10-8 勇者が生まれた日

 目覚めはまたベッドの上だった。


 寝ぼける顔に手をやると、右手が元に戻っている事に気が付く。


「はっはっはっ、よろしく、三代目」


 目の前で右手をプラプラとさせながら一人で笑う。


 ベッドから立ち上がり窓から外を見ると、人で賑わう花の都ヴィットーリアがあった。


 人々の声と、行き交う音を聞いて自然と涙が出てきた。


「勝ったんだな、俺達は、勝ったんだ」


 その光景を見て勝利の実感が胸に湧き上がった。


 病室で同室になっているレオとリーナが見当たらなかったので、病室を出て病院内を歩いていく。


 怪我人で人は溢れていたが、皆は勝利の笑顔を浮かべていた。


「リョウさーん」


 歩いているとエイミーがパタパタとこちらに走ってきた。


「お体の方はもう大丈夫ですか?」


「おかげ様でな、他の皆は?」


「レオさんとリーナさんは今はお出かけしてますね、バルトロさんやラウロさん達は病室に居ると思いますが、会いに行きますか?」


「二人とも無事だったか、良かった。よし、会いに行こうか」


「はいっ」


 エイミーがこちらの手を引いて二人の下に案内してくれる。


「よぉ!二人とも元気してたか?俺はこの通り死にかけだけど何とかなってるぜ」


 案内された病室でラウロがズタボロの見た目と反して元気に騒いでいた。


「死にかけって風には見えませんが」


「何だと!?嬢ちゃんも言ってくれよ、俺は本当に死にそうだったんだからな!」


「まぁ……本当に重症だったのですが」


 ラウロから言われてエイミーはちょっと困った風に答える。


 しかし、ラウロはそれを気にするつもりもない。


「だろう?なのにこいつは酷いガキだぜ」


「何にせよ、元気そうで良かったです」


 この元気っぷりはこちらを励ましているつもりだろうか……いや、そうでも無い気がする。


「自分もこうやって運良く生き延びる事が出来ましたが、本当に厳しい戦いでありました」


 横のベッドで同じくズタボロになっているバルトロが寝転がったままで居る。


「本当にな、あのレオって奴やべーよな。あー、俺も最後の戦い見たかったぜ」


 バルトロの言葉にラウロが口惜しそうにぼやく。


「くっそ、兵の話だと空前絶後の超激戦だったらしいのに見逃すなんてよー……はぁ」


「確かに見ておきたかったですなレオ殿の戦いは。しかし四天を倒したのもあって、今度の式典は大きく盛り上がりそうですな」


 ん、式典?


「式典って、何かあるんですか?」


 聞くとバルトロが笑顔で答えてくれる。


「レオ殿の授与式とその式典ですね」


「元々五本槍としての授与式は予定されてたんだが、四天の一人まで倒しちまったからな。これは大きな式になるぜ」


「あれ無くなってはなかったんですね。そうだよな、四天まで倒したんだし、レオはすげえな……」


「何か他人事みたいに言ってるけどよ、お前も出席するんだからな」


「え?何で俺達まで」


 ヴィットーリアに来る前までの予定では授与式はレオだけが参加する予定だった筈だが。


「あの巨大ドラゴンを倒したのは間違いなくお前だしな。それに国的にも異世界人が一緒に戦って戦果を収めたって話をアピールして、何で四天が突然来たのかってのを有耶無耶にしたいんだよ」


 そうか、戦勝ムードの中でも「何故四天がそもそもここに来たんだ?」という疑問は当然のように上がる。


 ならその疑問を消せるような大きなニュースがもう一つ必要なんだ。


 異世界から来た人が居るってニュースが。


「そうですか……異世界人ってだけの事が皆の役に立てるのなら、俺もありがたく貰っておきます」


「おう、貰っとけ貰っとけ、もっとも称号が与えられるのはレオの方だけだけどな。しっかし称号はどうすんのかね?」


「そのまま五本槍なのでは?」


「でもよぉ四天倒したのに槍の名前をそのまま使うのは特別感が足りないぜ」


 ラウロとバルトロの会話の間にエイミーが「あのー」と手を上げる。


「その槍って言うのはどのような由来があるのでしょうか?」


「ん?あーそういやお前等は俺の名前も知らないって言ってたな」


 エイミーの質問にラウロが答えていく。


「あー、そもそもは30年前ぐらいから何度か起ってたドニーツェって国との戦争の中でイサベラの槍って呼ばれた初代が始まりで、それに並ぶ者って事で10年前ぐらいにバルトロが二本目、それと同時期に活躍していた俺が三本目、んで最近なった……アンナはそういやこっちには来るのか?」


 思い出したようにラウロがバルトロに聞いた。


「四天の一人が倒されたのもあってか魔王軍の動きが小さくなっているようですし、恐らく式典には来れると思いますよ」


「そうか、そりゃ良いことだ。んで、そのアンナってのが四本目って訳だ。槍ってのはあくまで初代がそうだったから俺達もそう名乗ってるだけで、俺とアンナは別に槍使いって訳じゃない。それに初代に並ぶって意味もあるから、それを越えてるレオは別の称号を与えられるんじゃねぇかなってのが俺の考えだ」


「なるほどー」とエイミーが感心してラウロの話を聞いている。


 この反応を見ても改めて思うが、本当にこういう英雄談みたいなのを他に広める文化ってのが無いんだな。


 俺が居た世界なら時代的に昔だったとしても、田舎だろうと広まっていてもおかしくない話だろうに。


 しかし、その国の英雄を越える称号をレオは貰うのかもしれないのか……


 その称号の名前はもう決まっているのだろうか?




 レオとリーナは墓地へと来ていた。


 そこにはサヴォーナ砦と、ヴィットーリアでの決戦で亡くなった多くの人が眠っている。


 レオはその墓の名前を一つずつ見て行った。


 墓の中には空っぽの墓標もある、これからも数は増えていく、ここに刻まれた名前を全て覚える事は出来ないだろう。


 それでも一つずつ名前を確かめて祈りを捧げていく。それにリーナも付き合っていった。


 自分がこの全てを背負うなんて言うのは只の傲慢な自己満足なのだろう。


 でも、これが僕が進むと決めた道だから。


「そろそろ一度戻りましょうか」


 日が暮れ始めた頃にリーナがそう言った。


「うん、そうだね。また明日に」


 レオが立ち上がり一度礼をして、リーナと共に帰って行く。


 帰って行く途中でふと振り向き、広がる墓地を見た。


 自分が原因で起った戦いの結果、自分が背負うと決めた物の大きさを実感する。


 自分が居なければ皆死なずに済んだのではないか、自分がもっと早く力を出せていれば皆を助けられたのではないか、そんな感情が渦巻いた。


「リョウも、こういう気持ちだったのかな……」


 嘗て涼が戦う事を決意した時も、この誰かの死を背負う事を決めたのだろうか。


「多分ね。泣いて、泣いて、それでも逃げないって決めてた」


「そうか……凄いな」


 心からそう思った。


 今の自分には力がある。共に背負ってくれる人も居る。


 そのどちらも持っているから、ようやくこの道を進む事が出来た。


 彼はそのどちらも持っては居なかった。


 ただ迷い込んだ世界の中で、偶々自分に起った現象が原因で戦いの中に巻き込まれていった。


 それなのに、それなのに彼は逃げる道を選ばなかった。


 本当に凄いと心から思った。


 あの異世界から来た友人が決意した物と同じような道を歩きたいと、そう思った。


 


 ケーニヒとの決戦から二週間が経った。


 今日は遂に式典の日、俺とレオの希望でリーナとエイミーも式典に参加する事になった。


 俺達は国の方から式用の服を渡されてそれに着替えている。


 俺とレオは軍の礼服、リーナもそれに近い物に何時ものマントを羽織り、エイミーは教会の礼服を着ていた。


「そのマントって式の時にも着けるんだな」


「当たり前よ、これは一流の魔法使いの証でもあるんだから。どっかの誰かさんもこれを着けて式には出るはずだったんだけどね」


 どっかの誰かさんたる俺はその言葉にバツが悪そうに目を背けた。


「別にアタシは気にしてないけど、別に折角直したマントが粉々になって、修復すら出来ない一からやり直しになっても気にしてないけど」


「本当に済みませんでした」


 リーナの言葉に即刻土下座する。


「はー……確かにあれでレオもアタシ達も皆助かったとも言えるけど、失敗した時とか、成功してもその後のアンタ自身の身の安全とか色々……まぁ良いわ、次にまたやったら本当に、絶対に、アンタのマント作ってあげないんだからね」


「はい!心に刻み付けます!」


 リーナが前に聞いたのと似たような言葉に、仕方ないかと言った溜息を付く。


 しばらく部屋で待っていると、係りの人から式が始まると案内された。


 当初は城内で行われる予定だった授与式は、戦勝式典等と込みで城の外で行われる事になっていた。


 青空が広がる城の前の広場にて、クラウディオ王が先の戦いによる犠牲者への弔いを終え、勝利の演説をしていく。


 それは四天を討ち果たした偉業を成し遂げた少年と、異世界より来て共に戦った少年の話。


 何よりも強く、何よりも気高く、四天の力に立ち向かい勝利した少年。


 異世界より来て、地を揺るがすドラゴンを打ち倒した少年。

 

 それに観衆は歓声を上げた。


 演説が終わった所で俺達4人の名前が呼ばれ、王の壇上の前へと向かい横並びに跪く。


 一人ひとりに王が謝辞を述べていき、レオの番となりレオは一人列から前に出る。


「レオ・ロベルト、四天を打ち倒しこの国を救ってくれた事、千の言葉を使っても感謝はしきれない。だが一つの言葉を言わせてくれ、本当にありがとう」


 王の言葉に再び歓声が上がる。それを王が手を上げて止めた。


「そして今日はイサベラを救ってくれたレオ・ロベルトに、私から称号を与えようと思う。しかし、彼の偉業は最早イサベラの槍の名では収まらないと私は感じた、よってここに新しい称号を作ろうと思う。さて、何と言う名が最も相応しいであろうか」


 王が考える、しかしこれはあくまで考える振りである。既に授ける名は決まっている。


 だが涼はその様を見て、思わず手を上げてしまった。


「陛下、一つよろしいでしょうか」


「ん、何かね?」


 しっまったあああああああああああ!なぁにが「よろしいでしょうか」だよ!?


 しかし、もう手は上げてしまった、それに応えられてしまった、もう言うしかない。言ってしまえ!


「自分の居た世界に、この様な偉業を成した人に相応しい名があります」


 王はそれを聞いて少し考えた。


「……それは何かね?」


 一つ深呼吸をして答える。


「自分の世界ではこれを、勇者と呼びます」


「ユウシャ?」


「はい、勇気と言う巨大な力や恐怖に立ち向かう心を持った、誰かの希望となれる強き人と言う意味です」


 王は再び考える。


「勇気、その言葉は四本槍の二人から聞いている。正にその言葉は自分達に勇気を与えてくれる言葉だとな。勇気……勇者か……」


 王は考え頷いた。


「私が考えていた名よりも相応しい名だ。よろしい、ではイサベラ国王クラウディオの名の下に、レオ・ロベルトをこの世界最初の勇者の称号を授ける!」


 王の言葉を聞いて壇上の横に居たバルトロが立ち上がった。


「勇者レオ・ロベルト誕生に拍手を!」


 その言葉に空へと届く大きな拍手が鳴り響いた。


 立ち上がるレオへと、王が勇者としての勲章を胸に付ける。


 王と勇者が握手を交わし、大歓声が巻き起こった。


 この国の皆が、この世界初の勇者の誕生を祝福している。


 嬉しかった、誇らしかった、正に夢に見た光景が今、目の前で起こった。

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