僕と宮田さんの音楽室

一ノ清永遠

僕と宮田さんの音楽室

この学校には合唱部も吹奏楽部も無いから基本的に音楽室はいつでも空いている

だから放課後には先生に許可をもらってこうしてピアノを弾いている

授業に使うものだからピアノはしっかり調律してあるし、何より音の響き方が心地いい

音楽室は最上階の5階にあるし防音もしっかりしてあるから邪魔されたりからかわれたりしないのも大きなポイント

……だと、思っていたんだけど


「今のピアノ、すっっっっごく良かったです!!」


同じクラスの宮田さんに聞かれていた


「本当にこう、心にズカーーーーン!!って来ました!! ドカーーーン!!って!! グサーって!!」


しかもこれ、褒められているんだろうか?

結構しっとりしたバラード曲を弾いていたつもりだったんだけど

それがズガーンとかドカーンと来たら問題じゃないか

大体、オリジナル曲を聴かれるのも恥ずかしいんだけど

でも、おやつを目の前にした犬のように瞳をキラキラさせているのを見ると無下には出来ない


「……聴いてく?」

「はい!! 聴いてく!! ずっと聴く!!」


———————


それから結局、閉門時間まで居座っていた

ずっと僕がピアノを弾いて、宮田さんはずっとピアノを聴いているだけ

でも宮田さんはピアノを弾く僕をずっとニコニコして聴いている

本当は学校っていう息苦しい場所から孤独になるために音楽室に通っていたのに、これじゃあ本末転倒だ


「ねえねえ、君一年生だよね!? 名前、教えて!!」

「倉持だよ、同じクラスでしょ? 宮田さん」

「ええ!? なんで名前知ってるの!?」

「いや、同じクラスだからだよ……」


そんなに影が薄かったのだろうか、少し凹む


———————


それからというもの、宮田さんは部活に所属せずに音楽室で絵を描いたり一緒に歌ったり小説(らしきもの)を書いてみたりとかなり自由にやっている

……というより居着いてしまっている、僕としては正直ウンザリしているがたまに宮田さんがいない日もある


「ねえねえ、写真撮らせて!」

「なんで写真……」

「撮りたいの!! その曲弾いてるところ!!」

「はいはい……」


宮田さんは部屋を明るくしてフラッシュを焚かずにシャッターを押す、一応眩しくならないように気を遣ってくれているらしい

一体、写真なんか撮影して何がしたいんだろう


———————


「ねえねえ!! もうすぐ夏休みだね!!」

「……そうだね」

「どこに行く!?」


正直、扇風機しか無い灼熱の音楽室でいつものノリで来られると暑苦しい

というか、下に体育着も着ていないシャツ一枚の状態で迫られるとちょっと……困る

いくら宮田さんに色気がないと言っても男子と女子がこんなに密着したら、流石に宮田さんが女子である事を意識してしまう


「っていうか、宮田さんテスト大丈夫だったの?」

「なんとか! 赤点回避出来たよ!!」


宮田さんはビシッとテスト結果の用紙を手渡してくる

52・47・61・57・55……

確かに赤点ラインは50点なのでちゃんと回避出来てはいるものの


「宮田さん、これ別に誇れるような結果じゃないよ」

「えー……じゃあ倉持くんのテスト結果見せてよ」

「はいはい」

「えっ!? これ、マジ!?」

「マジだよ」

「こ、交換しない!?」

「結果用紙でシャークトレード仕掛けないでよ、ってか交換してどうなるの」

「けちー」

「はいはい、それで夏休みって一緒に出かけるの?」

「もちろん!!」


一切迷いのない笑顔、そんなの当たり前でしょ? とでも言いたそうだ


「どうしよう、映画とか?」

「少し離れたところにある森林公園とか、プールとか、ゲームセンターとか、あと夏祭りにも行きたい!!」

「欲張りだなぁ」

「せっかくだもん、楽しまなくちゃ」


———————


宮田さんはどこに行くのにもトイカメラを持ち歩いていた

そして、常識の範囲内で出来る限り写真に収めた

以外な才能というべきか、宮田さんは写真を撮るのが好きだった

形に残しておきたい、忘れちゃってもまたこれを見て思い出せるように

でも、忘れちゃっても平気なようにと語る宮田さんはどこか寂しげに見えた

2人で綺麗な夕焼けを見た帰り道、どこか宮田さんが切ない顔をしていたから手を繋ぐ

宮田さんは少し驚いた顔をしていたけれど、いつもよりもずっと笑顔になった

僕たちは男子と女子だけど、宮田さん以上に仲良くなった男子はいない

宮田さんの交友関係はよく分からないけど、宮田さんは僕よりも仲のいい女子っているのだろうか?


———————


夏が終わり、冬が近づいた頃

宮田さんがインフルエンザで休んだ

で、来週には期末テストがやってくるというタイミングであまりに可哀想だからノートとか教科書を持って行ってあげる事にした

明日には登校するらしいから、だいぶよくなっているだろう

感染の心配はなくなっただろうから今日行っても大丈夫なはず

そういえば、宮田さんの家に上がるのって初めてだな


「あの、クラスメイトの倉持です!」

「ああ、あなたがそうなのね!! お世話になってます!!」

「いえいえ、こちらこそ……」


宮田さんに似たような感じのテンションでもてなされる、この辺りは多分宮田さんにしっかり遺伝されているのだろう

母上様との会話もほどほどに宮田さんの部屋へと向かう

ぶつぶつと話し声が聞こえてくる、復習でもしているのだろうか?

それともただの独り言なのだろうか?


「お邪魔します」

「えっ? あ……」


宮田さんは驚いている、多分僕が来るとは思っていなかったのだろう

宮田さんはパジャマ姿でアルバムを眺めていたらしい、部屋の壁にかけてあるコルクボードには沢山の写真が貼られている

アルバムの傍には日記帳が置いてある


「い、いらっしゃい!! 今日はどうしたの?」

「インフルエンザでかなり休んでいたでしょ? これまでのノートとかプリントとか持ってきてあげたよ」

「ありがとう! 嬉しい!!」


面食らったような表情から満面の笑みに変わっていく

最初は鬱陶しいとすら感じたこの笑顔も、なんだか今は安心する

長いこと見ていなかったからだろうか?


「喜ぶからにはちゃんと使ってくれよ?」

「そりゃもちろん!!」


自信満々にそう宣言する宮田さん、でもなんだかこの調子で言われると逆に不安になる

宮田さんは毎度赤点はギリギリ回避しているが、言葉通りギリギリなのだ

いつも一緒にいるから僕が宮田さんの保護者といった感じに認識されている、つまり宮田さんが赤点を取ったら僕が色々言われてしまうし

宮田さんに「勉強付き合って!!」なんて迫られてしまうかもしれない


「……うーん、でも何が何だか全然分からないや」

「分からないところあったらメールすればいいから」

「ありがと!!」


そういえば、宮田さんにしてはコルクボードやアルバムが随分丁寧に使われているように思える

言ったら失礼だけど、宮田さんのノートとかカバンの中身はそんなに綺麗じゃないというかだらしない

制服だって放課後は着崩してるし……もっとも放課後の大半は僕と一緒に密室にいるから問題ないんだけど


「宮田さん、そのコルクボード凄いね」

「え、ああ……でしょ? 私と倉持くんの思い出」


そう言われて気付いた、確かにコルクボードには僕と宮田さんの写真だ

アルバムや日記もそうなんだろうか?


「1週間も休んじゃったから、見返してたんだ」

「寂しくなったの?」

「うん、それもあるんだけど……私、忘れちゃうんだ。 色んなこと」


———————


「少し、風に当たりたいな」


そう言って、宮田さんはパジャマに上衣を重ねて僕を外に連れ出す

家の前にでるだけだから、と宮田さんはお母さんに伝えて僕の手を引いた

夜は少し肌寒いけど、不思議とそこまで寒さを感じない


「私ね、小さい頃に死にかけたの」

「死にかけた?」

「うん、階段から転がり落ちて……そこから記憶が抜け落ちるようになっちゃったんだって」

「記憶が……」


宮田さんはまるでそこに苦しみなんかないように語る

そういえば、一学期の期末テストも彼女なりに頑張ってはいた

物覚えは悪いかもしれない、彼女なりに必死に戦っていたという事か


「だからね、1週間もしたら忘れちゃうんだ。 倉持くんのこと」

「そう……なんだ」


僕に微笑みながら言う宮田さんの笑顔

いつものような子供っぽいニコニコした笑顔じゃなく、切なさと痛みを秘めたような笑顔


「だから、写真とか日記とかが大事なんだ。 あれがあると倉持くんの事をいつでも思い出せるの」


宮田さんが財布から1枚の写真を取り出す、するとそこには僕と宮田さんが写っている

僕のぎこちない笑顔と、宮田さんの満面の笑み

その写真を見て僕は少しだけ後悔をした、宮田さんはこれだけ僕を大事に思っていて必死に僕を忘れまいとしているのに……僕は本気で宮田さんに向き合っていなかった


「宮田さん」

「何?」


僕の方を改めて向いた宮田さんをそっと抱きしめる


「え!?」


どうしてか、認めようとはしなかった

僕の気持ちはいつだって宮田さんに向いていたのに

恥ずかしいとか、僕のちっぽけなプライドなんてどうでも良かったのに


「あ、あの……きゅ、急にどうしたの!? びっくりするよ!? 心臓が爆発するよ!!」

「忘れて欲しくない」

「わ、忘れないよ……こんなの……」

「忘れさせない」


———————


倉持くんと私の2人で作るアルバムと日記も随分数が増えて、卒業までの時間もおおよそ半年といったところまで迫っていた

今日も進路指導室で面接の練習をしていた、正直言って進路指導室は冷房が入っていないので嫌いだけどしっかりと進路を決めたいので手は抜けない

私の進路は倉持くんの勧めで「自宅で出来る仕事を目指したらどうだろう?」と言われたので、イラストの仕事が出来るように専門学校に通うことにした

一方、倉持くんは大学に進んで教師になりたいみたい

昔からの夢だったみたいで、私も倉持くんは教師に向いてると思う

私に勉強教えるの上手いし……音楽教師になるのが良いと思う


———————


季節は一つすぎて、

AO入試だったのと、昔から日常的に絵を描いていた事で私はあっさり専門学校に入学する事が出来た

倉持くんは勉強漬けの日々だけど、放課後1時間だけは私のためにピアノを弾いてくれる


「僕にとってもストレス解消になるし、少しでも宮田さんのそばに居たいから」


3年生になったらクラスが離れてしまった上に、受験の都合で一緒に過ごす時間が短くなった

文化祭でピアノを弾いたりとか、ピアノのコンクールとかで忙しかったから

それでも一緒に出かけたり、海や山に出かけたりはしたしアルバムも3年生に上がってから増えた


「私ね、この音楽室から見える夕焼けが好きなんだ」

「綺麗だよね」


茜色の空が部屋全体を染め上げる、季節によって色合いが変わる

冬に近いと、時々濃いオレンジ色に部屋が光る

この部屋には沢山思い出がある、沢山思い出があるはずなのにこの部屋ではトイカメラを殆ど使わない

たまに、記念撮影に使うくらいで……何気ない話しかしないから、この部屋では思い出が残らないんだ


「覚えてないんだろうな……」

「え? なになに!?」

「ふと、いろんな事を思い出したんだ。 もうすぐ、この音楽室ともお別れだなあ」

「そう……だね、なんだか寂しいな。 沢山ピアノを弾いてもらって……いつでもここにいたはずで、大切なはずなんだけど……全然覚えてない」


優しげな顔で倉持くんが微笑み、私の身体を抱き寄せる


「僕が覚えている、ずっと忘れない……カメラに残していない事、何気ない会話も、この温もりも……」

「私も、忘れたくない……」


倉持くんのピアノの音に心を惹かれて、ピアノを弾く倉持くんが大好きになって……

その時のことはもうとっくに忘れてしまったけど、今でも倉持くんのピアノも倉持くんも大好き

この想いだけは何があっても忘れない、この気持ちだけは


「卒業したらまたこの音楽室に来よう、特別に許可を貰ってさ」

「うん、うん!!」


宮田さんに顔を近づけ、合図を確認する

そっと目を瞑った宮田さんに唇を重ねる

恥ずかしくてなかなか伝えられない言葉を代弁するように、忘れようとしても忘れられない思い出に変えるように

深く、どこまでも深く——熱く、激しいキスをする


———————


3年後の春、僕達は21歳になっていた

風に舞う桜の歓迎を受けて、職員室に挨拶をしつつ音楽室へと向かう

宮田さんは成績こそ悪かったけれど、できの悪い子ほどかわいいの理屈か教師陣から大人気だった

何人か転任してしまっていたのは残念だけれど、先生方に挨拶が出来たのは良かった

相変わらず音楽系の部活は無いのか部活で使用されていないようだ


「じゃあ、開けようか」

「うん!!」


そこには変わらない景色があった、音楽家の肖像画と無骨なピアノと音楽プレーヤー


「変だな……全然、覚えていないはずなのに……ここに来るとね、倉持くんのあの時の笑顔とピアノの音が心の中で響くんだ」

「頭の中で覚えてなくても、心の中に植えつけられた思い出は消えない。 僕も……例え記憶を失っても、宮田さんと過ごした3年間だけは忘れない」


またいつか、宮田さんとここを訪れよう

そして、かけがえのない時間を過ごそう

宮田さんと僕の間にある絆を、確かめるために


終わり

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