7-3 荒れる海
船は大きく揺れている。
突然出現した島のせいか、大きく海が荒れているせいだ。
船内は慌しく船員の人たちが走り回っている。
俺達が待機している部屋では、リーナが一人この波に完全にノックアウトされていた。
「具合は良くなりませんか?」
エイミーがリーナに回復魔法を掛けている。
しかし船酔いにはあまり効果が無い様で、大丈夫だととリーナが振る手はとても弱弱しい。
今にも吐いてしまいそうな顔をしてリーナがベッドに寝ている。
「なにか酔いを止める魔法とかないのかな?」
レオに言われて持っている魔法の本を読んでいるが、船酔いに効く魔法は見当たらない。
一応船医の人から薬は貰っているのだが、様子を見るにあまり効いていないようだ。
「まさかリーナが船苦手なんてな」
「流石に揺れが強いってのもあるのかもね」
船は未だに大きく揺れている。
最初は船に乗るという事で一同楽しみにしていたが、この調子だと楽しむ余裕はあまりない。
「島にはどの位で着くのでしょう?」
エイミーが心配そうにリーナの額の汗を拭って行く。
「船長に聞いてみても、この海の調子じゃ解らないってのが答えかもな」
にしてもこれは荒れすぎじゃなかろうか、出航時はここまで大きな波は起きてなかった筈だが。
考えていると部屋のドアをノックする音が鳴った。
「俺が出るよ。はーい」
返事をしてドアを開けると船員の人がドアの前で立っていた。
「捜査協力の方ですね。船長がお呼びしておりますので少しお時間の程を」
何かあったんだろうか。
レオ達はリーナの看病の為にも残ってもらい、船長の下へと向かう。
「突然呼んですまんな、俺はこの船を任されているダニロ・マルティニだ。出航前に一度あいさつはしたが改めてよろしく」
屈強な船長がこちらに握手を求めた。
「涼 真田です。こちらこそよろしくお願いします」
その握手を握り返す。
「ほー、変な名前だな。まぁ良い、それで呼んだ要件なんだが見ての通り海は荒れ放題になっている。これは俺達が海に出てから起っている事だ」
ダニロさんが海図広げて行く。
「島が出現したのはここ、しかも結構な大きさの島が出現してやがる。普通ならそれだけで大波が起きてもおかしくないのが、島は元からあったみたいに海に影響は与えていなかった。それで調査してみようと海に出たらこの有様だ、お前さん達は何か島に呼ばれてるんだろう?何か解る事はないのか?」
「解る事……最初に市長に話した、城がある島に呼ばれているって感覚があるって事位しか俺達には解りません」
「何か、何でも良いから無いのか?呼んでいるのはどんな声とか、どうやったら行けそうだとか」
言われて考えてみる。
島に行く方法は解らないが、呼ぶ声なら
「呼んでいる声は女性の声……みたいな感じかな」
「女性の声か……うーむ、それだけか?」
「すみません、それだけです」
「いや、謝る事ではねぇさ。しっかしこの荒れようはどうすっか……おっと、時間を取らせて済まなかったな、部屋に戻ってもらって大丈夫だ」
役には立てなかったな……まぁ航海は門外漢も良い所だし船長達に任せて部屋に戻ろう。
戻る途中で船が一段と大きく揺れた。
歩く道が斜めになり近くの手すりにしがみ付く。
「行き成りなんだ?」
異様な揺れに甲板へと駆け出す。
外に出ると船をの行く道を遮るかのように、船の倍以上はある巨大な水の怪物が立ちふさがっていた。
触手が伸びる不定形の顔と、悪魔の様な翼を広げている怪物だ。
異変に気が付きレオも後ろからやって来た。
「あれは、いったい!?」
「敵か味方か言うなら、敵だろうさ!」
怪物が猛然とこちらに襲い掛かってきた。
「面舵いっぱーーい!怪物から離れろーーーー!側面向いたら大砲はどんどん撃って行け!!甲板に居る奴で攻撃できる奴も全員でだ!!」
ダニロ船長が指示を飛ばし、帆に大きく風がうねり船の進路を変えていく。
あのデカブツ相手に何処まで通用するかは解らないが、俺も攻撃に参加しよう。
「リーナ特製マントの力を見せてやるぜ!」
魔力を放出し、マントを煌かせる。自分が思い描いた魔方陣よりも強大な魔方陣が瞬時に展開された。
「こいつはすげぇな、よっし食らいやがれ!」
他の魔法使いと共に怪物に向かって攻撃を放って行く、旋回した船からの大砲もそれに続いた。
幾つもの攻撃が怪物を襲うが、それに怯まず襲い掛かる。
怪物が拳を振り上げた。
「やらせるかよ!」
魔力を練り上げ巨大な魔方陣を作り出す。
「これが今の俺の、全力だ!!」
放った渾身の火球が振り下ろされる拳に直撃し大爆発を起こす。
大きく削り取られた拳が船を覆う防壁に直撃するも何とか防ぎきった。
「やるじゃねぇか小僧!あと100発位連続で撃てねぇのか!?」
「無茶を言うなよ!」
ダニロ船長の叫びに叫び返すが、やるしかあるまい!
狙いは一つ、あいつの魔力の中心部!
「当たれっ!!」
狙いを定め火球を放つ。
怪物の胴がうねり何本もの水の触手が噴出した。
触手が固まり攻撃を防ぐ盾を形作る。火球がそれに阻まれ爆発した。
爆発する蒸気の向こうから触手と拳が防壁を殴打していく。
触手が背からも腕からも噴出し攻撃が更に苛烈になる。
「こいつはマジで化け物じみてきたな」
レオは甲板の上で異形の怪物を見ていた。
自分には遠距離での攻撃方法が無い、奮闘する涼達を見ているしかなかった。
「リーナが居てくれれば」
何も出来ない自分を悔しく思い、口に出た。
「呼ばれたから来てやったわよ」
声に振り向くと、そこにはエイミーに連れられリーナが立っていた。
「リーナ、調子は大丈夫なの!?」
「こうまで激しいと出るものも引っ込んだわ。とにかくアイツをやっちまうわよ」
強気に言うが顔色は大分悪い。
それでも僕が「うん」と言葉に頷くと、リーナはニヤッと笑った。
「あの怪物を仕留めるのは二人にお任せします。船は私達が」
そう言ってエイミーが船長の元へと走って行く。
「チャンスは一回。決めなさいよ」
リーナが体の不調を押して魔法陣を作り出す。
「解ってる。やってみせる!」
エイミーはダニロ船長の元へと走ってきた。
「すみません!すみません!」
波と爆発の音に掻き消えてしまわないようにエイミーがダニロ船長へと叫ぶ。
「なんだぁ!なにかあったか!?」
ダニロ船長がエイミーの言葉に叫び返した。
「今からレオさんとリーナさんがあの怪物を倒します!皆さんには怪物の足止めを!」
怪物を仕留める?
ダニロは一瞬悩んだ、少女の言う言葉に。
だが決断は早かった。
「よぉし本当に出来るんだろうな!?」
「はいっ!」
「ならその言葉を信じるぞ!!野郎共!!今から逆転の一発を市長が連れてきた戦士達が撃つ!!それまで怪物の攻撃を止めろ!!船を沈めさせるな!!!」
ダニロの言葉に涼が振り返った。振り返った先に魔方陣を展開させるリーナが見える。
やれるのか?いや、あいつらならやってくれる!
自身の心にも火が付く。
「レオ達がやるってんだ!俺も負けていられるか!!」
迫る触手に火球を放って撃ち落していく。
「リョウさん!レオさん達が!」
エイミーが横に来た。
「解ってる、俺達が耐え切れば!」
後もう少し!
目の前では激しい戦いが行われている。
リーナの魔方陣を作り出す速度が何時もよりも遅い。
防壁がこのままでは持たない……割れる!
怪物の拳が防壁を砕き、船へと迫り来る。
「負けるかあああああ!!」
涼が吼えた。
同時に放たれた炎の渦が拳に激突し勢いを殺す。
形の崩れた水の塊が甲板に着弾し、船上に大波が起きた。
船が大きく揺れ水飛沫が舞散る。
「レオ、行ける!」
後ろでリーナが叫んだ。
その声に走り出す。
「船長!マスト折ります!」
「なぁに!?ええい、やっちまえ!!」
マストの根を叩き切り、怪物の方へと蹴り飛ばした。
折られベキベキと音と立てて怪物の方へと倒れるマストを駆け上がる。
駆ける先で剣に雷が落ちた。
雷を纏った剣を構え、怪物へと飛び込む。
「雷の刃、受けてみろおおおお!!」
振り放たれた雷が阻もうとした触手をも飲み込み、魔力の中心を上半身ごと消し飛ばした。
残った半身が魔力を失い形を崩し、大きく船を揺らす。
船上で歓声が上がった。
歓喜の船上にエイミーが鎖でキャッチしたレオが戻ってくる。
怪物を一刀のもとに切り伏せた英雄を皆が称えていった。
「ふー……なんとかなった……」
レオの無事を確認した俺は、魔力の殆どを出し切りびしょ濡れになっている甲板に大の字に倒れた。
「お疲れ様でした」
横に座りエイミーが体力を回復してくれる。
「エイミーもお疲れ様」
「いえ、私は……最後防壁も破られてしまいましたし」
「あれは仕方ないさ。相手が化け物だったんだ」
「はっはっはっ!その化け物相手にお前さんも良くやった!」
大きな声で笑ってダニロ船長がこちらにやって来た。
「あの怪物の拳を止めてみせるとはな!」
「完全には行かなかったけど、皆を助けられてよかったです」
「おう!船を代表して礼を言うぞ!」
ぐっとダニロ船長が親指を立てたので、俺も手を上げて答える。
「よぉうしお前等!船を救ったガキ共を褒めるのはその辺にしろ!船の修理!周囲の脅威の確認!仕事は山ほどあるぞ!さっきの戦いで海に落ちた者は居ないか!?点呼の後は仕事再開だ!」
ダニロ船長が周りの船員に指示を飛ばして行く。
船員達にもみくちゃにされていたレオがこちらにやって来る。
「お疲れ」
「リョウもお疲れ。リーナは?」
「うん?」と辺りを見渡す。するとリーナは魔方陣を構えていた場所でぐったりと倒れていた。
皆でリーナの元へと行く。
「大丈夫ですか?」
「あー、ちょっと緊張が緩んだらまた気持ち悪くなっただけ……」
顔色が更に悪くなっているように見える。
「もういっそ吐いちまった方が楽になるんじゃないか?」
「そうかもね……トイレって何処かしら……」
トイレの場所は何処だろうかと船長に聞こうと思ったその時、大きく空間が揺らいだ。
「うっぷ……ほんと止めて……」
揺れにリーナがとても苦しそうにしている。
しかし、俺は頭に響く声に気を取られていた。
「助けてください。今ならこちらに来れる。どうか囚われている魂達を貴方達の手で」
女性の声が頭の中で響く。
「これは、誰の声?」
レオも横で謎の女性の声が聞こえている。
大きな揺れに船員達はざわめいている。
「リョウさん、一体何が?」
頭に響く声の向こうからエイミーがこちらに問いかけるのが聞こえた。
「声だ、声が聞こえる。前に聞いた雑多な叫びじゃなくて、女性から助けを呼ぶ声が」
その瞬間足元に魔方陣が輝いた。
何だと思う間もなく俺達は陣の光の中に飲み込まれて行く。
船の上から4人の少年達が姿を消した。
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