18-4 不当な決闘
魔王が作り出した機竜の中を、加護を受けた兵士達が走破していく。
画面に映る進み続ける敵の兵力を、イヴァンは歯軋りしながら見ていた。
内部への侵入を許してしまった時点で、機竜はその力を敵に対して発揮する事は出来ない。
機竜の中にある魔力で作り出すことの出来た魔王の怪物達も、奴等を完全には止められない。
このまま放って置けば涼達も戦いに加わり、機竜が落とされるのは目に見えていた。
「やはり、この程度に負ける男達では無かったな」
当然の事と嬉しそうにリベールが語り、それを聞いたイヴァンが爪を噛む。
くそ、あいつ等は何時も何時も俺の邪魔をする……
そう画面を睨んだ所で状況は変わらない。
そのイヴァンの横で、リベールが大剣を担ぎ出した。
「待て、何処へ行くつもりだ!?」
「何処に?分かりきった事を聞く男だ。無論、レオ・ロベルトと決着を付ける為に」
何を今更と鼻を鳴らし、リベールがレオとの決着を付ける為に戦場へ出向こうとする。
「待てと言ってるだろ!ここでお前とあいつ等が内部で戦えばこの機竜がもたない」
イヴァンの言葉にリベールが振り返った。
「何だ、貴様はこれが欲しいのか?」
「当たり前だろ、これ程の力を俺は自由に扱えるのに、それをこうも簡単に手放してなるものか」
イヴァンの目が力への欲望に燃えている。
「この力があれば俺は世界を好きな様に出来る、あの魔神が作り出す世界の中だろうとも!」
自分本位の我侭、他者など世界など関係なく、ただ自分の為だけに力を欲していた。
しかし、それを咎めるような場所に今のリベールは居ない。
自身もまた、世界など無視して自分の望む戦いをしようとしているのだから。
故に、何も反論せずただ仮面に手を置いた。
「だがどうする、レオ・ロベルト達を止めねば破壊されるだけではないか」
リベールの指摘にイヴァンが顔を歪め考える。
この機竜を失わず、あの憎き者達を消し去る方法を。
そしてイヴァンが考え出し伝えてきた方法に、リベールは拳を握り締め震わせた。
「貴様は、貴様は何故そのような事をしてまで……」
「おっと何をそこまで怒っているんだ、凄く良い案だろ?何せお前も望み通り一対一でレオと戦えるんだからな。そうさ、正々堂々と一対一で戦おうじゃないか」
何も悪い事は一つも無いとイヴァンは自分の案を言い切る。
「それにお前は時間が無いじゃないか、このままではレオと真剣勝負をする為の時間がさ。だから俺がその場を用意してやるよ、俺達は仲間だからな」
イヴァンの恩を着せるような言い方に、仮面の奥にあるリベールの顔が苦虫を噛んだかのように歪んだ。
「それともお前も俺を裏切るのか?でも出来ないよな。なにせこの機竜を動かせるのは、魔王の魔力から出て魔王の力を手に入れた俺だけだ。この機竜を自爆させる必要が出てくると、お前も困るだろ?」
仲間だと言った舌の根も乾かぬうちに、実質的な人質をこちらにも取ってくるイヴァンに対して、リベールが彼の案に頷いた。
「……わかった、貴様の案に乗ろう。だが一つ約束しろ、貴様もその様な条件をあいつ等に強いるなら、貴様もその条件を守ると」
語気を強めるリベールに対しケラケラとイヴァンが笑う。
「それ位はちゃんと守るさ、俺だって直接この手で殺すのも悪くないと思ってたからな」
愛莉の意識が「はっ」となって戻ってくる。
「ヘレディア様は、居なくなったのか……」
そう聞くと愛莉の目に涙が滲み出てきた。
顔を震わせ唇を噛み、何とか泣くのを我慢しようとする愛莉を抱き締める。
「戦いの最中だけどさ、我慢しなくていいよ」
頭を優しく撫でると愛莉の涙が溢れ、大きな声で泣き出した。
ヘレディア様は魔神の手によりこの世界から居なくなったが、死んだと言うのには少し違う。
証拠に俺達の力はこうして残っている。
この世界に直接居られなくなり、この世界と話せなくなっただけで本当に消えてしまった訳じゃない。
しかし、言うなら親に近い存在ともう二度と会えなくなったんだ。
なら、その悲しみを吐き出してしまうぐらい誰も文句は言わないだろう。
泣きじゃくる愛莉の背中を優しく叩いていると、レオ達が飛空艇からこちらにやって来た。
「リョウ、さっきエイミーがヘレディア様が居なくなってしまったって」
急いできた様子を見るに、向こうもその事には気付いているのだろう。
「ああ、俺達は直接別れの言葉を聞いた、魔神に消されてしまう前にな」
聖職者として神と少し繋がっているエイミーは、ヘレディア様が消えた事を何となく感覚で分っていたが、涼の言葉を聞いて胸元をぎゅっと掴んだ。
「それで、ヘレディア様は最後になんと?」
「世界を任されたよ、俺達の手でこの世界を守れって。……守るさ、絶対に守ってみせる、このふざけた怪物も魔神も全部纏めてぶっ倒してやる!」
拳を掲げ、闘志と決意を新たに宣言した。
その俺のに愛莉も涙を拭い顔を上げる。
「私も、マスターと一緒に!」
愛莉の体が光となり、俺の体に溶け込んだ。
託された力が赤い炎となって再び涼の体を照らしていく。
「まぁ、この期に及んでは勢いも大事よね。よぉし、アタシ達でこの世界守ってみせるわよ!!」
妙にテンションが高いリーナが杖を振り上げ走り出し、それに皆で「おー!」っと声を上げて続いた。
何だか気合の入った足取りでズンズンと進むリーナに、ニヤついたロンザリアが擦り寄る。
「ねぇねぇ、疲れてるならロンザリアが元気にしてあげようか~?」
「必要ないわよ、そんなもの!」
あー、成る程。疲れてるから変なスイッチが入ってしまってるのか。
何にせよ俺達は機竜を叩き落す為に進む。
魔神の動向は気になるが、今は居ない間にこちらを終わらせてしまおう。
進み、分かれ道で二手に分かれようと言ったところで、道の中にひび割れた音が流れ、男の声が聞こえ始めた。
「やあ、リーナ、それに皆、お久しぶりだね」
道に響く柔和な声には聞き覚えがある。
「イヴァン、アンタ生きてたのね」
声は聞こえても姿は見えないイヴァンをリーナが睨みつけた。
「そうさ、あの時は本当に死ぬかと思ったよ。だけど俺はこうして生きている、あの魔王の力すら奪い取って!」
魔王の力……となると、これを動かしてたのはこいつか。
「この機竜、動かしてたのはあんただな!?」
叫び聞くと、「クククッ」と笑い声が聞こえてきた。
「そうさ、俺は俺の手で神を越える力を手に入れたんだ。そこでお前達に話したい事がある、他の奴等も聞こえているだろ!戦闘を止めろ!」
高圧的な声で機竜内に居る人達へとイヴァンが呼びかける。
機竜内で戦っていた兵士達は突然消えていく黒い怪物たちを見て、その声を聞いて、状況を把握する為に手を止めた。
「そうだ、それでいい。さて、話と行こうか、俺はこの機竜を失いたくは無いんだ、だからお前達にここで戦われると困るんだよ」
戦いが中断したのを確認し、イヴァンが話を進めて行く。
「だからさ、俺とリョウ、リベールとレオで一対一の決闘を申し込みたい」
「決闘?」
おおよそ今までのイヴァンの言動からは予想の付かない言葉にレオが眉を顰めた。
「そうさ、正々堂々と行こう。もっとも、お前達に拒否権を与えるつもりは無いけどな」
機竜が鈍い駆動音を上げて前進し始める。
イサベラの方ではなく、先程の戦いで振り返った方向に向かって。
「なあ、この機竜がそのまま進めば何があると思う?」
何がって、そりゃイサベラと逆方向へと戻っていっているんだから……
その思惑に気付いたリーナが目を見開く。
「イヴァン!アンタ、そんな事をして一体何になるって言うの!?」
「ハッハハハッ!流石リーナは直ぐに気が付いたね、レオはまだ良く分かっていないみたいだけどさ。でも答えを教えてあげよう、この先には俺達のニジーア村があるのさ」
「なっ……」
突然悪意に溢れた声で聞かされた故郷の名前に、レオが言葉を失った。
「でも大丈夫、決闘を受けてくれるなら攻撃はしない。もっとも、受けずにこの機竜を破壊したいなら、周囲の人里には全て消えてもらうけどさ!アッハハハハ!」
自分がこれから行おうとする行為を、イヴァンがけたたましく笑う。
「イヴァン、貴様!そんな無関係の人を巻き込んで良くも正々堂々なんて言えたな!それに故郷にはお前の両親だって居る筈だろうが!!」
通路に響く不快な笑いを遮るように叫んだ。
「両親……?」
その叫びに、イヴァンが思ってもみなかったと言った声をだす。
「ああ、別に何年も会ってないしな。それにあんな普通の両親なんて、俺には全く必要ない」
「必要ない」そう本気でイヴァンは言った、何も知らずまだイヴァンの両親である二人を「両親なんて必要ない」と言った。
その言葉に頭へと一気に怒りが膨れ上がる。
「この外道が、隠れてないで出てきやがれ!」
「はっ、何を勘違いしているんだ、お前達が俺達の所に来るんだ。この機竜を止めたければな」
その言葉を最後に通信が切れる音がした。
「今、機竜の中から大きな力が二手に分かれて飛んで行きました。間違いなくあの二人だと思います」
通信が切れるのと同時に動き出した二人の動向を、エイミーが探知する。
二人が居なくなっても機竜の動きは止まっていない、遠隔操縦が出来るのだろう。
「これから僕とリョウの全力で機竜を攻撃したら間に合わないかな?」
「微妙な所ね。もし攻撃をし始めたら直ぐにイヴァン達は戻ってくるでしょうし、それにもし間に合わなかった時の事を考えたら……」
故郷を人質に取られたレオとリーナが考えを巡らせる。
いや、人質を取られているのは二人だけじゃない。
周囲のと言っていたんだからエイミーの故郷だってそうだ。
「でもあのイヴァンって奴の言ってる事、ロンザリアは絶対に信用しないよ」
確かにイヴァンの事は信用できない、しかし。
怒りに震える拳を開き、壁に手を当てて、思いっきり頭を壁に打ち付けた。
「うおっと、アンタ行き成りなにしてんのよ?」
突然の行動にリーナが素っ頓狂な声をあげる。
「いや、ちょっと頭を冷やしたかった。ふぅ……俺は、この話を受ける」
ちょっとは冷静になった頭を振った後、そう答えた。
人里から離れた岩山の間に立つイヴァンの前に、爆炎を上げながら涼が降り立った。
「ちゃんとレオも一人で向かったみたいだな。なら約束どおり、ほら、機竜の動きは止めてやったぞ」
イヴァンの言うように、山の向こうに見える機竜の動きが空の上で静止する。
「イヴァン、あんたは何の為にこんな戦いを続けているんだ?」
それを確認して涼がイヴァンを睨んだ。
「は、何の為に?レオともお前ともと一緒さ、力を持ったから使いたいのさ」
「そうか……」
涼が振るう手に合わせて辺り周辺が轟々と音を立てる業火に包まれた。
「何だよ、神から恵んでもらった力を見せ付けてくれるじゃないか」
両手を広げるイヴァンの手に闇が溢れていく。
「なら始めようか、お前を殺して、俺が神すら越える存在の証明にしてくれる!」
二人が放つ闇の波動と神炎の衝突が空を震撼させた。
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