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 空になったグラスを唇からゆっくりと離してサリナさんはコースターにそれを静かに置いた。どこか遠くを想いながら、なのだろうか。

俺も同じタイミングで自分のグラスも空にした。

「ごちそうさまでした。とても素敵な時間をありがとうございます」

「ううん、こっちこそ付き合ってくれてありがとう」

 目を細めて微笑むと、両手でグラスの脚を持って小さく息を吐いてから、視線を上げてサリナさんは言った。

「このリップ、実はアイハから貰ったんだよね」

「そうでしたか、さすがアイハさんですね。サリナさんに良く似合うお色ですから」

「あは、そうでしょ? 自分でもびっくりするくらい似合っていて驚いたもん。自分なら絶対にこの色は選ばないから」

「真っ赤なリップも良くお似合でしたけれどね」

「赤いリップが好きだからつい、ね」

 肩を竦めるようにして小首を傾げると、結んだ髪の後れ毛がふわりと揺れた。

「でも、この色も好きになった」

 下がる目尻と三日月に上がった唇。優しげな表情のままサリナさんは続けた。

「アイハが、ずっと前からこの色が似合うと思っていたからプレゼント出来て良かったって言ったんだよね。自分があげる前に誰かがプレゼントしなくて良かったって」

 バカだよね、と続けたその言葉は一体誰に言ったものなのか。それは当人のサリナさんしか分からない。

「鏡の前でこれを初めて塗った時、新しい自分に出会えた気がした。これもあたしなんだって。たった一本、リップを貰っただけなのにね。変でしょ?」

「いいえ、全く変じゃないですよ。アイハさんには見えていたんですね、ずっと前からもっと素敵になれるサリナさんの姿が」

 だからこそ、サリナさんはこんなにも喜んでいるんでしょう? 自分の為に選んでくれたことがとても嬉しくて、強くなれたんでしょう? 想い人の好きなカクテルをなぞれるほどに。

「本当に素敵ですよ」

「あんまり言わないでよ」

 口ではそう言うのに表情は嘘を吐けないね、サリナさん。


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