祈りの夜・3


 死んだような日常について、もう語るべきこともないだろう。

 何もなく、何も感じることもなく、ただ、日々が流れていったのだ。



 再びの冬と夏。

 やや涼しい日が戻ってきた。

 しかし、エリザは気温の変化もあまり感じなくなっていた。

 体も心も活動を止めている――。

 日記も、もう何日も書かない日が続いていた。

 気を許すと、ふとあの青い顔の女が現れる。

 そして、最近はつれないネェ……などというので、エリザは無視して、感じないようにした。

 今は、あまりに大人しくしているので、監視されることもない。

 祈り所で許された場所を、時々幽霊のようにさ迷い歩いている。

 これが、ムテに必要な休養というならば、あまりにも過酷な休養と言えるだろう。



 だが、ある日。

 エリザは、懐かしい気配を感じた。

 どこか、そわそわする人々の気……そして、熱気。

「祈りの儀式が近づいたのだよ」

 管理人が教えてくれた。

 持ち回りの儀式は、エリザが参加したあの日より三年目を数え、再びこの村に戻ってきたのである。

 微笑を忘れた頬に涙が伝わった。

 少しずつ息を吹き返してゆくような気がする。

 思い出すことも少なくなってしまった『祈りの儀式』を再び思い出した。しかも……。

 最高神官の姿を見ることができる。

 エリザは久しぶりに日記を書くことにした。が、もう日がわからない。

 わからないので、日付を飛ばして書き始めた。


 サリサ様。

 会いたくて会いたくて……耐え切れません。

 いつかは戻れると知ってはいても、ほんの少しだけ辛いのです。

 あなたに会えないから。

『祈りの儀式』の日を楽しみにしています。

 一目でいいから、あなたに会いたい。


 書きはじめたら、気持ちがいっぱいになってしまい、何も言葉が浮かばなくなってしまった。

 エリザは、湿った毛布に包まって、妄想の中に身をおいた。

 二人で過ごした幸せな日々。

 それは、何度もあったわけではないし、勉強のほうが主だったかもしれない。

 でも、確かに言ってくれた。


「愛しています」

 ――そう、私たちは愛しあっている。


 別れたあの日に感じたことを、エリザは忘れていない。忘れてはいないが、あまりに日々が虚しすぎて思い出すことが少なくなっていたのだ。

 あまりにも二人が遠すぎて……。

 弱虫の自分が恥ずかしくなる。

 思い出したら、少しだけ食欲も戻ってきた。

 儀式の話を聞いた次の日から、ちゃんと食事が取れるようになった。

 でも、パンをちぎっている手が痩せていて、エリザは不安になる。

 鏡を見てみたかった。

 ひどい顔になっていたらどうしよう?

 かなり面変わりしたかもしれない。

 心配でたまらなくなり、顔を洗う桶に水をため、その水が澄むまでしばらく待った。

 水鏡には、青い顔が映った。

 そんな妄想を信じていても、傷つくだけなのにねぇ、オバカさん……と、水鏡の女は言った。

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