17-2 火蓋は切られた
連合軍は魔王の都を包囲していく。
薄っすらと雪が積もった街並みは、元あった大国の威信を示すような装飾華やかで、厳かな建物が多い。
嘗てはここで多くの職人達が競い合い作り上げたのだろう、多様で美しい建造物が並んでいる。
しかし、そこに暮らす人々の息遣いは感じられず、豪華な景色からは虚しさが感じられた。
ここへと辿り着いたのは出発時の8割程度。
減っているのは戦死者が出たという訳ではなく、奪還した土地の管理守護の為に人員を割いているからである。
それは元より予定されていた事で、実際はそれを含めて当初の6割が辿り着ければ上出来だと考えていた。
だが今はこうして負傷者はあれど、味方側に戦死者が一切出ずにここまで辿り着いた、辿り着けてしまった。
何故こうも反撃をしてこない?
相手は四天の残り三体、更にそれを上回る力を持つとされる魔王。
そしてテュポーンとの戦いの際にも出現した、魔王の魔力によって生み出される黒き怪物。
それらはどれも強力なれど、神器の加護によって大幅強化を受けた連合軍と、勇者達の力を考えれば彼我の戦力は対等と言って間違いはないだろう。
ならば敵の行動は伸びてしまうこちらの戦線を横や後ろから叩く事だと考えていた。
なのに敵はそれをせずに、更に包囲まで許してしまっている。
「解せませんね……」
バルトロが包囲を進めながら地図を眺めて唸っていた。
「まぁ相手さんが領土に興味が無いのは分ってたけどよ、敵さんはここに来て隠れもせずに待ったままって事は何か別の考えもあるんだろうぜ」
ラウロもまた眉を顰めて地図を見ている。
ラウロの言うように敵の位置は分っていた。
なにせ堂々と街の建物の屋根の上にグライズとフラウは立っているのだから。
位置としてはフラウが街の外周部、グライズはそれとは逆方向の街の中で立っていた。
イヴァンの体を乗っ取っているストレッジの姿だけが見えないのは気がかりだが、城に居る魔王を含めれば敵戦力の半分以上の位置は把握出来ている事になる。
「出たとこ勝負って訳じゃねぇが相手の思惑が分んねぇ以上、俺達はキッチリ準備して攻め込むしかねぇな」
ラウロの言葉にバルトロも頷いた。
「ですな、こちらは予定通り進軍しましょう」
包囲が完了し、魔の都へと声を張り上げて人と魔物が攻め込んでいく。
進む彼等の前に、白い歯をニタ付かせる黒い怪物が無数に現れた。
瞬く間に増え続ける怪物相手に臆せずバルトロが声を上げる。
「我等に神器の加護あり!奴等は無限に見えど無限にあらず!我等が勇者達の道を開く為、恐れず進め!」
全軍とそれに飛びかかる怪物が正面からぶつかり合った。
敵は強い、相手の己の死など考えない無慈悲な力を持っている、
攻撃を受けど、受けど、怪物達は止まることなく攻撃を仕掛けてくる。
だが、人も魔物もそれに対して臆さない。
エイミーからの加護を受け、光り輝く武具を手に彼等は魔王が生み出す力に立ち向かっていく。
剣が絶ち、槍が貫き、爪が裂き、拳が砕き、魔法が敵を焼いた。
様々な力が入り乱れる中に、突如として20m規模の怪物が現れた。
それが金切り声の様な咆哮を上げて周りを区別無く踏み潰す。
土砂と共に血飛沫が回りに飛び散った。
怪物が再び人魔に向かって足を振り上げる。
その足を無数の光の鎖が縛り捕えた。
「誰か足場ぁっ!」
ラウロが駆けながら叫び、それにサイクロプスの魔物が応え魔法陣が光る。
ラウロの足元が隆起し、その勢いで怪物の上へと飛んだ。
「うぉおおおおりゃっ!!」
気合一閃に放たれた光り輝く大斧が、怪物を頭から下まで真っ二つに切り裂いた。
地面に降り立ったラウロが斧を肩に担ぎなおして叫ぶ。
「うおっし!このまま敵さんの前座は全部こっちで引き受けんぞぉ!」
叫び周りの味方と共に湧き出す敵へと突っ込んで行った。
多種多様な命がその力を発揮していく戦場をフラウは見ている。
「敵の動きはストレッジの予想通りではあるかな」
敵はこちらを数で包囲して防衛戦力を引っ張り出し、勇者二人ともう一人の神器使いでその隙に魔王へと攻め入る魂胆だろう。
ならそれに乗ってやろう。
「さて、互いに主役の邪魔はしたくない。こちらも攻めさせて貰おう」
フラウの手に無数の魔法陣が浮かび上がり、街の中から何かが動き出す音が鳴り始めた。
「準備期間はそれなりにあったからな、テュポーンとは比べられないが相応の物を用意しておいたよ」
街を崩しながら50mを越える灰色の巨人が立ち上がっていく。
その見た目は涼の世界で言うロボットに近い。
無機質で丸みを帯びたフォルムの中から各部品が動き続ける音が聞こえる。
それが街の四方向に現れた。
現れた巨人達が破壊の光を放ちながらズシーン、ズシーンと大きな音を立て前進していく。
「では私も行こうか」
フラウが掲げた手に巨大な魔法陣が再展開され、20m程のロボットを生み出してそれに乗り込んだ。
生み出されたロボットは白銀の色をしており、見た目も先程とは違い鋭角でヒロイックな見た目をしている。
白銀の巨人の足元に車輪が現れ、地面を削り取りながら巨体からは想像付かぬ速さで戦場へと発進した。
白銀の巨人が進み砲を左手に持ち構え、光が放たれる。
それを遮るように光が向かう先に魔法陣が展開され、黒い鎧兵が現れた。
加護を付与された黒い鎧兵が大剣を振るって光を打ち破る。
「ほう?」
砕けた大剣を放り捨てながら新たな大剣を両手に生み出し、地面を踏み砕いて黒い鎧兵が走り出した。
鎧兵が力任せに振るう二つの大剣を、白銀の巨人が右手で腰から抜いた剣で正面から受ける。
「この魔力、確かロンザリアだったか?」
巨人からフラウの声が発せられた。
「へぇ、覚えていてくれたんだ。お久しぶりだね、フラウ様っ!」
鎧兵の中からロンザリアが答え、力任せに押し返す。
押された巨人が軽やかにターンして間合いを取り剣を正面に構えた。
「裏切りなどとは言うつもりは無いが、何故人側に付いたのか興味本位に聞いておこうか」
鎧兵が二本の大剣の刃を上向きに構え、ロンザリアがそれに答える。
「う~ん理由と言うと~、愛ってやつかな~。ごめんね、浮気性で」
予想していた答えと大体合っていたロンザリアの返答に、思わずフラウが笑ってしまった。
「笑うってのは失礼じゃない?」
「フフフッ、いや、悪かった。……さて、私の用があるのは奥に居る神器使いの少女だ、退いてもらおうか」
「嫌だね、ここは通さないよ」
膨れ上がる四天のプレッシャーの前でもロンザリアは引きはしない。
その姿を見てフラウの口角が上がり、巨人の瞳が光り輝く。
「そうか、ならば止めて見るが良い!」
空の上、雲の近くからユニゾン状態の涼と、レオとリーナは戦場を見ている。
「さて、そろそろ行きましょうか」
レオの隣に浮かんでいるリーナがフラウも戦線に参加したのを確認して言った。
「あのデカイロボットは倒していって良いんじゃないか?」
戦場で暴れる4つの巨大ロボを見て、心配になり聞いてみる。
「ロボット?ああ、あのデカイやつね。うーん……奇襲目的だけど、行きがけの駄賃に一人一発だけ撃っていきましょうか。レオもそれで良い?」
リーナの言葉にレオが頷く。
「うん、僕は賛成。少しでも戦っている皆の負担は減らしたいしね」
「ならバルトロさん達に一体は投げるとして、西のだけ残して残りはぶっ飛ばすわよ!」
「おうっ!」「任せて!」
三人共に巨大な魔方陣を作り出す。
「よし、突撃!」
リーナの掛け声に合わせて力が解放されて巨人達を焼き貫いた。
同時に三人が空を翔けて城へと降下していく。
グライズは先程の攻撃を見ても、まだ動く気配は無い。
一人戦場から離れた街の中に居る。
何が目的なんだと考える前に、城の上部に魔法陣が輝いた。
強烈な氷塊が幾つも射出される。
三人が迎撃の魔法を放ち、砕け散った氷で視界が白く染まった。
「この魔力の感じは……!?」
レオの驚きに応えるように、仮面を付け、全身が鎧の様な大柄な魔物が白霧の向こうから飛び出し、涼へと向かって身の丈ほどの分厚い大剣を振り下ろした。
その大剣を涼が生み出した炎剣で受け止めるも、豪腕に振るわれた大剣の威力に吹き飛ばされる。
「てめぇ、リベールか!?」
空中で踏み止まり、仮面の魔物に叫ぶ。
「そうだ!俺は再び貴様達と戦いに来たのだ!!」
リベールが叫び返し、魔力で空中を蹴り飛ばし涼が構える炎剣に更に叩き込んだ。
「だが今は、用があるのは貴様だ!おおおおおおおお!!!」
炎剣で受け止めている涼を怪力で押し混み、レオ達から距離を離させていく。
「ぐっ……こっちは任せろ!」
「リョウ!」
涼がそう言うも、飛ばされていく方角にリーナが助けに走ろうとする。
しかし、その手をレオが掴んだ。
「今のリョウなら二人相手でも戦える、それに任せろと言ったんだ、僕達はそれを信じて魔王の元に行こう」
リーナが歯を食いしばり悩む。
悩み頷く。
「わかったわ。リョウ、死ぬんじゃないわよ!絶対だからね!」
二人は涼を信じて魔王の元へと飛んだ。
こんの……馬鹿力め!
空中の作る魔力で固めた足場を踏み込みながら、リベールが大剣をこちらに押し込んでくる。
力だけで言うなら覚醒状態のレオと同等か、いやそれ以上か?
なんにせよ、パワー勝負に付き合う義理はない!
涼の体が炎となり、忽然とリベールの前から消えた。
「なに!?」
突然鍔迫り合いをしていた相手が消え、リベールが体制を崩す。
「これが話に聞く力か!」
「遅い!」
リベールが体制を無理やり起こし振り向く前に、炎の中から現れた涼が放つ強力な業火の塊にその身が焼かれる。
しかし、
「ぬぅおおおおおお!!」
その炎の中から咆哮が轟き、焼かれる身のままリベールが涼へと突撃した。
唸りを上げて振るわれる大剣に向かって、涼が対抗して似たような炎の大剣を作り出し迎え撃つ。
地上にも響く衝突音が鳴り響き、衝撃に両者が街の建物へと叩きつけられて瓦礫の山を作り出した。
「こんの、本当に馬鹿力め」
瓦礫と土煙を吹き飛ばして涼がひょいっと身を起こす。
(マスター、もう一人が!)
愛莉の声が響き、顔を向けた先にグライズが降り立っていた。
2対1……いや、リベールが下がっている?
俺と同じく瓦礫からリベールが立ち上がるも、武器を瓦礫に突き刺して腕を組み、戦う気が無いとアピールをしていた。
それならと、以前戦った時と何かが違うグライズへと意識を集中させる。
グライズは涼の前に降り立った。
瓦礫の中から立ち上がる少年は、嘗て自身が圧勝した相手、そして以前敗北させられた相手。
本当に良い眼をする人ですね。
一度勝った相手だからと、少年の眼にそんな油断は一切無い。
真っ直ぐに敵を捉えて闘志を滾らせている。
その眼を見て、この少年に勝ちたいと心から思った。
あの時見逃した少年に対して、今となっては私が挑戦者。
「越えさせて頂きます、貴方の力を、私の力に懸けて」
涼に対して左腕を前に半身に構える。
「では、参ります!」
疾風を纏ってグライズが疾った。
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