かは他の学校へ行ってしまったが、一緒にこの学校に入学した者もいる。

 しかし、無慈悲なクラス分けによって知り合いとは完全に分断されてしまった。それだけなら教室をまたいでの交友関係は続けられるのではと思うだろう。だが残念ながら、自身から話題を振ったりしてこなかった立夢にはそこまでの関係は築けなかったようだ。悲しいかな、これが現実である。

 そして新しい交友関係ができることもなくずるずると日は経ち、今に至る。ここまでが立夢の友人関係の話。

 以上から、苦手な理由はつまるところ準備体操で組む相手がいないからだな、と経験談をお持ちの方はそう思われるかもしれないが、そういうことでもない。

「あの……」

 あらかたペアが組みあがり、そろそろ溢れた者の姿が目立ち始める頃、立夢に近づいて声をかける一人の女生徒が現れる。

 しかし、一言発してからその人物はそわそわとするばかりでそれ以上、何も言ってこない。

「……ああ、うん。今日もよろしくね」

 ただ、これはいつものやりとりなので立夢は特に気にせず、言葉を交わすと早速、その女生徒とペアでの準備体操を始めた。

 立夢の在籍するクラスの生徒数は偶数であるため、欠席者が出て人数が奇数にならない限りは必然的に誰かとペアを組むことになる。そして、他の女子グループがほぼ毎回ペアを変えるのに対し、立夢とその女生徒のペアはどこのグループにも属していないためか、決まってこの組み合わせになるのだった。

 準備体操を始めてから二人の間に会話はない。この間、周りの女子たちは雑談を交えながら相方の柔軟を手伝ったりしている。立夢としては別に話すこともないので、只管黙々と体の筋肉をほぐす作業を続けるつもりでいた。しかしどうやら、相手の女生徒はそうでもないらしい。

 立夢は地面に座った状態で足を開き、前方に上半身を倒す。

「…………?」

 その途中、立夢は背後から何かを感じた気がして、上体を起こすと同時に後ろを振り返る。

 視界に映るのはさっきまで背中を押していた相方の女生徒。そこまでは普通なのだが、立夢には彼女がやたらとそわそわしているように見えた。

 またか、と立夢は思う。この女生徒は自分と準備体操をしていると、しきりにどこか落ち着きを失くすのだった。自分に何か思うところがあるのなら何かしら明確な行動で表してほしいのだが、そわそわするだけで一向に何もしてこない。

 立夢は女生徒に気づかれないように嘆息する。体育の授業のたびにこんな気分にさせられてしまうことこそ、彼女がこの授業にマイナスの感情を抱く最大の理由である。

 そこまで気になるのなら自分から本人に直接聞けば良いのだが、立夢も立夢で会話をしたこともない相手にいきなりそこまで踏み込んで聞いてもいいものかと悩んでしまい、なかなか第一歩を踏み出せないでいた。傍から見ればどっちもどっちである。

 それ以前に、女生徒の仕草が原因で体育の授業が苦手というのもおかしな話なのだが、立夢がその考えに至ることはなかったということは、ひとまずここに明記しておく。

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