12-6 勇者との戦い

 もはや人とは言えぬ声を上げてレオが襲い掛かってくる。


 咄嗟に地面に落ちていた剣を構えた。


「オオオオオオオ!!」


 正面に構えられた剣をレオの拳が強打する。


 腕が砕けるかのような衝撃と共に後方へと殴り飛ばされた。


「くぉあ……なに!?」


 腕の痛みに耐えながら着地し前に向き直ると、レオが手に魔方陣が紡がれている。


 魔方陣から強烈な雷が放たれ、魔力による防護で防ぐも衝撃と雷光で視界が白く瞬いた。


「レオが魔法を!?」


 俺が驚きの声を上げると、ストレッジが自身の作り上げた作品を何処か自慢げに解説する。


「魔王の器たる彼が魔法を使えるのは当然のことです。ただ製造過程の関係か魔力構造に不備があったので、そこは調整させて頂きましたが」


 成る程、どれだけ練習してもレオは魔法を使えなかったがやっぱり理由があったのか。


 レオの手にまた魔方陣が描かれていく。


 使えなかったのに生真面目に魔方陣の作成の練習はしていたな……


 再び道を捲りあげる威力の雷が迫って来た。


 魔法が使えるようになったのは良いことだが、今は厄介なだけだ!


 その場から跳ねるように飛び退き、外れた雷は道に着弾し爆発を起こした。


 倒れている兵士達がその爆風に巻き込まれていく。


「このままここで戦うのは不味い……こっちだ!こっちに来い!」


 言葉が通じるかは分らないがそう叫び、その場から離れるように走り出す。


 レオは唸り声を上げながらそれに付いて来た。


 ストレッジからの妨害は無い、あの二人をその場に残すことには不安はあるが、どのみちレオと戦いながらじゃ二人は止められない。


 今は要らぬ被害を出さないようにこの場から移動しないと。




 走る二人をストレッジは黙って見送る。


 視界はレオの体を通して確保してある、別に遠く離れようとも問題は無い。


「おい、逃げていくぞ」


 剣を収め少し不満な顔を浮かべ、イヴァンがストレッジに声をかける。

 

「はい、そうですね。問題は無いのでしばらく放っておきましょう」


 それにストレッジが素っ気無く返した。


「はっ、あんなガキ早く殺してしまえば良いだろ、それにあの化け物を目覚めさせた割にはそこまで強くないじゃないか」


「彼はまだ生まれたばかりの子供の様なものです、でしたら遊び相手は必要でしょう」


「そうかい」


 イヴァンは二人を捕獲すると言うストレッジに不満があった。


 それは単に二人の事が嫌いだから、それだけである。


 二人共にイヴァンの言う所の選ばれた側、それだけで一方的に妬み、憎んでいた。


 だが今の状況を見ると、捕えるのも悪くないと思い始めていた。


 最早理性を感じさせない化け物と化したレオと、それの糧として実験体として扱われる涼。


 二人共に自分よりも下の存在に成り下がった状況を見て、愉しいと感じた。


「周りの奴も殺さないんだよな?」


「そうですね、幾人かは捕えようと思いますが他は放っておく必要があります。この絶望を世に知らしめる為に」


 ストレッジの言葉にイヴァンが歪んだ笑みを見せる。


「なら俺も一人ぐらい持ち帰っても良いだろ?」


「ご自由にどうぞ」


 ストレッジの言葉を聞いて薄気味の悪い笑みを浮かべながら、苦痛に倒れているリーナへと目を向けた。


 これでまた一つ、愉しみが増えた。




 近くの広場へと誘導しながら涼はレオと戦い続けている。


 四天と同等の強さを持つ本来のレオの力なら、とっくの昔に消し炭になっていてもおかしくはない。


 それを戦っていられるのは今のレオの力の使い方が非常に大雑把なおかげだ。


 狙いは甘く動きも単調、今まで何度も手合わせをした時に味わった技のキレは見る影も無い。


「それでも強い事に変わりはないけどな……レオ!俺の声は聞こえているか!?お前はまだそこに居るのか!?」


「グオオオオオオオオオ!!」


 何度も叫ぶ声を無視してレオが吼え、助走から右足の強烈な飛び蹴りが迫る。それを剣で受け止め右側へと逸らしていく。


 これ程見え見えな攻撃なら対処も……


 蹴りを逸らされたレオが空中で踏ん張り、その場で俺の襟首を掴んできた。


「なに!?」


 レオがそのまま空中を軸にして回り、襟首を持ち上げ投げ飛ばした。


 それに追い討ちをかけようとレオの手の前に魔法陣が描かれていく。


「させるかよ!」


 空中で向き直り素早く魔方陣を作り出し、レオの居る場所へと爆発を起こす。


 それを防ぐ為にレオは魔力を防護に使ったことで、集中の途切れた魔方陣は霧散して行った。


 追撃を防いだ涼は何とか着地して態勢を整える。


「結構難しいだろ?魔法陣を作るのと、魔力の防護を両立させるの」


 息も絶え絶えではあるが、そう粋がってみせた。


 魔法の技量、その一点だけならまだ俺はレオに勝てている。


 魔方陣を作り出す速度もまだ俺の方が早い。


 だけどこんな差が何時まで持つか……


 魔方陣を作り出す速度はどんどん早くなっている。それにあの空中に固めて止まれるほどの魔力制御、戦いの中で成長してる……いや、力の使い方を思い出してるって事か。


「ガオアアアアアアアア!!」


 レオがまた吼え、拳を握り突進してくる。


 それに向かって爆炎を放つも、正面から打ち破り速度をそのままに迫る。


 振りかぶり動作が大きいストレートではあるが、それでも尋常じゃない速さと威力の拳が次々と放たれた。


「隙がありそうで見えねぇ……!」


 拳の嵐を必死に避けながら攻撃の隙を探るも、突然打たれたアッパー気味のスイングに反応が遅れる。


「くっそ!」


 何とかガードの剣は間に合うがガードを貫く衝撃が走り、そのまま勢いを付けた蹴りを側面に食らい吹き飛ばされた。


 建物の壁へと叩きつけられた所に追撃の雷が落ちる。


 轟音と共に壁が崩れ、煙が立ちこめた。


「こいつは、きっついな……」


 煙の中で瓦礫を押しのけ立ち上がる。


 何度もレオの攻撃は受け止めてられない、腕も剣も砕けてしまいそうだ。


 どうする、俺はどうすれば良い、俺はどうすればレオを助けられる……  


(お兄ちゃん、お兄ちゃん!)


 突然頭の中に声が響いた。


(ロンザリアか!?)


(よかった、ストレッジにはバレてないね、今ピンチだよね、レオに声は届かなかったんだよね)


 涼の心を読んで状況を理解し、ロンザリアが早口で捲くし立てていく。


(でもまだ諦めてないよね?)


「当たり前だ」


 その即答に頭の中のロンザリアが頷く。


(じゃあ一つ賭けてみない?)




「おや、戻ってきましたか」


 戦闘音がストレッジ達が待つ場所に近付いてくる。


 煙の中から出た涼はレオに追い込まれ逃げ続けていた。


 必死に抵抗は続けてはいるものの、もはや人の手には負えぬ域まで成長したレオ相手では致し方ない事であろう。


「そろそろ決着が付きそうですね」


 そうストレッジが思うほどに涼は追い詰められていた。


 それは間違いではない、しかし涼にはロンザリアから受けた作戦があった。


 だがそれを考えていては心を読むストレッジに悟られる。


 だから涼は一つの事を只管に考えていた。


 ただ一発、変わり果てた友をぶん殴ってやる事を。


 魔方陣から放たれた爆炎をレオが正面から打ち破り、拳を振り上げて迫ってくる。


 目では正確に追えないまでに速さが増しているが、この攻撃は何度も見た。


 相手の攻撃を正面から突き抜け、何の躊躇いも無く振りぬかれる渾身の右ストレート。


 フェイントも相手の反撃も考えない真っ直ぐな一撃。 


 タイミングは一度、ここに全てを懸ける!


 上段に構えた剣を、唸る豪腕に正面から叩き付けた。


 二つの力がぶつかる衝撃が剣から腕へと伝わり、剣は砕け腕の骨に激痛が走る。


「でもこれで……!」


 相打ち所か一方的な敗北ではあるが何とかその場に踏みとどまり、手の痛みに歯を食いしばりレオの肩へと掴みかかる。


「ルロオオオオオオ!!」


 雄たけびを上げて引き放った拳が、肩を掴む涼の腹を貫いた。


 破られ吹き出た大量の血が体を巡り口から吐き出される、それでも掴んだ手は放さない。 


 ハッキリとレオの目を見た、変わり果てたその目を。


「これでよぉ……ちったあ目を覚ましやがれ!!!」


 頭を引き、レオの頭部へと魔力を込めた頭突きを思いっきり叩き込んだ。


 大きな鈍い音と共にレオが揺れる頭に呻き声を上げ、同時にロンザリアが地面を割りリーナの真下から姿を現す。


「後で怒らないでね」


 一言告げて、倒れているリーナに唇を重ねた。


 ロンザリアの魔力がリーナの頭の中を駆け巡り、ストレッジが引き起こした狂気を打ち払う。


 ストレッジがそれに気が付くも間に合わない。


 正気に戻ったリーナがロンザリアから顔を離し、叫んだ。


「レオー!負けるなーー!!!」


 リーナの叫びが揺れるレオの頭へと響いた。


「グギ、ゴアアアアア……!」


 リーナの声を聞いたレオが涼の体から手を引き抜き、頭を抱えて苦しみもがく。


「余計な事を」


 まだ叫ぼうとするリーナにストレッジが水の弾丸を放ち、庇うロンザリア諸共貫いた。


 倒れる二人を見てレオのもがきが更に大きくなる。


「グッ、ガギャ、ガアアアアアア!!!!」


 一段と大きな叫び声を上げ、レオの体は力なく膝を付き、倒れた。


 倒れたレオはピクリとも動かない。


「折角の成功例だったのですが、仕方ありませんね」


 ストレッジが深い溜息を付く。


 イヴァンが剣を抜いて倒れるレオの元へと近づいて行った。


 倒れ伏すレオの体へと剣と突き刺す。それでもレオの体は動かない。


「アッハハハ!死んだ、死んだぞ!あんな化け物みたいな声を上げてさ!」


 高笑いしながら何度もレオの体へと剣を突き刺していく。


「やめろてめぇ!」


 腹を貫かれ地面に倒れている涼が、血を吐き出しながら炎をイヴァンへと飛ばす。


 その炎はイヴァンの闇の中へと消えていった。


「吼えるじゃないか、ガキ」


 剣を引き抜き倒れている涼の眼前へと向ける。


 その血に塗れた剣先を涼は睨みつける事しか出来なかった。


「そう睨まなくてもお前は殺さないさ。死なずに済んで良かったじゃないか、この化け物は死んだけどさ!」


 涼の今の姿を見てイヴァンがあざけ笑う。


 悔しい、笑われても何も反撃が出来ない自分の弱さが。


 ロンザリアの賭けは上手くはいかなかった。


 レオの作り出された心に一瞬でも隙を作り、リーナの声で正気に戻すと言う賭け。


 リーナの声はレオの心に確かに届いたが、ストレッジが新たに生み出した心との争いに体が耐えられなかった。


 これはロンザリアが悪い訳じゃない、こんな賭けをしなくてはいけない状況を作り出してしまったは俺の無力のせいだ。


 イヴァンに勝てたのなら、せめて互角に戦えていたら、レオは捕えられずに済んだかもしれない。


 あの瞬間に助けられたのかもしれない。


 悔しさに握りしめる拳から血が滲み出始める。


「これで、これで、本当に終わりなのかよ……」


 悔しさに手を握る涼の心をストレッジは見ていた。


 今度こそ本当に万策が尽きたその心を。


 ストレッジからして見れば、彼が失敗したと思っている事も奇跡に近い出来事であった。


 レオの心は確かに自分の手で消滅させた、元に戻る筈も無い。


 それを確かに少年達は目覚めさせた。


 結果としてレオ・ロベルトは死亡したが、その心を目覚めさせた過程は興味深いと思った。


「今後の参考とさせて頂きましょうか」


 そう呟き、この場にもう用は無いと撤収しようと思い始めたその時、レオの体の中に再び魔力の渦が生まれ始めている事に気が付いた。


「イヴァン、レオの首を落としなさい!」


 咄嗟にそう叫ぶ。


「はあ?」


 振り返ろうとするイヴァンの足首をレオが掴んだ。


「うおおおおおお!!」


 そのままイヴァンを持ち上げてストレッジへとぶん投げる。


 投げ飛ばされたイヴァンをストレッジが触手で受け止めた。


「まさか、本当に……」


 立ち上がるレオの姿を見て、ストレッジの目が見開く。


 レオの青い髪は青白く光り、目は変わらず魔物の物と化している。


 しかし、その表情は、目に宿る光は、元のレオ・ロベルトの物へと戻っていた。


 その顔を見て、涼が泣きながら安心したように笑う。


「てめぇ、ようやく起きやがって……遅いんだよ!」


 見た目が変わっても、変わらず接してくれる友達の肩にレオが手を置いた。


 レオの魔力により、涼の傷が治っていく。


「ごめん、迷惑かけた」


「気にすんなよ、後はリーナ達も」


 涼の言葉にレオが頷き立ち上がり、ストレッジ達が居る方を向く。


 金の瞳が怒りに燃え上がった。


「許さない、お前達は!」

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