18-3神話の終わり

 世界の空を行き、機械のドラゴンが悠々とその巨大さを誇示する。


 その偉容に避難の指示を受けて逃げる人々は震え上がり、気まぐれに放たれる力は都市を虚空へと消滅させた。


 恐怖と絶望が広がる中、遠方より空の上にあっては小さく見えてしまう空飛ぶ船がそれを追う。


 敵と比べれば何と小さく見える力。


 それでも空を翔ける船に居る最後の希望へと、人々は手を握り祈った。


 誰かから誰かへと伝えられ広まった、少年達の起こす奇跡を信じて。




 ドニーツェでの戦いから三日が経ち、イサベラ近海の上空にて飛空艇が機竜を捉えた。


 後方より迫り来る飛空艇に、魔神が玉座を二度、三度と指で叩き立ち上がる。


「よい、どうせだとここまで持って来たが……リベール、イヴァン、我が神を屠る為に作りしこの力、これを使いあの者達を撃滅せよ」


「了解であります、この機械の使い方は道中で覚えましたので、どうかお任せ下さい」


 魔神の言葉に後ろで控えているイヴァンが口角を上げ、わざとらしく仰々しいお辞儀をした。


 そのお辞儀に魔神は振り返らず、魔神は闇の中へと消えていく。


 それを見送った後、自分の存在に見向きもしない魔神に対してイヴァンが舌打ちした。


「チッ、まぁ良い、この力があればあんな奴等相手にすらなるものか。ここで見させてもらうさ、あのガキ共が足掻いて死ぬ様をな」


 イヴァンが玉座へと腰を下ろし、足を組んで機竜を動かす。


 イヴァンが言うようにもう操作は手馴れたものだった。


 何せ、道中において破壊を行ったのは彼なのだから。


 機竜が空を薙ぎながらその巨大な身を翻して迫る飛空艇と対峙した。


「そう簡単にあのレオ・ロベルト達が負けるとは思わん」


 画面に映る飛空艇を睨むリベールの言葉を聞いて、イヴァンが鼻で笑う。


「ふんっ、その時は俺達が直接殺すだけさ。勝てるものなら勝ってみるが良い、この神すら屠れる俺の力を!」


 機竜の咆哮の様な駆動音と共に無数の魔法陣が大翼や手に展開され、闇の嵐が世界を覆うように放たれた。




 何もかもを拒絶する闇の力へと飛空艇が突き進む。


「では、アンナさん、アンセルムさん、それに皆さんも、行きます!」


 飛空艇の動力部にてレオが合図を送り、他の兵士と共に膨大な魔力を放出した。


 動力として供給される魔力を、二人が全力でコントロールしていく。


 生み出されていく力によって飛空艇の速度が一気に加速し、世界を覆いつくす闇の中を駆け抜ける。


「おっほ、こりゃまた凄い魔力量じゃわい。船体がぶっ壊れる前に終わらせんとな!」


 アンセルムが言うように動力部は既に悲鳴を上げ、船体も軋み始めていた。


「そのお陰でこの戦場を飛べる訳なんだけど、これは終わったら作り直しね」


 力任せの急加速、急停止を繰り返しながら飛空艇が闇の嵐の合間を縫っていく。


 しかし、それでも敵の攻撃は留まる事を知らず、進む道の全てを闇が包み込んだ。


「それでも前に!」


 押し迫る闇の壁に向かって飛空艇が更に加速を駆ける。


 闇に衝突する瞬間、神の炎が闇を切り裂き、光が船を守った。


 光の防壁が崩れる中、涼が赤い髪とマントを風に靡かせ飛空艇の船首に仁王立ちしている。


「ここは絶対に死守してみせ、うおおおお!?」


 決め台詞の一つでも言おうと思ったが、急上昇する船の動きに振り落とされないよう船体にしがみ付いた。


(マスター、無理せず中に居ても良いんじゃないですか?)


 涼とエイミーの役目は機竜からの攻撃を防ぐことではあるが、だからと言って船首に陣取る必要は無い為、愛莉が心配そうでも少し呆れ気味に尋ねる。


「いや、結構な無茶を通そうって言うんだ、ならこれ位は体を張って気合入れないとな!」


 体から炎のアンカーを船に突き刺し体を安定させて、襲い掛かる闇の奔流を灼熱の渦に巻き込んだ。


「それに、どうせ最後は先頭に立つ必要があるんだ、目標地点に辿り着くまで一歩も引く気は無い!」


 炎と光が闇を打ち払いながら、風の力に乗って飛空艇が機竜へと飛ぶ。


 目標地点、涼達には機竜に対する作戦があった。


 魔王が生み出した機械のドラゴン、これを正面から打ち破るのはほぼ不可能だ。


 涼とレオの全力の一撃をぶつけた所で、機竜を機能停止には持っていけない。


 そして、この闇の嵐の中を最後まで進むのも、涼とエイミーの力の限界を考えれば現実的ではない。


 よって、考え付いた作戦はリーナの力に懸かっていた。


 船内で目を疲労でギラ付かせたリーナが、星の杖を急ごしらえで作った飛空艇の動力と繋げる台へと突き刺す。


「徹夜で急いで直したけど、動かなかったら承知しないからね」


 アンナとアンセルムは後で船を操作する役目があるから途中で休憩に入ったが、リーナはついさっきまで他の魔法使いと一緒に、杖の中身となる物凄く複雑な魔方の構造をずっと紡いでいた。


 その眠気と先程までの集中作業の結果、頭がオーバーヒートを起こして逆にフル回転し始めている。


 船の魔力と杖が反応し、杖の先の飾りが回転しながら光を放つ。


 荒れ狂う闇の海の中を飛空艇が抜け、目標の場所まで届いた。


「飛べえええええええ!!!」


 リーナの叫びと共に飛空艇が光に包まれて転移する。


「まさか、船ごと!?」


 画面で飛空艇が忽然と消える様を見ていたイヴァンが驚くと、


「イフリートォ!!」


 炎神が飛空艇と共に機竜の真正面に現れた。


「総員、対衝撃体勢!」


 炎神の全力を込めた両拳が機竜の腹に大穴を開け、そこに光の防壁を纏った飛空艇が突っ込んだ。


 破砕音を上げながら飛空艇が機竜の中へと入る事に成功する。


「我等が勇者たちの力により策はなりました!我等もそれに続き、この怪物を海へと叩き落してやりましょう!」


「「「「「おー!!」」」」


 現場指揮を任されたバルトロの号令によって兵士達が飛空艇から下り、部隊毎に別れ機竜内を暴れまわった。


 敵は途方も無く巨大であるが、それ故の弱点は必ずある。


 この巨体を支え、破壊の力を生み出す動力部、内部に複数確認出来るそれを全て破壊すればこの怪物を仕留められる。


 機竜内部に湧き出る、魔王が作り出していたのと変わらない黒き怪物達を薙ぎ倒しながら、兵士達が動力部を破壊する為に走った。


 辺りが沸き立つ戦士たちの雄たけびで響く中、突入の衝撃に巻き込まれていた涼も頭を振って立ち上がる。


「くっそ、結構消耗したな……」


 衝撃のダメージ自体は炎化して逃れているから大したことは無いが、機竜の腹へとぶちかますのに力をかなり消費した。


 これから内部で機竜の撃破、それと魔神との戦い……リベールの奴も待ってるか。


「ま、気合で何とかするさ」


 立ち上がり、一先ずレオ達と合流しようと飛びあがろうとする。


 しかし、愛莉が突然ユニゾン状態を解いた。


「おっと、どうした愛莉?」


「ごめんなさい、でもヘレディア様が……真田 涼さん、申し訳ありません。ですが最後に別れのわがままを聞いては下さいませんか?」


 愛莉を通じてヘレディア様が最後の言葉を伝えてくる。


「最後って、いきなりどうしたんですか?」


 突然の事に状況が掴めなかった。


 問い返す俺にヘレディア様が冷静に自分に迫る危機を話す。


「魔神と名乗るようになった物が神の塔上空に現れ、その物から攻撃を受けております。襲撃に対する対策は講じていましたが、それらは全て力によって捻じ伏せられ、私がこの世界から消えるのは時間の問題です」


「魔神が!?じゃあこの機竜にはもう魔神は居ないのか!」


 なら先程まで攻撃をしていたのは誰だ、自動操縦?いや、それにしては攻撃に意思があった。


 リベール……だとは思いたくない、あいつはこんな決着を望まない筈だ。


 それに、今でも感じるこの暗い圧力は誰だって言うんだ?


「……いや今はそんな事よりも、直ぐに俺たちも向かいますからそれまで耐えて下さい。リーナの力なら直ぐ駆けつけられます!」


 ……だが機竜はどうする?それにリベール以外に誰かが居る、それも放っておいて良いのか?


 助けると言うも、どうするべきか迷う俺にヘレディア様が首を横に振る。


「いえ、貴方達は貴方達の戦いを続けてください。それに消えると言っても貴方達の力は残り、私が貴方達と会う事が出来なくなるだけですから」


 ヘレディア様は優しくも、寂しげな表情を浮かべた。


「レティーシャに見つけて貰い下りて来た世界、私を私として与えられたヘレディアの名前、長くとも短くとも思える皆さんと過ごした時間、どれも在るべきでなかった私にとって掛け替えの無いものです……」


 胸の前に両手を重ね少し思いに浸った後、決意と覚悟の表情を上げる。


「どうかこの世界を救ってください、無力な神に代わって」


 これを俺が答えて良いのか一瞬だが迷った。


 だが迷う必要はなんて無い、ここだって俺の大切な世界だ。


「絶対にこの世界を救ってみせます。ヘレディア様が愛してくれた世界を、レティーシャ姫やアデルさんが残してくれた世界を、絶対に守ってみせます!」


 そう拳を胸に当てて神に誓った。


 その堂々とした様を見て、ヘレディアが微笑んだ。


「約束、ですよ」




 神の塔周囲の世界が次元から狂い、崩れていく。


 ヘレディアが作り上げた神の迎撃兵器は全て滅ぼしつくされた。


 巨大な桜の木は焼き払われ、現れた塔が展開する防壁も魔神の力によっていとも簡単に奪い去られる。


 塔に雷鳴が轟き、割れた塔からヘレディアが姿を現し魔神を見上げた。


 魔神の手に神すら滅ぼす力が宿っていく。


 逃れる事は出来ない終焉に、ヘレディアは諦めでは無く、希望を信じる顔を浮かべた。


「私の希望はこの素晴らしき世界に託しました、彼等の心は空虚な存在には決して負けません。彼等の心は必ずや魔神を越え、世界に平和を取り戻してみせます」


 ヘレディアの強気の言葉に、魔神は何も答えない。


 ただ、放たれた漆黒の闇が塔を消し去った。  

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