免許合宿の話
大学生の頃、僕は免許合宿なるものに友達と参加した。
免許合宿とは、簡単に言ってしまえば、二週間知らない土地で観光しながら普通自動車免許を取得するという内容だ。
短期間で免許を取得するのであれば、かなり効率的で、何より、サルでも合格できる内容なのだ。
というのも、同じクラスにいた生徒がどうも、サルのような人間ばかりだった。
朝、講義前の教室に入れば、奇声のような笑い声をする、深海魚のような顔をした女やお笑い芸人のはんにゃの針金のほうみたいな男ばかりなのだ。
とにかく、彼らの発する周波は僕の耳にはどうも合わないようで、休憩時間のたびに超音波を浴びせられ休む時間などまるでなかった。
けれど、これには僕にも原因はあると思う。楽して免許を取りたいからなんて理由で、AT限定を選んだ報いだと思う。きっとマニュアルなら、もっと硬派な人間で溢れていて、ロータリーエンジンの素晴らしさを四六時中語り合ってたに違いない。
しかし、悪いことばかりではない。下宿先のごはんは美味しかったし、近くで花火大会なんかもやっていたし、楽しいかと言われれば、間違いなく楽しかった。
問題は僕が楽しいかどうかではない。サルでも免許が取れるというところだ。
決められた講義をこなして、ようやく実技テストを行うことになった。
テストは教官が指示する道を、一つの車を研修生が三人で乗り回すという内容だった。そんなわけで、研修生が運転する車に同乗することになるのだが、僕の乗った車のトップバッターは深海魚の女だった。
ぎょろりとした目はとても印象的で、教室内で一目見た際には無条件で記憶に刷り込まれるほど強烈な外見をしている。しかも、たびたび発狂するのだ。彼女の近くの席の人は耳栓が必要だろうと思っていた。
まさか、そんな女と同じ車に乗ることになるとは思っていなかった。
だが、流石にテストとなると彼女も静かだ。けれど、恐怖は別にあった。
彼女は何故かエンジンをかけようとしないのだ。エンジンをかけないで発進しようとしているではないか。
僕は死んだと思った。エンジンのかけ方を忘れる人間の車で一生を無駄にするなんてごめんだ。
ようやく落ち着きを取り戻した深海魚は、エンジンをかけ、安全確認をして発進することに成功した。僕は発進しなければいいと思ったが、現実は非情だった。
なんと悲しいことに、しくしくと雨が降り始めてきたじゃないか。フロントガラスには次々と雨粒が付着していくのだ。
当然、彼女にワイパーの出し方など知る由もない。それどころか何故か内側から窓を拭こうとする奇行までやってのける。僕は自分のテストなど、もうどうでもよくなっていた。とにかく生きて帰りたい。それだけが願いだった。
なんだかんだ、無事、何事もないわけではないが、彼女は走行を終えた。
僕も特に問題なくテストを乗り切った。
そして、結果発表である。
深海魚はなぜか合格していた。
やっぱり世の中ってやつは誰にでも優しいのだろうと思った。
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