第8話美形の友だちは美形です

朔夜は瞳孔が開き気味の目といい纏うオーラといい、一見堅気には見えないのだが、これでも保健医だ。


 そのワイルドで危険な雰囲気から、女生徒からは絶大な人気を誇り、わざと怪我をして保健室を尋ねる子まで出てきたこともあり一時大きな問題になった。


 朔夜が女生徒たちを一喝したことで仮病を使う者は減ったが、たとえ怒鳴っても「真剣に怒ってくれる先生ってカッコイイ」と認識されるのだから、美形は得である。


 ちなみに今の彼はダサく見えるよう女子避けに伊達眼鏡をしているのだが、逆に似合いすぎてますます「インテリっぽくてかっこいい」と評判だ。


(正統派美青年のレイくんが清廉潔白な白のイメージなら、色男のサクちゃんは危険な色気を孕んだ黒のイメージだなぁ……)


 とはいえ眼光の鋭さや着用しているワイン色のシャツからマフィアを彷彿とさせる彼だが、喋ると意外に優しい。


 風に揺れる白いカーテンと不釣り合いな彼を見ながら、琴は口を開く。


「珍しいね、サクちゃんが私を呼び出すなんて」


 消毒液の匂いに混じって、かすかに煙草の匂いがする。どうやらここで隠れて吸ったのだろう。だから雨なのに窓を開けているのか、と琴が思っていると、朔夜は手前のテーブルを顎で指した。


 保健室に来た理由を記入するメモやペン立てが置かれた机には、可愛らしいピンクの巾着が載っていた。見たところお弁当のようだが……。


「朝、家を出る際に会った神立くんから預かった。渡し忘れたお前の弁当だそうだ」


 琴の疑問には朔夜が答えをくれた。


「レイくんが!?」


(というかレイくん……忙しいのにお弁当まで作ってくれたの……!?)


 ちなみに、朔夜の口から「レイ」の名前が出たからといって、琴は驚かない。というのも、朔夜はレイの二学年先輩であり、親交があるからだ。琴が朔夜のことを「サクちゃん」とあだ名で呼ぶのも、レイと学生時代から友人関係だった朔夜に構ってもらう機会が多く、自然と懐いているためである。


 伽嶋病院の御曹司である朔夜が医者にならず養護教諭として赴任してきた時はさすがに驚いたし、そのことをレイに言うと苦虫を噛み潰したような顔をされたのだが。


「でもどうしてサクちゃんが、レイくんから私のお弁当預かってるの……?」


「それは俺が聞きたい。どうして向かいの部屋に住んでいるからって、俺がお前の弁当を預かる羽目になるんだ……」


「えっ」


 琴は瞠目した。


「サクちゃんもあのマンションに住んでるの!?」


「ああ、偶然同時期に引っ越してきてな。神立くんは死ぬほど嫌がっていたが、俺もあの部屋が気に入って引くつもりはなかったし、神立くんも俺に譲って別のマンションに住むのは嫌だったようだから」


 どうやらレイは年上の朔夜を割と邪険に扱っているらしい。


「神立くんから『琴と一緒に住むことになった』と勝ち誇ったように連絡を受けた時は驚いたが、愛妻弁当があるなら、仲良くやっているようだな」


「からかわないでよサクちゃん」


 琴が頬を赤らめると、朔夜はくつくつと喉を震わせて笑う。静かに笑う彼はそれだけで色っぽい。


「どれ、神立くんが作った弁当とやらを俺にも見せてくれないか」


 朔夜が興味深そうにこちらへやってきたので、琴は巾着を開け、中から二段のお弁当箱を取り出す。中身を開けると、そこには彩り豊かなおかずがぎっしりと詰まっていた。


 レタスが敷かれたお弁当の一段目には、ハムを巻いた小金色の卵焼きに、プリプリとした唐揚げ、ブロッコリーと星形にカットされた人参、トマト、ヤングコーン。春巻きなどなどが詰まり、二段目には、琴にそっくりなおにぎりが入っていた。


「……神立くんはいい嫁になるな」


 感心したように朔夜が言う隣で、琴はうなだれる。


(うん……。私が作るお弁当よりずっと美味しそうだよ……)


「……サクちゃん。このお弁当、ここで食べてもいい……?」


 紗奈に見られるとまたからかわれそうだと思い、琴は頼んだ。


 同情したような目で琴を見た朔夜は、コーヒーを入れることを条件にオーケーした。


「レイくんってば全部ご飯作ってくれるから、このままじゃ私太っちゃいそう……」


 レイの料理は美味しすぎてつい食べ過ぎてしまうのだ。朔夜は向かいの椅子に腰かけ、琴のいれたブラックコーヒーをすすりながら話に耳を傾ける。


「どうやら彼は、琴の世話を焼きたくて仕方ないらしいな」


「それが謎なの。そりゃ、すっごく嬉しいしありがたいけど、何であんなに親切にしてくれるんだろう……」


 警察官って、そういう人柄なのかな。それともレイが特別なのかな、と琴は不思議に思う。


「レイくんが私のこと迎え入れてくれたの、すごく嬉しいの。だけど世話焼いてもらってばっかりで心苦しいよ……」


「気にするな。彼は好きでお前の世話を焼いているんだろうから。元から彼はお節介焼きだしな。会うたびに生活習慣を改めろと口うるさいし」


「サクちゃんは確かに生活習慣改めた方がいいよ。お酒と、特に煙草」


「む。換気したんだが、匂うか?」


 朔夜は開いた窓を見つめながら言う。


「雨の中喫煙所まで行くのが面倒でな……」


 一日中休むことなく何かをしているレイとは対照的に、朔夜は出不精なところがある。


「白衣に匂い移っちゃってるのかも。でも私、サクちゃんの匂い嫌いじゃないよ」


 琴は目尻を下げながらヘラリと笑う。


「サクちゃんは煙草と消毒液と、ほんの少しだけ香水の香り。レイくんとはまた違う大人って感じの香りがする」


「ああ……神立くんは刑事になってから、捜査の邪魔になるからといって香水をつけなくなったらしいな」


「レイくんってそういうとこ真面目だよね」


(レイくんは、お仕事に真剣に取り組んでる。私はそんなレイくんの……)


「私、レイくんの役に立ちたいんだけどなぁ……」


 ふと、血色のよい唇から心の声が漏れてしまう。朔夜は琴を見やると、前髪をくしゃくしゃと撫でた。朔夜は琴が後頭部の形を気にしているのを知っているため、前髪しか触ってこない。クールな顔立ちに似合わぬその優しさが琴は好きだった


「神立くんにとって、琴は特別だからな。世話を焼きたがるのは仕方ないだろうが……」


「え?」


(特別って何のことだろう?)


 琴が突っこんで聞こうと口を開く。すると、タイミング悪くスカートの中に入れていたスマホが震えた。


 取り出して液晶画面を見ると、『レイくん』と表示され、彼からの着信を知らせていた。

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