第18話「夢橋希。」

「なるほど、それであなた達はこの空港を燃やすかもしれないほどの暴挙に出たのね。」


「は、はい。」


感染者達を一掃することに成功した古場と金田は、山中たちに移動の準備するように伝え、物の散らかった湿度の高い会議室で目の前に座る女性に今に至る経緯を話したのだが、


「あのねぇ、消火器が1階に4個もあったからよかったものの、もし火が収まらなかったらどうするつもりだったのかしら?この空港を焼き尽くす可能性があるくらいなら隠れてる方がよっぽどいいと思うわよ?」


自分たちより遥かに小柄である見知らぬ女性に説教をされる状況に二人とも酷く混乱していた。


「それで。」


と金田が切り出した。


「あなたは一体何者なんです?」


古場が横目で見た金田の表情にはいつもよりも緊張感が滲みでていた。


「はぁ、、。私は夢橋希。私は以前からここの管轄でね。3日ほど前に命令があってね、ここのシステム管理を押し付けられてほぼ動かずに泊まってたわ。既にその時点ではパンデミックが起きてたからその想定もして食料とかを運んできたのは正解だったかしら。お手洗いも会議室の奥だったし。」


そういって笑う夢橋はどこか愉快そうでそれが古場には理解できなかった。


「これからどうするつもりだったんですか?」


思わず聞いた古場の質問を聞いて夢橋は顎に曲げた人差し指を当てる。


「そうね、、。粘れるまで粘って救助が来なさそうなら本部に歩いて戻る予定ではあったけれど。」


「本部?」


その単語に金田がすかさず反応する。


「管轄とか、命令とか、まさか軍の関係者ですか?」


夢橋は金田の顔を見てクスリと笑う。


「あら、ご明察。あなたもそっちの人なのかしら?でもその風貌は、外された元自衛隊ってとこかしら?」


金田が目を丸くする。


「確かに、そうね。私は軍の関係者よ。R.S.のね。」


古場は勢いよく金田を見たが金田はただ夢橋を見て硬直していた。


「R.S.が茨城空港の管轄?いったい何をやっているんだ、、?」


驚愕の入り混じった声色で夢橋に問うが______


「知らないわ。」


と切り捨てられた。


「し、知らないって、そんなはずないだろう!担当なんだろ?」


珍しく金田は声を荒げたとき響く足音が聞こえ古場は立ち上がる。


「あいつらは外で待たせておきます。」


古場は夢橋を一瞥した後、金田に耳打ちし部屋を出た。


その様子を見送った夢橋は、


「確かに、私はここの管轄、担当。」


と続けた。


「だけど私の所属する支部、橋玄支部は特殊なのよ。やっていることの大抵は不透明。何のために何をやらされてるかは明かされないケースが多い。あなたもそういう経験はあるのでしょう?」


金田は微かに夢橋から目をそらす。


「私が今回やっていたことはこのPCに表示されるグラフの数値が異常値を超えたらここの空港の管理者に伝達をし、グラフの計測値を本部へ転送すること。」


そういって夢橋はノートパソコンを開き金田に見せる。


「これは、なんなんだ、、?」


金田はそう呟く。


画面にはデスクトップなどは存在しておらず、報告書を作成するためのタブと赤青緑の計測を続ける線グラフだけが表示されていたのだが、既に画面上部に『ALERT』と出ている。


「これは報告するんじゃないのか?」


「、、私もそうしたいのだけれどね。」


夢橋は画面の右下を細い人差し指でトントンと叩く。


「なるほど、確かにここまでの災害状況なら電波なんか通るはずもないし、考えてみればその空港の管理人って奴も感染したか逃げたかってところだろうしな。」


金田は小さく頷き乗り出していた体を背もたれに預けた。


「あんた、これからどうするつもりだ。」


金田は目を合わせずに言う。


「正直なところ迷ってるわ、R.S.に入ったのはほぼ強制でね。内部統制もまともにできていないクソ組織でちょうどやめたいと思っていたからいい機会かもしれないわね。何度元城の顔を殴ろうとしたかしら。」


手をひらひらさせながら夢橋は言うが、金田は再び身を乗り出す。


「元城?どうして最高責任者が茨城の支部にいるんだ?」


「正確には違うわ。最高責任者が茨城にいるんじゃなくて茨城支部の管理者が最高責任者になったのよ、まぁそれを知ったのは本部からの連絡じゃなくてラジオという所が釈然としないけれどね。」


金田は少しばかり首をかしげながらも話を続ける。


「R.S.を辞める事なんて可能なのか?」


「正規の手続きでは確かに難しいと思うわ。けれどこの緊急事態。一人や二人失踪しても気になんか留めてられないわよ、緊急事態宣言が出て全権が元城、R.S.に渡ったのだから尚更、ね。」


そう肩をすくめながら話す夢橋の目を見て金田は、


「俺はあんたを連れていくことはできればしたくないな。」


と言った。


「あら、私がいつあなた達についていくと言ったかしら?」


「まだ言ってはないな。しかしそういうつもりではあっただろう?」


「ふふ、そうね。確かにそのつもりではいたけれど、どうして反対なのかしら?」


目を細めて夢橋はからかうように笑う。


「俺はそもそもR.S.を信用していない。仮にそうでなくてもこの状況になったからと言って組織を裏切ろうとする人間を最も近い場所に引き込むのに反対するのは当然だ。」


毅然として金田が言うと夢橋はため息をつく。


「確かにあなたの言う通りね、裏切ろうとしている人間を引き入れない。正しい選択に思える。けれど、あなたにも偏見があるわね。」


「偏見?」


金田の眉が動く。


「そう、あなたが私を引き入れないのは私がR.S.所属だからでしょう?R.S.と自衛隊とのいざこざを経験しなかったらそういう返答にはならないんじゃないかしら。けれどR.S.が何をしているかを本当の意味で知らないのに突っぱねてばかりではろくなことにならないわよ?」


「何をしているかをあんたは知ってるってか?」


「いいえ。知らないわ。さっきそう言ったわよね。」


金田は怪訝そうな顔をする。


「知らないなら______」


「知らないからよ。あなたが偏見を持っているのはR.S.に対してではなく、私個人に対してよ。私の方が内部の状況を知っているかもしれないけれど上層部が何を考えてどんなことしているのかという点ではあなたの知識とそう変わらないのよ。これがどういう意味か分かるわよね?」


夢橋は笑っていた表情を鋭い物へと変えた。


「ああ、R.S.に所属してるからと言って俺が想定しているR.S.への不信感がそのまま反映されるべきではない、そういうことだな?」


夢橋はゆっくりと頷く。


「私はあなたと今こうやって話してあなたが___失礼な言い方だけれど、まともな人だということは分かるわ。そうでなければ私を通路に転がっている人たちの様にしてたはずでしょう?」


「・・・・」


金田は黙って天井を見る。


「少し待ってくれ。」


そういって金田は一度部屋から出たのだった。

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