もう一度



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PART-1:ムーンベイ

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(ダーゥインシティ・港)


セル社会の存在する低緯度地域では季節感が希薄だ。


ダーゥインシティの晩秋は心地よく、夏の焼け付くような太陽が少し手加減を加えてくれているが、それでもおよそ冷涼という感覚には程遠い。


ダーゥインシティでは、いつ手を水に漬けても、震えるような冷たさを感じることは年間を通じてない。

人類が海岸にへばりつくように暮らしているセル社会が、北回帰線と南回帰線の間に収まっていることには、もしかしたらそういう快適さ重視の理由が働いているのかもしれない。


エリア5114での不可解な出来事の後、二人は真っ直ぐにダーゥインシティに戻り、作業記録の分析とレポートを出した後は休養を取っていた。

あのメイルとの遭遇に関しては、帰りの航路中に二人で相談した結果、エミリンの主張もあって当面は上層部には伏せておくことにした。


わからないことが多すぎるし、あまりにも異常な出来事だったからだ。


むしろ、日頃は『嘘は美しくない所作だ』と嫌うエミリンが、あのメイルに関することは誰にも伝えたくないと言い出してジャンヌを驚かせたほどだ。

だが、確かに、あの事態に直面した二人以外には、あそこで起きたことをきちんと理解してもらえそうにはないことも事実だった。


そこで冷静に議論を重ねた上で、『もう少し事態の全容を把握してからしっかりしたレポートをまとめる』というところを着地点とすることにして、二人は美意識の呵責と戦いながらも、エリア5114についてはワイルドネーションでの停泊地としての地勢状況のみに言及した、実に簡潔なレポートを作成した。


もとより、セルの組織は個人の意思を尊重するので、能動的に報告されてくること以外の情報を機械的に集めようとはしない。

その点は農場でも資源探査局でも同じだった。


あの『ニューダーカー』という名の後期都市遺跡で発見した手記と資料は、探査局を通じて研究機関へと渡り、今頃は、他の歴史資料との比較や詳細な分析が始まっているはずだ。


スレイプニルは、最初にエミリンがダーゥインシティを訪れたときのようにドライドックにあげているのではなく、港の資源探査局専用係留ゾーンに停泊したままだ。

表向きの理由は塩を被ったマシン類の点検整備ということにして、長期間の係留を申請済みだった。


ダーゥインシティにはジャンヌが資源探査局からあてがわれている、かなり広いコンドミニアムの部屋もあるのだが、結局二人はダーゥインシティに戻ってからも、そのままずるずるとスレイプニルの船上で暮らしていた。

それに、もともと三ヶ月の研修中以外にダーゥインシティに拠点を持ったことのないエミリンにしてみれば、スレイプニルの方がよほど長く暮らしている我が家となっている。

すでに三週間の休養を取っているが、丸一年間も二人きりの休暇なしで航海を続けていたのだから、あと一〜二ヶ月は休んでいても誰からも文句を言われることはないだろう。


当のエミリンは最近ふさぎこみ気味だ。

機嫌が悪いというわけではないのだが、しょっちゅう考え込んでいるし、気がつくと黙ってどこかに消えていたりする。


あんなひどい出来事の後なのだから、以前の快活なエミリンを取り戻してくれるまでには、もうしばらくの時間が必要だろうとジャンヌは考えていた。


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マーケットで大量の食料を仕入れてきたジャンヌは、外出前からスレイプニルの工作室に入りっきりらしいエミリンが気になって、ギャレーの冷蔵庫に戦利品を押し込むと、両手にフルーツジュースのパックを持って階下に降りて行った。


工作室の中では、エミリンが相変わらず一抱えもあるサイズのディスプレイと格闘している。


「さっきから何を作っているのエミリン?」 


と、エミリンに片方のフルーツジュースを手渡して、部屋の隅のベンチに腰掛けながら聞いてみる。


「うん...インタラクティブディスプレイ」 

それだけではよくわからない。


「つまり?」 ジャンヌが促す。

「ん....あの、エリア5114のメイルと、またお話ができないかなって思って...」 


「エミリン!」 

びっくりしたジャンヌは思わずベンチから腰を浮かして叫んでしまう。


血相を変えたジャンヌは、あやうくフルーツジュースのパックを取り落としそうになるところだった。

あの日の恐怖がジャンヌの脳裏にフラッシュバックする。

目の前でエミリンを失うと思ったあの日、なすすべもなく、エミリンの死を見つめていなければいけないという現実を突きつけられたあの恐怖の日。

ジャンヌにとっては一時も早く忘れ去りたい、思い出すのも嫌な恐ろしい出来事だった。


「わかってる、ジャンヌ」 

「いくらあなたでも...」 


「ただの興味本位じゃないの。それに、本当はあの日、自分が死ぬはずだったことを忘れたわけでもないの。でも...」 


エミリンが途切れた言葉を続ける。


「でも...やっぱり、このままにはしておけないの」 


「メイルとのコミュニケーションをもう一度チャレンジするなんて、正気の沙汰じゃないわ、エミリン。やめてちょうだい。あの時どんな奇跡が起きてたとしても、やっぱり相手はメイルなのよ?」 


「それもわかってるジャンヌ。でも、一つ確信があるの。

私がいまも生きているのは、あの大きなメイルが現れたから。理由はわからないけど、あのメイルは絶対に私を助けてくれたのだと思う。

あのメイルが現れなかったら、私は間違いなく最初に現れたメイルに殺されていたと思う。それは確かなことだと自分でも思えるの」 


「そんなことを言ってるんじゃないわ、エミリン。それを否定してるわけじゃない」


 ジャンヌもそのいきさつは理解していた。


エミリンは言葉を続ける。


「あの大きなメイルが現れたことも、それで命が助かったのも偶然かもしれない。

でも、あのメイルが私に船に戻るように伝えてくれた、あの絵を使った会話は偶然じゃない。

あの図形には、すべて意思があったわ。表示された内容も、その順番も。それは話したでしょ?」 


「もちろん忘れていないわ。あのスキャナーのメモリーはすべて消えていたけれど、エミリンがなにか見間違いをしたなんて、これっぽちも思ってない。

それは信じて。だけど、メイルが何を考えて行動するのかは、やっぱり謎のままよ?」


「でもこれまでのメイルの行動は、むしろ考えてっていうよりも反応的なものだったって感じてる。

ジャンヌが前に話してくれたでしょ? メイルは学習しない。進化しないって。

あの話は私にもすぐわかった。

言われてみればそう...だからスレイプニルに乗ってすぐの頃の私でも、ジャンヌに言われた通りにさえすればドローンでメイルと戦えた。

いまになって思い返せば、結局三回の戦闘は最後にはどれも似たような展開で終わってたと思うわ」 


「あれは違うというの?」 


「うん。あれは違う。絶対に違う。あれはメイルだけどメイルじゃない。

形や大きさだけの話じゃなくて....上手く言えないけど...あのメイルは思考してるわ。絶対に何かを考えている」 


確かに、あの巨大なメイルがなぜエミリンを助けてくれたのかはわからない。

計画があったのか、気まぐれなのか。

なんであれ、弱いものを助けようという『情』がメイルにあったなんて決して想像するべきではないはずだ。


しかし、エミリンはあのメイルの行動に、意思と決断を感じていた。

決断には理由が、『何かを成したいという欲求』があるはずだ。

エミリンは、それが何かをどうしても知りたかった。


本来は人間でなければ持たないはずの、マシンには存在していないはずの『欲求』が何なのか、それを知りたかった。


ジャンヌは黙ってエミリンを見つめる。

可愛いエミリン。

部下であり妹のようでもある愛しいエミリン。

あの日の絶望を繰り返すくらいなら、自分が死んだほうが千倍もましだと、ジャンヌは心の底からそう思う。


そのエミリンを、平和なマッケイシティの農場暮らしから引っ張り出し、ワイルドネーションの冒険の日々に送り込んだのは、この私自身の意思。


いま、エミリンは戸惑ったような、怯えているような複雑な表情を浮かべてうつむいている。

資源探査局員として、ジャンヌが許可を出さなければ絶対にエリア5114に行けないことはわかっている。

でも、ジャンヌにその許可を求めることは、彼女を苦しませることだということもエミリンは十分に理解している。


その狭間で苦しい心が生み出している表情だ。


ジャンヌはそれを理解した。

このままエミリンを苦しませておくのは、私のやりたいことじゃない。

エミリンの意思を尊重せず、檻の中に閉じ込めて安心しているのは自分の我儘だ。

人の意思は尊重するべきだと自分はいつも思っていたはずだ。

たとえ未知の危険がそこにあるとしても...。


ジャンヌはそう考えて、ようやく決心した。


「わかったわエミリン、また二人でエリア5114に行きましょう」 


エミリンがとっさに顔を上げ、これ以上はないほど驚いた表情でまじまじとジャンヌを見つめた。

ジャンヌの答えが予想外だったことはわかる。

少なくとも、ジャンヌを説得するにはまだまだ長い時間がかかると思っていたのだろう。


「でも一つだけ条件があります」 ジャンヌは静かに続ける。

「なに?」 

「今度は私が先に会いに行くわ」 

「それはっ!」 


「危険だっていうの? もしも私があのメイルに殺されるなら、やっぱりあのメイルは危険だっていうことよ? 

エミリンにとっても危険であることに変わりはないわ」 


「それはそうだけど...」  


エミリンの言葉が濁っているのは、その後ろにあるジャンヌの意図を感じ取っているからだ。


「もしも私が殺されても、エミリンは一人でスレイプニルを操縦してダーゥインシティまで戻れるわ」 


「嫌よそんなの!」 


「私だってエミリンを失って一人で戻るなんて嫌よ? いいことエミリン、私はもう、あんな思いをするのは二度と御免なの。わかってちょうだい。

だから先に私が接触する。私があのメイルに会っても無事に船に戻れたら、いったん状況を分析してから改めてエミリンも会いに行く。それでいいわね?」 


『ね?』 と言い終わったジャンヌはもう立ち上がっていた。

凜とした表情で立つジャンヌには有無を言わせない迫力がある。

だがそれと同時にエミリンもジャンヌに飛びついていた。


「ありがとうジャンヌ! ありがとう」 

泣きながらジャンヌの胸に顔を押し付ける。


「わかったわ。あのメイルに会いにエリア5114に行けるんなら、それでいい。本当にありがとうジャンヌ」 


ジャンヌがどれほど苦しい思いで、エミリンのためにその決断をしてくれたかが身に沁みる。

自分の命を投げ出すことなど気にもかけずに。


「いいのよエミリン。私はあなたの直感を信じることにする。

だから、二人であのメイルの話を聞きに行きましょう。そしてメイルの秘密を知って一緒に戻ってきましょうね」 


ジャンヌはそう言いながら、胸の中で泣き続けるエミリンの髪を優しく撫でた。


泣きながらエミリンは密かに心の中で決心していた。

仮に、そんなことはないと思うけど、もしも仮に、ジャンヌがあのメイルに殺されたら、自分もその後で会いに行こうと。

そして、ジャンヌを殺してしまった理由と、あの日、無事に帰らせてくれた理由を聞いてみようと。


もちろん、ジャンヌが殺されるようであれば、エミリンだって一言も話す間もなく、瞬時に黒焦げにされるかもしれない。


それでも、万が一でもジャンヌを失ったとしたら、その後一人おめおめとダーゥインシティに戻る気はなかった。


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(ダーゥインシティ・スレイプニル)


二人がエリア5114への再訪を決意してからの数日間で、スレイプニルの出航準備は滞りなく進んだ。


もとより、すでに一ヶ月近くも暇つぶしのように点検整備を進めながら過ごしていたのだし、そもそもスレイプニル自体、さほど整備が必要な状態になって戻ってきたわけでもない。

出かけると決めたら、装備を再確認して不足しているものを補充し、留守にしていた一年間の間に改定されていたソフトウェアやマシンを最新のものに入れ替えるだけだ。


自動工作機で取り組んでいたディスプレイも、結局ジャンヌが手伝ってくれて完成した。というか、ジャンヌが見事に作り直してくれた。

それに比べると自分が作っていたものが、まるで子供のおもちゃだったように思えて、エミリンはちょっと嫌になる。


しかし、その甲斐あって、ジャンヌ特製のインタラクティブディスプレイはかなりの高性能だ。

そこそこの電磁放射を受けてもメモリが消去される心配もないし、スナップショット機能で、表示された画像をすべてリアルタイムに記録していくことができる。

RGBの素子が反応する周波数も綺麗に分けているので、あのメイルがその気になればカラー制御もできるかもしれない。

それに何より、エミリンの方でも画面に直接、指やスタイラスペンで絵を描くことができる。


もし、あのメイルがその気になってくれれば、子供がお絵描き板を挟んで文字遊びをするように会話することさえできるかもしれない。


それと、ジャンヌが奮発してお菓子やフルーツアイスの類を大量に買い込んでくれた。

大きな配達のトラックが港に現れ、冷凍キャニスターを次々とスレイプニルに運び込み始めたときには驚いてしまったが、積載したジェラートのカロリーだけでも三ヶ月くらいは航海できそうだ。


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(エリア5114・岬の丘)


アクラはいつものように岬の丘の上で考えていた。


仮に、もしも仮にまたあの小さな小さな顔の人間を乗せた海上移動ユニットがこの地に現れることがありえるとしたら、自分はどうするべきだろうか?


この地域一帯が、常にメイルやエイムたちとの偶発的な戦闘に晒されていることは否定できない。陸上は言うなれば『危険地帯』だ。


恐らく、海上にいる限りは安心だろう。


アクラ自身も決して水面に向かおうと思わないように、他のメイルたちも海には入らないと思われる。

過去にも海側からメイルやエイムが登ってきたことは一度もない。

ならば、あの人間たちが海から上陸しても安全なように、湾の周辺地域からできる限りメイルやエイムを排除し、自分が気付く前にこのエリアに彼らや、あれらが侵入してくる危険性を減らしておくのが良いのではないだろうか?


そういう仮説に至ったアクラは、可能な限りこの湾の浜辺を安全に保てるように、防衛戦を張ることにしてみた。


このエリアへの進入路は主に二つ。


森林を超えた先にある高原地帯からの谷沿いを伝って降りてくるルートと、あの邂逅の直前に電子的に破壊したメイル、『ワンダラー』が侵攻してきた、湾に向かって右手の山あいから山と山の隙間を縫って森林地帯の真横に出るルートだ。

左の山脈は険しい上に高度も高く、わざわざそこを乗り越えてやってきた個体はこれまでのところ一つもないから、当面は後回しにして良いだろう。


さて、具体的にどう防衛戦を張るかと哨戒を兼ねて侵入路を偵察しに来たアクラは、前回の戦闘で倒したワンダラーのボディが、まだそのまま放置されていたことを思い出した。


あの後しばらくして電源も尽きてジャミング波も止まっていたし、この数カ月はエイムやメイルの侵入もなく、外見的には無傷のあの残骸を見つけてどうこうしようという輩も現れなかったからだ。


早速、アクラは残骸のある場所へ行ってみた。


倒れたワンダラーの周囲には草が伸びているものの、むろん誰かが踏み込んできた形跡もなく、一切の動きを止めた黒いメイルのボディは、あの日と同じ状態のまま静かに横たわっている。

この一見無傷なメイルのボディを侵入路の近くに放置しておけば、こちらから入ってきたエイムやメイルは間違いなく気が付き、そのボディを破壊しようとするだろう。


その行為は、アクラに敵の接近を知らせてくれる信号になる。


もしも、あの無分別なエイムが試みたように派手に破砕弾を発砲しようものなら、エリア全域に警報音を鳴らすようなものだ。

いわばアクラは、人間たちによるドローンを使った哨戒戦術に学んで、このメイルの残骸を自分のドローンとして活用することにしたのだった。


日頃はたたみ込んである作業腕を肩から展開し、見た目には傷一つないメイルの残骸を持ち上げた。作業腕にはかなりの負荷がかかったが、アクラのパワーであれば問題なく持ち上げられる重さだ。

そのままメイルのボディを持ち上げて自分のボディの背中に乗せ、ずれないように作業腕で押さえつける。


要するに、担いで運ぶということだ。


このままで敵に遭遇したくはない姿だが、山あいの中腹まではそう長い距離ではないし、レーザー砲もレールガンもいざというときの使用に差し障りはないので良しとする。


残骸を担いで山の中腹へ向かい、尾根のくびれから降りる道が一つのルートに絞られそうな箇所を推測して、そこから見える位置にメイルの残骸を設置しておいた。

これで、右の山あいから侵攻してくる敵は早期に発見することができるだろう。


アクラは重ねて考える。


森林奥から高原に至る方のルートを防衛するために、なにか巣の装備で利用できるものはないだろうか?


取り外してある予備の武装類、各種の弾薬関係、修復及びメンテナンス用の資材類、予備の動力炉反応剤パック、メンテナンスケージ...

ボディの整備を行うメンテナンスケージの様々な機能は、自動修復作業だけでなく、自分自身でかなり能動的に制御することができる。


あれを使えば、なにか役に立つ装備を新たに生み出せるかもしれない。

熟考を重ねた結果、一つのプランを思いついた。


有線誘導弾の破砕弾頭だ。

有線誘導弾の発射ユニットは、背中に取り付けられるようになっているが、自分ではあまりこれを装備している状態が好きではないので、ここ最近は外したままでいた。


確かに強力で、遠距離から精密な攻撃ができるスペックを誇るのだが、先制攻撃にあまり意欲のないアクラとしては、他のメイルのアウトレンジから問答無用で誘導弾を撃ち込む、という戦法をとりたい理由がない。

それに結果論だが、過去に他のメイルから類似の兵器で攻撃された経験は一度もないので、この有線誘導弾ほどの射程距離が必要とも思えなくなっていた。


弾頭は大きく、それ自体が推進力を持って高速に飛翔していく。

飛翔体の尾部には電気信号を通す細くて柔軟なワイヤーが繋がれており、発射した後でも自由にコースや目標を変えて山の向こうにいる見えない敵でも攻撃することができたし、有線だから敵のジャミングの影響を受ける心配も少ない。


ワイヤーは発射装置側のユニットに丸めて収められているから、つまり弾頭は発射ユニットから糸を引き出しながら飛んでいくような感じだ。


この有線誘導の破砕弾頭には近接信管が付いており、発射された後にある程度の距離まで標的_主に金属質の物体だが_に近づくと、実際に衝突する前に爆発を開始するようになっている。


どの程度の距離で破裂し始めるかはあらかじめプリセットしておくことができるし、必要があれば発射直前でも設定し直すこともできる。

また、弾頭には独立した安全装置が付いていて、それを解除しない限りは爆発する心配はないから、背中に弾頭を抱えたままで気軽に走り回れるわけだ。


アクラが考えついたのは、メンテナンスケージの機能を使ってこの弾頭を分解し、信管を取り出して利用することだった。


まず、あらかじめ適当な距離にプリセットしておいてから近接信管を弾頭から取り出し、安全装置を外す。


誘導弾の弾頭に組み込まれたままでは、信管の安全装置は解除できない。

それは発射するときの強い衝撃によって弾頭の中間部がスリーブの内側に押し込まれることで解除されるようになっているからだ。

つまり、発射装置から撃ち出さなければ解除されないようになっていて、おかげで日頃は安心な機構なのだが改造するのは難しい。


そこで弾頭を分解し、マニュアル操作で安全装置を解除してみることにした。

なぜか誘導弾の構造は詳しく知っているので大丈夫だろう。

信管を取り出して安全装置を外せたら、これを何らかの手段で離れた場所から起動させる。


いったん起動すれば、近づくものがあれば信管が作動してしまうから、アクラ自身でも近づけないはずだ。


つまり、最大の問題はどうやって離れたところから信管を起動させるかなのだが....。

信管の構造と機能について自分が知っているらしいことをもう一度反芻してみる。


信管は高速に飛翔する弾頭の衝撃に耐えるとともに水平に近い角度で発射されても誤爆しないよう、進行方向に向けての極めて狭い範囲にだけ反応する。

角度で言えば弾頭の中心線から+ーで十度の範囲にしか反応しないので、平たく言えば起動した後でも、横や後ろから近づくぶんには、まあ安心だと言えるだろう。


そこで、分解した弾頭の中間スリーブを利用した信管の保持ケースを作成することにした。

メンテナンスケージはリンクしたアクラの思考に反応して動作するので、マニュアルモードで操作すれば、事実上、自分の手が増えた状態と変わらない。

背中に折り畳んである作業腕や前脚のマニピュレーターでも、指を展開すればかなり細かい作業ができるが、メンテナンスケージは機械作業専用に作られているだけあって、工具アタッチメントも自由に使えるから作業が楽だ。


慎重に構造を検討しながら信管を取り外して安全装置を解除し、円筒形のスリーブの中心に、空いている方向を向けて固定する。

尾部の固定には補修用の樹脂が使えた。


そして、信管の根元からワイヤーを伸ばしてケースの外に引っ張り出す。

このワイヤーは信管の電力機構に繋がっていて、信管が動作するための電力を供給する。

本当なら、発射装置自身の安全装置を解除し、発射筒のハッチを開いた時点で信管に電力が供給されて起動するようになっている。


さらに弾頭が撃ち出されるときの衝撃で安全装置も解除され、信管はいつでもコイルに大電流を流す、つまり弾頭本体の炸薬を起爆させることができるようになる。

この二段構えのセーフティをバイパスし、信管に外部からワイヤー経由で直接電力を供給して起動させるわけだ。


離れたところから電力を流すには誘導用ワイヤーが使えるはずだから、まず、ケースに収めた信管をなにかに固定し、ワイヤーを安全地帯まで引っ張っていく。

十分に離れたらワイヤーの両端に、これまた誘導弾から取り外したバッテリーパックを接続すればいい。


これで信管は強制起動し、侵入者が近づいたらコイルに電流を流して炸薬に埋め込まれた起爆装置を作動させるだろう。


片側を開放したスリーブの強度がどのくらいかはよくわからないので、弾頭の炸薬は少なめにしておいた。

完全に撃破できなくても、傷を負わせるか、警報になるだけでも意味はあるからだ。


つまり、アクラは独力で『地雷』を開発したのだった。


高原地帯から抜けてくる侵入路の一番狭くなっている何箇所か、それも通りやすそうなところを狙って、この改造信管付きの『設置型破砕弾頭』を設置しておく。

もしも高原地帯から侵入してくる『金属反応』が近づいたときには、この信管が反応して爆発を起こすだろう。


そして自分は絶対にそのルートを通らず、必要な時は大きく迂回して行き来すればいい。


計算上では、バッテリーパックの電力は最低でも一ヶ月以上、想定どおりなら三ヶ月程度は持ちそうだったから、時折哨戒してバッテリーパックを充電済みの予備と交換すれば良いだろうと考えた。


後は、できれば高原地帯の入口近くにも、哨戒線を設置したいところだ。


森の入口に設置したものと同じ『設置型破砕弾頭』をいくつか作って配備すれば良いのだが、あれは一つ作るために有線誘導弾を一つ消費してしまう。

有線誘導弾を使い切ったからと言って別に困ることもないだろが、そもそも一度も効果を確認できていないものに消費してしまうのはどうかと思うし、固定設置型の弾頭にどのていど頼れるかもはっきりしないのだから、ばらまいて、それで安心しているわけにもいかない。


アクラはそういう結論に至り、固定設置型弾頭の追加配備はその効果を見極めてから行うということにした。


とりあえず、高原地帯の付近に脅威があるかどうか、自分で見に行ってみよう。

そう考えてアクラは腰を上げた。


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