シリンダー
(ムーンベイ・草地の会議室)
「なんて言うか、象徴的なオブジェのようだわ。まるで『メイルは人間だ』と宣言しているようよ...」
ジャンヌがアクラとエミリンに、自分が見出したものを説明している。
足元のポータブルディスプレイには様々な分析データと共に、メイルの『CORE』と呼ばれるシリンダーの画像が映し出されているが、塩基配列と思われたパターンは、解析と照合の結果、やはり99パーセントの精度で人間の男性種のものだと判明した。
男性種と特定するのは、パターンが収められた二つのユニット_生物としての人間で言うならば染色体_の片方のタイプがY染色体に当たるブロック構成になっていたからだ。
多くの哺乳類と同様に、人間の性別はY染色体の有無で決定されている。
X染色体が二つだったら女性、X染色体とY染色体が一つづつだったら男性、基本はそういう決まりだ。
『CORE』という名称は峡谷のメイルの表現をアクラが人間の言葉に置き換えたものだが、ひょっとするとCOREはNucleotide(核酸)の『核』という意味を移し替えたのかもしれない。
しかし、アクラにもエミリンにもそれはわかったが、このシリンダー、COREの存在意義はまったくわからない。
メイルのボディ構造や論理回路において、なにか重要な役目を果たしているとは思えないのだ。
そもそもなにかの機能があるのかさえ判然としないし、ジャンヌがふと感じたように、『アートオブジェ』と考える方が納得が行くぐらいだ。
もちろん、メイルもしくはメイルの作り手に正体不明な『美意識』があるとすればだが。
アクラとエミリンも、なんともコメントができない。
アクラ自身も、恐らく同じものを体内に保持しているのだが、具体的にそれがなんなのかを示すことができないでいた。
ジャンヌが話を続ける。
「この遺伝情報を書き込んだガラス様の基盤がシリンダー内で液体に浸かっていることには意味があると思うの。
それは、たぶん基盤を衝撃から守ると同時に、ボディが破壊されたときには自壊装置としても働くんじゃないかと思えるわ。
他のナノストラクチャー回路が壊れたときには、併せてこのシリンダーも壊れて液体が外部にこぼれ出す。
恐らくガラス基盤は空気に触れると粉々に分解するとか、そういう感じだと推測されるわね」
「君達に見せてもらった、破壊されたメイルの残骸記録は、そのほとんどが頭部に酷く損傷を受けていた。
メイル同士が争ったケースに関して言えば、相手のCOREを破壊しようとして特に頭部を狙ってとどめを刺したのだといまはわかるが、人類が撃破したメイルでもやはり頭部の損傷が著しい。それはなぜだろう?」
「頭を潰さなければ脅威が消えないと思われているからよ。
実際に、胴体部分をかなり破損した状態のメイルが、近寄ってきたドローンやマシンに頭部のレーザーで突然反撃してきた事例はあるの。
だから、頭部を完全に破壊するまではメイルに近づいてはいけない、それが鉄則なのよ」
「なるほど。それならば人類がエイムとメイルの頭部を詳細に比較できなかった理由はわかる」
「それに個人的には自壊装置も働いていると思うわ。
メイルのナノストラクチャー回路は、ただ制御を失って崩壊するだけではなく、もっと能動的に、スイッチ一つで全体が一気に壊れるようにできてると思うの。
だからこれまで完全な形の回路サンプルは一つも回収できていなかったわ」
「僕がこれまでに破壊したメイルの様子から見ても、その推測は正しいと思う」
「今回はそれが二つまとめて入手できたわけだけど....でも、こっちのエイムのシリンダーの中はわからない。
内部に封入されているナノストラクチャー回路は、恐らく開封すると同時に崩壊する気がするわ。
ダーゥインシティまで持ち帰れば高精度の透過型電子顕微鏡で内部構造をスキャンできると思うけど、それでも、その構造から意味を読み取れるかどうかは、また別の話だし...」
「メイルのCOREと違ってエイムのシリンダーには自壊装置が組み込まれていない可能性もある。エイムの方は僕がレーザー砲で頭部を上下に切断したせいで、自壊装置の作動を損ねた可能性もあるが」
「電源が断たれているのに内部構造が崩壊してないのだから、自壊装置そのものが組み込まれていない可能性の方が高いわね」
「ではジャンヌ、僕がそれを巣に持ち帰って、メンテナンスケージの診断回路につないでみるのはどうだろう?
何もわからないかもしれないし、下手をすれば壊してしまうかもしれない。
だが、メイルとエイムが同じテクノロジーをベースに生み出されているのだとしたら、回路の構造を読み取れる可能性はある」
「そうね。力技で中を見ようとするよりは、その方がいいかもしれないわね。お願いするわアクラ」
エミリンは心配になった。
ジャンヌの口ぶりには覇気がない。表情もどことなく疲れている様子だ。きっとジャンヌは私のせいで沢山の心配事を抱え込むことになってしまっている....。
「早い方がいいだろうと思う。ジャンヌが良ければ、これからでも巣に持って行って内部の調査を始めてみようと思う」
「ええ、こちらのスキャンはほとんど終わっているから問題ないわ。これ以上調べ回しても、さらに何かわかるとは思えないもの」
「では、シリンダーを受け取ろう。いまからここに持って来てもらえるだろうか?」
「いいわ。データに不備がないかを確認してから持ってくるから、ちょっと待っててね」
ジャンヌが切り株から腰を上げ、MAVに向かって歩き出す。
エミリンも慌ててその後を追った。
「ジャンヌ、私も行く」
ジャンヌは一瞬振り返ったが、軽く頷いただけでMAVに乗り込んだ。
エミリンも一緒にMAVに乗り込み、スレイプニルに向かう。
MAVの中で二人は無言だった。
メイルに人間男性の遺伝情報が記載されているという事実は、その目的や経緯がなんであれ、恐ろしく重たい。
たとえメイルの製作者が人間男性種の生き残りだというのが裏の定説になっていたとしても、メイル自身に、まるで自分からアピールするかのようにその証拠が刻み込まれているとなると、話は別だ。
しかも実際はアピールするどころか、それは破壊されると同時に謎を残して消えてしまう。
ジャンヌがMAVをウェルドックの中に入れてドライセクションに乗り上げさせるまで、二人は結局一言も口を開かないままだった。
アクラに_当時は正体不明だった巨大なメイルに_もう一度会いに行こうと決めるまでの間には、こういう時もあったかもしれない。
砂浜からここまでは大した時間ではないが、二人揃ってこんなに重い雰囲気で押し黙ってしまうのは、ずいぶん久しぶりだ。
MAVを降りて検査室に向かう間もエミリンは黙ったままジャンヌの脇を歩き、そのまま一緒に検査室の中に入った。
ジャンヌは特に変わった表情を見せるでもなく淡々と、エイムのシリンダーを検査装置から取り出す準備を始めている。
そこでエミリンが、意を決したようにジャンヌに話しかけた。
「ジャンヌ、聞いて欲しいことがあるの。いえ、違うわ、私はジャンヌに謝りたいの」
それを聞いたジャンヌが驚いて振り向く。
「え、なんのことなのエミリン?」
「今回のこと、全部。...私がメイルの謎を知りたがって、アクラと出会って...私がメイルの謎を知りたがってしまったから、どんどん大変なことを知ってしまっている気がするの。
そのCOREのことだって。知らないままだったら平和な気持ちでいられたのに...ごめんなさいジャンヌ。きっと、私のせいでジャンヌにとっても辛い思いをさせてる。ごめんなさい。こんなの探査局の仕事じゃないのに。ごめんなさい」
最後の方はすこしだけ泣き声になってしまった。
それを聞いていたジャンヌは、黙ってエミリンに歩み寄った。
そのまま何も言わず、エミリンの頭を両腕で胸の中に抱きしめる。
「ばかね、エミリン」
ジャンヌの顔に優しい微笑みが浮かぶ。
「いいのよそんなこと。知らない方がいいですって? セルの市民のように?
それは違うわエミリン。私たちは探査局員よ。世界を知ることが、人がまだ知らないことを調べることが使命なのよ」
静かにそう言いながら、ジャンヌはエミリンの頭を抱きしめたまま離さない。
「ショックを受けているのは事実、戸惑っていることも確か。でもエミリン、それは暗闇の中で動けないのとは違うわ。
いまはまだ外に出たばかりで、どちらに向かって歩けば良いのか確信を持てずに戸惑っているけど、私たちはもうアクラと出会ったことで、セルの殻を突き破って歩き始めたのよ」
「ジャンヌ....」
「歩き出せなくて縮こまっているわけでも、歩き始めたことを悔やんでるわけでもないのよ。ね? だから大丈夫」
エミリンは、ジャンヌの胸の中で大泣きし始めた。
ジャンヌは優しくエミリンの髪を撫でると、自分の顔を屈めて、背の低いエミリンの髪に頬を擦り付けるようにして言った。
「とことんやりなさいエミリン。気がすむまで、納得がいくまでとことん調べなさい。私はエミリンとアクラを最後までバックアップするわ。
アクラがあなたを守るというなら、私だってあなたを守ってみせるわ。私にできるやり方で。...だから、あなたは何一つ気にする必要はないのよ」
「あびがろう、ふぁりがほうジャンヌ!」
エミリンの返事は、アクラの初期の発音並みに聞き取るのが難しいほど泣き崩れた声だったが、胸に抱きしめたエミリンの嗚咽を聞きながらジャンヌは確信を取り戻していた。
あの日ダーゥインシティで、自分が探査局に引き込んだエミリンの心の平和のためを思い、アクラに...正体不明の巨大メイルに...もう一度合わせてあげようと、そう決めた時から、きっと自分でもすべて覚悟していたことなのだと。
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(ムーンベイ・巣)
巣に戻ったアクラは、さっそくジャンヌから受け取ったシリンダーの分析を開始した。
巣のメンテナンスケージは、自分自身を中に置く必要はない。
誘導弾を分解したときのように、ケージ全体を自分の神経の延長のようにして扱うことが可能だ。
シリンダーを一種の作業テーブルに固定し、改めて外観を観察する。
エイムの残骸から取り出した時点で、シリンダーの頂点に幾つかの接点が設けられていて、エイムのボディ内部のナノストラクチャー回路と接合されていたことはわかっていた。
この接点自体が、メイルの『CORE』にはないものだ。
だからジャンヌは、電気的な接点や機構をなにも持たないCOREが外部に大きな影響を与える存在だとは考えられず、『部品というよりもオブジェのよう』と表現したのだった。
だが、エイムのシリンダーに付いているこれらの接点は、どこかに_恐らく神経の中枢に_つながって、エイムの思考や行動になんらかの役目を果たしているはずだ。
仮にメイルのCOREが美意識によって埋め込まれた『人間男性からの由来を主張するオブジェ』なのだとすれば、その代替品としてエイムに埋め込まれたハードウェアがどんな機能を果たしているのかは、アクラにとっても非常に興味深かった。
普通に考えれば、それはなにか『人間的』もしくは『人間男性種的』と思われる思考や行動を体現することに寄与しているだろう。
それにエイムの機能や装備がメイル同様にほぼ平準化されていることを考えると、それは普遍的な『コード』である可能性も高い。
峡谷のメイルに会いに行く途中で、エミリンが語った言葉が思い出される。
ー 「その理由が、まさに『自分たちは人間だから』だったら、私は納得がいくの。もしも、作り手がメイルたちを思い通りに動かす機械として生み出したのだったら、こんな風に作っているはずがないもの。
でも、元が人間なんだから、人間のように生み出しているんだとしたら、それでスッキリする。確かに目的はわからないけど、人間的なものを生み出したいという意図には納得できるわ」 ー
アクラは慎重に検討し、自分なりの保護措置を加えた上でも、シリンダーと診断装置を最も可能性が高いと思われる回路構成でつないだ。
何しろ、もともとつながっていただろうエイム側の回路は原形をとどめていないのだから推測するしかない。
最悪の場合は診断装置の方に被害を与えてしまう可能性も有るとはいえ、エミリンのセリフではないが、じっとしていても仕方がなかった。
もしも巣の装備を破損したときには今後のメンテナンスにも影響を与えるだろうし、それは自分の寿命を縮めてしまうことになるのかもしれない。
だが、目的も理由もわからないまま、ここで長々と生き続けてどうなるというのか?
いまではアクラは、エミリンとの出会いを自分を知るための千載一遇のチャンスだと捉えていた。
きっとあの時、自分はエミリンに『一目惚れ』したのだ。
改めてあの日の自分の行動を分析する中で学習した、人間独自の表現だが、そう例えることが最も違和感がなかった。
ならば、『惚れた』相手のためには、命の一つくらい賭けてみようじゃないか?
それが最も自分にとって納得がいくスタンスだ。
アクラは診断装置のスイッチを入れ、回路の論理構造をスキャンし始める。
そして、そのアウトプットに驚愕した。
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(ムーンベイ・草地の会議室)
アクラの説明によると、エイムのCORE相当パーツは、『攻撃中枢』とでも呼べるものだった。
シリンダー内は、論理回路と記録回路が一緒に組み合わされたような構造体になっており、それ自体が一種のプロセッサー、言うならば小さな頭脳のようだった。
アクラは自分とメイルやエイムの設計が同じテクノロジーに基づいているという前提で、診断装置から様々なパターンのシミュレーション信号を入力してみた。
その結果、このパーツは外部環境のセンサー群からの入力に相当するデータを受け入れ、その処理結果に応じてボディの各所に向けて行動を指示する、アクラにとっての戦闘制御コプロセッサーに近い存在だった。
状況を判断して指示を出すという一種の知的回路なのだから、そのアウトプットは多彩であるはずだが、信号シミュレーションを重ねるにつれて、そのアウトプットの傾向に大きな偏りがあることが見えてきた。
つまり、外部からの入力が他のエイムやメイルの存在を示唆するものである場合は、そのほかの条件に関わりなく、接近して攻撃する行動へとつながる指示が出される。
ただし、このパーツが反応するデータの種類とアウトプットのバリエーションからすると、これがエイムの『頭脳』そのものであるとは考えにくい。
恐らくエイムの存在や自我を維持しているメインの頭脳は、通常のナノストラクチャー回路として別に存在しており、このパーツは戦闘制御だけに特化したものだろうと推測できた。
それも、戦闘を制御するというよりも攻撃衝動を生み出す回路とでも考えた方が適切だ。
結局のところ、外部からの入力が周辺に他の個体の存在を示唆するものである場合は、そのアウトプットは似たような行動命令に収束する。
『攻撃せよ』というシンプルな命令に。
エイムに共通する非常に高い攻撃性を生み出しているのは、実はこの回路『CORE代替シリンダー』の存在そのものだろうというのが、アクラの出した結論だった。
理由はまったくわからないが、メイルに持たされている、恐らく何の機能も持たないCOREオブジェの代わりに、エイムにはこの攻撃中枢が与えられ、通常のメイルを超えた攻撃性を生み出している。
いわばこのシリンダーは、あらゆるシチュエーションを想定した攻撃的思考のメニューブックだと言っても良かった。
だが、どうして知性回路そのものを攻撃的に設計するのではなく、こんな回りくどい構造を組み込むのか、その意図は見えてこない。
アクラが説明を続ける。
「他にも違いがある。メイルの塩基配列の『オブジェ』は書き換え不可能な物だろうと思う。
だけどエイムの攻撃中枢は、たぶんそれ自体の書き換えもできるだろうし、もっと重要なことは、なんらかの外部信号を受けて作動する形跡もあることなんだ」
「つまり、外からのリモートコントロールで動いたりするっていうことかしら、例えばドローンみたいに」
「基本はリアルタイムのコントロールよりも、あらかじめ用意されている命令セットを起動するような感じだ。自壊装置が組み込まれていないことや、電源が遮断されても構造を保っている理由もそれだろうと思う。
もともとエイムの知性回路が起動される前に静的状態で組み込まれる、読み取り専用のROMパーツに近い存在だからだ」
「エイムは、本人でさえも、自分が何をさせられるか気がつかないままってことなの?」
アクラは、少しの間をおいてゆっくりと答えた。
「ジャンヌ、いま、君の心にどのような不安がよぎったかをわかる気がする。それは僕自身にとっても不安なことだ」
「待って、アクラ」
エミリンが慌てて割って入ろうとするが、アクラは言葉を続けた。
「もし、他のメイルとは明らかに違う僕が、密かにエイムと同じ構造を与えられているとしたら、ある日、僕は自分を、自我を失ってしまう可能性がある。それは君たちにとって恐ろしく危険なことだ」
アクラは自分のことをメイルだと認識しているが、考えてみれば自分自身を分解してCOREの存在を確かめてみるまでは、その根拠すらないとも言えるのだ。
「そうね...でも、こうも考えられるわ。
あなたはメイルとエイムを明らかに違う存在として認識していた。峡谷のメイルはあなたをメイルとして知覚している。
そんなあなたに、誰かの指示でメイルからエイムに切り替わるスイッチが隠されていたとしても、いまのあなたはメイルであってエイムじゃない」
「確かに、そうだとは思う」
「だとしたら、ある日思いがけないことがあってあなたの人格が失われたとしたら、それはアクラ、もう、あなたそのものではないわ。同一のボディに別の精神が入ったようなものよ?」
「そうだけれども、だからといって君たちのリスクは変わらない」
「いいのよ。もし、なにか不測の事態が起こっても、それをするのはあなたではないの。私たちは、あなたに裏切られたと思ったりはしない」
「そうよ! アクラは仲間ですのもの! 何かあってもアクラのせいじゃないわ!」
エミリンが勢い込んで訴える。
「良くはないよ。僕はどんなことがあっても自分...自分のボディがエミリンやジャンヌを傷つける事態は引き起こしたくない。もしもその可能性があるなら、僕はなるべく早く姿を消した方がいい」
「ダメよ! 絶対アクラにそんなこと起きないわ!」
なんの根拠もなくエミリンが叫ぶ。
ジャンヌは冷静にアクラを諭した。
「どちらにしても、いまは確かめるすべはないのよ? ただ不安だからと仲間を疑っていても仕方がないし、美しくない」
「ありがとう。だが、僕の不安はそうそう打ち消せそうにないのも事実だ」
「忘れていましょう、としか言いようがないわね。とにかく、もっと色々なことがわかるまでは、気にしていても仕方がないわ。...さ、この話はこれでおしまい!」
ジャンヌのきっぱりとした口ぶりには、巨大なアクラでさえ従わざるを得ない雰囲気があった。
エイムとメイルの作り手が、どんな意図を持ってそういった違いを与えたのかは皆目見当がつかない。
正確に言えば、エイムとメイルの作り手が全く同じかどうかさえ疑問の余地のあるところだ。
例えば、実は大陸内で同一のテクノロジーに基づく二つの勢力が争っていて、エイムとメイルによる代理戦争のような行為を行っているという可能性だって否定できなかった。
「とにかく...私たちがかつてはメイルとして一括りにしていた存在に、実はメイルとエイムという種の違いがあって、その二つの間にはCOREの違いという決定的な差があるということね。
アクラは、その他にも電磁ノイズの違いで感じ取れるとも言っていたけど、ひょっとするとそれは、メイルとエイムが別々の作り手から生み出された種だという証拠になるのかもしれないわ」
ジャンヌが無意識なのか、型(Type)ではなく、種(Species)という単語を使ったことに、エミリンは気がついた。機械生命を一般的に言う生き物のような『種』として捉える感覚は、以前のジャンヌにはなかったような気がする。
「そういうことになるね、ジャンヌ。僕自身にもその理由や背景がまったく想像つかないのだけれど」
「ええ、違うことはわかった。でも、なぜ違っているのか、その理由はわまだわからないわ。アクラ自身の謎の答えも、きっとその延長線上にあるのだとは思うけど...」
手に入る事実がどれもバラバラに存在しているようで、まとまった形を現してくれない。そのもどかしさが『三人』もしくは『二人と一体』を重い空気で包みこんだ。
「その...これは一つのアイデアなのだけど...」
先ほどから切り株の上でそわそわしていたエミリンがおずおずと口を挟んだ。
「エミリン、いいからパッと言っちゃいましょう。否定すべきときは否定するわ」
ジャンヌが助け舟だか発破だかよく分からない介添えをする。
「そうね、あの、私はアクラの力を借りて調査を進めるのがいいと思うの。その...内陸部の...」
「エミリン、それは危険だ」 と前回と変わらない反応のアクラ。
「エミリン、それは否定しないわ」 とジャンヌ。
驚いたことに、ジャンヌはまるでエミリンの発言を予想していたかのようだった。
アクラが思わずびっくりしたように、顔というか集合センサー部分をジャンヌの方に向ける。
いつのまにかアクラが、そういう人間的な仕草を行うようになってきていることもジャンヌには興味深い現象だが、いまの優先事項は内陸部の話だ。
「だけど、何をどう調査するのがいいって考えているの? ただ闇雲に出かけていってもアクラが言うように危険なだけよ。それにアクラが守ってくれるといっても、それはアクラ自身を危険に曝す行為でもあるわ」
「あっ...」
「戦闘に絶対はないし、アクラが自分で言っていたように、同じ種族のメイルに出会う可能性だってある。そのときの勝敗はわからないっていうか、あなたを守って戦う分だけ、アクラが不利になる可能性だってあるのよ?」
ジャンヌの言うことはもっともだ。エミリンにアクラを危険に曝す権利があるわけではない。
「そうよね...確かに私にそんな権利はないわ...」
「それは違うエミリン。権利などという問題ではない。君を守ることは僕のやりたいことだ。危険は避けて欲しいが、行動して欲しくないということではない。僕はいつでも君が行きたいという場所に一緒に行く。それに、メイルの疑問を解明したいという気持ちは僕も同じだ」
「ありがとうアクラ」
「で、どういうプランを考えているの?」 とジャンヌ。
「私は、アクラや峡谷のメイルの受けている『補給』に鍵があると思うの。前にも話題に出たように、たぶんメイルやエイムの作り手が補給の供給元でしょう? だとすれば、その補給を運んでくるリエゾンが、そこに到達する最短ルートだわ」
「直接供給元に乗り込んでいく気だろうかエミリン? 僕自身の過去の経験も含めて、メイルやエイムの作り手が人類に友好的だとはとても思えない」
「それはわかっているけど、その根っこに出かけて行く前に、同じ幹から伸びた枝っていう感じのリエゾンを調べることができれば、木の全体像がわかるかもしれないと思って」
「あら! 上手い表現するわね、エミリン」
「枝、か...僕も確かにエミリンの言うことには一理あると思う」
「それに、彼は...渓谷のメイルは巣を持っていなかったわ。というか巣という概念を知らなかったでしょ? リエゾンから接近ビーコンを受取ったら近くまで行って、補給物資を受け渡すだけ。使っちゃった破砕弾なんかの弾薬補給もその場でリエゾンから再装填してもらうだけで、アクラのように予備のストックなんか持っていないって話だったわ」
「不思議だが彼の話は信じて良いと考える。巣というもの自体が僕のタイプとセットになっている装備だという可能性もある」
アクラの方が、自分のことをドライに『Type』と呼ぶ。
「だから、なんとかリエゾンを調べてみたいの。方法はこれから考えるしかないけど、もし、アクラの推測しているようにリエゾンが自我を持たない、ただの輸送マシンなんだったら、その制御系統を調べることで由来に近づけるかもしれないわ。
メイルとエイムは同じエネルギーパックを使用しているし、補給される弾頭なんかも多分同じ。でも、メイルに届くリエゾンとエイムに届くリエゾンは、同じところから出発しているのかしら?」
三人もしくは二人と一体はしばし考え込んだ。
エミリンの言うように、エイムとメイルというタイプの違う『葉』に届くリエゾンという『枝』は、同じ幹から伸びているものなのだろうか?
それとも、実は似ているようでまったく違う種族の二本の木が並んで立っているのだろうか?
ジャンヌが沈黙を破った。
「いいわ、エミリン。なんとかしてリエゾンを調べる方法を考えましょう。それについては、かなりアクラに頼るしかないけど...ただ、私たちにもできることはあると思う。エミリン、これは私からの提案だけど、一度ダーゥインシティに戻りましょう」
「えっ、でもアクラはまだ...」
「アクラのことは、まだ内緒にしておいたほうがいいわね。この際、行動の美しさは保留して記録は少しいじっておきましょう。
その辺りの段取りや辻褄合わせは後で考えるとして、ダーゥインシティで物資を再補給して戻ってきましょうよ。
特にいまは陸上探査用のマシンが圧倒的に少ないわ。
もし私たちがスレイプニルを離れて内陸部に進出するとしたら、それなりの装備を検討しておかないと、ただのアクラの足手まといだし、そもそもそんなに遠くへも行けないと思うの。
冷凍食品を詰め込んだコンテナを抱えて長距離移動することなんてできないのよ?」
そう言われてエミリンはつい、フルーツジェラートを大量に詰め込んであるキャニスターの山を思い浮かべてしまった。確かに内陸部へ何日も出かけるとしたら、スレイプニルの冷凍庫とは、しばしのお別れだ。
「ええ、そうね。そうよねジャンヌ、わかったわ。私もそれに賛成する。一旦ダーゥインシティに戻って陸上探査の準備を整えましょう」
エミリンの声が急に力付いてきた感じがする。
「アクラ、私たちはしばらくムーンベイを離れることになるけど、それでいいかしら?」
「いまは僕にとってもその方が良いかもしれない。寂しいが、この浜辺で君達を思い浮かべながら過ごすとしよう」
いったいアクラは、どんな文献でそういう言い回しを学んだんだろう? と、ジャンヌとエミリンは同時に似たような疑問を心に浮かべた。
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