12-5 告げられた真実
イヴァンの指から離れ落ちた瓶が地面に当たり割れ、中にあった水が外へと弾けた。
瞬間、その水から無数の触手が現出した。
その触手は幾つも絡み合い、人のようにも思える形を模っていく。
頭の部分に当たる場所に、金色の瞳が輝いた。
同時に世界が書き換わるかのような衝撃が空間に走り、周りの人々が血や嘔吐物を吐き出し苦しみ倒れていく。
それはレオやラウロ達も例外ではなかった。
自分の体が腐り落ちるような感覚、焼け爛れるような感覚、何かに這い回られ蝕まれるような感覚。
幾つもの苦しみが体を駆け巡り、混ざり合い、体に実際に受けているダメージも合わさって立つ事すらままならない。
リーナが状況を打開しようと手を上げるが、自身の腕を見て悲鳴を上げ、頭を抱えて蹲ってしまう。
人々の苦しみの声が木霊する中で、涼だけは一人無事であった。
何だ、何が起こったんだ?
周りの皆は呪いの空間に入ったときの様な火傷が出来始めている。
だが辺りは暗くなってはいない、それに俺の知っている呪いはエイミーやラウロさんの加護を一瞬で破り、ここまでの苦痛を与える物じゃない。
これは……あの触手野郎の能力!
「てめぇ何もんだ!何をしやがった!!」
剣を構えて蠢く触手へと叫ぶ。
触手の顔にある光がこちらを向いた。
「おやおや、何やら元気な方が残っているようですね」
ゆったりと余裕のある声と共に向けられた光を見ると、頭の中がぐらりと揺れて思わず前へと倒れそうになった。
「くっそ!」
寸前の所で剣で身を支えて何とか踏みとどまる。しかし頭の中に渦巻く不快感は無くなっていない。
「報告に聞いておりましたが、本当に貴方には完全な効果を望めないようですね」
感心するように触手が頷いている。
本当に何なんだこいつは……この力は……
「おー、そうでした大変申し訳ない。私の自己紹介をまだ行ってはおりませんでした」
思考を読み、わざとらしい態度でこちらに頭を深々と下げる。
「私は世の支配者たる魔王様により作られた四天が一人、ストレッジと申します。以後お見知りおき下さい」
四天。予想はしていたが、その名前に剣を握る手が強くなる。
どうする、イヴァンはこの空間の影響を受けていないようだ、なら状況は二対一。
元から状況は悪いのに、これじゃ最悪だ。
「そう怯えないでください、貴方にはまだまだ多くの利用価値があります。どうか剣を収めて大人しくしては頂けませんか?」
「嫌に決まってんだろ!」
無駄に丁寧な口調で喋るストレッジの言葉を突っぱねた。
それにまたもわざとらい態度でストレッジが溜息をつく。
「それでは仕方ありません。イヴァン、あの方を捕らえてください」
「分ってるよ」
ストレッジの言葉に答えてイヴァンが迫る。
やるしかない!
イヴァンに向かって魔法陣を構える。呪いに近い空間内だが、魔法は問題なく発動した。
魔方陣から炎の槍が噴出してイヴァンへと放たれる。
「そんなもの、俺に通用するものか」
イヴァンがかざした手に浮かぶ闇が炎を消滅させる。
打ち消すでも、破るでもなく、言葉通り炎は暗い闇に飲み込まれて消え去った。
先程のラウロの斧もそうだった、触れたら消滅する魔法か……厄介にも程があるな。
距離を開ける必要も、周りが倒れた人で大量な状況を抜け出す必要もある。
そう思い後ろに引こうとした時、再び大きく頭の中が揺らいだ。
天地がひっくり返るような感覚に陥り、その隙にイヴァンが迫る。
「くそっ!」
前後不覚な状態で剣を振るうもあっさりと弾かれ、イヴァンに顔面から地面に叩きつけられた。
起き上がることを許さず、イヴァンが涼の腕を捻り上げ頭を地面へと押さえつける。
「こんな奴相手に助けなんて必要ない」
「そうですか、それは失礼しました」
ストレッジの強く光っていた瞳の輝きが元に戻った。
「さて、私達はレオ・ロベルト、貴方に用があって来ました」
ストレッジがぬるりとレオの元へと近付く。
「どうでしょうか、私共と共に魔王様の下へと来ては下さいませんか?」
「断る!」
身を裂く痛みと、形容しがたい不快感の中であっても、レオはハッキリとそう答えた。
「いえ、貴方は来ます。そうとも来ますとも。貴方はその運命の元に作られた存在なのですから」
「作られた……?」
ストレッジの言葉にレオが聞き返した。
「そうですとも、貴方は魔王様の体の器となる為に私が作成した魔導生物です」
その言葉にレオが息を呑む。
そして、その言葉と同時にストレッジがほんの少しだけ呪いの力を弱くした。
これから語る真実をこの場の人間達に良く知らせる為に。
「作られた?そんな事嘘だ!僕には父さんも母さんもちゃんと」
「あれは私が受胎させた母体に過ぎません」
レオの言葉を遮りストレッジが真実を語っていく。
「目覚めた魔王様が使っておられる仮の体は、何時朽ちてしまうか分らない代物でした。故にその替えとなる体が必要だったのです。しかしその体の作成は困難を極めました」
その苦労を表すようにストレッジが自身の額に触手を当てる。
「幾つもの魔物や人の体を試すも、魔王様の力に耐え切る器を作り出すことが出来ませんでした……しかし、私は気が付いたのです、今の魔王様の体を使い同等の力を持った個体を生み出せば良いのだと」
大げさに顔を上げて目を輝かせた。
「そう思い立った私は幾つもの実験と失敗を重ね、遂に人の母体を使うことで一つの成功品を作り出すことが出来ました。それが貴方なのです」
手の様な形に纏まった触手をレオへと向ける。それをレオは呆然と見ていた。
「ですが事は簡単には行きませんでした。人の胎内を使ったからでしょう、出来上がった個体は想定よりも遥かに弱い力しか持たず、魔王様の器を作り出す計画は失敗に終わり別の計画へと移って行きました」
「本当に残念です」とストレッジは首を振り、「しかし」と顔を上げる。
「貴方は自身の成長と戦いの中で、魔王の器になれる程の力に目覚めました。その力は人を世を滅ぼす力、他を許さぬ絶対の力、私達と共に来ずとも必ずや貴方は世界の敵となるでしょう」
「そんな事、そんな事を僕は」
「決めるのは貴方ではありません、世界がそれを決めるのです。貴方の力を受け入れれる方がどれだけ居ますか?貴方の力の暴走を恐怖しない人が居ますか?」
ストレッジ言葉に呼応するように周りの人々がレオの力に対する不安に、恐怖にざわつき始める。
これは人々の真実の心ではない。
ストレッジの言葉と、放つ狂気の呪いによって歪められた猜疑心である。
だがそれが分るのはストレッジのみ、人々の疑いの声は次第に大きくなっていく。
「あがぁ……!」
その中でリーナが強烈な頭痛に呻いた。
自身の心を誰かが使おうとしている、それが意識を塗りつぶすような激痛を生み出している。
違う……アタシは……そんなつもりじゃ……!
「アタシは知ってた……レオが……化け物だってことを……」
痛みに呻きながら出る告白に、レオの目が開く。
「調べて……知って……言わなかった……アンタの……力が……恐ろしい……から」
それはリーナの本心ではない。
確かにこの事実をレオには言い出せなかった。
しかし、言わずに心の中に背負ったのは彼が何者であろうと傍に居ることを決めたから。
決して恐怖に怯えて黙り続けただけではない。
それをストレッジの力によりレオへと歪め伝えられた。
「どうです?貴方の仲間も本心では貴方の事を恐れている、貴方に人と進む道は残っていないのです」
これはレオの心を折るためのストレッジの策である。
だが、それが逆にレオの心を奮い立たせた。
レオの体から魔力が噴出し、瞳の色が金色に変わる。
体が粉々に千切れ飛ぶような痛みに耐え立ち上がり、ストレッジの胴体へと剣を突き立てた。
「なんと」
「リーナはそれでも僕と一緒に居てくれると言った」
既に彼女の本当の心は受け取っている、迷う事など何もない。
「僕の進む道はもう決まっている!お前達の言う事を聞くつもりは無い!!」
突き刺した剣を振り上げ、ストレッジを真っ二つに切り裂く。
その二つに裂かれた状態のまま、ストレッジは賛美の声をレオへと送った。
「素晴らしい、この状況下であってもこの力、これが人の言う愛なのですね」
言葉と共に無数の触手と、魔方陣から放たれる水の弾丸がレオを襲う。
それをレオが打ち払い続けるも、呪いにより本調子でない体と手数のみを重視した攻撃によって、一本の触手が頭部へと巻きついた。
巻きついた触手を切り裂こうとした腕の力が抜けていく。
「なに……が?」
「貴方の力は実に素晴らしい、それを支える心も。ですが私共の求める物と少々違いますので、貴方の心を作り直させて頂きます」
更に触手が巻きついていき、レオの心が記憶が消されて書き換わっていく。
「やめろ!……やめろぉ!!」
自身が失っていく恐怖にレオが叫ぶ。
その叫びを聞いて、涼が頭を押さえつけるイヴァンの腕を根性で持ち上げて叫んだ。
「レオ!負けんじゃねぇ!お前の中に生まれた心は、17年の思いは、そんな奴に消されて良いものじゃない!!」
涼の叫びに呼応する様にレオが最後の力を振り絞り、触手を引き千切りもがいて行く。
「凄まじい力です、もはや指先すら動かせない状態でもこれ程とは。ですがどれ程力が強くても、心を守ることは出来ません」
その涼の叫びとレオの抵抗をストレッジがせせら笑う。
「たかが17年、何と脆い」
レオの悲鳴と共に体が揺れて力を失った。
「ふむ、これで完成ですね。いやはやここまで苦労しました」
触手をレオの体から離していく。
最初レオの体は力なく崩れたが、ゆらりと立ち上がり直立した。
「名前は何にしましょうか……そうだレオと言う名前はどうでしょう?貴方にピッタリな名前だと思いますよ」
「エー、オー?」
ストレッジの言葉にレオの体が呻くような声で答える。
「おや、言葉が話せないのですか。ですが心配ありませんよ、直ぐに話せる様になります。それでは貴方に最初の役目を与えましょう、あの少年が貴方の敵です」
そうストレッジから言われ、涼の方を向いたレオの顔は魔物の顔になっていた。
黒く禍々しく変色した目と、人の物とはかけ離れた形に変わった金色の瞳。
殺意を剥き出しにした表情に嘗ての少年の面影はない。
「ほら、行ってやれよ。友達なんだろ?」
涼を上から抑えていたイヴァンが笑いながら退いた。
涼がふら付きながら立ちあがる。
「嘘だ、レオが、こんな」
「オオオオオオオオオ!!」
レオの体が獣の様な咆哮を上げて涼へと襲い掛かった。
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