1-6 炎と雷が舞う戦場

 広場では髪を掴まれ持ち上げられた女性の悲鳴が続いている。


 それでも村人達は動けずにいた。


 ボアフットはその光景を見て思った。


 恐らくここには我らが探している情報はないのであろう。


 しかし、この女は一応の魔力の採取と実験を行っていたのは事実、連れ帰るべきか。


 いや連れ帰った所で何の情報も生むまい。ここはこのまま引いてしまうべきか。


 そう思案していると思わぬ乱入者が現れた。


「こっ……この、待ちやがれ!」


 上ずった声で叫んだ少年は見るからに怯えていた。


「何者だ少年」


 剣を向け威圧すると、少年はビクッと震えるもその場から離れず叫んだ。


「俺はお前達が探しているやつだ!そこの女性も、この村も関係ない!女性から手を放せ!」


 逃げずに居るだけの度胸はあるのだろう。しかし、彼が言うように我々が探しているような魔力を持っている人物には見えない。


 見るからに怯えている。なんの力も、なんの根拠も無く立ち向かっていることが手に取るように解る。


 村の住人の困惑した反応を見ても、少年は村とは本当に関係がないのであろう。


 では何故こちらに向かってくるのか、それに怯えた少年から感じる何処か異質な感覚は何であろうか。


「ふむ、あの少年は捕えよ。少年とこの女以外は殺してしまって構わん」


 命じられた兵士が二人こちらへと向かってく来た。


 逃げ出したくなるが足が竦んでしまい動かない。


 動悸が速くなり、今になって自分の行動を後悔し始める。


 俺はこれからどうなるのか、悲鳴が上がった村人達は、頭の中がぐちゃぐちゃになっていると物陰からレオが飛び出してきた。


「貴様止まれ!」


 静止を聞かずレオが突貫して行き、瞬く間に二体の魔物を両断した。


 驚き女性を人質に取ろうとした魔物に対しナイフを投げつけ、怯んだ所を体当たりで押しのけ女性との距離を離す。


 そのまま走りこみボアフットへと切りかかった。


 ボアフットは剣を構え応戦し、二人の剣がぶつかる音が大きく鳴り響く。


「リョウ、逃げろ!」


 そう言われ足を動かそうとした時、雷の音が轟いた。


 振り返ると屋根の上に輝くマントをなびかせ、手を構えているリーナの姿があった。


 空中に魔方陣が描かれ、そこから放たれた雷が村人を襲おうとしていた魔物達を弾き飛ばす。


 魔物は魔力によって作り出した防壁を張って耐えてはいるものの、連続して放たれる攻撃を前に村人から引き剥がされていく。


 村人達が逃げ始めたのを見て、自分も逃げなくてはと竦んだ足に活を入れ走ろうとした。


 だが足が思うように動いてくれない。


 目の前で起こっている事に対する恐怖はある。


 しかし、それ以上に自分が作り出してしまったこの状況に、何も出来ない自分が嫌だと言う感情があった。


 なにか、なにか出来ないのか。俺にはこの世界に来た意味があるはずだ。


 見ると女性がへたり込んで居る。先程まで捕まっていた女性だ。


 その女性の下へと走り、逃走を促した。


「逃げますよ!」


 そう言われた女性は返事は出来なかったが、こちらに寄りかかる形でなんとか立ち上がった。


 女性を連れて懸命に走り出す。


「ま、それぐらいはやって貰わないとね」


 女性を抱え逃げていく涼の姿を見てリーナが呟いた。


 他の村人達の避難を確認し、雷で足止めされている魔物たちを見る。


「さてと村の人たちの避難も済んだし、本気を出せてもらうわ」


 マントに刺繍された星々が煌き、一段と大きな魔方陣が展開される。


「そんなちゃちな防護でアタシの魔法を防げるとは思わないことね!」


 雷鳴が鳴り、地面が捲れ上がる。


 唸りを上げて魔方陣から放たれた雷は敵を防護壁ごと焼き払った。


「よし、雑魚はこれでお終いね……っと」


 手を振り光の防壁を作り出し、逃げてくる涼達に迫る炎を防いだ。


「問題はあっちね」


 燃え上がった広場でレオとボアフットが対峙している。


 残っていた部下の一人は既に切り伏せており、二人の激しい戦いが繰り広げられていた。


 涼はそれを見ていた。見ているしかなかった。


 リーナが作り出した光の壁の中からただ、剣と炎が舞う戦場を見ているしかなかった。


 ボアフットの手に浮かぶ魔法陣から放たれた炎を切り裂きながらレオが距離を詰める。


 振り下ろした剣を寸前の所でボアフットが避けるも、更に踏み込んだ突きが迫る。


 それを剣を正面に構え弾き、体勢が崩れた所を狙い剣を振りかぶってレオを縦に両断しようとするが、その状態からレオは瞬時に立て直し切っ先を剣で逸らした。


「てえいっ!」


 返しの一閃がボアフットの鎧を斜めに切り裂き、切っ先が胴へと届く。


「ぬおっ貴様、だがこの程度では!」


 切られながらもボアフットはレオの胴を掴み、掴んだ手から上がる炎に包まれレオが吹き飛ばされる。


「助けなくて良いのか!?」


 その光景を見て、屋根から降りて隣に降り立っていたリーナへと思わず叫んだ。


「大丈夫、あの程度ならレオは負けないわ」


 その言葉の通りにレオは包まれている炎を魔力の放出でかき消し、着地際に放たれた炎も切り裂いて突撃した。


「一先ずは村の火を消し止めないと。でも、水系のってどうも苦手なのよね」


 そう言ってかざした手に先程までとは違う形をした魔方陣が浮かび、水の渦が作り出された。


 水の渦は燃え上がる建物へと向かい、火を巻き上げ消火していく。


「これで一応は焼け落ちずには済むでしょ。後はレオが勝てば」


 広場へと目を戻すと二人が鍔迫り合いをしていた。


 対格差をものともせずレオが敵を押し込んでいる。


 ボアフットは思った。まさかこれ程までの剣士がこんな辺境に居るのかと、これ程までの魔法使いを連れて居るのかと。


 最初に前に出た少年が果たして我々が探していた人物かどうかは解らぬ。


 しかし、この者達は必ずや我が軍の障害となる。今この場で仕留めなければ!


「うおおお!」


 渾身の力を持ってレオを押し返し、腕を掲げた。


「貴様、名を聞いていなかったな」


 そう言われ剣を構え直しレオが答えた。


「レオ・ロベルト」


「レオか、では我も名乗ろう!我が名はボアフット!魔王軍四天が一人、ケーニヒ様に仕えしドラゴンライダーなり!」


 その声と共に空から咆哮が響き、巨大な影が姿を現した。


 それは翼を広げた全長10mはあろうかという四足のドラゴンであった。


 翼を力強く羽ばたかせ、涼とリーナの居る方向へと急降下する。


 舞い降りるドラゴンの口から火球が放たれると同時に翼に魔方陣が展開し疾風の刃が撃ちだされ、涼達へ火と風が迫り来る。


「そんなもの!」


 リーナが空へ光の防壁を作り雷を放った。


 放たれた雷は火球を貫きドラゴンへと迫るが、ドラゴンが作り出した防壁がそれを防いだ。


「不味い、逃げるわよ!」


 そう言い呆気にとられていた涼の腕を引っ張り走り出す。


 リーナに引っ張られ何とか涼も女性と共に走り始める。


 防壁に疾風が直撃し、弱まった所をドラゴンがその巨体で踏み潰した。


 ドラゴンが降り立った衝撃が襲い、地面へと叩きつけられた涼たちに向かって再び火球と疾風が迫る。


「こんっのおおお!」


 防壁が展開され、衝突したドラゴンの攻撃が爆風を巻き起こす。


「リーナ!」


「余所見をする余裕があるか、レオ!」


 気を取られたレオに向かってボアフットの剣が胴を薙ぐように振りぬかれる。


 何とか剣でガードするも、横へと弾き出された。


 レオを退けたボアフットはドラゴンの背へと走り乗り、背中に用意してあった槍を構え叫んだ。


「ドラゴンライダーの戦いを見せてやろう!」


 そう叫ぶとボアフットとドラゴンから放たれた炎と風の魔法が炎の渦となってレオを襲う。


 魔力を放出し耐えるも、身動きが取れなくなった所に槍を構えた突進が来る。


 身を捩り直撃を避けるが、槍の柄で胴を掬い上げられ空へと連れ攫われた。


「よくぞ避けた、しかし貴様とて空中では!」


 ドラゴンが空へと飛び、槍で掬ったレオを上空に放り投げた。


 高度を上げたドラゴンが旋回し、空へと投げ出されたレオに向かって火が風が槍が迫り来る。


「させない!」


 リーナがレオの足元に風の塊を作り出す。破裂した爆風を蹴りレオが跳んだ。


「なんと!」


「はああああ!」


 攻撃を避け弧を描くように跳んだレオが落下の勢いそのままボアフットへと剣を振り下ろす。


 放たれた一閃が迎撃に振り上げられた槍ごと右腕を両断した。


 ボアフットが叫び声を上げ、ドラゴンが空を落ちているレオに襲い掛かる。


 しかし地上から放たれた雷撃がそれを迎え撃った。


 ドラゴンが防壁を張りレオに迫ろうとするも雷の嵐がそれを許さない。


 幾つもの雷鳴が轟き防壁を貫く。防壁を破られたドラゴンは大きく羽ばたき上空へと逃げた。


 落ちてくるレオをリーナが風の渦を作り受け止める。


 着地したレオは空に残る敵を睨み、構えた。


「やはり、やる」


 上空でボアフットは呟いた。


 右腕を持っていかれ、魔法使いの雷はドラゴンを撃ち返した。


 部下は全滅し、ここは引くべき場所なのだと頭では解っている。


 魔力の出所の調査を任された身。討伐が目的で無い以上、ここで引くべきが自身の役目。


 だがここで逃げていいものか、いいや良い筈がない。


 これ程までに心躍る戦いを途中で投げ出してなるものか。


 残った左手を掲げレオ達へ向かう方へ巨大な魔法陣を作り出す。


 それに呼応するようにドラゴンも雄たけびを上げ魔法陣を重ねた。


 例えこの行為が魔王様の信頼に反するものだとしても!


「この者たちには我の全力をぶつけたい!」


 その叫びと共にドラゴンが急降下を始める。


「これが我が全身全霊!ドラゴンライダーの真髄!!レオ・ロベルトよ、灰塵と化せ!!!」


 魔力を放出したボアフットとドラゴンが魔方陣を突き抜け爆炎を纏い、一本の炎の槍と化したドラゴンライダーが天を焦がし疾走する。


「リーナ!」


「わかってる!」


 リーナが手を構え巨大な魔方陣を展開する。


 レオが掲げた剣に雷が落ち、それをレオが自身の魔力で纏め上げる。剣に宿るエネルギーで大地が悲鳴を上げた。


 剣を構え、力強く大地を踏みしめ、振り、放つ。


「雷の刃、受けてみろおおおお!!」


 剣戟が雷となり、巨大な雷の刃が迫り来る炎の槍に激突する。


 山をも崩すかのようなエネルギーの衝突が空を震撼させた。


「人の身で魔法を纏わせるだと!?」


 雷と炎の激突の中でボアフットが驚愕する。今レオが放った雷の刃を、その意味を。


 雷が炎を押し破っていく。その中でボアフットはそれに気が付いた。


「まさか、いやこれは、貴様は!!」


 雷が炎を突き破り、雷鳴と共にボアフットは光の中に消滅していった。


 焦げ付いた大地に立つレオの持っていた剣が炭となって崩れ落ちる。


 レオが大きく息を付いた所で、外で見ていた村人達の歓声が上がった。


 駆け寄ってきた村人達はレオやリーナに感謝の言葉を述べ、賞賛していた。


 涼はその光景を見ているしかなかった。

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