10-9 旅路の一区切り

 授与式が終わった後は城の中で目まぐるしいパーティが始まった。


 軍服からパーティ用の服に着替えて、城内の豪華絢爛な部屋へと案内されると、勇者であるレオと異世界人である俺は色々な人に引っ張りだこにされた。


 ありとあらゆる人の紹介を受けて、質問攻めにされて、気が付けば夜になっていた。


「うへー……疲れたー……」


 何とか解放されて適当な飲み物を受け取り、ベランダへと出て手すりにぐったりと寄り掛かる。


 少し遅れてレオもベランダへとやってきた。


「なんか、お互いお疲れ様って感じだな」


「本当にね……」


 レオはレオでもみくちゃにされたのだろう、疲れた顔を浮かべている。


 その顔を見て笑って前を見ると、城の外に勝利の祭りで賑わう夜の都があった。


「勝って本当に良かったな」


「うん、守ることが出来て本当に良かった」


 城内で流れ始めた音楽を聴きながら、しばらく街並みを眺める。


「リョウはさ、勇者になるのが夢だったんだよね?」


 眺めているとレオがそう聞いてきた。


「そうだな」


 街の光を見ながら答える。


「……僕が勇者の名前を貰って、良かったのかな」


 少し気まずそうにレオが言う。


 その言葉を聞いて、レオの方を向いた。


「言ったろ、俺は勇者にはなれなかったんだ、その夢はお前に勝手に託したんだ。それに勇者の称号は王様を介しただけで俺が名付けた様な物だしな」


「だからさ」と笑顔で続ける。


「気に入ってくれると俺は嬉しい」


「そうか……うん、ありがとう。リョウが付けてくれた名前に恥じないように頑張るよ」


「おう」


 話していると「レオー!」とリーナがやって来た。


「居た居た、ちょっと一人だと大変だから一緒に着なさい」


 そう言うリーナは瞳の色と同じ紅い綺麗なドレスを着ている。


「何かあったの?」


「どうもこうも、色んな人から話しかけられてウンザリしてきたの。アンタが一緒ならちょっとは減るでしょ」


 いや多分倍以上に増えるんじゃなかろうか。


「という事で持っていくけど良い?」


「何で俺に聞くんだか」


「話してる途中かと思ったから聞いたのよ、良いなら連れて行くわね」


 そう言ってリーナがレオの手を握り、レオには問答無用で連れて行く。


「俺もそろそろパーティに戻ろうかな」


 そう呟き、持って来ていたグラスの中の飲み物をぐいっと飲み込む。


 飲み込んだ喉が熱くなり、ゲホッゲホッと咽こんだ。


「うわ、何だこれ酒か?」


 グラスの匂いを嗅いで見ると酒の匂いがする。


 適当に持って来たものではあるが、ウェイターから受け取ったものだったから酒だとは思わなかった。


「未成年に酒を渡すなよ……いや、この国だともう飲んで良い年齢になるのか?」


 突然のアルコールに頭がくらくらとする。


「もうちょっと外に居るか……」


 頭に手をやり、手すりにもたれ掛かって城の中を見た。


 そこは煌びやかに着飾った人々が笑い、語らい、踊っていた。


 ふと、その世界が別世界のように見えた。


 いや、確かに俺が居た世界とは別の世界なのだが、俺に相応しくない世界に思えた。


 勇者と仲間達の宴。


 レオとリーナはそこで笑っている、バルトロさんやラウロさん達は色々な人と語らっている、エイミーは誰か端正な容姿の男性と少しふら付いたダンスを踊っていた。


 一人ベランダに居る俺とは、とても遠い世界に思えた。


「なーに、考えてるんだか……」


 一人で勝手にベランダに出て休憩してるのに、何を悲観ぶってるのか。


 酒のせいかもしれないなと思い、しばらく頭を抱えながらベランダで夜風に当たっていた。


「リョウさん、大丈夫ですか?」


 気が付くと、同じく瞳の色に合わせた蒼いドレスを着たエイミーが心配そうにこちらを見ていた、隣には先程踊っていた男性も居る。


「ああ、いや大丈夫。それでその人は?」


 聞かれて男性が答える。


「私はロレンツォ・アポローニ、先程までエイミーさんのダンスのお相手をさせて頂いておりました」


 丁寧に男性が頭を下げた。


 雰囲気から何となく良い人なんだろうなと思う。


「それで何か俺に用ですか?」


「いえ、エイミーさんが貴方を探しておられまして、見付けた序でに私も一目お会いしたいと思いまして」


 興味本位、まぁ別に不思議な事ではないな。こっちはさっきまでその好奇の対象だったのだから。


 でも、酒が入っているからだろうか、一つ彼だからこそ聞いてみたい事があった。


「ごめんエイミー、やっぱり気分悪いみたいだから水と酔い止めの薬を貰ってきてくれないか?」


「分りました、直ぐに持ってきますので待っていて下さい」


 そう言って、エイミーが急ぎ足で薬を取りに行った。


「どうされましたか?」


 ロレンツォが聞いてくる。


「なあ、あんたは俺がここに居て良いと思うか?」


 ロレンツォは発言の意図を考えてから答えた。


「リョウさんはここに居るのに相応しい人物だと思いますが」


「でも俺は異世界人だ、ここに居なかった人だ、多分居なくても関係が無い人なんだ。俺が居なくても多分あいつらは人々に認められてここまで辿り着いたんだ」


 何故か今日はそんな口が回る。


 それを聞いてロレンツォが聞き返してきた。


「逆に聞きますが、何故貴方はそんな重要な事を私に問いかけたのですか?」


 聞かれて、その言葉に答えられなかった。


「私には異世界から、故郷すらない世界に辿り着いた貴方の気持ちを理解する事は出来ません。それを私に聞いたのは恐らく情の挟まない客観的な意見を求めたからでしょうが、私からは上辺だけの答えしか言えません。その答えは貴方はここに居るのに相応しい人物、それだけです」


 チラリとロレンツォが後ろを振り向いた。


「貴方の問を真に答えられる人は別に居るはずです」


 そう言ってロレンツォは優雅に礼をして、俺の正面から体を横に退けた。


 ロレンツォの後ろには、薬を持って走るエイミーが居た。


「お待たせしました……あの、大丈夫でしょうか?」


 手渡そうとした薬を受け取らない俺を、心配そうにエイミーが覗き込む。


「あ、いやごめん。ちょっとぼーっとしてた、ありがとな」


 エイミーから水と薬を受け取り、飲む。


 もやもやとしていた体がスーッと静かになる感じがした。


「気分が悪いのでしたら、お部屋に戻って休んでいた方が」


 心配そうに、少しだけ残念そうにエイミーが言った。


「いや、エイミーのお陰で元気になったよ。よっしパーティの続きを楽しむか」


 そう室内に戻ろうとすると、エイミーが何故か前に出て道を塞いだ。


 塞いだエイミーの顔が赤く恥ずかしそうに染まる。


「え、えっと、あの」


 何度か言いよどんだ後に深呼吸を一度挟む。


「私と踊ってくれませんか?」


 そう言ってこちらにエイミーが手を差し伸べた。


「俺と?」


 その手を見て、そう聞いてしまった。


「迷惑だったでしょうか?」


「あ、嫌って訳じゃ」


 そうしどろもどろに答えると、ロレンツォが「こほん」と咳払いをした。


「リョウさん、このような時に女性へ恥をかかせる物ではありませんよ」


 そう言われていまいエイミーの手を受け取る。


「よろしく、お願いします」


「はいっ!」


 エイミーが笑顔を浮かべて俺の手を引いていく。


 俺はダンスは殆どした事がなかったし、この流れる異世界の曲も当然知らなかったが、エイミーがそれを優雅にリードしていく。


「踊り、上手いんだな」


 言われて少し気恥ずかしそうにエイミーが笑う。


「この日の為に、練習しましたから」


 練習したと言うだけあって、本当にこちらをリード出来るほどに上手だった。


「だけど、さっき見たときは妙にフラフラとしていたような」


「あれはリョウさんの事が何処に居るのだろうと気になってしまってて……」


「俺を探して?」


「はい、折角誘ってくださったロレンツォさんには悪い事をしました」


 申し訳無さそうな顔をした後、気を取り直して踊りを続ける。


 異世界の曲の中を優しく連れて行ってくれる。


「俺は、この世界に居ても良いのかな」


 俺と踊ってくれるエイミーにそう聞いた。


 その問にエイミーは優しい笑顔で答える。


「良いに決まってます。リョウさんが居たからこそ広がった私の世界です。始まった私の、いえ皆の旅です。これからも私達の世界を、私達の旅を、一緒に歩いていきましょう」


「……ありがとう」


 俺達の世界か……


 少女に手を引かれ一緒に踊っていく、少年が生きていく世界の曲の中で。




 宴も終わりに近付いて来た頃、レオとリーナは中庭へと出ていた。


 空には星と二つの月が輝いている。


 それを見て「うーん」とリーナが大きく伸びをした。


「なんかアタシ達も思えば遠くに来たものね」


「本当に、色々な事があったね」


 距離もそうだけど、本当に色々な事があった旅だった。


 そしてこれはまだ続いていくのだろう。


「リョウに出会って、エイミーに出会って、他にも色々な人に出会って、色々解決したり戦ったりしてる内に、今ではレオは勇者様か」


「様は付けなくても」


 その言葉にリーナが「ニシシ」と笑う。


「良いでしょ。アンタは皆の勇者だけど、アタシにとっても小さい頃から勇者、ならアタシからはちょっと特別に勇者様」


 屈託の無い笑顔をしながら言うリーナを見て、レオが恥ずかしそうに頬を掻いた。


 指を後ろに組んでゆっくりとリーナが歩いていく、それをレオも後ろから付いて行く。


「アタシね、正直言うとアンタの事が小さい頃は怖かった。助けてくれたけど、その力が怖かった」


 歩きながら振り向かずに話していく。


「でも、もうちょっと頑張ろうって思った、アンタを一人にしたくないって。多分一人のアンタを見るのがアタシが嫌だったからとかそんな理由で」


 噴水の前で立ち止まりレオの方へと振り向いた。


「また一緒に遊んでいるうちに、これからも一緒に居られるようにアタシも同じぐらい強くなろうと思った。その時から……いえ、もっと前からだったのかも、アタシがアンタの事を」


「リーナ」


 話す言葉をレオが名前を呼んで遮った。


 遮った意味を分っているリーナが「なあに?」と聞いて静かに待つ。


 一つ呼吸を置いて、レオが伝えたい事を伝えようと顔を上げる。


「ここからは僕が先に言っても良いかな?」


「うん」


 また呼吸をおき、脈打つ心臓を落ち着かせようとするが、鼓動は速まったままだった。


「僕は小さい頃に一人になっていくんだと思ってた、何となく自分が他の人とは違うと思ってから。でもリーナそんな僕を外に連れ出した、あんな思いをさせてしまったのに、それでもまた傍に居てくれた」


 ずっと傍に居てくれた人が、今も変わらず目の前に居る。


 今こそ思いを伝えよう、一度失敗してしまった告白を。


「リーナ、君は僕の大切な人だ、僕の心を、居場所を作ってくれた人だ……いや、これは違うな」


 色々と伝えたい事はあった、考えても居た、でもこの場には必要ないと思った。


 だから、


「僕は、君の事が好きだ」


 そう伝えた。


 その言葉にリーナがこちらに優しく抱きついた。


「アタシもレオの事が好き。……ううん、覚えてない、何時の間にか好きになっちゃってた」


 自分の胸の中で告白するリーナを抱きしめる。


 彼女が顔を上げて、二人が見つめ合う。


 静かにその目が閉じた。


 それに応える為に顔を近付け……大切な、大好きな人へとキスをした。

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