15-7 夢が叶った日

 夕食の間リーナは終始上機嫌だった。


 野菜等の切り方や多少不恰好だったり、料理の間にリーナの慌てる声がキッチンから響いていたが、味自体はエイミーの手伝いもあってか普通に美味しかった。


 皆が美味しい美味しいと言う度に、とても不安そうだったリーナの顔がどんどんニヤけ顔に変わっていく。


「ま、まぁね、エイミーの手伝いもあったけど、初めての割には上出来よね。それにこんなに喜んでくれるなら、また作ってみても良いかもしれないわね」


「うん、次もまた本当に楽しみにしてる」


 ようやく念願のリーナの手料理を食べる事が出来たレオが、とても幸せそうな笑顔を浮かべながら味わっている。


「……ふんっ、今度は一人でも作ってみせるんだから楽しみにしてなさいよね」


 そこまでかと言いたくなるような、喜び過ぎのレオの顔に流石にリーナも恥ずかしくなってそっぽを向いた。


 夕食が終わった後は、今日はそのまま眠りにつく。


 結構長い時間寝てしまっていたし、寝付けないだろうかと思ったが、すんなりと夢の中に吸い込まれて行った。


 夢とうつつの境界で今日の事を思い返していく。


 とても、とても大きな力を授かった。


 自分の身の丈には到底合わないと思える強大な力。


 強くなれた喜びは勿論あるが、突然強くなってしまった事が怖くもあった。


 今から起きるであろう大きな戦いに対する不安もあった、


 でも今なら、皆と一緒ならその怖さも越えられると胸を張れる。


 とても大切だと改めて気付かせて貰えた人達と一緒なら、どんなに険しい道であっても進んでいけると信じられる。

 

「父さん……母さん……俺、頑張るよ」


 限りなく本物で、本当じゃない世界で出会えた最愛の両親に呟いて、涼の意識は穏やかな夜に包まれた。




 朝日の光と、ちょっとした人の騒ぎで目を覚ます。


「なんだぁ……?」


 宿の前に兵士と野次馬の人だかりが出来ていた。


 誰か来たのか?……いや、俺達目当てか?


 頭をポリポリと掻きながら部屋を出て階段を下りていく。


 下にはレオとリーナに、イサベラのクラウディオ陛下とフレージュのガジミール王が待っていた。


「おっと」


 階段の途中で慌てて寝癖を直す。


「おはよう、リョウ君。はやくから済まないな」


 気さくにといった具合にクラウディオ王がこちらに手を上げた。


「あ、いえ、お久しぶりです」


 なるほど、人だかりが出来てるわけだ。


「それで、お二人はどうしてここに?」


「我々は君達に少し話をと思ってな。食事も一緒にと思ったが、君達の仲間はまだ起きていないようだから話だけを済ませよう」


 そう言ってガジミールが一歩前に出る。


「後で公式の場で改めて謝罪するが、まずは私から個人的に君達に謝らせてくれ。あの裁判の場所で君の事を信じる事が出来ず、本当にすまなかった」


 真摯に深々とガジミール王が頭を下げた。


 それにレオが一呼吸置いて答える。


「……あの時の事を気にしていないと言うと嘘になります。でも、貴方は僕がまた皆と一緒に戦えるように行動してくれたと聞きました。なら僕はその行動に答えたい、改めて僕は誓います、僕の力は勇者として皆と共に魔王と戦う為に」


 レオが頭を下げるガジミール王の前に跪いた。


「すまない、我々はあのような言葉を放ってしまった君に頼らなくてはならない」


「いえ、頭を上げてください。僕には戦う事しかできません、他のもっと多くの事を皆に頼り続けています。ですから一緒に、戦いましょう」


 レオの言葉にガジミール王が顔を上げる。


 上げて手をレオへと伸ばした。


「ああ、これからは共に進もう。世界を頼んだ、勇者レオ・ロベルト」


 その手をレオが掴み、引いてもらい立ち上がる。


「はい、これからよろしくお願いします」


 熱い握手を交わすガジミール王の顔は、険しいだけだったと言った印象とは変わり、どこか晴れやかで燃える火が目の奥にあるように思えた。


「イザベラから君がここに神の武器を手に戻ると聞いた時は、絶望的の中に希望が生まれた事を確かにこの胸に感じた。この時代に、王として君達と共に戦える事を今は誇りに思う」


 握手を交わし終えたガジミール王がレオと、俺の方を向いた。


「さて、こちらも後で式場を設けて言わせて貰うが、昨日の戦いでは誠に大儀であった、君達が居なければ我々はテュポーンと戦う事も無く、あの黒い怪物達に全滅させられていただろう。そして、リョウ サナダ……いや、ここら先はイサベラ王にお任せしよう」


 クラウディオ陛下が頷き話を引き継ぐ。


「リョウ サナダ、君の力は多くの兵士の命を救った。君が居なければ彼等の多くは生きて帰る事がなかっただろう」


「いえ、俺は俺のやらなくちゃいけない事を、当然の事をしたまでですから」


 面と向かって言われ、思わずそんな微妙な言葉を返してしまう。


「だが、その当然の事に多くの兵が救われた。彼等に先だって礼を言わせてもらおう」


「そんな、別に……」


 慣れない、物凄く慣れていない。


 大抵涼がこの世界に来て感謝される時は、レオの序でか一緒にであった。


 別にそれに不満がある訳では無く、自分の力や役割の重さを考えればそれが当然の事であった。


 しかし、今は戦局を変えた要因の大きな一つとして、真田 涼そのものが感謝されている。


 この雰囲気は物凄く慣れていない。


 最初の頃のレオと同じ様に褒められても何となく「自分はそこまでじゃない」と謎の謙遜が出てしまう。


「ふっ、君がそう言った所で周りの評価は変わりはせん。兵は皆、君に奇跡を見たと言っていた。リョウ サナダ、君はそれだけの力と行動を示したのだ」


 強く優しく感じる王の言葉に、嫌とかではなく何となく黙ってしまう。


「そこで、我が国イサベラは君の功績と力を称え、称号を送ろうと考えている。そして送る称号の名はこれしかないだろう」


 夢に思い続けていたその名を王は告げる。


「君に勇者の称号を送りたい」


 先ほどから黙っていたが、その「勇者」の名前にピタリと思考まで止まってしまった。


 レオとリーナが驚きから喜びの顔に変化していたが、全く頭に入ってこない。


 ユウシャって……なんだ?


 完全にフリーズ状態に陥った俺を見て、クラウディオ陛下が不思議そうな顔を浮かべる。


「もしや、勇者の名前は不満だったか?」


 その言葉にようやく思考が動いた。


「いえ、嫌とかそういう分けではなくて、でも俺が勇者ってのは……」


 うじうじとする俺を見て、クラウディオ陛下が顎を撫でながら考える。


「ふむ、私は勇者という定義に然程詳しい訳ではないが、もしや勇者は一人でなくてはならないという決まりがあるのかね?」


「あ、いえ、そういう訳ではないんですけど」


「では何故君はそうも嫌がるのか、君から教えてもらった君の世界の名を持った最高の栄誉だと言うのに。……君の世界の言葉だからだろうか?」


 そうじゃない、いやそうじゃないんだ。


「えっとですね、俺がその勇者ってのは相応しくないと言うか……」 


「相応しくないとはまた不思議な事を言う。……そうだな、君が言う勇者の概念を私達はまだ良く分っていない部分もあるだろう。それで、勇者とはどのような物なのかね?」


「勇者とは」前に薄暗い店の中で名を知らなかった老人に同じように尋ねられていた。


「勇者は、その、とても強い力があって、困難や恐怖に立ち向かう心があって、大切な仲間達に囲まれて……そんな誰かの希望になれるような人です」


 俺の言葉を聞いて、クラウディオ陛下は「ふーむ」と考える。


「君の言うその勇者の条件に、君は間違いなく当てはまっていると私は思うのだが」


 え……あれ?


 クラウディオ陛下が一本ずつ指を立てていく


「君は神から見込まれて託された強大な力がある、困難や恐怖に立ち向かう様は何度と無く示している、仲間達に囲まれているのは今更言う必要もないだろう、そして君は多くの兵を救い希望となれている。やはり君は勇者に相応しい人物だと思うが、如何だろうか」


 そうクラウディオ陛下は結論付けた。


「いやだって、俺は勇者に相応しい人物なんかじゃ……あんな事をして、色んな人を巻き込んで死なせてしまって……」


「それって昔のリョウでしょ?」


 狼狽する俺にリーナが腕を組んで言った。


「確かに最初の、本当に最初の頃のアンタは浮かれてたのもあったんでしょうけど、何だかねと思う部分はあったわ。でもアンタの根は悪い奴だとは思わなかったし、努力して変わろうとした、だからアタシ達もアンタと一緒に旅をしたのよ」


 何時もの口調に少しだけ優しさを含んでリーナがそう言った。


「それにアンタは自分なんてー、自分なんてーって思ってるかもしれないけど、結構アタシ達は感謝してるのよ?レオが立ち直ってここに居られるのもアンタのお陰なんだから」


 何時もの笑顔でそう言ってくれた。


 でも、いや、これは……


「リョウはさ、勇気を与えてくれる人が勇者だって言ったよね?」


「ああ……」


 思い悩む俺にレオが聞いてきたので答えた。


「なら、僕の勇者はリョウだ」


「は?なに言ってんだ」


 すると訳の分らぬ事を突然言われた。


「だって僕に勇気をくれたのはリョウじゃないか。最初に旅を続けようと思ったのも、リーナに思いを伝える切っ掛けを作ってくれたのも、ケーニヒ相手に立ち向かえたのも、全部リョウが居たから前に進めたんだ。僕の勇気は君の勇気から始まってるんだ」


「俺の、勇気……」


 あの町の戦い以降自分に対しては使わなくなった言葉、ずっと好きだった言葉。


 あの時から自分は勇者に相応しい人間じゃないと思うようになった。弱く、逃げていた自分は勇者にはなれはしないのだと。


「君は言ってくれただろ?あんなに情けない姿になっていた僕を信じるって。君は自分の心を自分で勇気とは言わなかったけど、僕は君に勇気を感じた、その勇気に応えようと前に進む決心をしたんだ。君にとっての勇者が僕であるように、僕の勇者はリョウなんだよ」


 だけど今、世界が、レオが相応しいと言ってくれている。


 俺が勇者だと思ったレオが、俺から勇気を貰っていたのだと言っている。


 そうか、俺は、俺は……


「俺は勇者になっても良いのかな……」


 そう呟いて自分の手を見つめる。


 変わらず小さな手の平。しかし、大きな力と、それに伴う大きな責任を手にした手の平。


「人の役割という物は自分で名乗る物ではない、誰かに認められて与えられて名乗れるものだ。特に大きな役目を持つ物はな。そして君は認められて役割の名前を与えられた、良いに決まっているではないか」


 クラウディオ陛下がそう答えた。


 その答えを聞き、少しだけ考えた後に陛下の前に跪いた。


 俺が跪いたのを見て、改めて陛下が告げる。


「リョウ サナダ、我が名の下に勇者の称号を与えよう。受けてくれるかね?」


 王が手を差し伸べる。


「はい、勇者の名に恥じないよう、これからも頑張っていきます」


 答え、その手を取った。


「これから君達二人の活躍を心から期待している。では、正式な授与式等は近いうちに執り行わせてもらう、今日は朝から騒がせてしまい申し訳ない」


「いえ、俺たちは別に……その、ありがとうございました」


 頭を下げる俺に、二人の王が小さく笑った。


「私達は君に礼を言われるような事はしていない、ただ君の功績を称えただけにすぎんよ。では、また近く予定が決まれば連絡しよう」


 そう言って二人の王は外で待機していた兵の人達と一緒に帰っていった。


 王様二人が出て行ったところで、宿の店主がそろりと出てきて朝の準備を始める。


「なんか、朝っぱらから濃い時間だったわね」


「まぁ、そうだったね」


 去って行った事態にリーナが椅子に座って、レオが苦笑した。


「俺ってさ、勇者になるんだよな?」


 何と言うか本番は後だからと言うのもあって、結構あっさりと終わってしまった任命に現実感がふわふわとしていた。


「そうね、良かったじゃない。アンタの夢だったんでしょ?」


「まぁ、そうだけどさ」


 うーん、こんなものなんだろうか……


「おはようございまーす」


 眠たげな声が階段の方から聞こえてきた。


「先ほどまで誰か来ていたみたいですけど、何かありましたか?」


 まだ半分寝ていそうなエイミーが階段から降りてきていた。


「おはよ、エイミーちょっと遅かったわね。さっきリョウが凄い事になったのよ」


「リョウさんが?」


 階段の途中でエイミーが首を傾げる。


「そうよ、なんとリョウは今回の戦いの功績と、アイリちゃんとの力を認められて勇者の称号を与えられたのよ」


「はー……」


 エイミーが寝ぼけた頭で情報を整理していく。


 それが終わった途端、目を見開いた。


「え!?リョウさんが勇者って、わわわ!」


 慌てて駆け出そうとして、階段から足を踏み外して前にこけそうになる。


「あぶね!」


 魔力を足に込めて瞬時に駆け出して、尻もちを付いてしまったがエイミーを受け止めた。


「ごめんなさい。でも、勇者ってリョウさんが言っていた勇者ですか?」


「イテテ、ああ、レオの勇者と同じやつだよ」


 そう答えるとパーッとエイミーに笑顔が咲いた。


「凄い、本当にリョウさんが勇者に!おめでとうございます!」


 ぎゅ~っと思いを力に込めてエイミーが俺を抱き締める。


「お、おう、ありがとう。でもちょっときついって」


 言うもエイミーの手の力は緩まない。


「僕からもおめでとう。これからも一緒に頑張ろうね」


 レオがそう言って手を伸ばした。


「ああ、これからもよろしくな」


 その手を強く握りかえす。


「ま、アタシからもおめでとうって言っておこうしらね。でも勇者の一番はアタシのレオだけど」


 何故だかドヤ顔気味にリーナが言った。


「別にこういうのは一番とかないと思うけど……」


 ちょっと困った感じにレオが頬を掻く。


「良いんじゃないかな、レオが力の一号で俺が技の二号みたいな」


「なによそれ?」


 俺の言葉に何時もの様に変な顔をリーナがしていると、ロンザリアと愛莉も下に下りて来た。


 なにが起きたのか知ったロンザリアが俺にダイブしてきて、エイミーを巻き込んで一緒に床に倒れる。


 そこに良く分っていないまま愛莉も飛び込んできた。


 賑やかな朝が新たな勇者を祝っていく。


 その中で実感が生まれてきた。


 そうか、俺は勇者になったんだな……  

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