第21話「涙が落ちた懐中時計。」
「ん、トイレ行こう、、。」
夜中の2時ほどに目を覚ました古場は会議室の奥に位置する手洗いへ行った。
そこから戻り再び会議室に戻った時にあることに気づいた。
「希さんが、いない。」
まさか逃げたか、と古場は危惧したが夢橋の荷物らしきものを見てほっとする。
手洗いでは電機は古場以外のところはついてもいなかった。
「じゃあ一体、、?」
恐る恐る会議室を出て南通路を通りフロアを見まわすが見当たらないが、少しばかり涼しい風が古場の頬を撫で、デッキの入り口を見た。
「少し開いてるな、、。」
監視の時はなるべく手で開けた自動ドアは締めておくようにという指示があり、金田が倒れた後には古場が占めたはずだったが、今は少しばかり、一人が通れるくらいの隙間が開いている。
古場は会議室からバットを持ち出しゆっくりとデッキの入り口に近づいていく。
「物音もしない、、。」
静かに少し開いた自動ドアの隙間からデッキの様子をうかがうと、そこにはベンチに座ってよどんだ空を眺める夢橋の姿があった。
「希さん、、。」
古場は語りかけたつもりはなかったが夢橋は古場の方を見た。
「あら、亮。どうしたのよこんな時間に。」
「それはこっちのセリフですよ。希さんこそ、夜中の監視は必要ないって言ってたじゃないですか。」
そう言いながら古場は夢橋から少し離れたベンチに座る。
何故だか気恥ずかしく感じていたからだ。
「眠れないからここにいただけ。監視なんて大層な物じゃないわよ。」
そういって彼女は少しばかり肩をすくめたようだ。
「俺たちの仲間に入ったことをもう後悔してるんですか?」
そう聞くと夢橋は古場を見て首をかしげる。
「え?」
「だってなんか暗い顔してるじゃないですか。暗がりではっきりとは見えませんけど。」
「、、、、そうかしら?そんなことは全くないわ。」
口調こそ違いを感じられなかったが古場は立ち上がり夢橋に近づいて隣に座る。
「確かに俺たちは希さんとは違って民間人です。先も読めない人間です。今は金田さんがああなって悠介も下田さんも声には出しませんでしたがこれ以上ないほど不安になっています。」
俯き加減でバットの表面をなぞりながら古場は言う。
「この2週間、金田さんがいなかったら俺たちはとっくに死んでいたと思っています。あらゆる提案をし一番体を張って危険を冒して動いてくれました。だから、その、、もしかして、、。」
「あなたが考えてるような状況ではないわよ、金田さんは。」
古場の言葉をさえぎり夢橋は断言した。
「確かに潜伏期間というのは存在するわ。核戦争の影響なのか、細菌なのか、ウイルスなのかもわからないけれど断続的にああいう反応があったのならとっくにあなた達を襲ってる。それに金田さんなら自分が感染している可能性があるならあなた達に危害を加えないような工夫をするんじゃないかしら?」
確かにそうだと古場は心の中で頷いた。
昨日の金田の言葉がよみがえる。
『だからな亮。少なくとも俺が死ぬまではお前を、皆を死なせない、守ってやる。』
そんな人間が感染を隠してまで、守ると思っていた人間たちを巻き込むようなものを抱えているだろうか。
夢橋に改めて言われて古場は納得する。
「あなたが私を心配してたんじゃなかったの?」
クスリと笑いながら夢橋は古場に言った。
「すいません、、。」
「謝ることは無いわ。私は私にできることをやるだけ。」
「でもやっぱりうまく言えないんですけど何か変な感じがするんです。あ、裏切るとかそういうのではなくてですね?悲しそうな感じというか、、。」
夢橋はしばらく黙って前を見つめたままだった。しかし、
「あなたは______」
「あなたは、どうして辛い思いまでして戦っているの?」
と意外な言葉を口にした。
古場は唐突な質問に少しばかり考え込んでしまった。
「今までそんなこと、考えたこともありませんでした。死にたくないからですかね、、?」
「そう、、。」
沈黙が流れ、古場が口を開く。
「希さんは、どうして、ですか?あまり言いたくありませんが、俺たちについてくるってことは俺たちと同じような生活をしなくちゃならない。金田さんは別としても希さんのような考えの人なら俺たちは邪魔だと思いませんか?もっとスマートな解決方法が頭の中にあったりするんじゃないんですか?」
この言葉がどれだけ失礼かは古場にも分かってはいたが口に出さずにはいられなかった。
夜中になり辺りは暗く、この世の悪夢を混ぜ合わせたような空が頭上にある。
そんな不安の中すがるような思いで聞いたのかもしれない。
「昨日も言ったけれど私は所属のR.S.が大嫌いよ。使い捨てで人を殺すようなこともしてもみ消すのは日常茶飯事。内部の知り合いが失踪してそのままなんてことは1回や2回じゃない。」
そう言っている彼女の表情は古場には見えない。
「そんな所でいたら私は、弟に顔向けができない。」
絞り出すように聞こえたその言葉は辛うじて古場の耳に届く。
「弟さんがいるんですか。」
「いいえ、もう、いないわ。大分前に死んじゃったの。」
古場は自分の発言を後悔し小さく謝る。
「あ、その、すいません、、無遠慮に、、。」
それには夢橋はゆっくりと首を横に振った。
「気にしなくていいの。私がR.S.に入ったのは浅はかな復讐の為だったのよ。」
「、、復、讐?」
「私の父親はR.S.で元城のもとで働いていた。詳しいことは話してはくれなかったけど元城は核戦争時に生まれた子供の為のワクチンをR.S.で作っていたらしいの。だけどそれは酷く危険で強い副作用によって子供では死亡してしまう可能性が大いにあった。それで私の父は元城に直談判をして抗議したそうなのだけれど、それで父は彼に目をつけられてしまった。弟の重病が発覚したのはその頃。戦争とほぼ同時期で、ある日元城は父を呼び出したの。」
『おい夢橋君、君の息子さん、今は5歳くらいだったね。腎臓の病気が見つかってR.S.管轄の病院に入院したそうじゃないか。』
『、、はい。そうですが。何故それを?』
『大事な部下の家族だ。珍しい名字で患者リストにあったから調べただけだ。それでな、夢橋君。』
元城は椅子から立ち上がって向かい合うソファに座り夢橋にも促した。
『君の息子さんの病気の原因が、恐らく放射線にある様なんだ。』
それを聞いて夢橋は愕然とする。
『いやしかし!そんなことは医師が言っていませんでしたよ⁉』
『恐らく気を遣ったのだろうな、そうでも言わないと他の疾患の可能性がいくらでも出てきてしまう。彼なりの優しさだったのかもしれん。』
腕を組んで元城は続ける。
『本題はこれからだ。以前君にもデータを見せたが放射線疾患阻害剤が完成したろう?』
『ええ、確かに素晴らしいデータでしたね、副作用もほぼ無く。劇的な効果を得られるようですね。』
『それを君の息子さん、"亮"君に使ったらどうかと思ってな。』
一瞬夢橋が顔をしかめた。
『しかし、あれは医薬品機構の承認を得るにはあと5年はかかるとおっしゃてたじゃありませんか。』
『そんなことは分かってはいる。しかし君の息子さんは5年も、大丈夫なのか?』
そう言われて夢橋はうつむく。
医師に告げられたのはあと4,5年の生存は可能だがそれ以上はなんとも言えないとのことだった。
『ですがよろしいのですか。そんな違法なことを。』
そう言うと元城は立ち上がり窓際へと向かい呟いた。
『命の為なら法を破る、時にそれは必要なことだとは思わないかね?』
「それで私の父は薬の使用を承諾したわ。」
古場は弟が同じ名前であることに驚きはしたが黙って聞いていた。
「けれど、その薬は亮を生かすどころか、殺してしまった。」
その言葉に古場は目を見開く。
「投与して3日後には継続的に行っていた手術中に血を吐いて、皮膚が真っ白くなって、急死してしまったの。臓器の損壊が見られていたそうで、原因は不明だったわ。」
「そんなのって、、。」
「恐らく元城が投与を指示した薬。私はそれが原因だと思っている。余りにも都合がよすぎる。今考えれば元城が進めていた危険な薬を完ぺきなまでに改良した時点で父は疑うべきだったのかもしれないわ。けれど父も母も、私も亮にはこれから生きてほしかった。だからあの薬を受け入れたのに、、。」
そう話す夢橋の声は震え始めていた。
古場は何を言っていいか分からず口を開こうとしては閉じていた。
「私が亮に渡した懐中時計は今でも肌身離さず持ってるの、薬を飲むときに亮は酷く怖がっていて、前から私が持ってたこの懐中時計を欲しいっていうからあの子にあげたの。"お姉ちゃんが僕に勇気をくれたから僕も頑張る"って言ってた。私がこの時計さえ渡さなければ薬を投与せずに済んだもかもしれない。」
「俺は、軽々しいことは言えません。けどそれは希さんのせいでも希さんのお父さんのせいでもありません。それは俺でもわかることです、、。」
ポケットから出した懐中時計はどこかで落としたのだろう、ひびが入り時計の針が動いていなかった。
弟の夢橋亮が亡くなった時の懐中時計そのままなのだ。
彼女の弟が無くなったのは戦後すぐ。つまり2437年、13年前だ。
夢橋希は当時10歳。
それを引きずり今でもこうして話すだけで懐中時計を握り締め子供のように泣きじゃくっている。
「あの子が死んだ日。私は病院の片隅にある小さな待合室で両親と一緒に泣いてたの。悲しみをどこにやればいいか分からなくて、ただ泣いてた。」
そう話す夢橋が古場にはひどく痛々しく見え、唇をかんでいた。
「そしてらね私の目の前に亮が白い病院着を来て立っていたの。笑って私を見てた。びっくりして父や母に言ったのだけれど私が指さす方を見ること無く私を抱きしめただけ。私が幻想を見たと思ったのね。
でも今でも私が必死に手を伸ばして掴もうとしてる時にあの子が言った言葉はまだ鮮明に覚えてる。」
「、、なんて、言ったんですか?」
「大好き、って。」
それを聞いたとたんに古場の胸も強く締め付けられた。
夢橋もその父も自分の責任だと思っている。それならばいっそ責められた方がよっぽど楽だったであろう。自分を殺してしまったかもしれない相手に『大好き』だということはそれ以上ないほどに夢橋亮は家族を、姉を愛していたということだ。
そして夢橋希が彼に向かって伸ばした手は決して届かず、彼はこの世から本当にいなくなってしまった。
「ごめんなさい、、。ここまで話すつもりはなかったんだけど、我慢が出来なかったわ。」
それが夢橋がR.S.に入った理由。弟を殺され、同僚は失踪しほぼ死亡状態。
そんな組織で今更働こうなど考えることは古場にもできなかった。
「きっと私があなた達と一緒に行きたいと思ったのは亮の雰囲気がなんとなくあの子に似てるからかもしれないわね。」
あえて古場はそこには触れない。
「希さん。」
そう言って古場は夢橋の前に行きしゃがんで彼女の瞳を見据えた。
「俺たちじゃ力不足かもしれません。けど辛かったら言ってください。助け合えばきっと何とかなります、それが仲間であるってことですから。」
精一杯古場は笑って見せる。
すると夢橋も寂しそうではあったが少し笑っていた。
「そうね、あ、、。」
古場が立ち上がろうとするときに夢橋は何か言いかけた。
「何です?」
「い、いえ、何でもないわ。」
夢橋も袖で目をこすり、立ち上がる。
「さ、もう寝ましょ。もう3時過ぎよ。」
古場は頷いて夢橋の跡をついていった。
一応心配していたのにさらっと切り替えられたことは釈然としていなかったらしい。
「まぁ、いいか。」
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