6-9 伝えたい思い

 リーナは部屋に閉じこもってしまっている。


 レオが何か話しかけようとしても、物を投げつけて聞こうともしない。


 キスを拒絶されたのがそれ程ショックだったのだろう。


 別にレオがリーナの事を嫌いだからと言う訳ではなく、単に突然の事に驚いて止めただけなのだろうが、これは受け手がどう捉えるかの問題だな。


 俺とエイミーで市長のシルヴィオさんにはロンザリア討伐の報告を済ませておいた。


 その日は一日リーナは部屋の中に閉じこもっていた。


 部屋から閉め出されたレオは扉の前で立ち尽くしている。


 リーナへの夕食はエイミーが部屋に入り渡してくれた。


 一応は食事は食べてくれているし、このギクシャクとした空気も長くならないと良いが。


 朝になるとリーナは部屋から出てきた。


 何時もと変わらぬように振舞っているつもりの様だが、どうもレオに対しては距離がある。


 今まで良くも悪くも距離が近かったのが、リーナの方から引いて行ってしまっている。


 レオはリーナが始めて見せるのであろう態度に落ち込んでしまっていた。


 朝食を食べ終わりレオに誘われて剣の稽古を始めるが、この調子のレオなら俺でも勝ててしまいそうだ。


「よし、悩みを絶つのに動くのも必要だとは思うが、一度ここは座って話そうぜ」


 持っていた木刀を地面に突き刺しドカッと座り込む。


「話すって何を……」


「お前とリーナの事だ」


 言われて構えていたレオもしぶしぶと地面に座る。


「前提としてまず聞くけどさ、お前ってリーナの事は好きなんだよな?」


 言われて耳を赤くし顔を背けるも、しばらくすると向き直り頷いて答えた。


「じゃあリーナがお前の事を好きだってのは解ってるんだよな?」


 問には答えなかった。いや、答えなかったというよりも、自信が無く答えられないように見える。


「あれだけ一緒なのに、リーナはお前の事が好きだって思わないのか?」


「……一緒に居る事は小さい頃からずっとそうだったから……他に同年代の人は少なかったし」


 話を聞く限りずっと小さい頃から一緒なのは知っている。


 その一緒に居た時間の長さが、レオの「別にリーナは自分に特別な感情を抱いていないかもしれない」と言う思いを作っているのかもしれない。


「じゃあ俺から言うが、リーナはお前の事が大好きなんだ」


「そうかな……そうだと嬉しいけど……」


 レオが顔を赤くして指をモジモジとさせている。


 このレオが何時もの剣を振るい魔物の前に立っているレオと同じとは見えないな。


 まぁそれはさて置き、


「良いか?そのお前の事が大好きなリーナが、突然他の女とキスをしているお前を見たらショックを受けるのは解るだろ?」


「それは、まぁ……何となく。でも、あれは別にやりたくてやった訳じゃ」


「お前の意思は今回は関係ないんだよ!やっちまった事が重要なんだ!」


 言い訳がましいレオに大声で捲くし立てていく。


「仮にロンザリアがお前じゃなくリーナにキスをして、ぐっちょぐちょにして、リーナが「サキュバス様に付いていきます~♡」ってなったらお前は嫌だろ!?」


「それは確かに……でも途中から何か変わってない?」


「良いんだよ、例えなんだから」


 兎に角重要なのはリーナがどんな思いをしてしまったのか伝える事だ。


「それでだ、その嫌な思いをした上に相手は自分の気持ちなんて気にもしないって時に、リーナは意を決してお前にキスを迫ったんだ。確かにあの方法はちょっと強引過ぎたし、成功したら成功したで拗れそうだが・・・何にせよお前はその決意をフッてしまったんだよ」


 事態にようやく考えが追いついたレオが深く落ち込み顔を覆う。


「これって僕が悪いよね……」


「今回のは全面的にお前が悪いと俺は思うよ」


 レオが更に落ち込んでいく。なんかもう背中に黒い影が見えてきそうだ。


「とりあえずリーナに謝って、自分の思いを伝えに行け」


「でも、聞いてくれるかな……」


 下に俯いているレオから弱弱しい声が聞こえる。


「言ったろ、リーナはお前の事が好きなんだって、ちゃんと話せば聞いてくれるさ」


 それでもレオはまだ動けずに居た。


 その肩に手を置く。


「お前に今必要なのは勇気だ」


「勇気?」


 聞きなれない言葉にレオが頭を上げた。


「そうだ、俺の世界にあった言葉だ、恐怖に立ち向かう心って意味の言葉だ。お前は何時だって巨大な敵に対して立ち向かってきたんだ、今更女の子一人にビビる必要が何処にあるってんだ。ちゃんと言いに行って来い」


 俺の言葉にレオが大きく頷いた。


「そうだね……うん、行って来るよ」


「おう、行って来い!」


 立ち上がりレオの背中を押してやる。


 レオがリーナの元に向かって走って行った。


「これで上手く行けば良いが」


「あのお二人です、大丈夫だと思いますよ」


「うおいっ!」


 レオを見送っていると何時の間にかエイミーが横に立っていた。


「相手の思いに気が付き、その心を伝える。とても素晴らしい事だと思います」


 エイミーが手を合わせてこちらに笑顔を向けてくる。何処かその笑顔が何時もよりも強くなっているように思える


「それでは二人が気になりますし、様子を見に行きましょうか」


 強くこちらの手を引っ張りエイミーが歩いていく。


 止める暇も無く、ずんずんと進むエイミーに連れられレオ達の元へと向かって行った。




 リーナと話すために宿に戻ると、リーナは椅子に座って本を読んでいた。


 こちらに気が付き目を向けるも、直ぐに視線は本へと戻る。


 話そうと思ったが、口に言葉が出なかった。


 恐れる事なんて無いとリョウは言った。今までの戦いと比べて何を怖がるのかと。


 いや、今までの戦いなんて比べ物にならないぐらいに怖い。


 拒絶されるんじゃないか、もう許してもらえないんじゃないか、そう思うと言葉が出なかった。


「そうやって立たれてると目障りなんだけど」


 リーナから睨みつけられた。


 逃げ出してしまいたい。でも、それだけは嫌だ。


 勇気だ、自分に立ち向かうんだ!


「昨日は本当にごめん!リーナの気持ちも考えずに、何も言わずに居て」


 謝りの言葉を遮るようにバンッと本を閉じる音が響いた。


「それさ、誰に言われて来たの?」


 顔を上げると冷たい瞳がこちらを見ていた。


 その目を見ると何も答えられなかった。


「……どうせリョウからでも謝って来いって説得されたんでしょ。それで?他人に言われて来たアンタは何をしに来たの?」


 他人に言われて……まさにその通りだった。


 誰かに言われなくては気が付かない思いだった。


 自分で気が付かなくてはいけない物だったんだ。


 でも、人に言われたとしても気が付けたんだ。この思いをちゃんと伝えないと!


 息を吸い、叫ぶ。


「僕は、リーナの事が大好きなんだ!」


 言った。言ってしまったからにはもう止まる事なんて出来ない。


「僕はリーナの事が大好きなんだ!君がどう思っているのかは解らない、もう許してくれないかもしれない。でも、そんな事はどうでも良い!僕は君の事が好きなんだ!」


 言って、顔が赤くなっているリーナに詰め寄っていく。


「僕は君に嫌われたままじゃ嫌なんだ!君とずっと一緒に居たいんだ!君が望む事ならなんだってする!君とのキスだって何度だってしたい!君が許してくれるまで何度だって!」


 口をぱくぱくさせて顔を赤くしているリーナの肩を掴む。


「僕だともう、君の隣には居たら駄目なのかな?」


 リーナが顔を俯かせ、横に振った。


 熱くなっている頬に手をやり、顔を上げさせる。


 涙に滲んだ紅い瞳が見える。


 綺麗な目だ、小さい頃からずっと僕を正面から見続けた強い瞳。


 それを自分の物にしたくて、唇を重ね合わせた。


 合わせる瞬間、リーナは受け入れるように目を閉じていた。


 どれ位唇を合わせていただろう……初めての事ながら、自分でも下手なキスだったと思う。


 それでも強く、思いを伝えるように唇を重ねていた。


 唇を離すと、リーナがぼーっとこちらを見ている。


 思いに対する返事を待っていた。でも、何やら視線が定まっていない。


 リーナの体から力が抜け、椅子から滑り落ちた。


「リーナ?リーナ!?」


 抱きかかえ起こすも、幸せそうな顔で完全に気絶してしまっている。


 これは……大丈夫なんだろうか……


 いや、僕の気持ちは伝えられた。後はリーナの思い次第だ。


「……それで、君達は何をしてるの?」


 後ろを見るとドアの間から涼とエイミーが覗き込んでいた。気付かれて一目散に逃げて行っている。


「はぁ……まぁ、良いか」


 リーナをベッドに寝かせて、自分も部屋を出る事にした。




 崩れた岩山の下で、ロンザリアは生き延びていた。


 まさか生き延びれるとは思っても居なかった。


 自爆と同時に足元に亀裂を作り、その中に逃げ込むのは悪あがきでしかなかった。


 亀裂に落ちた衝撃で体のあちこちが痛い、それでもまだ生きている。


「最悪、本当に最悪……」


 洞窟内に音が響いている。涼達が呼んだ捜索隊が洞窟内を探っているのだ。


 早く逃げなくちゃ……


 しかし、ロンザリアにはやらなくてはならない事があった。


 この岩山で作っていた物、それは隠しておかなければならない。


 体を引きずり、進んでいく。


 進む先の部屋にハミルダが横たわっていた。


「チッ、本当に死んでるじゃん」


 舌打ちをして、ハミルダの横を通り過ぎようとする。


 ふと、涼の言葉を思い出した。


 何かを心配するような優しい顔だったと、何も思わないのかと。


 何となくハミルダの顔を持ち上げ、覗き込む。


「…………ちょっとだけ、ちょっとだけだからね。どうせフラウ様にこれから怒られなくちゃいけないんだから、それまで付き合いなさいよね」


 誰も聞いてるはずも無いのに言い訳をした後、ハミルダを背負い進み始めた。

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